第16話:名前のルール
一行は美しい星空を見上げてのヴィジーの解説に、夜通しその神秘に魅せられて、翌朝、すっかり寝坊してしまった。
お陰で、朝食を逃し、昼食が朝食代わりだ。
「あら。風神国の食事の方が美味しかったわね」
ミアイはナチュラルに毒を吐いたが、コレは天星国では仕方が無いのだ。むしろ、頑張っている方だ。
「島とは言え、天空にある島だからなぁ……」
水が高いのだ。故に、穀物・野菜・果物が高く、飼料が高い為に肉も高い。序でに魚介類も高い。
要するに、あるにはあるが、何でも物価全体が高いのだ。
だが、住人も少ないから、行き渡らない訳では無い。経費の高さ故に物価の基準がそもそも違う。
だから、同じ値段で食事をしようと思うと、比較的粗末になってしまうのだ。
「風神国の豊かさは異常だからなぁ……」
そう、天星国ぐらいが当たり前。風神国が異常に豊かなのだ。
故に、風神国が輸入する品は、各属性の魔石以外には代表して挙げられる物は無い。
逆に、風神国が売って欲しいのに、売って貰えない品もある。魔空船がその代表だ。
他にも、空気に対して浮力を持つ、水帝国の特産品・水のアルフェリオン結晶と云うものもある。実は、コレが魔空船を作る為に必須なのだ。
天星国は、魔空船を代償にする事で数倍量の水のアルフェリオン結晶を譲って貰っている。だから、実は天星国に次いで、水帝国は魔空船を多く保有している。
アイヲエルがそれを知らないのは、大陸の正反対に存在する国故に、情報が回って来ないからだ。
「魔空船を売れば、風神国から食糧品を売って貰えるのではないかしら?」
「魔空船は安売り出来ん!」
水のアルフェリオン結晶は魔空船の材料故に売買するが、それとて、積極的と云う程の頻度ではない。必要数を確保してしまったからだ。
それに、空気に対して浮力を持つのでは、取り扱いに注意しなければ、空へと逃げられてしまう。
まぁ、魔空船の場合、『龍血魔法文字命令』で浮力を数倍に高めているから、積載量も多いのだが。この際、命に係わる問題ではない為、鳳凰の羽ペンである必要は無い。
軍事力で言えば、天星国が一番であろう。何しろ、攻めて来られる心配が無い。水帝国の魔空船でも、天星国の魔空船の方が高性能故、容易に迎撃できてしまう。
風神国も、豊かであるが故に軍事費に割ける費用も大きく、軍事力は高いが、空の軍事力は持っていない。
過去、何度も風神国が魔空船の購入を天星国に持ち掛けたが、天星国が応じることは無かった。
食糧品の五割。天星国は風神国にその条件で魔空船の購入条件として挙げたことがあるが、当時の風神王はそれに応じなかった。
『国を豊かに』。全ての国が掲げている目標だ。それを犠牲に、『禁呪』の試し打ちをする愚かさも分かっている。
だが、これまで戦争が無かったから、これからも戦争は無いとは言い切れない。
その時、アドバンテージを握っているのは、魔空船を持つ天星国と、『禁呪』を完成させている風神国だ。
魔空船と『禁呪』が正面からぶつかった時、勝つのは『禁呪』の方だ。だから、天星国側は真正面からは風神国とは戦うつもりは無い。
と云うか、他の六ヵ国も誤解しているが、風神国も天星国も戦争を引き起こすつもりは無いのだ。
平和で豊か。これ以上の何を求めると云うのだろうか。
水帝国も、『禁呪』の試し打ちを辞めれば、充分に豊かな国を築ける土台は整っている。
何より、水が豊かなのだ。この利点は大きい。
風神国のアドバンテージとして、風の強弱を操れると云う利点がある。
余り強過ぎる風は毒だ。国土を荒らすことになる。
故に、心地好いくらいの風を、常にコントロールすると云う仕事が風神王の大きな仕事の一つである。
だが、この一点をヴィジーはアイヲエルに教えていない。
風神王が教えるべきだろうが、ヴィジーはアイヲエルが気付くまで待っている。
「ふぅん……風をコントロールしたら、魔空船を飛ばすのに有利に働きそうだなぁ……」
だが既に、アイヲエルは風をコントロール出来る能力を備えているのだ。ヴィジーもこの発言に、危機感を覚えた。
天星国より優れた魔空船の運用。それをされた時、天星国のアドバンテージは失われる。
なのに、特許を取ってしまった。特許を取るには、精密な構造を正確に報告しなければならない。
それが故に、特許の権利が失われた今、お金を支払って特許の内容を知ることも可能だし、天星国の許可なく魔空船を作れてしまう。
まぁ、水帝国とのトレードが、風神国には大変だろうから、材料を集めるだけでも相当に苦労する筈だ。
だが、ノウハウが知れ渡った時、最も有利なのは風神国なのだ。
風属性。それ故の優位。
風神国が最も豊かなのに、伸び代も又、風神国が優位なのだ。
天星国は、余り伸び代が無い。せいぜいが、天体物理学の解明程度だ。
ただ、ヴィジーは甘く考えていたのだ。敵対属性に対する考え方と云うものを。
それは、天星国が地底国より明らかに上位にあったからであるが、水帝国の帝子、ウィニー・ウォーターとアイヲエルは、お互いに敵対意識を持っていたりした。
地理的に会うことも殆ど無く、ヴィジーの眼前でアイヲエルとウィニーとの敵対意識を見ることが無かった。だからヴィジーは知らない。
お見合いパーティーに於いても、最も美しかったアイヲエルの妹は、ウィニーを嫌った。そして、天星国の星子に見初められた。
アイヲエルには直接関係は無いが、ウィニーはそれでアイヲエル──と云うか、風神国全体──に対して敵対意識を持った。
敵対意識を向けられたら、アイヲエルも敵対意識を向ける。
そして、あろうことか、『光朝国の芋娘』こと、ミアイをアイヲエルは婚約者に選んでいたことを、ウィニーは『ざまぁ』等と勝手に思っていた。
その思いを吹聴していた事から、二人の耳にも入ることになったが、当人同士は望み通りで文句も無く、ただ、ウィニーをより強く嫌うのみであった。
今のミアイを見て、ウィニーは果たして同じことを思うだろうか……。否、アイヲエルを羨ましく思うだけである。
ウィニーも、氷皇国の王女を婚約者に迎えたのだ、痩せぎすではあるが、醜くは無い。
彼女も、風神国に嫁げたら……と願っていた一人である。
きっとウィニーは嫉妬するであろうが、婚約した相手が逆であっても、ウィニーは嫉妬するであろう想定は変わることは無い。
全ては、国の豊かさ故に。
そもそもが、お見合いパーティーにアイヲエルが参加した瞬間から、妹を除く全ての王女から、アイヲエルはターゲッティングされていたのだ。
偶々、話が合ったのがミアイだっただけの話だ。
恐らくその名前がミアイを運命に導いたのであろう事実は、否定し難い。
世の中、名前は重要なのだ。故に、世の親は悩むのだが、世の中には名前を付けるルールと云うものがある。形には見えないが。
それに逆らうだけで、赤子は容易に亡くなってしまう。
残酷だが、ルールを知らない者が悪い。
因みに、アイヲエルもミアイも、九月生まれである。
だからこそ許された名前である事を、本人たちは未だ知らない。




