第10話:謁見
光朝国王宮、玉座の間にて。
一行は光朝国王に謁見していた。
流石に玉座の間だけあって、アイヲエルもヴィジーも跪いている。ミアイも同じだ。奴隷三人娘は、待合室で待機を命じられた。
ミアイは、一連の案件を話して、アイヲエルの旅への同行を求めた。
見た目は繕っている玉座の間だが、経年劣化が激しい。修繕はしているものの、修繕していることが明らかだった。
「──で?婿殿の旅の目的は?」
「世界を見て廻って来る事です!」
「それに何の意義が?」
「国政に活かせるアイディアが思い付くかも、と」
「フム……」
許可を下す事は、簡単な事なのだ。
だが、その判断が娘を危険に晒しかねない。
「ミアイの安全は、どう保障してくれる?」
「俺と師匠──元天星国王のヴィジーの手に依って」
「ほぅ……。奴隷が一人、死に掛けたと聞き及んでおるが」
「……蘇生薬を入手する為、火王国へこれから向かう予定であります」
「成る程。蘇生薬があれば、ミアイは死ぬことは無いと」
「あの件は迷宮に潜っての出来事であります。今後は迷宮に潜らぬことを約束致します」
光朝国王は、真剣な顔をしてこう言った。
「ならば、何故、一度は迷宮に潜った?」
「……迷いがあった為、と云う位しか、俺──私も心当たりがありません」
「迷いが晴れたのか?」
「……正直、未だ迷いはあると思います。
だからと云って、無闇に迷宮に潜る真似は致しません!」
「──信念が見えぬのぅ……」
そうは言われても、迷宮対策の名案を話す訳にもいかない。それは風神国王にのみ、話すべきことだ。それに何より、内政干渉は国際犯罪だ。
「儂は、光朝国王になって、ミアイを嫁にやることで食糧的支援を受けて、『道』の大事さを学んだ。
そして『道』を上下左右どちらを向いていても、極めれば『極道』となる。
本来、『極道』とは恐ろしい言葉の筈だ」
「『上端』を極める為に、『冗談』でも極めましょうか?」
ハハハッと、光朝国王は笑った。
「何れを極めても、辿り着く領域は同じであろう。
で、ある以上、『左端』の領域に辿り着く。呪われた運命に、な。
近頃では大分、呪いの効果も弱まったと聞くが」
「時限的な呪いであったと聞きますが」
「左様。お陰で、暴走者が増えに増えた。『呪殺』を犯罪と問えぬ以上、『呪法』を禁ずるしかない。
莫迦者共が、愉しい犯罪なら永遠に繰り返しても苦にならんとばかりに犯罪に走る。
いっそのこと、その莫迦者共を、『呪殺』してしまわんかと思わぬでも無いわ」
「何れ罰は下される。その事実を前には、犯罪は愚かな行為としか思えぬのですけどねぇ……」
「不本意にも『呪殺』してしまった罪を背負うことが、如何に重いかを、奴らは知らん。覚えぬ。知覚せぬ」
今も世界の何処かで呪殺が行われているかと思うと……。情報公開した以上、悔いぬ訳にはいかぬ。
「恐らく、『光属性の空間破壊呪』と云うのは不可能なのだろう。だが、それを証明せねば、『禁呪』の研究は止まらぬ。それは我が国に禍を齎すだろう」
光朝国王は、ヴィジーを見据えた。
「──『光属性の空間破壊呪』の不可能論文を認めるのを手伝って頂けると有り難いが……」
「失礼ながら、儂には弟子の旅を見届ける義理がありますれば……」
スッと、ヴィジーは顔を上げた。
「『光子』は、粒子の中でも特に小さく、恐らく『電子』より小さい。故に、『天属性の空間破壊呪』の不可能論文を参考に、それより難しいと云う内容を小難しい言葉で纏めて、ソレを骨子にすれば、不可能論文の完成は近付くと思われます」
「……流石は『元賢星王』、既に気付かれていたか」
「骨子に関して言えば、光朝国王陛下も気付かれていたのでは?」
「確信が無かった……。故に、既に国の方針は天星国・風神国に続こうと動き始めていたのだが」
「そう言われてみれば、道が氷皇国に比べればスムーズに通れるとは思いましたが……」
「左様。先ず道から始めよ、と云う話よ。道を極めてからが勝負の世界故に──」
「失礼。左の端まで極めるのをお目指しか」
「──!」
左を目指すのは、神を目指すこと。そして左端となるとまた意味が違ってきて、最凶最悪の魔王と化す。
しかも、神を目指すのは死を目指すにも等しいこと。死んでしまうことになる。
しかし、その不死性を以て神に近付けば、死なないことが神に近付く要因となる。その場合は、死ななければ死なないほど、神に近付いている証拠となる。
果たして、左端で不死に近付くことが出来るか否か……。
誰もが、心の中で会話を繰り広げる。
左端への呪いは、ステータスの弱体化故、敵が目の前にいれば殺されてしまうだろう。
そんなものを目指して良いのやら……否、近年は弱体化している筈だ。
そして、自らを呪って殺し損ねた理由を悟る。確かに、その曲は自らを呪い殺し損ねた理由を歌っている。
「困ったものだな、自らの呪殺を試みさせる支配力と云うものも」
「しかも、失敗させて苦しめる……。イジメの極致ですな」
「それこそが左端と云う存在であろう。例え呪殺しようが、『呪い返し』を覚悟の上で歌っている筈だ。
大ニュースになろうな」
「『人を呪わば穴二つ』、か……。
塩でも撒けば良かろうか?」
「本当に死んだら、確実なところでは四人目、か……」
「なぁに、呪い返しへの対策でも取ってあるだろう。それにしても、何と呪歌の多いことか……」
「同様に、加護を与える曲も多いがな。我々が超越者たる所以を、彼の者は悟るであろうか……」
「さてな。本当に超越者であった時期は、既に過ぎておるのだが」
「それにしても、魔王に『呪い』を掛け、しかも『呪殺』を試み、自ら失敗を悟る……。
平気で居られる方がおかしいと、気付いても良さそうなものであるがな」
「或いは、自らも『魔王』の一角と既に悟っているのか……」
光朝国王とヴィジーの言葉遊びは続いた。アイヲエルには、意味が分からない。勿論、ミアイにもだ。これは、超越者であった者同士だけが悟れる会話なのであった。
「『呪殺耐性』。こんなものがあるから死なないだけなのだがな。
まぁ、言葉遊びもこの辺りにしておこう。
ミアイには、精一杯の『お呪い』を施しておこう。
それを以て、ミアイの旅への同行を許す!」
「有り難く。ではまた、ミアイ嬢には時折手紙を認めることを促しておきます」
「ウム。娘のこと、頼んだぞ」
謁見は、それで終わった。そして、封筒と便箋、必要経費を預かり、一行はまた旅に出る。
目指すは、酷暑の国、火王国。果たして、鳳凰の羽を手に入れられるものか、その一点が非常に謎であり、重要であった。




