気がつけば時代劇・4
とは言え、と蕗子は考察する。たかがフラッシュモブだから途中端折って成人した役者さんとかと入れ替わるのかしら突然。だとしたら「ちょっと散歩に行ってくる」とか言って洞窟から出てって「ただいまー」って戻って来たらいきなり成人してる段取りかしら。蕗子は顎に手をあてふむふむと目を閉じた。
「雷のおかげで助かりましたが、また追手が来ないとは限りません。少しでも遠くへ逃げておきましょう、清白様」
蕗子に対するときとは打って変わって清白の前に穿拓は膝をつく。
「やめてくれ穿拓。寺を出てしまえばわたしたちは主従ではない。以前のようにただ清白と」
「清白……」
膝に置いた手を清白に掬われ、穿拓は万感の思いでつぶやいた。ように蕗子には見えた。ああ、いよいよここから恋が始まるのだね。それが恋なのかどうかもわからず、なんちゃらかんちゃらありながら淡い想いを育てて行くふたりなのであろうが、フラッシュモブではそんなこと省いちゃってかまわないよ、時間が無いから。さあ、ふたりで手に手を取って恋の旅路へ出発して、そこらへんで成人男子と入れ替わって「ただいまー、ばあさん元気ー?」とか帰って来てからーのー、きっとダンス。蕗子はさらにふむふむと腕を組んで頷いた。
「さあ。おばあさんも参りましょう」
「はい?」
悦に浸って閉じていた目を開けると、清白が蕗子に向って手を伸ばしていた。
「こんなところにひとりでいたって飢え死にするか獣のエサになるだけだぞ」
「村へ行けば、なにか仕事があるかもしれません。それまで一緒に参りましょう」
「えええ……」
ここで終わりじゃないの~?まだ続くの~?移動してまで続くのか~? 蕗子は八の字に眉を下げる。
「いや、いいわよ。追われてるのに、こんなおばあさん連れてちゃ足手まといでしょう。ふたりでさっさと、ね?」
もうこれ以上長いのは無理よ美奈子さん、この辺でさっさと切り上げてくれないと茶わん蒸しも餃子も冷めちゃうわよ、ってかもうとっくに冷めきってるわよね、この調子じゃ。ちらし寿司も硬くなってるんじゃないかしら。思いながら蕗子は、ね?ね?と穿拓と清白に、早く終わって欲しいと目配せする。
「もしかして、わたしたちと共に行くのはお嫌ですか?」
悲し気に眉を下げる清白に蕗子は罪悪感を刺激される。だが、そうじゃないでしょう察してちょうだい、と言いかけたところで穿拓が言う。
「追手なら私が撃退する」
「何言ってんの。さっきは私が追い払ったじゃないの」
若干白い目で穿拓を見やると、穿拓はムキになって言い返してきた。
「あれは雷のおかげだ!」
「稚児の出奔はよくあることです。そう遠くまでは追って来ないでしょう。危険なのももうしばらくのことと思います。わたしはそれより、おばあさんの命の方が心配です」
そっと手を握って見つめてくる清白に、蕗子はタラシの才能を垣間見た。このキャラ設定を渾身の芝居でやり抜くとはなんと末恐ろしい子。とても還暦祝いのフラッシュモブで発揮していい才能とは思えない。大〇ドラマでおやりなさい。
「う、う~ん……」
蕗子は悩む。ここで終わらないとすれば、道中追手に追いつかれてっていう展開なのだろうか。まさか村まで行くとかいうことはなかろう。見渡したところずいぶん山の中っぽかったし、人口がそこそこある村まで行くとしたらとんでもなく時間がかかりそうだ。そもそも時間今何時?暗くなるまでこんなことやるつもりではないでしょうね。
はっ、まさか!蕗子は閃く。月明かりが照らす中、追手に囲まれた穿拓と清白は敵刃に敗れ、這いつくばったままあと少しで指先が触れるか触れないかのところで絶命し、『完』からーのー、立ち上がって鈴シャンシャンして
「心配するな。歩けなくなったら背負ってやる」
蕗子の妄想をぶった切る穿拓の意外と真摯で男前な言葉に、蕗子はつくづく感心した。
「なんだかんだ良い子よね、あなた」
「この辺で水を汲んでおこう。先に進むほど水は足りなくなってるはずだ」
湖のそばまで来ると、ちょろちょろとした湧水が出ている場所があった。本当にちょろちょろで、心もとない。穿拓と清白はその下に竹筒を差し込むと、時間をかけて水を入れた。
まったくもってここはどこなのだと蕗子は周りを見渡した。歩く道々木しか生えておらず、車も通りすぎない。一体どこからこんなロケーション探して来たのやら、絶対に美奈子ひとりの力ではないだろうと蕗子は踏んでいる。一輝も一枚嚙んでいるに違いない。まったく、母親の還暦ごときでこんな大仕掛けして、あと正道さんと美奈子さんのご両親の3回、どうする気なんだ。その時には絶対自分もいっちょ噛みさせてもらうぞ、面白いから。蕗子は湖に向かって仁王立ちし、鼻息荒く誓った。
振り向くとまだ穿拓と清白は水を汲んでいる。蕗子は少し湖に向かって歩いてみた。だいたいこういうところには湖の名前とか成り立ちとか歴史とか書かれた看板があるはずである。さしもの一輝たちも公共の看板まで取っ払うことはできなかっただろう。木立を潜り抜け周りをきょろきょろと見回すが看板らしきものはない。もしかしたら湖のあっち側にあるんだろうか。1周回ってみれば見つけられると思うが、今から行くのは大変だし……。う~んと腕組みした蕗子は、水際まで行って湖水を覗いてみた。少なくなった湖水はだいぶ濁っている。最近水不足の話なんて聞かなかったけれど、いったいどこまで連れて来られたのやら……。そう思いながら覗いた水面に、蕗子は異常を感じた。
「ん?」
いったん顔を上げて、もう一度覗き込む。
「!?」
驚いて顔を上げ、背後を二度三度振り返って確かめる。
恐る恐るもう一度水面を覗き込んだ蕗子は、空も割れんばかりの悲鳴を上げた。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
鳥が一斉に飛び立った。
「どうした、ばあさん!!猪でも出たか!?」
「おばあさん!どうなさいました!」
慌てて駆け付けた穿拓と清白の前には腰を抜かした蕗子がいた。
「ばっ、ばっ、ばっ……」
震えながら水面を指す蕗子を支えてやりながら清白が訊く。
「どうしたんです!?なにか恐ろしいものでも見ましたか!?」
その言葉に穿拓は腰の刀に手をやり、いつでも抜けるように構える。蕗子は震えながら言った。
「ばっ、おばあさんが……、皺くちゃの、怖い顔したおばあさんが……!」
穿拓はそろりそろりと水際に近づく。構えたままそっと水面を覗いて、周りも見渡す。
「……大丈夫だ。異常はない」
蕗子はまだ小刻みに震えながらそろそろと水際まで這い寄った。そして恐る恐る水面を覗く。
「ぎゃーーーーーーーーーーー!!」
「どうしたーーー!?」
「いるーーーーーー!!」
「どこだーーー!?」
「ここにーーーーーーー!!」
「おまえだ!ばあさん!!」
蕗子が指さす方に刀を振り上げ、そのまま蕗子に向って穿拓は怒鳴る。
「そんなわけ、うそーーーー!?」
水面の皺くちゃのおばあさんが蕗子と全く同じポーズを取ることで、蕗子はますますパニックになった。水に手を突っ込んでも、水を飛ばしても、ばちゃばちゃにかき混ぜてまた凪いだ水面に映るのは同じポーズ、同じ行動、同じ表情をした
「私、こんなシワシワじゃなーーーーい!!」
頭を抱えて泣き叫ぶ蕗子そのままに、水面の皺くちゃのおばあさんも泣いていた。