第2話:旅立ち
広がる蒼穹の空の下、心地好く程良い風の吹く中、三人は旅に出た。
とはいえ、初日は王都の高級宿に泊まるしかない。
そうして、準備を整えるのだ。
その中で重要なものに、冒険者ギルドでの身分証明証の発行と云うものがあった。
ヴィジーは、既に持っている。Aランクから始まるランクを、Gランクまで上げていた。
冒険者ギルドの中では高い方で、例外なく有名人の為、その存在そのものがアイヲエルへの護衛任務を果たせる程だった。
「アイヲエル。ミアイと一緒に、ココで受付のオネーサンに手続きして貰え」
「はい、師匠!」
アイヲエルは、一見すると大人しめで落ち着きがあるように見えるが、その実、かなりの問題児だった。だからこそ、『旅に出る』なんぞと言い出したのだが。
「オバチャン、宜しく頼む!」
「オバ……!」
ゴツン。ヴィジーの拳骨がアイヲエルの頭の天辺に下された。
「いいか、アイヲエル。冒険者ギルドの受付嬢が幾ら年輩であっても、オネーサンと呼ぶのが冒険者の礼儀だ。
判ったら、返事と挨拶!」
「はい!よろしくお願いします、受付のオネーサン!」
実際には、十八歳のアイヲエルから見れば、三十路後半のオネーサンはオバチャン呼ばわりされても仕方ないのだが、そこは冒険者のマナーである。相手が老婆でも、オネーサンと呼ばなければならないのが暗黙のルールだった。
「あの……ヴィジーさん、ですよね?今回の用件は?」
「ああ……コイツラと旅をする事になったから、身分証明証を兼ねて、登録しておこうと思ってな。
容赦なく、最初のAランクからの登録で頼む!」
「あの……でしたら、最低でもあと一人か二人はパーティー登録しておいた方がよろしいのでは?」
「候補がおらんのだ」
そう、まさか国の重鎮を添えるほどの話ではなく、新米騎士では信頼が置けない。なので、三人パーティーでの旅と云うことになったのだった。
「オネーサン、その、最低でもあと一人か二人は……って云う意味は?」
「冒険者がパーティーを組む場合、三人以下と云うことは珍しいのですよ。何せ、戦力が足りないことを意味しますから」
「そこは俺の腕でカバーする」
ヴィジーは会話に割って入って断る。
「ふぅん……。理想的には、何人?」
「旅の過程で冒険するなら、合計六人か七人が理想的です。
多ければ良いって話じゃなくて、八人以上はパーティーより上のランクの集団を組みますね。レイドとかユニオンとかと呼ばれる」
「そう。ありがとう。
で?この書類に書き込めば登録できるのかな?」
「そうですね。──そちらのお嬢さんも?」
「ええ。よろしくお願い致します」
受付嬢がうーんと唸って難しい顔をする。そこへヴィジーが言葉を添えた。
「身の安全なら、心配ない。俺が上手くフォローする」
「ヴィジーさんがそう仰るなら……」
Gランクの面目躍如である。
書類は、然して難しい事項を書き込む必要もなく、ただ、個人情報故に、余り人の目に触れていい内容ではない。
アイヲエルとミアイが書き込みを終えると、すぐに提出して身分証明証を発行してもらう。
そうして、ギルドを出ると、アイヲエルは「行きたい場所がある」と言って、行き着いた先が。
「──奴隷商……」
そう、止めましょうと云うミアイに「来なくていい」と言っても付いてきた、貧民街で。
特別な許可を貰っていなければ扱ってはならないと云う、奴隷を扱う商館にアイヲエルはやって来た。
「……いらっしゃいませ」
余り歓迎されていないと云う雰囲気で、奴隷商の受付が挨拶をした。
「奴隷、見せてくれないかな?」
「少々お待ち下さい」
案内された待合室で、出された茶に、ヴィジーが「毒入りとは頂けないな」と看破して改めて紅茶が淹れられて、出された菓子も無毒のものをヴィジーが選んで二人に与えた。
「お待たせ致しました。これより案内しますので、どうぞ後に──」
「まず上の者を出せや。それとも、コイツラ、自分で喰って無毒の証明をするか?
客を商品にしようとは、とても許可の下りた奴隷商とは思えねぇな」
「しょ、少々お待ちを──」
「あんまり待たせるなら、国の監査入れさせるぜー!」
証拠の品とばかりに、ヴィジーが数個の菓子の包みを手に持った。
すると、余り待つこともなく、どっぷりと肥えた奴隷商がデカい態度で現れ、ヴィジーの顔を見ると顔を蒼くした。
「お、お待たせ致しました。当商館の館長です。
な、何か不手際でも……?」
「茶は一杯目は毒入りだし、ウェルカムデザートの菓子も、毒入り混じりと来た。
……おい。半年以内に経営体制を立て直せ。でなけりゃ、国の監査入れるぞ?」
後半は、脅し気味に低い声でヴィジーは言った。
「は、はい……今すぐにでも……。
──それで、用件はそれだけですか?」
「奴隷を買いたい!」
アイヲエルが欲望に忠実に真っ先に名乗りを上げた。
「はい?──ああ、買い物のついででございましたか。
部下に礼儀を弁えさせることも出来ておらず、大変申し訳ございませんでした。
どのような奴隷をご所望でしょう?」
「冒険者になれる奴が良い。この際、多少幼くても構わない」
「ほ、ほぅ……アチラの方のご奉仕は?」
これには、ヴィジーが被り気味に断った。
「そういう奉仕は必要ない!
ただ、男の奴隷はなぁ……。お姫様連れだから、変な眼で見られるのも嫌だろうし……」
「承知いたしました。
人種に偏見は?」
「無い!お買い得な女の子の奴隷で、多少ヤンチャでもいいから、何らかの形で戦闘に参加出来る奴が良い」
「……『多少』の『多』の方でもよろしいか?」
「値段次第だな。この際、美醜は問わない。処分に困っている奴隷が居たら、ソイツがいいな」
「……その条件ですと、当商館には二人ございます。
──こちらに案内しても?」
人数に関して、ヴィジーは疑問を持ったが、その疑問は後回しにすることにした。
「ああ。年頃の男女がコチラにはいるのでな、着衣の上で案内して連れて来て頂きたい」
「畏まりました。──おい、あの二人を!」
「……二人、ねぇ?」
ヴィジーは人数に関する疑問をここで口にした。まるで、こういう注文が来た時用の奴隷が備えられていたかのようだと、ヴィジーは警戒を強めた。
「とりあえず、コチラは予算が余り余裕が無い。二人連れて来られても、二人とも買い取れるとは限らんぞ?」
「それは、見てのお楽しみと云うことで」
まるで、欠陥品だけれど渾身の二人を紹介する、と云った様子で、奴隷商は二人が連れられてくるのを待った。
現れたのは、竜人の女の子、白と黒の二人であった。とは言え、竜人の寿命は永い。何歳のものなのか、ヴィジーは若干の不安を抱いた。
「コチラ、仕入れたはいいものの、成人近くになるまで、あと数千年は掛かると云うことで、処分に困り、炭鉱送りも考えたのですが……」
「二人に自己紹介をお願いしたい」
「畏まりました。二人とも、名を名乗りなさい」
「ヴァイス、約六千歳だよ!」
まず白い方が名乗り──
「シュヴァルツ、約七千歳だす!──あっ!」
黒い方は、『だ』と『です』を同時に言おうとして、こんな言い方になってしまったらしかった。
取り繕わなくていい、とヴィジーが言い含めた。
「──で?どうやってこの二人を攫ってきた?
下手すれば、竜人と人との全面戦争と云う事態の引き金になりかねないが?」
「そ、それは──」
「うーんとねぇ、ヴァイスはねぇ──」
「止め──」
ヴァイスが喋るのを止めさせようとした奴隷商が、ヴィジーに手で制されてヴァイスは語る。
「──シュヴァルツと一緒にご飯をご馳走になったら、眠くなってきて、気がついたらここにいたよー」
「ほう。眠り薬でも仕込んだのかな?」
奴隷商は汗だくである。動揺を隠しきれていない。
「御飯が足りないー、って言っても、食べさせてくれないの」
「暴れなかったのか?」
「んとねー、暴れようとしたら、頭が痛くなるのー。それでも暴れたら、頭が凄く痛くなったから、二度と暴れないようにしようと思ったのー!」
「……人間に換算したら、何歳なんだろうな?」
ヴィジーが疑問を呟く。知識は豊富な方だと思っていたが、竜人とは関わる切っ掛けが無かったが故に、ヴィジーを以てしてもその情報は分からなかった。
「んとねー、竜人は一万歳で成人と言われているよー」
「だとしたら、単純計算で十二歳と十四歳相当か。にしては、喋り方が幼いな。……一服盛ったか?」
ヴィジーの視線が鋭く奴隷商を射抜く。だが。
「お待ちください。喋り方に関しては、薬を盛ることも含めて、何も手を加えておりません。
ただ、仕入れた者から、『幼いからチョロかった』などと言われており──」
「ほぅ。で?どんな客に売るつもりだった?
売れ残りの奴隷の末路は、炭鉱送りだろうが、こんなに幼くちゃ、役にも立つまい?」
「しかし!……掛かった食費の分くらいは取り戻したいのです」
「二人で銀貨三枚だ!」
「それは──余りにも……」
「それとも、二人を在庫としてこれ以上の食費を掛けさせたいか?」
その言葉がトドメになった。だが、言われた通りの値段にするのは、奴隷商も癪だった。
「銀貨七枚で!」
「いや、銀貨三枚だな」
「クッ……!銀貨六枚では?」
「いいや、銀貨三枚だな」
「交渉になっておらんではないか!
銀貨五枚!これ以上はビタ一文負からん!」
「仕方がないな。銀貨四枚。これが最大限の譲歩だ。
さもなくば、国に訴えて、回収された奴隷の中から安く譲ってもらう」
「クッ!……国に訴えて、動いて貰えるとでも?」
「動くだろうなぁ。俺は元天星国王だし、コッチに居るのは、第一神子とその婚約者だし。
ああ、そうか。お前は儂は兎も角、コイツらの顔なぞ見知ってはおらぬか」
「なっ……!……偽りであろう。そうやって脅して──」
「ソッチに賭けてみるか?別に構わんが。そもそも儂の顔は見知っているんだろう?
銀貨数枚をケチって商館ごと失うとか、その先のお前の人生なぞ、考慮してやらんぞ?」
「チッ!銀貨四枚と大銅貨三枚!この位のオマケぐらいは容赦せい!」
フム、とヴィジーは考えた。
「アイヲエル、お前の支払いだ。払えるか?」
「別に、そのくらいの出費は問題ない。ただ……少し稼ぎたい。ギルドでの登録では支払いは発生しないみたいだったけど──」
「それは、お前とミアイの身分があってのことだぞ?奴隷の登録は、一人銀貨一枚くらいかかる」
「だとしたら、支払える金額として、ギリギリだ」
「支払ってやれ。でないと、一人減らされるぞ?」
「──それは困るな」
そこからは、話は早かった。アイヲエルが銀貨四枚と大銅貨三枚を支払い、アイヲエルが見ていない状況で二人の身体に傷が無いのを調べ、綺麗な服に着替えさせて、引き渡し。余り粗末な服を着せて商館から出されると、商館の評判が悪くなるので、安物だけど綺麗な服だった。
引き渡しの際には、奴隷の持ち主を変更する呪術が使われたが、ヴィジーの監視下で、今さら不正を出来る訳もなく。
「よし、お前ら。俺のことは親分と呼べ!」
等とアイヲエルはご機嫌だったが。
「はい、親分!」
「あい、親ビン!」
ノリ良く付き従う二人を連れて商館を出たのだが。
「ええい、塩撒け、塩!」
商館長がそう言って塩を撒こうとした瞬間。
「待て!国の衛兵だ。第一級呪術使用禁止罪の違反で、貴様らを捕らえる!」
余計なことをしようとした商館長が、違法行為をやろうとしたことで、国の衛兵に捕まる事で、ヴィジーの言葉が真実だったことを知る。
アイヲエルは調子に乗って、二人にこう言ってしまう。
「よし、二人とも。今晩は鱈腹食べさせてやるぞ!」
「鱈腹です、親分!」
「鱈腹だす、親ビン!」
その晩、二人が鱈腹食べたことで、アイヲエルは秘密の貯金であった七枚しかない金貨の一枚を砕く羽目になったのは、自業自得だろう。