気がつけば野良のばばあ・3
あくまで『念のため』の終活のはずだったのに。
「なんで来るかな!討伐軍!」
吹きすさぶ雨風のなか、村の境界を仕切る堀を挟んで、村人たちと討伐軍が睨み合っていた。
街へ行商に出ていた村人が慌てて戻って来た。猿楽の一座を名乗るあやかしを討伐するための軍が村へ向かってきているというのだ。話を聞いた長たちは村を守るために蕗子たちを差し出すか、それとも蕗子たちごと村を守るか話し合っていた。だが結論などハナから決まっている。新参者など守ってやる義理は無い。先祖の代から住んでいる村を守ることなど当たり前のことだ。
だが蕗子たちとてやすやすと討伐軍に差し出されるのはまっぴらごめんである。この一年さんざん世話になったお礼を言いたいのもやまやまだったが、なにぶん急を要する事態である。とるものもとりあえず村を出ようとした蕗子たちであったが、家を出た瞬間に村人たちに捕まってしまった。そしてずるずると村の長の前に引きずり出される。
待て待て待て!といいながら蕗子は頭をフル回転させる。なんとしてでも穿拓と清白だけは逃がしたい。せっかく伸びやかに育っているあの子たちにまた辛い思いなんかさせたくない。そもそもあいつらが『あやかし』と呼んで恐れているのは龍だけなのだ。自分が捕まっておけばあいつらだって深追いはしないはず。いや、させない。いざとなったら龍に変身してまた暴れりゃあいいだけの話だ。いつどうやって変身できるかわからないけど。とりあえず穿拓と清白は開放して欲しいと蕗子が言いかけたときだった。
「逃げんでいい。あんたたちはもう、この村の人間だ」
長に言われ、蕗子も穿拓も清白も暴れるのを止めた。脱力した三人から、村人たちは手を離した。
「遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたんだよ」
長はおっとりと言った。
やはりここは裕福な村だった。海産物は豊富に獲れるし、塩も作っている。山肌では小さいながらも畑を耕しているし、何より貝殻からできる粉が高価な値で取引された。村の利益に目をつけた近くの荘園領主や地頭からの侵略は実は昔からひっきりなしに行われていたという。
「むしろここ最近おとなしかったくらいだ」
だから蕗子たちの一件は村を乗っ取るために都合よく使われているだけだろうというのが、村の寄合いの総意だった。
「でも……、どうやって……」
つぶやく穿拓に長はにやりと笑った。
「戦うんだよ」
古井戸のつるべが巻き上げられ箱が上がってくる。地面に放り投げられたそこから弓矢がざらざらと出てくる。長の家の板の間が剥がされ、投石器や刀がどっさりと出てくる。各家々からも槍だ薙刀だといろんな武器が持ち寄られた。
「ばあさんには、これな」
長は油紙に包まれたそれを不敵に口をゆがませて蕗子に渡した。
空気が乾いていれば粉を撒いて火柱を上げることもできるがあいにくの雨だ。だがこんなときのために作った堀に、溶けやすい薄い紙で包んだ貝の粉を投げ込む。紙が解けると粉が流れ出し、高温になった堀の中から熱い水蒸気がもくもくと立ち上がる。白い水蒸気で目を眩ませている隙に塀の内側から弓矢を撃ち、さらに粉の包を投げつけ追い打ちをかける。あまりの熱さと容赦ない弓矢の攻撃に、討伐軍は後退を余儀なくされる。
村には武士などひとりもいない。武術など日ごろから訓練している者すらいない。皆、生活のために海に出て漁をし、たまに山で獣を撃つ、ごく普通の村人たちだ。だが村を守るためには女子供も関係なく武器を用意し弓矢を放ち、投石器で粉の包を投げつけている。長い時間をかけて村を守って来た、守るための準備をしてきた村の気概がそこにあった。
だが討伐軍もそう簡単には退かなかった。村の長が言っていたように、しばらく攻めてこなかった間に向こうもそれなりの準備をしていたのかもしれない。
蕗子は唸った。龍になれれば……!あのときもあのときも、どうやって龍になった?なにがきっかけで龍になった?
蕗子の視界の先で、穿拓と清白は弓矢を塀の外に向かって撃っている。彼らも村の一員として前線で必死に戦っているのだ。
初めて龍になったのは清白が父親に辱められ連れて行かれそうになってブチギレたとき。次は穿拓が貴人になんかされたと思ってブチギレたとき。
そう!蕗子の目が見開いた。
ブチギレればいいのだ!
今今!と蕗子は己を鼓舞した。今こそブチギレて私!村が攻められている!このままだと村人から死人が出ちゃう!あいつら穿拓と清白を狙ってる!今度こそ手籠めにされちゃうかもしれない!私も!私も捕まったら珍しい年取った龍とか言ってはく製にされちゃうかも!ほれほれ!怒れよ怒れ!ブチギレろ!
……なんでブチギレないのよっ!!
いささかワクワクしながら己を鼓舞していることに蕗子は気づいていない。
なにかないかなにか!ブチギレる方法が!
ブチギレこそしないでもイライラが募っている蕗子に呼応するように雨風はますます強く、そして雷が遠くでゴロゴロと鳴り始めた。まさに嵐の様相。吹き荒れる風に弓矢の照準も合わなくなり、村人たちも疲弊が募る。そのとき蕗子は閃いた。
「雷……」
蕗子は一本の槍を携えると、貝殻を加工する小屋へ向かった。
扉は鍵がかけられ中へ入ることはできない。蕗子は風が当たりにくい裏へ回るとしっかりとはしごをかけ、雨風を受けながらもえっちらおっちらと屋根へ上る。吹き飛ばされないよう四つん這いになり、滑り落ちないようしっかりと手足を踏ん張って真ん中でバランスを取る。さすがに立ち上がることは出来なくて、でも膝立ちで右手に槍を掲げ持つと暗雲の天に突き出し、びょうびょうと吹きすさぶ嵐を破るが如く大声で叫んだ。
「落ちてこーーーーーい!」
ひときわ大きく空が裂けた。
まぶしいほどに光った稲妻は蕗子の掲げる槍へ一直線に墜落し、地面を震わすほどの雷鳴が鳴り響いた。蕗子が登っていた小屋は一瞬のうちに四方に弾け飛び、灰色の煙が舞った。そして次の瞬間その煙さえもう一度雷鼓を上げ、中から。
中から一頭の大きな龍が、ゆっくりと顔をもたげた。
「ばあさん……?」
「おばあさん……?」
聞いたこともない雷鳴と轟音に、一時戦いは休止していた。全員が村のはずれに立ち上る灰色の煙を見ている。中からは一頭の龍が姿を現していた。
それは三十間はあろうかという、穿拓と清白でさえ見たこともない大きさの龍だった。
「ばあさん……だよな」
「おばあさんです……きっと」
龍は遠くからじっと穿拓と清白を見ている。目が合っていることはふたりにもわかる。
龍は飛び上がると雲を貫いて天上に消え、次の瞬間討伐軍向けてまっしぐらに下りてきた。寸でのところで龍は登り、風のあおりで兵たちは次々に吹き飛ばされる。いったん雲に隠れた龍は、また再び討伐軍に向けて下りてくる。兵たちは悲鳴を上げあちこちへ逃げ惑う。龍は容赦なくその上を駆け抜けると、さらに尾で風を起こし、木ごと兵を弾き飛ばした。
龍の巻き起こした風のあおりを受けて村人たちも地面に伏せる。だが、討伐軍の退却する声が聞こえると次々に村人たちも立ち上がった。そして空を見上げる。
雨はだんだんと小降りになり、雲の裂け目から青い晴れ間が見えてきた。ゴロゴロという雷ははるか遠くの方で鳴っている。
皆、空の上に雲の間に龍の姿を探そうとするが、見つからない。
穿拓と清白は顔を見合わせ、瞬時に貝殻を加工する小屋へ駆け出した。
果たしてそこに蕗子は倒れていた。
「ばあさん!」
「おばあさん!」
うつ伏せだが遠くからでもわかる。ぷすぷすと煙が噴き出しているその姿に心配する反面ホッとして穿拓と清白が急いで駆け寄ろうとすると、蕗子は持っていた槍をついて立ち上がろうとした。
「う~……」
唸りながら顔を上げると、走ってきている穿拓と清白が見えた。慌てると転ぶよ、と蕗子が言おうとしたとき。
「!?」
「ばあさん!!」
「おばあさん!!」
蕗子がついていた槍に、岩も引き裂く雷が落ちた。
シビレるってこういうことなのね、と蕗子は思いながら意識を手放した。




