第15話:魔空船
一行は、火王国の戴冠式と結婚式を見届けて、次の目的地へと旅立った。
その際、アイヲエルが次の目的地にしたのが。
「師匠の国を見に行ってみましょうよ。何か、政策として巧いものがあるかも知れない」
だが、ヴィジーの答えが。
「魔空船を飛ばしている以外、風神国とは大差無いと思うがなぁ」
と云うものであった。
ならば、その魔空船の知識が欲しいと云うのが、アイヲエルの欲求である。
だが、それは国の秘密事項であると、ヴィジーに断られる。
空を飛ぶメカニズムさえ解ってしまえば、真似できる!と、アイヲエルは魔空船に一度は乗ることを決定事項にした。当然、ヴィジーには直前まで伝えない。
だが、竜人娘二人に告げてしまえば、二人が公開してしまうことは自明の理だった。
「空を飛べるのです?」
「空を飛びたいのだす!」
二人のその発言で、ヴィジーが気付いた。
「アイヲエル。魔空船に乗るのは良かろう。だが、その技術は、タダでは他国には渡せん!」
確りと断りを入れられてしまった。だが、逆に言えばタダでなければ良いと云う意味にも捉えられる。
「特許料でも支払えば、情報公開して頂けますか?」
「ウム。それであれば問題は無い」
ヴィジーが、ニヤリと笑ったのが不気味だった。
魔空船は、特許の期間が過ぎているのだ、特許料を支払えば、造り方のノウハウが公開される。造るのも問題無い。
だからといって、材料の全てが調達可能とは限らないのだ、材料が何なのかは分かっても。
アイヲエルは、特殊素材を使っている可能性が高いな程度の覚悟はしておいた。
何かを隠している事は確かなようだが、全く入手不可能なものが用いられている可能性は低かろうと甘く考えた。
となれば、天星国にも魔空船で行ってみたい。
幸い、日に二〜三本は飛んでいるようだ。
「良し、次の便に乗って行ってみよう!」
アイヲエルは、決断したら行動は早かった。
魔空船から観た風景は、それは素晴らしかった。
火王国を上空から観れるのは勿論、乗った便の時間帯が良かったのか、光朝国が暗くなり、紫に染まった後に暗い闇夜国になる光景も観られた。
そして、上空にある天星国島に着いたのは、夜中になったが、何やら、照明具の類が多く、然程暗さを感じない。
「天星国の見処は、照明具を消し去った後の星空じゃ」
魔空船の都合で照明具を付けているらしく、着いて宿に入る頃には、照明具が消し始められていた。
そうして、宿の窓から外の空を見上げるのだが、それはそれは素晴らしい星空だった。天の川に該るものも観える。
ただ、この星の天体の動きは可怪しい。
北から昇った星が、時期によって違う経路を辿って北では無い方角に沈む。東や西、南にだ。
こんなにも可怪しな天体の動きをする事から、天星国に於いてのみ、天体物理学の研究が先取りしている。
一説には、地軸が斜めに傾いているなんて説も有力だ。
星は、観える時には既に上空にあるものもあるので、星の動きを時間を掛けて撮影すると、ますます可怪しな天体写真が撮れる。
弧を描いて写るのは確かなのだが、時期によってその描く弧の角度は、全く違う。
ただ、北から昇る事は確かなのだ。
太陽が西から昇り、月が東から昇るのも確かだ。
だが、その描く軌道は、何処か不自然だ。
ならば、昇る方角も変わっては可怪しくないのではと思えてしまうのだが、ソレは大きくは変わらないのだ。
今現在、天星国の天体物理学は様々な学説が飛び交い、イチから全部合っている説と云うのは少ない。
しかも、整合性が取れていそうな学説が全く違うのだから、最早、『そうなる様に』創られた宇宙なのではないかと云う解釈をする学説の方が、実際に起こる天体の動きに近いのだが、因果関係が逆なのだ。
天体の動きに合わせて学説を立て、それで学説が成り立っているのだから、実際の天体の動きに近くて当たり前なのだ。
だから、未だこの世界の天体物理学は完成しているものは無い。何せ、学説そのものは一万年以上前からあった説が、それぞれの星の動きによって、天星国から観える星空に同じ形のまま、そんなにもの期間を同じ位置にある筈が無いからだ。
ただでさえ不確かな天体物理学説が、年単位の時の流れによって変化する、その全てのパターンを立証すると云うのは、難しいものなのだ。何せ、同じ恒星系以外の天体で、望遠鏡を使ったと言っても、観える天体迄の距離は何億光年と云う単位になる。何兆光年と離れている星も観えていると考えるなら、既にその星は寿命を終えているかも知れない。
そして、一切の光の通過を許さない、ブラックホールと云う天体もある。ブラックホールが、光の速さを上回る重力加速度を持つ天体である事は、『禁呪』の研究とも相まって、ほぼその可能性は確からしいと立証されている。何せ、不自然な星の配置のスペースが空いている空間があるのだ。
特異点を創り出すと云う目的の、『禁呪』との共通点は一部の一致を見ている。
ただ。ただ、だ。
人間の目が、光の速さの粒子しか捉えられないとする学説がある。だがそれは特異過ぎて、可能性としてはあり得るとしても、だからタキオンは捉えられないと云う学説に繋げてしまうのは強引と言えた。
タキオンは、光速を最低速度とする粒子だ。ただコレが、恐らくは物質との間に斥力を持ってしまっているのだ、惑星と云う大きな物質に近付けないのも仕方が無い。
ただ、このタキオンの存在を否定すると、何故、宇宙は限りなく広がっているのか、と云う疑問に対して、回答に困る。タキオンが先に領域を確保しているから、と云う理由付けの方が、遥かに現実的なのだ。
そして、タキオンは目視出来ないから、観測機器も無いし、惑星上に衝突する可能性がほぼ無い。故に観測機器の開発も不可能だ。
……と、この様に天星国の天体物理学は他国の追随を許さないのだ。この惑星が星として小さい方である、と云う事実すら知らないのが、天体物理学者以外の人間の常識だ。勿論、恒星の専門の天体物理学者が光朝国には居るし、衛星の専門の天体物理学者が闇夜国には居る。ただ、太陽と月も星として捉え、研究している学者は天星国にしか居ない。
序でに言えば、太陽の研究だけでは光朝国が確かだし、月の研究だけでは闇夜国が確かだ。天星国の天体物理学者には、太陽と月も含めた研究をする者が居る。だが、全ての整合性を兼ね合わせる学説は、100%正しいものは無い。
それこそ、『禁呪』の研究並みに難しいのが、この惑星の天体物理学なのだ。
さて。アイヲエルはココまでのヴィジーの説明の、何%を理解出来ただろうか?
恐らく、半分も理解出来ていないのに違いない。
ソレを承知の上でヴィジーは説明したのだから。アイヲエルもきっと、承知の上だ。




