気がつけば時代劇・3
清白はがけっぷちに立つと大きく振りかぶり、刀を湖に向かって放り投げた。意外と大胆なことをする子だなと思いながらも、蕗子は穿拓へ耳打ちする。
「……これ、いつまで続くの?」
「は?」
穿拓は思い切り眉間を寄せて蕗子を見た。
「美奈子さんに頼まれてるんでしょ。ほどほどでいいからそろそろ切り上げてくれないかしら」
声をひそめる蕗子を、穿拓はますます怪訝な顔で見る。
「何を言ってるんだ、ばあさん」
だーかーらー、と蕗子が言いかけたところで清白が振り返った。
「先ほどはありがとうございました。本当に助かりました」
丁寧にお辞儀をする清白に蕗子は慌ててパタパタと手を振る。
「いや、いーのよー、困ったときはお互いさまよー」
まだ続くのねと思いつつ、蕗子はとりあえず先の見えない芝居を進めることにする。
「あの、なんか?追われてたみたいな?感じだったけど?」
美奈子の台本を気遣っている余裕はない。蕗子は腹を括った。とにかく確信確信をついて強引にでも先に進めなければ物語は終わらない。
清白と穿拓は目を合わせると頷き、「とりあえず中へ入りましょう」と洞窟の中へ蕗子を誘った。
美少年の名は清白。そこら辺の大名の子らしい。武芸より舞楽に秀でていた彼は、お寺でお稚児さん修行をすることになった。
「……お稚児さん……」
ヤバいにおいを嗅ぎ取った蕗子の口から思わず漏れ出るが、清白は「はい」と無垢な笑顔で頷いた。
「この辺りは雨も少なく、雨乞いの儀式も多いんです。それ以外にもあらゆる儀式に稚児舞は必要ですし、お寺では学問も学べます。いずれ仏門に入り、わたしは僧侶になるつもりでした」
「ま、まあ。ご立派ね」
とか口では言いつつ、いかがわしい想像をしてしまった蕗子は心の中でごめんと手を合わせていた。
「ですが……」
清白は言い淀み目を伏せる。蕗子が首を傾げると、穿拓がなんの感情もない声で低く言った。
「そこの坊主に見初められ、夜伽をするよう言われたんだ」
「!?」
目も口も大きく開いて蕗子は穿拓を振り向いた。そして清白を見る。ビンゴじゃないの!と叫びたかった。
「菩薩様の身代わりをさせていただくことはとても光栄なことです。和尚様のお慈悲をいただくことも。ですが……」
「待って待って待って待ってーー!!」
清白が言葉に詰まる前に、すでに蕗子は叫んでいた。真っ青になってあわあわと言いつのる。
「菩薩の身代わり!?和尚のお慈悲!?なに納得してんのあんたは!それは立派な児童虐待でしょうが!」
「稚児は菩薩の化身とされている。和尚を寝床で慰めることも役目だ」
「なに言ってんのあんたまでーー!」
淡々と言う穿拓につかみかからんばかりに蕗子は怒鳴った。そして見えないカメラに向かってこらえきれず叫ぶ。
「美奈子さん!いくらBLごっこだからってこの台本はちょっとどうなの!?この子まだ未成年でしょう!?そんな子にこんな役やらせちゃダメだって!ちゃんとインティマシー・コーディネーターさん雇ってる?ていうか、たかが誕生日のフラッシュモブにこれはやりすぎだって!これは15禁のコーナーでこそっと読む本でしょうが!」
「さっきから何を言ってるのだ、ばあさん。『みなこさん』とか『じゅうごきん』とかなんとかわけのわからないことばかり」
穿拓はますます哀れなものを見るような目で蕗子を見るが、清白はおっとりと笑って言う。
「わたしの身の上に振りかかったことを憐れんでくださっているのですね。お優しい」
「いやいや、なんなのその落ち着き。童顔に見えるだけでホントは二十歳過ぎてるの?だからこの役引き受けたの?」
真顔で迫り来る蕗子に若干怯えつつ清白は答える。
「十二です。なのでやっと和尚様のお相手ができる年齢になったと……」
「ダメダメダメダメ」
清白の肩を掴み首を振る蕗子を穿拓が片手で引きはがした。
「稚児なぞ珍しい話ではない。高僧の寵愛を受ければ実家にも援助がもたらされる。むしろ悪い話ではない」
「ちょっとー!」
穿拓にも鬼気迫る顔を突き付ける蕗子だが、とうの穿拓はびくともしない。
「じゃあなんで逃げてんのよ、ふたりで。てか、まだ続くの?美奈子さん!?」
「だから、その『みなこさん』ってなんなんだ、ばあさん」
思い出したように上を向いて叫ぶ蕗子に、穿拓はイラつく。
「覚悟していたのですが……」
ぽつりとつぶやく清白に、蕗子は驚く。
「進めるわね…」
蕗子のアドリブについてくる穿拓と違い、清白は忠実に台本をこなすタイプのようである。まあ、子供だしね、そんなに機転は効かないわよね。それにその方が早くに小芝居も終わって蕗子は助かる。
「俺が連れ出した」
「なんでよ」
さらりと告白する穿拓に蕗子の目が座る。話が素直に進まないではないか。ここはそのまま「逃げた清白を追って来た」でいいじゃない。
「なんかあんたさっきまで肯定的だったじゃない、お稚児さんに」
「よくある話だが、やっていいとは言ってない」
穿拓はぬけぬけと言い放つ。
「穿拓とは生まれた時からの付き合いで、わたしのことを心配して逃してくれたのです」
穿拓も武士の家の子で、清白とは家同士の繋がりがあり、それこそいっときは兄弟のような育ち方をしたらしい。
「穿拓には兄上のことがあったので……」
「清白様」
言いかけた清白を穿拓は遮る。
「他人にそこまで話さずとも」
「え、なになに」
言いかけた話ほど気になるのは世の常。そこを掘ってこそ物語は進行するのだと蕗子は作者・美奈子の意図を直感した。
「聞きたい聞きたい。誰にも言わないから」
穿拓は忌々しげに舌打ちし、清白は悲しげに微笑んで話を続けた。
「穿拓の兄上も稚児だったのですが……」
清白が項垂れると穿拓はひとつため息をつき、代わりに話し始めた。
「自害したのだ。……やはり辛かったのだろう」
蕗子は内心おおと感嘆した。今どきのBLではあまり好まれない死にネタ。やはりエンドはハッピーにしたいがためにこんなところに挟んできたか、美奈子さん。
「この顔の傷は兄につけられた。あのとき俺も稚児として寺に出されていたのだが、お手が付かないようにと兄が傷つけて逝ってくれた」
言いながら穿拓は顔の傷を指でなぞる。
「斬られたときは俺も子供だったのでわけがわからず兄を恨んだ」
顔に傷のついた穿拓は稚児としてではなく下男として寺で奉公することになった。奉公しているうちに『稚児』の隠された役割を穿拓もようやく知ることになる。そしてそこにやってきたのが清白というわけだ。穿拓が寺に入ってから会っていなかった清白は美しく成長していて、穿拓は最初から嫌な予感がしていたという。しばらくの間は何事もなく、清白は普通に学問の手習いを受けていたが、しかし。
「稚児灌頂が行われることになった」
選ばれていたのは案の定清白であった。
「俺は世話役として紛れ込み、隙をついて連れ出した。そして今に至る」
「なるほど」
蕗子は頷いた。つまり愛し合っているふたりの逃避行ではなく、変態の餌食になろうとした美少年を救った美青年とのロードムービーなのね美奈子さん。そしてその過程で生まれる幼馴染を源とした恋愛模様を描こうとしているのかしら。だとしたら清白くんがR指定外れるまで最低6年はかかるわよ?えらい超大作じゃない?それまでこの還暦祝いのフラッシュモブ続くの?それはちょっと無理よ美奈子さん。蕗子は渋面で首を振った。