第18話:下る天罰
「うーん……どの順で巡ろう……」
一行の旅は、行き先の順序をアイヲエルが迷うことで、足止めになった。
幸い、豊かな天星国に居る。食事は、風神国には劣るものの、ミアイの婚約前よりは、大分豪華な料理を食べられている。
但し、費用の面の問題もある。アイヲエルは早急に行き先を決める必要があった。
「師匠!この国と水帝国との魔空船の行き来は多いのですよね?」
「ああ。結果論だが、魔空船の所持数の関係でな。
幸い、水の確保も水帝国なら楽だ」
材料の大元が水である以上、水の確保は何よりも大事だ。
本来なら、水帝国も『禁呪』の試し打ちさえ辞めてしまえば豊かな国になれる素質を持っている。
だが、アルフェリオン結晶と云う副産物が出来てしまった。その情報が広まれば、『禁呪』の『不可能論文』の作成を辞めてしまう国が現れかねない。
「良し!やはり、水帝国に行こう!」
ミアイは、アイヲエルが考え出した案に、ウンザリとした。せめて、天星国にもう少し留まれないのかと。
だが、方針を打ち出したら、三日と耐えられないアイヲエルである。三日以内に、水帝国を目指すことはほぼ確定事項となった。
と云うのも、アイヲエルは粗食に対する耐性を持っているのだ。イザとなれば、保存用の非常食でも耐えられる。一食芋一個と云うレベルは耐えられるものか、非常に疑問だが。
但し、光朝国のことを考えると、アイヲエルの方針は都合が良い。光朝国と風神国の貿易が加速的に盛んになる未来が見える。
ミアイは、家族を始めとした一族のことを思って、溜息を吐きつつも耐えてアイヲエルに付き合うことにした。
ヴィジーは、水帝国に着いたら、王宮に挨拶に行かなければならないだろう。アイヲエルはそれにも付き合うつもりでいた。
何せ、魔空船の製作事業は、ヴィジーが始めたのだから。水帝国に対しては、大きな恩がある。
問題は、付き合うつもりのアイヲエルだ。水帝国に嫌厭される可能性は大いにあり得る。
「おい、アイヲエル。儂は水帝国に着いたら王宮まで挨拶に参らねばならぬが、お前は来るな」
「──迷惑でありますか?」
「率直に言えばな」
ここまで言われれば、引き下がらざるを得まい。
「分かりました。水帝国に着いたら、別行動と云うことで」
「ウム。水帝国には貸しも借りも両方沢山あるのだ、国に訪れたと云うのに挨拶に行かん訳には、な」
「成る程、それで借りを一つ返せると」
「馬鹿者。そんなに軽い貸し借りでは無いわ!」
魔空船とアルフェリオン結晶絡みの貸し借り。双方共にそんなに軽いものでは無い。
だが、挨拶を疎かにして良いと云う訳にもいかない。
「師匠は……『八属性全ての空間破壊呪』の発動の時には在位されてたんですよね?」
「ああ……悲惨なインシデントだった……。
アルフェリオン結晶の発案者でもあるから、恩もあるが……。
八カ国全てから恨まれていると思って良かろう」
「一体、ソレを遂行したのは何者ですか?」
「──闇夜国王子、ムーン・ダーク。
功罪共に大き過ぎて、自主的に異世界の扉を開いて旅立った。ソレが、奴に課せられた罰だ」
「異世界?!そんな事が可能なのか!」
「『八属性全ての空間破壊呪』によって、空間の裂け目が生じた。ソコに飛び込んだだけの話よ。
八カ国は、ソレを以て闇夜国を赦し、ソレ以上の罰は与えなかった。
まぁ、闇夜国と、序でに光朝国も大きなダメージを負ったがな。
天星国も、ソレ以前はもっと大きな島だった」
当時のことを思い出すヴィジー。何処か哀しげだった。
「闇夜国、と云うことは、母上の出身国ですね。
そう言えば、風神国を『針の筵のよう』だと言っていましたが、ソレはそう云う意味だったのか……」
アイヲエルは風神国王妃のことを思ってそう言った。だが──
「ムッター王妃の兄だからな、ムーンは。
遂に王座を継がずに出奔して、最早戻る宛も無い。
故に、闇夜国は責められず、未だ幼かったムッター王妃が風神国に人身御供となり、風神国王妃となれたのは、かなり幸いな結果だったろう」
責任者不在の裁き。罰と云う名のご褒美。
そう、やはり、ご褒美は美しいのだ。
ミアイも見たことがある、アイヲエルの母、ムッターを。年老いることも無く、化粧で美しいその出で立ちは、ミアイも目指さんと思っていた程だった。
だが、ああ、何ということだろう。風神国の美食は、ムッターの臓腑を焼く毒だったのだ。
嗚呼、何ということだろう、闇夜国は、光朝国が豊かにならなければ、豊かになることも無いのだ。
闇夜国の『禁呪』は、完成形が見えているだけに、あと必要なのは『魔法の正確な名前』だけなのだ。故に、試し打ちはしていない。
ヴィジーが光朝国朝王に助言したことで、『光の空間破壊呪』の『不可能論文』が書かれれば、その証明が終わった瞬間から、光朝国は『禁呪』の試し打ちの必要が無くなる。
そこからは、富国政策が敷かれる筈だ。
『禁呪』の『正しい魔法の名前』には、『V音』が必要だとほぼ確定的に予測されている。その由来が、『ラヴェンダー』と云う花の名前である事を知る者は少ない。
だが、闇夜国は『V音』に絡めた『ブラックホール』に関わる『魔法の名前』は、一通り試し終えている。
問題は、『ラヴェンダー』以外の花の名前で、必要な要素が解明されていないことにある。
故に、『ヴォル・ヴィン』と『ヴァイ・ヴィ・ナート』の二つしか、『禁呪』の『正しい魔法の名前』は判明していないのだ。しかも、『ヴァイ・ヴィ・ナート』に至っては、もう一度試すと、世界が滅びると言われている為に、試し打ちする者も居ない。
一説には、一度のみ試し打ちしたムーン・ダークは、精神を病んでいたと云う。
病みを抱えるのは、闇夜国の産まれの宿命だ。精神なら、直接的に生命に関わらないだけマシだと言われているが、果たして本当にそうだろうか?
精神を病むツラさは、経験者しか分からない。
だからといって、精神を病んだから、何をやっても良いなんて話は無い。
天は等しく、罪人に天罰を下す。
だから、犯罪者は必ずいつか、捕まるのだ。
天罰が下っている最中は、人は誰もが無防備だ。
下るだけなんて、下らないと云う者は、恐らく詰まるのだろう。
下るのと詰まるのと、どっちが苦しいであろうか?
兎も角、ムッターはそんな理由で美食でお腹が下っているのであった。
アイヲエルは、その辺の事情をイマイチ知らない。
だから、ムッターは出来るだけ粗食で、と食事に注文を付け、美食だと天罰が下ると文句を付けるのだから。
美食だと文句を付けられることを、風神国の王宮料理人は知ったことでは無かった。
尚、ムッターは誰かと一緒に食事する事はほぼ無い。
だから、出来るだけ粗食をと云う注文を付けていることも、王宮料理人達しか知らない。
だから、ムッターの姿は美しいのだが、天罰のお陰で色々と台無しなのだった。




