第22話:寒波
意外にも、虹の湖が虹色に輝いている時間は中々に長かった。
だから、氷皇国へ向かうのも午後の便となった。
因みに、魔空船とアルフェリオン結晶の製法を記した資料は、アイヲエルが特許料を支払って提供してもらった。正確には、アイヲエルがヴィジーに頼んで、風神国から預かっている旅費の中から費用を捻出した。旅の期間が、半年分程はその費用が尽きたが故に短縮された。だが、泣く泣く諦めるしかなかった。因みに、あと二年程はアイヲエルは旅をする気でいる。
「氷皇国は、未だ観光シーズンには早いだろうな」
「そうですかー。俺ァ、ウィニーが余計な手を出して来れない場所に、早く行ければ充分ですけどねー」
アイヲエルは、当然と云うべきか、ウィニーを毛嫌いしていた。ミアイも、ウィニーはアイヲエルが思うよりも五倍は嫌いだ。本気で嫌いなのだ。『光朝国の芋娘』と云う呼称をウィニーが言い広めたから、てっきりウィニーがそう呼称し始めたと勘違いしているぐらいには、ハッキリと。
違うのだ。ミアイは立場上、痩せ細っていても、光朝国朝王の長女である事から、妹達に食事を優先した結果、一度だけ、食事が芋一個だったことがあったのだ。
ソレを兄たちがからかい半分に言い出したのをウィニーが聞き付け、しかもアイヲエルの婚約者になったから、これ幸いにとミアイの株を落としに吹聴して廻ったのだ。
ウィニーには、敵対属性国の、しかも『神子』と格別に扱われる、アイヲエル達が気に食わなかったのだ。ソレを大義名分の様に、吹聴して廻ったから、八カ国全てから嫌われた。何故ならば、内容を詳しく知れば、美談ですらあるからだ。馬鹿にしたウィニーが嫌われるのも当然だった。
長女故に、王の後継者候補に嫁ぐ可能性の高かったミアイ。事実、風神国と云う豊かな国の、第一神子に見初められた。お付きの者が軽く勧めただけで、アイヲエルは頷いた。
アイヲエルにしてみれば、自国に迎えて食事と化粧が変われば化けるとの予想から、選んだのみ。『光朝国の芋娘』?良く訊けば美談だ。事実、アイヲエルは弟達にミアイの妹を勧めた。故に、風神国と光朝国の繋がりは、意外に強い。
本当は、天星国が風神国との繋がりを強化しておきたかったのだ。豊かな国同士で。
だが、よりによって水帝国の第一帝子の言動が原因で阻まれた。アルフェリオン結晶を独占的に取り扱っている水帝国の第一帝子に依って。
しかし、アイヲエルは同時に、アルフェリオン結晶の独占状態の打破に動いている。水でダメなら、氷で良いじゃないと云うアイディアだ。
ヴィジーは、水帝国から「水帝国じゃないと作れない」と云う説を信じ過ぎていて見落としたが、確かに氷皇国でも可能かも知れない。
コレは、アイヲエルのお手柄かも知れなかった。
何せ、競争状態を作り出すだけで、その値段は半額は堅いだろう。
半額になれば、天星国に因る魔空船製作もかなり値を抑えられる。満足出来るだけの数を揃えることも出来る筈だ。
そうなると、ちょっと他国が困る事態が起きかねない。──戦闘用魔空船の製作だ。
勿論、その役目は空中モンスターとの戦闘が主目的になるが、軍事用となる可能性も含まれて来る。
ただ、『風の空間破壊呪』が、軍事用魔空船を落とす魔法として有力なのも確かだ。
だから、天星国は戦闘用及び軍事用魔空船の製作に、慎重であるべきだ。少なくともヴィジーはそう思っている。
兎も角、氷皇国は労力は要すれど、費用は掛からずに、アルフェリオン結晶、及び魔空船の製作方法を手に入れる未来はすぐそこに見えている。未だ氷皇国には見れないが。
アイヲエルがそこまで話を進めて行く予定だ。
コレは、アイヲエルの旅の与える影響は大きいかも知れないぞと、ヴィジーは覚悟を決めていた。
止めるつもりは無い。天星国にも利があり、不利益は殆ど無い。ただ、風神国と氷皇国も魔空船技術を手に入れるだけだ。
問題として、ヴィジーは国を代表してその話に口を挟む権限が無いことは間違い無い。
出来れば、天星国に報せたかった。何のことはない、手紙を書けば済む話だ。
観光旅行に近い、手紙を認める時間は充分にある。
問題は、検閲される可能性だ。元天星王とは言え、現役では無い。
現天星王に直で連絡が取りたい。それも、やり取り出来る形でだ。
ならば、念話で済ませたい。幸い、時間は魔空船に乗っている間に充分取れる。ただ、現天星王の側が手空きかどうかが怪しい。
それでも、ヴィジーは試してみた。結果は、五度目の念話で『煩い、コチラも忙しい』と返されて、どのくらいの重要案件かも伝えられなかった。
「水帝国に来るのも、コレで最後にしたいですねー」
アイヲエルはウィニーを嫌う余り、そう言った。
「そうですわね。食事もお粗末でしたもの」
ミアイがこう言ったことを知られると、ウィニーが大きく機嫌を損ねるのは目に見えていた。
だからこそ、二度と来たくなかった。
幸い、特許情報を手に入れるのは邪魔されなかった。
ならば、あとは氷皇国にて再現を試みるだけだった。
アイヲエルの想定では、失敗する筈が無かった。
だから、氷皇国に情報を無料で提供するのだから。
逆に、アルフェリオン結晶の構成が可能だった場合、金銭を支払って製品を売ってもらうつもりでいた。
先ずは、刀。武器としても使え、美術品として国宝にしても良い。
次に、魔空船の前に、何かの試作品を造ってトレーニングとしたかった。いきなり魔空船はハードルが高過ぎる。
候補としては、ヴィジーが腹案があると言っていた。
ソレが何なのかはアイヲエルは知らなかった。だが、ヴィジーの腹案ならば悪くは無い事を信じた。
そうして魔空船が氷皇国に入る頃に、急激な寒さに襲われた。慌てて防寒着を着るが、残念、ミアイの分が無い。
アイヲエルは自分の防寒着を脱いで、ミアイに着せた。そうして、奴隷娘達に自分を囲わせ、寒を凌いだが、何故かミアイがその輪に入り込んできて、序でに云うと、竜人娘二人からは、暖かさを感じなかった。それでも、居ないよりは寒くない。
「そうか……氷皇国は収穫の時期を終えたか……」
ヴィジーがそう呟くので問い質してみる。すると、この寒波は氷皇国が『禁呪』の試し打ちをした結果だろうと言われた。
「ひえ〜、魔法一発でこの寒さかよ。
こりゃ、一刻も早く用事を済ませて出国しないとなー」
「アイヲエル。そんなにも急いで成果を出して良いのか?旅をする理由が失われるし、『国としての依頼』とせねば、氷皇国は動かぬぞ?
その場合、勲章を得るのは風神王となっても仕方が無いぞ?」
「勲章は欲しいけど、俺の欲しい成果は、ただ勲章が副産物になるだけのことですからねー。
成果を挙げれば勲章が付いてくるなら、俺は勲章を得るのを必ずしも急がない!」
「それは、他にも勲章を得る手段を思い付いていると云うことか?」
「いやぁ、別に思い付いてはいないですけどね。
でも、八カ国が協力すれば、勲章モノの偉業なんて、出来ないとは決まらないと思うだけでして……」
「……お前なぁ──」
ヴィジーの口から発せられるのは、説教か将又雷が落ちるか……。
そう待ち受けたアイヲエルに発せられるのは──
「八カ国同盟を再び、ってかよ!確かに、成し遂げれば勲章モノの偉業だ。だが、儂ですら諦めた政策じゃぞ?」
ヴィジーの、驚きの声だった。師弟とは、似るものなのかも知れなかった。




