第21話:虹の湖
虹の湖は、魔空船から見た瞬間から、既に虹色に輝いていた。
波打つ度に、変わる色。その変化は、ちょっと見物だった。──否、ちょっとではなく、かなりか。
その、かなり見物の湖を湖畔で眺める為に移動して見ると、既に虹色タイムは終わっていた。
「なんだ、ざーんねん。
まぁ、魔空船で見れただけでも良しとするか!」
本当は、アイヲエルは未だ発明されたばかりの写真機で、この虹の湖を写しておきたかった。
だが、携帯するには未だ大き過ぎるし、色も限られている。真実、この虹の湖の美しさを写すには、未だ不充分だっただろう。
そうして、再び魔空船に乗る為に戻ろうとした時、ウィニーの姿を見掛けた。
何故、こんなところに?
それが、偽らざるアイヲエルの本音だった。
敵対意識を持たれていることは判っている。年頃も近いので、お見合いパーティーの時に出会って、知っている。
だが、あの竜人二人を見るような視線は何だったのだろう?
その視線が、アイヲエルを不安に駆り立てた。
まさか、その血を狙っているとは想像だにしなかった。
水帝国は、一部の陸地を整備して水が浸からぬ程度に道を確保して、後は水に沈むに任せている。
王宮・王城ならば、盛り土をして水に浸からないように対策はしてあるが、民家は高床式の建物を建てる事で対策している。
水が豊富だから、下水道設備は確り整備してあるが、上水道の設備は無く、国民はそこらの水を汲んで使っている。
国の聖獣は『青龍』だし、まさか龍の血を求めているとはアイヲエルは思わなかった。
ウィニーは、アイヲエルを敵対視したことで、不評を買い、婚約者は得られなかった。そのうち、天星国との魔空船での繋がりで、婚約者を得られるだろうと云うのが大半の予想だ。
ヴィジーは、その辺の判断を子孫に任せた。
故に、未だ婚約者を得られていない。
そもそも、天星国に言わせれば、魔空船の所有数を水帝国と半々にと云うのが納得出来ない。材料を用意出来るのが今現在、水帝国のみと云う理由だけでは納得出来なかった。魔空船の発明自体は、天星国の手柄の筈だった。
だから、もしもアイヲエルの依頼で、氷皇国にアルフェリオン結晶の作製が出来てしまった場合。天星国も氷皇国により良い条件で依頼することが出来る。
そうなると、益々水帝国は窮地に追い遣られる。ウィニーの結婚は遠退き、王座を継げるか怪しくなる。
ウィニーは、そこまでの危機感を持っていなかった。王座を継ぐのは、ウィニーの弟で事足りるのだ。
あとはただ単純に、ウィニーの弟が婚約者を得て結婚すればと云う話だ。王座を譲るタイミング一つでウィニーは王座を逃す。
そして、一度逃すと二度とチャンスは無い。
ウィニーは、ただ単純に、アイヲエルとの仲を繋いでおけば、婚約者の一人ぐらいは得られただろう。そうしておけば、水帝国帝王の判断で王座も譲られる。
子孫が途絶えることは、八カ国全てに於いて危機的状況だ。故に、年頃になると、王族はお見合いパーティーに招かれる。
本来、ウィニーに婚約者が居ないことは、八カ国全てにとっての危機的状況だと言える。
だが、風神国神子のアイヲエルと仲違いしたのは、多少の問題を無視しても、婚約を断る理由たり得た。
何故ならば、神子として、そして将来的に神王として、理由があれば、アイヲエルには王座を許さない権限があるからだ。この権限は、神子として神王を継ぐ資格を持つ限り、失われない。もっと言えば、神王を継いだ時点でその権限は半永久的なものになる。
但し、生存する神王経験者の過半数の権限があれば、アイヲエルからその権限を奪うことができる。例えば、問題を起こした場合にだ。だから、絶対的な権限では無い。
生存する神王経験者の過半数の権限があれば、大抵の事は決定的権限に繋がる。ただ、神王経験者となると、ルール違反には厳しい。故に、特許権を無視した言動はしない。だから風神国は魔空船を所有していないのだから。
つまりは、神王経験者の大半は、特許料を支払ってまで、魔空船の造り方を学ぶ必要は無いと判断していた。
或いは、子孫に勲章を獲得するチャンスを残していたのかも知れない。
事実、アイヲエルはそれで勲章を獲得しようとしていたのだし。
ただ、やはり問題は、アイヲエルとウィニーの間の確執だ。と言っても、ウィニーが一方的にアイヲエルを敵対視しており、アイヲエルはそれが原因で警戒しているだけに過ぎない。
だから、アイヲエルは一行にこう提案した。
「良しッ!氷皇国に行こう!」
──と。
ヴィジーが難色を示すと思われたが、アイヲエルがコッソリとウィニーの監視下にあることを告げ口すると、流石に反対しなかった。
ただ、湖畔のホテルで一泊する事は、時間と魔空船の便の問題で仕方なかった。
そうして、翌朝早くに起きだしたアイヲエルが、虹の湖が虹色に輝いているのを確認すると、急いで全員を起こし、虹の湖の湖畔に駆けてゆき、小一時間ほど、虹色の輝きを堪能したのだった。
アイヲエルは、カメラの発明を進化させ、小型化・高性能化する事は、想像以上の必須事項だと認識した。そうして、八カ国の絶景を捉えるのだ。
この事業は、勲章モノの偉業であろうことを、アイヲエルは認識したのだった。
如何にウィニーの動向が怪しいと言えど、高級宿に泊まれば最低限のセキュリティは確保されるのだ。
そうして、ウィニーの手の及ばないところで準備をし、直ぐに氷皇国に向かえば、ウィニーには手出しなぞ出来ないのだ。
そもそもが、聖獣が『青龍』の国で、龍の血を王族のクセに欲しがるのは、疚しい狙いがあるのに違いなかった。
どうしても欲しいなら、秘密裡に『青龍』の血液を得れば良いだけの話だ。
ただ、『青龍』は雌だと言われており、それがウィニーを制止するのかも知れないが、ヴァイスとシュヴァルツも女性だ。単に、『アイヲエルの奴隷だから』と血の搾取を躊躇わせないのだとアイヲエル達が知れば、ウィニーは帝子の座から引きずり下ろされるであろう。
その時になって後悔しても、手遅れなのだ。
ウィニーがその犯行を実行に移せない事は、帝子としての加護を得ているから故の事態であったのかも知れない。
或いは、単なるマグレか、気紛れか……。
それとも、ヴァイスとシュヴァルツの持つ加護に因るものかも知れない。




