第11話:光朝国の芋娘
スレイプニルの馬車に乗ること、約一週間。火王国の城下町に着いた。
王城へ、或いは王宮への火国王への謁見を申し込む申請をして、更に一週間待たされた。
結果、王城への案内状を受け取り、指定された日時にアイヲエル、ヴィジー、ミアイの三人で謁見に向かった。
「よぅ、アイヲエル」
謁見の時間まで待つ待合室で、火王国王子にして、アイヲエルが密かにライバル視しているグラハム・ファイアが訪れた。
「父上に謁見の申し込みをしたと聞いたが」
「貴様には関係ない!」
「そう冷たいことを言うなよ。ココは情熱の国・火王国だぜ?」
だからコミュ力がぶっ壊れているのかとアイヲエルは思った。
「ところで──」
グラハムがチラッチラッとミアイの様子をチラ見しながら、アイヲエルに問う。
「お前の婚約者か。お美しいことで」
「あなたが八ヵ国婚活お見合いパーティーで『光朝国の芋娘』と評したミアイ・ライトですわ。
全く、アイヲエル殿下は先見の明をお持ちで。旅にさえ出なければ、最高の待遇を受けておりますわ」
「えっ?!あ、あの?」
「ええ。あの、『光朝国の芋娘』ですわ」
当時、グラハムは化粧で大変美しかったアイヲエルの妹に釘付けであった。
だが、その発言が元で、婚約を取り付け損なっている。「女性を馬鹿にするのもいい加減にするものね」と言い切られて。
化粧一つでここまで化ける。まぁ、ミアイが美しい盛りの頃の年齢である事も一因であろう。ミアイの覚えは決してよろしくない。
「ミアイは化粧しなくても美人だと思うがなぁ……」
コレが、素材の良さを見分けられるアイヲエルの先見の明である。化粧すれば大変化けるであろうなぁ、と思ったが故の、アイヲエルから申し込んでの婚約であった。
当時、ミアイは王族とは云えど、貧乏一家の娘で、アイヲエルに婚約を申し込まれたのは、それこそ天にも昇る想いであった。
芋娘と言われるように、芋を主食としていたミアイには、風神国の食事は劇毒にも近い程の美食であった。危なく、食べ過ぎで肥って見捨てられかねなかったのは、グルメを満喫し切れなかった、苦い思い出でもある。
だが、毎食が美食なのだ。ミアイは、正しいテーブルマナーを学ぶことで、ゆっくりと食事し、少量の食事でも満足出来るスキルを手に入れた。それ以来は、食事を少ない量で満足出来て、今のところ不満は無かった。
それなのに、アイヲエルが旅立ってしまったのだ。それでも、祖国よりはマシな食事が出来ている。
ただ、ミアイの勿体無い精神は治らず、余った食事はお付きのメイド達に提供していた。お陰で、ミアイにお付きのメイドは肥ると評判である。
今回も、メイドを一人同行させている。ミアイには必須の人材であった。食事を棄てるなんて、とんでもない!そんな勿体無い真似は出来ない程度には、光朝国に居た頃のミアイの食事は貧しかった。
肥らない為に、運動も欠かさない。剣術一つ取っても、アイヲエルに匹敵するレベルの剣術の心得があった。得意なのは剣舞だ。程良く汗が掻けて、身体も引き締まる。
風神国王も、度胸試しを兼ねて、ミアイの剣舞を見物している。アイヲエルも同席していた。目の前で刃が交わされるのは、中々に迫力があった。
こんな美姫に化けるとは、グラハムは思っていなかったのだ。故に、グラハムは第一王子で居ながら、婚約者の一人も居ない。女性相手の発言は、大変気を付けるべきことなのだと、グラハムは学んだが時既に遅し。全国の姫から、『失言野郎』と思われていた。
「まぁ、お前も惚れてみりゃ分かるさ。人は外見ではない、ってことを」
「思いっきり、美人を選んでいる者の発言とは思えんなぁ?」
「俺は多分、ミアイが多少肥っていても、ミアイならば惚れた自信がある!」
当時のミアイは、一食の食事が芋一つとか、酷い食生活を送り、痩せぎすであった。だが、今は女性らしい丸みを帯びた、少々細いがすっかり美姫に変わり果てていた。アイヲエルに言わせれば、もう少し肉付きが良くなれば、と思い、事実、ミアイに告げていたが、ミアイの美醜の感覚で言えば、今がベストなバランスだった。
ぽっちゃりの魅力も……と云うアイヲエルの言葉を、モロに捉えるつもりはミアイには無い。
事実、女性目線で見れば、最高の美姫だ。もう少しの丸みをと求める者は、男ばかり。女性としての社交界でも誇らしくある為に、ミアイはその絶妙のバランスを保っていた。
故に、アイヲエルの正室として、恥じる事は何一つ無い。
「こんな美人になるのだったら……」
「あら。貴方の場合、誰かに対する暴言で、他の女性陣に吊し上げられるのが精一杯ですわ」
「そもそも風神国に来なければ、ココまでの美姫に化けるのも難しかったかもな」
「フフッ。そうですわね。
風神国の化粧品は他の比ではないですものね」
だが、今は肌ケア程度の化粧だ。本気の化粧をしたら、もう一・二段は美しく化ける。ファンデーションなど、風神国・天星国以外では高過ぎて王族ですら、ロクに知識が無い。ただ、毛孔が詰まるので、後処理が大切な為、特別な時に使う化粧品だ。だからこそ、六カ国ではまず見ることが無い。
ただ、経済格差が出来過ぎてしまったので、六カ国は天星国を見習いつつある。即ち、『禁呪』の不可能論文の仕上げを急ぐのだ。
「ところでアイヲエル──」
グラハムがニヤリと笑った。
「──火属性の空間破壊呪の、実現性を君はどう見るかね?」
「──ヒントを求める事がそもそも間違いであると思うが──」
風神国は天星国との共同研究で天体物理学の発展も他国より進んでおり、『温度の上限』に関しては、もうほぼ正解に近い答えに辿り着いていた。
「──大宇宙一つを発生させる際にビッグバン現象を起こす際の温度を求められるのでは、流石に魔法が万能と言えど、その温度に届かせるのはほぼ不可能だ」
「──は?」
そもそも、基礎的な知識のレベルが違い過ぎて、グラハムには理解が及ばない。
「つまり、手許に大宇宙一つを発生させるのが火属性の空間破壊呪だ。
幾ら何でも、無理だ。魔法としての規模が違い過ぎる。
これなら、マイクロブラックホールを作り出す地属性の空間破壊呪の方が遥かに実現性がある」
「マイクロ……ホール?」
「……何でも無い。専門用語だ、忘れろ」
解答を与えたのは、親切故か、それとも知識をひけらかしたかったからなのか。
少なくとも、グラハムの知識には無かった事は明らかであり、グラハムは、理解が及ばない事に納得がいかないのだった。




