第24話:フライトアーマー
さて。受け取った刀一振と真球一つ。
先ずはヴィジーが、天龍の血を用いて、それらの仕上げを行なった。
「おい、アイヲエル。オーダーメイドで革鎧を一つ注文するぞ!」
「???──何故に?」
「決まっている。フライトアーマーの作成だ」
「フライトアーマー???」
兎に角、有利な条件で購入する為、風神国か天星国に行った方が良いと言われたのだが。
「ちょっとお待ちを。魔空船は?」
「本体を作るのに、七カ月は掛かる。それでも、早ければ、と云う枕詞が付く。
恐らく、一年掛かるだろう」
ましてや、水帝国と違って、魔空船用のドックも無い状態からなのだ。一年でもまだ早いと言える。
「流石に、魔空船のドックの製法は特許を取っていなかったしな。特許を取っていてくれたら、情報は金で買えるんだが」
「でも、サイズさえ判れば、それを作る為の場所の確保ぐらいは出来るだろうしやるのでは?」
「それでも、事前に情報があるのと無いのとでは、大きく違う!」
確かに、先ずアルフェリオン結晶のパーツを作り、それを組み上げる施設の完成形のデータがあれば、作業するのに必要な施設も解り、確かに有効だったかも知れない。
「では、天星国に参りましょう」
「ウム。ああ、風神国よりは物価が全体的に高いから、それは覚悟しておくように」
「ふぅん……。風神国って、そんなにまで裕福な国だったんだなぁ……」
何しろ、天星国は空に浮く島にある国。物資のリソースは限られているが、それでも、ほぼ無限に資源を得られるダンジョンの存在は、物価高騰に拍車が掛かるのを防いでいた。
「モンスターの腸とか、畑に撒くのじゃぜ?」
「ああ……栄養素の枯渇防止にか」
成る程、天星国は天星国なりに考えている。
そして、物価が高いが故に、その資産は風神国の金持ちより、天星国の金持ちの方が総資産で言えば高かった。
ただ、物価が安いが故に、風神国の金持ちの方が贅沢をしていた。
その比較によく使われるのが、芋の物価で、天星国では七個銅貨一枚に対し、風神国では十個銅貨一枚と云う物価だった。
これが、焼き芋となると話は別で、天星国では一個銅貨一枚に対して、風神国では四個銅貨一枚なのだ。しかも、品質は風神国の方が高い。具体的に言えば甘くねっとりしている。
そして、ミアイには、畑にモンスターの腸を撒く意味が解らなかった。
「──何故、モンスターの腸を、畑に撒きますの?」
ミアイは、素直で良い娘に育った。故に、分からないことは質問をした。
「──ん?畑の栄養源になるからじゃよ」
「腐るのでは無くて?」
「腐る前に分解するよう、魔法を掛けるな」
「──その技術、特許は?」
「取るわけねぇべ」
ハッハッハとヴィジーは笑った。
「その情報、買います!光朝国に売って下さいまし」
「冗談!金なんざ貰うかよ!」
どうやら、天星国では常識レベルの技術のようだった。
「その術を使う農民を一人、光朝国で雇わせて下さいまし!」
「ああ、その条件なら確かに金を取るわ。雀の涙程にな」
ホッと安心したミアイだが、ちょっと待った。物価が全体的に高い国での『雀の涙』程だ。光朝国では、利益を出すまで数年掛かる遠大な計画である。
だが、ミアイはその情報を高値でも買い取るつもりでいた。具体的に言えば、光朝国の農民の年収の十倍、金貨七枚程もだ。
対するヴィジーは、農民一人が国に貢献する金額に換算して、大銀貨七枚程のつもりでいた。
光朝国も、決して物価が安い訳では無いのだ。相応の金額を国から引き出す計画をミアイは勝手に立てていた。
ただ、ヴィジーも決定権は握っていない。精一杯サービスして、大銀貨二枚で充分かと云う腹積りになっていた。
この差が、国の豊かさと物価に相応した、相場の差だ。
国の持つ金銭的余裕と、反比例するのだ。
だが、アイヲエルはこう考えるのだ。
「ミアイ、わざわざ雇わなくても、今の情報全てを国に報告した方が、よっぽど安上がりじゃないか?
それに、農民一人とは言え、天星国の生産力を削る策は俺は反対するかな?」
「アイヲエル殿下には判らないのです!」
自力で行う場合、トライ&エラーを繰り返す必要が出て来る。そこを、農民一人雇って早期にその術を獲得出来るなら、例え金貨七枚だったとしても、光朝国は断らないだろうと判断していた。
因みに、ミアイのお小遣いでは全然足りない。
風神国の用立ててくれた支度金を使うのは申し訳ない。
よって、光朝国に支払いを任せるのだが、陣頭指揮を取るのは兄に任せるしか無い。
因みに、領土そのものは同一であることから、光朝国の収穫の増加は闇夜国をも豊かにするのだ。
但し、暗黙の了解事項として、収穫の半分ずつで分け合うことは守らなければ、結果的に自殺行為になる。
故に、ミアイは勝手に闇夜国にも出費を強いる英断を下そうとしていた。と云うか、予算も半々に分けられているので、こう云う場合、予算の出処も半々だ。
それで国が豊かになるならば、勲章モノとは言わない迄も、表彰モノの偉業となる。
ただ、ヴィジーには判っていたのだが、このやり方は、必ずしも光朝国でも有効とは限らない。
天星国の場合、空中島故に栄養素が少しずつ、島の下の地上に、流れ落ちているから有効だが、光朝国にはその流れ落ちた栄養素が畑にも降り注いでいるのだ。因みに、その空中島の位置は、魔法で封印して大陸のど真ん中に居座り続けるように固定されていた。故に、多少の風では揺れもしない。島の下端までにマグマと云うモノが無いため、地震も無い。
ただ、風神国との関係が悪化した時期に、不完全な『禁呪』の試し打ちを空中島に向けて放たれた時には、島が落ちるのではないかと云う位に揺れたと伝わる。ヴィジーも産まれる前の話だ。
ただ、実際には空中島が落ちる可能性は無いらしい。天星国の聖獣たる『天龍』の血を使って、空中島の真ん中に巨大な『アルフェリオン結晶』を『龍血魔法文字命令』にて一定の高さに維持する強力な結界が築かれているからだと伝わっている。しかし、実際に確認するにはリスクが高い。その『アルフェリオン結晶』を核に、土と岩を貼り付けて、強引に創られたのが天星国の存在する空中島だと云う。面積では、八カ国中最小だ。しかも、島の下端は昼間は光る。恒星を遮ってしまうが故にだ。
その、空中島を支える『アルフェリオン結晶』を核とする『龍血魔法文字命令』の存在の証拠が情報として残されている。それが、魔空船の動力にする核の六〜七個に分けている性能の殆どを兼ね備えたものが、フライトアーマーのコアとなる『アルフェリオン結晶』の真球だ。
但し、個人専用となる。
故に、ヴィジーがフライトアーマーのコアを仕上げる寸前に、アイヲエルに因る記名が求められた。
勿論、アイヲエルは言われるがままにコアの指示されたスペースに記名したが、その行為の意味は当初、判らなかった。
オーダーメイドした革鎧の左胸下にコアを埋め込んで、完成したフライトアーマーを受け取って、初めて、アイヲエルは自分専用の物だと判った。
「師匠、こんな大事なもの、頂いてしまって宜しいのですか?!」
「全員分は大変だし、制御出来る魔法の腕を持っているのはお前とミアイ嬢だけだから、ミアイ嬢の分が欲しくなったら、正規の値段を支払って購入しやがれ。
飽くまでも、正確な形の『アルフェリオン結晶』を作る練習用として作った、オマケの側面が強い一品だ。
正直、お前が弟子じゃなかったら、作ってやるつもりも無かった」
そのフライトアーマーのコアが、ハイスペックコアと云うべきか、ハイパフォーマンスコアと云うべきか……。
兎に角、惑星の自転に付いて行く性能を持つ、高性能なコアだ。
サインをすることで、個人的に使える代物だ。だが魔空船の場合、その動きをコア同士の位置関係で制御する為に六〜七個に性能を分割している。
かつて特許を取られたが、既に失効している為に、作り方自体はお金さえ支払えば教えて貰える。
コレも、氷皇国が『アルフェリオン結晶』の製法を真似できることで、普及して行くだろうと思われる。
「今回はお手柄じゃったから、儂からの勲章代わりじゃ」
アイヲエルは、その言葉を訊いて、フライトアーマーを受け取り装着すると、ヴィジーに抱きついて咽び泣いて喜んだ。対するヴィジーは迷惑そうだったのが、ミアイには印象的だった。




