気がつけば最終回
処置が早かった蕗子の病状は幸い回復も早かった。着替えやトイレ、食事など、日常の動作はほぼスムーズにできるようになった。発語も記憶も倒れる前と変わりはない。歩くのがおぼつかないので杖はつくが、それが取れるのも時間の問題だろうと退院が迫っていた。
別に来なくていいのに、リハビリの時間には面会がてら家族の誰かが来ることが多かった。さすがに栞は学校を休めなかったが、大人は代わる代わる有休を取って遊びにもとい見舞いに来た。
「やっぱり、すごい叩かれてるみたいですよ、金時みぞれ先生」
「……あなたね、そうしょっちゅう来なくていいのよ、美奈子さん。週末だけでいいから」
歩行の訓練をしている蕗子に「ほらほら」と美奈子はスマホを差し出す。
腕を伸ばして遠く離したSNSのコメント欄には、「泥棒!」だの「絵が下手!」だの「しぐれ先生の面汚し!」だの見るに堪えない罵詈雑言が並んでいる。
「やっぱり『別有天地』のTL改変が良くなかったみたいですね。ダメ押しみたいに実写映画化まで決まっちゃったもんだから「しぐれ先生がTL改変をご決心なさったのなら……」って留飲を飲んでた古参ファンが堰を切ったようにブチギレちゃって」
「映画になるの!?アニメ!?実写!?」
蕗子が食いつくと、美奈子はまるで自分のことのように得意げな顔をする。
「実写だそうです。ああいう内容ですからね、主演はアイドルとかじゃなくって演技に定評のある実力派若手女優らしいですよ」
「やっぱりTLの方なんだ」
「そこなんですよ~」
美奈子は目を閉じて渋い顔をする。
「実写BLって言っちゃなんですけど、顔は良いけど目も当てられない演技する俳優さんが多いじゃないですか。ドラマ化すると脚本もなんか妙にテンポ悪くなるっていうかモタつくっていうか、こっぱずかしい話になっちゃって。だからいっそ『別有天地』と『金時しぐれ』の名を周知させるためだけならTLに改変したもので良かったんじゃないかって意見も出て来てるんです。実際本物のBL版の『別有天地』も商業書籍化されるみたいですし」
「へ~!『金時みぞれ』先生が新しく描きなおして?」
「いえ。元祖『金時しぐれ』先生の物です」
SNSの中には肯定的な意見も多数ある。「ずっとしぐれ先生の絵だと思ってた!上手い!」とか「たった三年でこの画力を習得してたの!?凄くない!?」とか「しぐれ先生の魂を引き継いでくれてありがとう!」などなど。
「まあ、でも応援されてるみたいだし、良かったんじゃない?次からは『原案・金時しぐれ、作画・金時みぞれ』とかクレジットすればねえ」
「それがまた問題になってて」
美奈子がしかつめらしい顔をする。蕗子は呆れて言った。
「……あなた芸能ゴシップとか全然興味ないくせに、こっちの方のゴシップ好きよね」
所詮オタクである。
「今後『金時みぞれ』先生がご自分のアイディアで漫画を描かれても「金時しぐれのパクりだろー」なんて言われちゃうかもしれないわけですよ」
「ああ……」
たしかにそれはあるかもなと蕗子も思った。影武者を辞めた『金時みぞれ』にはきっと自分で表現したいなにかが芽生えたに違いない。でも今それを出してしまっても、素直に彼女自身の作品だとは受け取ってもらえない可能性の方が高い。
「それに本家『金時しぐれ』先生ご自身も「盗作だ!」って責められてて」
「ええっ!?なんで!?」
ここはリハビリ室。大声を上げるわけにはいかない蕗子は一瞬目を見開き小声で叫ぶと、美奈子が顔を寄せてきた。
「ほら、言ってたじゃないですか。『金時しぐれ』先生の作品って、ご実家がある村に代々伝わる御伽話みたいな物語がもとになってたって。どうもそれが『盗作』に当たるんじゃないかって」
「え~……。そんな古い話が~……?」
作者がはっきりしている童話とかそんなんならまだしも、家とか村とかに伝わってる出所がわからないような、途中でいろいろ内容が変わってるような不確かな話なんでしょ~?それが元でも盗作~?まるっとそのまま使ってるわけでもないのに~?え~?などと蕗子も美奈子も顔を見合わせ頷く。ナントカ警察やらソース出せやら、SNSはもうホント無駄な正義の味方多くてヤになるわよね~返って害悪、などと囁き合っていた。
「及川さん。おしゃべりもいいですけど、リハビリも真面目にやってください」
若い男性の声でさわやかに注意され、蕗子も美奈子も背筋を伸ばした。
「はい!ごめんなさい!」
「『金時しぐれ』、お好きなんですか?」
「え!?」
蕗子も美奈子も驚いて声の主を見た。蕗子を担当する若い理学療法士だ。
「知ってるんですか?珍しいですね」
男性にはあまり知られてない作家ですけど、と美奈子が言うと、理学療法士はにっこりと笑った。
「友達が教えてくれたんです。面白いよって。一冊読んだらとても懐かしい感じがして、二冊三冊って読み進めてるうちにファンになっちゃいました」
あははとさらに彼は笑う。
「そしたら、もとになった話が僕たちの故郷に伝わってたお話だったって聞いて、なるほど~って」
「へ~!」
蕗子も美奈子も驚く。
「じゃあ『金時しぐれ』先生と同じ地方のご出身?」
「そうみたいですね。しぐれ先生、全然ご出身のこととかおっしゃってなかったんで知らなかったんですけど」
「そんなこともあるんですね~」
蕗子がしきりに感心していると、美奈子が訊いた。
「あの、ご出身の地方に伝わる御伽噺がアレンジされて漫画になってるのって、どう思いました?嫌でしたか?」
そういやそうだ。外野がどうこう言うより、使われたという御伽噺の出所の地方の人に感想を聞いた方が早い。
「いや~、僕は平気でしたけどね。もとになってるだけで舞台は違うしキャラクターも全然違うし。でも言いたいことっていうか伝えたいことはちゃんと伝わってるんで。もっとも『金時しぐれ』流BLの大人な話になってましたけどね」
理学療法士の彼はいたずらっぽく笑う。美奈子は明るく「ね!」などと調子を合わせるが、若い男性の口から「BL」などと出て来て、蕗子はおおいに焦った。こんなところがまだまだ昭和を引きずったばあさんなのよね、ダメねえなどと思いながら。
「ハク!」
リハビリ室の入り口からよく通る男性の呼びかけがあった。
「セッキー」
理学療法士の彼は手を上げて返事をすると、「サボらないでちゃんとリハビリしてくださいよ」と言いおいて入り口の方へ歩いて行った。
聞き覚えのある言葉に蕗子が首を傾けていると美奈子がおや?と言った。
「あの方、お義母さんを運んでくださった方じゃないかしら」
理学療法士の彼と話しているのは救急隊のグレーの制服を着た男性。
「よく覚えてるわね」
姑が倒れた非常事態に、同じ制服を着た似たような救急隊員など判別がつくものだろうかと蕗子は思う。美奈子よ。おまえも所詮イケメンに弱い普通の女だったのか。
「顔の真ん中に、ほら、薄いですけど、額のところからざっくり傷があるんですよ、バッテンに。珍しいでしょ?あんな大きな顔の傷。一回見たら忘れませんよ」
「え」
蕗子は救急隊員を二度見した。目を細めてよーく見る。ぶしつけなくらい見つめた。
「救急隊員さんもお怪我がつきものなんでしょうねえ。大変なお仕事ですものね。消防署の管轄なんでしょ?危ない現場も多いんでしょうねえ」
もはや蕗子は声も出なかった。声も出せずにふたりを見た。ふたりから目が離せなかった。
背丈なんてあの頃とはくらべものにならないくらい高い。肩幅も腕もがっしりした大人だ。どこからどう見ても二十歳を超えたいい大人だ。顔つきも精悍な青年たちだ。
そもそもあれは夢だったのでは?意識を失ってる間に見た、ただの夢だったのではなかったのか?
いや、そうだろう。現実に室町時代に行っていたとして、どうして穿拓と清白が今、この、令和の世の中にいるのだ。いたとして、年齢が全然違う。
『ハク』?『セッキー』?
え?どういうこと?たまたま?
待って。待って待って。故郷に伝わる御伽噺?ん?え?書いてないもんね。書き残してないもんね。違うよね。ん?どういうこと?え?
長く見過ぎたのか、視線が熱かったのか、理学療法士と話していた救急隊員が顔を上げ、釣られて理学療法士も蕗子を振り向くと、ふたりはニコリと笑って人差し指を唇に当てた。
おしまい。
長々とお付き合い、ありがとうございました。
美奈子と一輝のなれそめ話を書く予定ですが、
別ジャンルに公開しますので、
よろしければご興味のある大人の方だけ読みに来てください。
またのお越しをお待ちしております。




