第14話:格好良い王の形
火王国の戴冠式まで見届けた一行は、火王国の観光を始めた。
見所は、特に今も炎を噴き上げる活火山。
他には、グルメとして辛い食べ物が美味しい国だった。
活火山はアイヲエルに言わせれば、「この星が生きている、って気がするぜー!」と云う意見だった。竜人娘たちも、「星が活きているのです!」「山が火を噴いているのだす!」と言い放つ。
スパイスの類は、風神国も輸入すべきだろう。恐らく、吹っ掛けられる筈だが。
ただ、それだけの財産を火王国が独占している状況は、経済的に不自然だ。恐らく、何かの規制を設けているのだろう。だがそれも、嫁いだ『騎士姫』に働き掛ければ、『禁輸状態』からは脱する筈だ。
成る程、王妃が政に口を挟むと、国を傾けさせる訳だ。
ミアイはそうならないで欲しいとアイヲエルは祈る。
ただ、ヴィジーは何故『騎士姫』を嫁がせたのか?
国全体を傾けさせる可能性には気付いていた筈だ。
とても、火王国を救う為とは思えない。
──否、グラハムを即位させる為に、他の選択肢が無かったのだ。
恐らく、嫁ぐ前に内政干渉はしないよう、言い含めている筈だ。
その上で、火王国の発展に注力する努力を、『騎士姫』からグラハムに働き掛けさせる為にだ。
今現在、火王国は豊かな国とは言い難い。
だが、火王国に根付くスパイス文化は、独占を止めれば、大量の外貨が手に入る。
外貨は、他の国から食糧を始めに、あらゆる商材を得る手段たり得る。
その上で、スパイスの輸出量をコントロールすれば、火王国のスパイス料理と云う文化は維持出来る。
微妙な駆け引きが重要な場面だ。アイヲエルならどうするかを、自らの頭で考える。
スパイスに、同質量の金に匹敵する価値を与える。こんな辺りが落としどころだろう。
そもそも、スパイスは比重が軽いので、金に匹敵する価値を与えても、意外とそんな大袈裟な金額にはならない。
但し、金貨で取引するとなると、金貨には同質量の金に付加価値を付けているのでまた話が違ってくる。
やろうと思えば、金貨で金を購入し、金貨に加工すると、儲けが出る。但し加工が大変なので、そこまでして儲けようと思う者は少ない。
八ヵ国の何処でも、金の加工技術は高いのだ。国としての事業として大量に加工するから利益が出て来るが、大した儲けにはならない。
「スパイスを使った料理が美味いのは分かったけど、スパイスの使い過ぎだなぁ、舌が未だ辛い」
当然、宿で出される料理もスパイス料理だ。何にでも大量のスパイスを入れてある。パンに至って迄もだ。
この国の人が慣れていて半分麻痺しているのであろう。輸出して価値が高まると、丁度良くスパイスを控えた料理になると思われる。他国の旅行者にとっては、その方が有り難い。尤も、国民にとっては物足りなくなってしまうのだろうが。
だが、この国の経済を早急に回復させるなら、今目の前にあるスパイスが効果的であろうことは容易に予想が付く。
「しかし、グラハムの奴、経験不足で国王になって、ちゃんと政治を廻せるのかねぇ……」
「それは心配要らん。政治の殆どを廻すのは配下たちだ。グラハムは判断だけ決めれば良いだけであって、難しい判断にはあの娘が口出ししよう」
「……国政を王妃に口を挟まれると、国が傾くのではなかったですか?」
「王妃が支配すればな。大丈夫、あの娘は助言程度で済ませる筈だ。女性の勘と云うのは案外当てになる。それに……難しい判断以外にも口を挟ませるほど、グラハムも愚凡では無いだろう」
「愚凡~?」
「ボグン~?」
竜人娘たちが混ぜっ返す。ヴィジーが軽く笑って流した。
「アイヲエル。お前も愚凡な神王にはなるなよ。神王は、格が一つ上なんだ。そこが愚凡では、八ヵ国全体の不利益になる。……まぁ、愚凡の自覚があったから、目を覚ます為に旅立ったものだと信じているが」
「そうですねー。『愚凡な神王』とは呼ばれたくないですね。出来れば『賢神王』とぐらいには呼ばせたいですねー」
「フフ……儂に追い付くと言うかよ。せいぜい頑張ってくれ給え、アイヲエル殿下」
バシーンとヴィジーはアイヲエルの背を叩く。アイヲエルは気合を入れられたのだと判った。
「そうですね。先ずは火王国からのスパイスの輸入事業から始めてみますか。現風神王は恐らく本気でそんな取り組みをしようと云う気は無い筈。
俺の代で改革すれば、風神国の料理は更に豪華になる!」
えっ、それは困るとミアイは瞬間、そう思った。今でも食事は控え気味にしているのに、更に美味しくなったら、控えられなくなってしまう。肥って見捨てられるのは嫌だと、瞬間的にそこまで思った。
だが、アイヲエルは女性は出産を終えると肥るのは仕方のないことだと思っていたことまでは、ミアイは知らない。少しぽっちゃりした位で可愛いのが、アイヲエルの理想だ。
事実、アイヲエルはミアイの体重が増えることも計算の上で、愛らしいと考え、伴侶に選んだのだから。
年に一回開かれる、八ヵ国の王子・姫が集ってのお見合いパーティーは、二人とも初めての参加で即座に婚約まで決めたのだ。当然、二人とも一度しか参加していない。それでも側室のことを考えて、特にアイヲエルには何度もそのお見合いパーティーのお誘いがあったのだが、全て断り、三度断った以降はお誘いすら来なくなったのだ。
二人とも、この婚約が台無しになると、非常に困る立場に居た。故に、ミアイは旅への追従をする為に、スレイプニルすら借り付けたのだから。
今のミアイは、この八ヵ国世界に於いても、トップクラスの美人だ。しかも聡明。嫁の貰い手には困らないだろうが、それすら、アイヲエルと婚約し、風神国に滞在していたが故にだ。昔のミアイは、『光朝国の芋娘』と言われても、仕方がない程に磨かれていなかったダイヤの原石だった。
当然、アイヲエルには感謝の気持ちを持っているし、今を輝くダイヤモンド・プリンセス等と言われても、いえ、シンデレラ姫です、としか言いようがない。因みに、童話シンデレラは、風神国が異世界の知識を魔法で取り寄せ広めた、八ヵ国世界でも有名な童話だった。
風神国の神子、天星国の星王子に見初められるのは、他の六ヵ国の姫なら、一度は夢見るシンデレラ・ストーリーだった。因みに星王子は、未だ婚約者を決めていない。特に第一星王子は、そろそろ誰かを見初めなければならないと思っているが、実はアイヲエルの妹に懸想している。彼女がお見合いパーティーに出る年齢になるのを、じっと待っているのであった。当然、アイヲエルの妹も、相手が天星国の星王子だったら良いなぁ、とは思っているが、その実、天星国の星王子は揃ってふくよかである。格好つける為に食事を絞っていたアイヲエルと比べるのは酷だろう。アイヲエルが屋台飯を食い漁っているのも、実は運動を頑張った日に限っている。ミアイと並んで見劣りするのは、アイヲエルにとって、許し難かった。
兎に角、火王国の食事も中々に美味である事は、アイヲエルが妹に向けて手紙を認める程、大事なことであった。だが、王座を継げない王子に見初められても、アイヲエルの妹は王座を継げる天星国星王子の方を選ぶだろう。この際、多少のふくよかさは、ダイエットを勧める事で、並んで恥ずかしくないレベルまで鍛えれば、許容の範囲内だった。
ただ、アイヲエルは未だ、自分の恰好良さを外見だけ、と見切っていた。故に本当の恰好良さを求めて、見識を深めるべく、旅に出たのだ。
アイヲエルにとって、本当の恰好良さとは、神王座を継いで、賢神王と呼ばれて恥ずかしくないレベルの統治を成すことにあった。
故に、火王国のスパイスは交易品として非常に重要と、アイヲエルの中で確定されてしまった。
アイヲエルにしてみれば、ようやく一歩目を踏み出せたと思う程の重大要件だった。
勿論、食糧の増産と輸出も重大要件。
アイヲエルが『格好良い』と思う王の形は、賢星王と呼ばれたヴィジーのように、『禁呪の不可能論文』を始めとした、真似すれば八ヵ国全てが豊かになれる、方策を見つけ出すことにあった。
ヴィジーは、確実に歴史に名を遺す。それに匹敵するレベルを求めているのだから、そう簡単には叶わないのは、承知の上であったのだった。




