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気がつけば野良のばばあ・1


 どんなに寒い冬でも漁師は海に出る。どんなに寒い冬でも塩釜のそばは暑い。年を越すのも迎えるのも村人総出でお祝いした。足りない食料は分けあい、子供は皆で育てた。春になれば種を撒き、夏になれば山に獣を撃ちに行くこともあった。

 海沿いの小さな村での生活は確実に穿拓と清白を成長させた。もとより大きかった穿拓はたくましい青年となり、頬に少年らしいまるみの残っていた清白も、すっかりすらりとした青年になりつつあった。とうの昔に蕗子の背丈など追い越した。毎日陽に当たって全身を使って働く生活は、穿拓と清白をいっぱしの海の民のように浅黒く丈夫に育てていた。

 正月の宴で乞われ、穿拓と清白がひさしぶりに笛を奏で舞を踊った。その笛の音は付け焼刃の竹で作った楽とは思えぬほど力強く、『雨を乞う』などと穏便ではない、風を起こして雲をおびき寄せそうな舞はほれぼれするほど剛健であった。海近くの村での生活が、確実に穿拓と清白を強く育てていた。


 蕗子が暴れずとも雨はたびたび降るようになった。

 雨が降るたびに穿拓と清白は空と蕗子を交互に見る。何度も見る。代わる代わる空と蕗子を見る。あんまり見てくるのがおかしくて、とうとう蕗子は言った。

「雨を降らせてるのは龍じゃないよ。雲だよ。水蒸気だよ。気温とか気流だよ」

 言っても蕗子も実はよくわかってはいない。首を捻る穿拓と清白を竈のそばに呼び寄せ、汁物の蓋を開ける。もあもあと上がる湯気を見ながら「これが雲」と説明する。湯気の中に汁椀をちょっと被せ「これが雨の素」と付いた水滴を見せる。もう一度鍋に蓋をし、一二の三で蓋を開けて、蓋の裏についた水滴をぱっぱと払い落す。「これが雨」

 清白は「おお」と目を見開いたが、穿拓はなおも首を傾げた。

「ということは、海の下はこんなに燃えているのか?」

 海の中は熱くはないがと竈の下の炎を覗き見る穿拓に蕗子は笑う。

「本当だ。この説明だとそうなっちゃうね。海の下も地面の下もこんなに燃えてないから大丈夫よ。なんとなくこんな感じって思ってくれてればいいから。決して龍とか神さまが降らせてるんじゃないって。ちゃんと理由があるんだって」

 なおも納得いかないように腕を組んで唸る穿拓の横で清白は目を輝かせて言う。

「でも、龍が雲をかき混ぜたから雨は落ちて来たのですよね?」

「え?」

 蕗子の目が点になる。

「こうやって」

 清白は蕗子の手から蓋を取ると、大きく振った。もう一度振った。

「こうやって!龍が雲を動かしたから雨が落ちて来たんですよね!?」

 蕗子と穿拓の顔にも水滴がかかって、わっわっとふたりは避ける。清白は目をキラキラと見開いた。

「やっぱり龍神様のお力です!」

 清白はにこにこと満面の笑みで蕗子をみつめる。無邪気と言うにはだいぶ大きくなった清白の目は、蕗子に物語をねだっていたあの頃とは違う。

「そうだね。『気流』のことを『龍神様』って誰かが言ったのかもしれないね。でも、私でないことは確かだよ。だってばあちゃん、毎日ここにいるでしょう?」

 お膳の用意をしなさいとふたりに言い、蕗子はお椀に魚と野菜の入った汁を注ぐ。

「……じゃあ、ばあさんは……」

 この一年。ここに住み着いて一年。一度も穿拓と清白は蕗子に龍の話を切り出すことはなかった。あれから雨は順調に降ったし、蕗子が龍に変身することもなかった。きっと夢でも見たに違いないと穿拓も清白も忘れていると思っていた。

「ただ『捨てられてたばあさん』だよ」

「捨てられてたって……」

 たしかにあの洞窟の中で、『捨てられたばあさん』だと思った穿拓と清白に優しくしてもらったのだ。野いちごをくれ、旅に同行し家族を探そうとしてくれ、家族なんかいないとわかっても一緒に旅をしてくれた。

「優しいあんたたちに拾ってもらった、野良のばあさん」

「野良のばあさん……」

「野良ばあさん……」

 言って穿拓も清白もくすくすと笑い出す。

「龍神様じゃなくって、野良の龍……」

「龍神様じゃないって言ってるでしょ!」

 蕗子も釣られて笑いながら、座れ座れと板間の方へとふたりを追いやった。

「拾ったんだから、最後までちゃんと面倒見なさいよ!」



 村の一角に肥料や建築の材料を作る小屋がある。貝殻を細かく挽いて作るのだが、雨に濡れても火が移っても良くない代物なので村の一部の選ばれた人間しかそこへは近づけない。運ぶのにも大層気を使うので、村人が売りに行くのではなく村の外から商人が買い付けに来た。村で捕れた海産物や塩やそれも相まって、他所の村に比べればまあまあ豊かな村だったのかもしれない。その日も馴染みの商人が買い付けに来ていたのだが、村の長だけになにやらこそこそと話をしていた。懐から三枚の人相書きを取り出して。

 商人に荷物を持たせ送り出した村の長は何人かの村人を集め話をし、そして蕗子たち三人を呼んだ。三人の前には商人が置いて行った人相書きが差し出された。男の子供二人としわしわの媼が描かれたそれ。穿拓と清白はすっかり青年の顔つきになってきていたが、たしかにこの村へ着いた頃の顔に似てなくもない。媼は誰を描いてもしわしわだろうと言いたいところだが、男の子二人とセットで描かれると若干「違う」と言い切りづらくもあり。

「……似てる、かな……?」

 蕗子は首を捻ってみるも、村の長は責めるでもなく優しく諭すように言った。

「あんたたちが悪い人だとは思わないんだが、正直に話してくれんかな」

 穿拓と清白は蕗子を見た。蕗子は天井を見上げる。正直に話せるものなら話したいのだが……、いろいろなあと思いつつ、今回ばかりは金時しぐれライブラリーの扉を閉じて、事実をかいつまんで話すことにした。

 まず稚児灌頂の件はポイして、清白が生贄にされそうになったので逃げたと若干のアレンジ。道中、姥捨てられてた蕗子を拾い同行。これはホント。清白の父親の件と貴人の件を合体させて、穿拓と清白が捕まりそうになったのでちょっと暴れて逃げて来たと説明。暴れた方法はアレですと小屋の方を指さすと、「ああ」と村の長たちは納得した。

「ばあさん、よく知ってたな」

 感心する村人に、まあね~と蕗子は髪を後ろへ払う。

「知らない人にはあやかしの術にでも見えたのでしょうね。それで追われに追われて海岸へ……」

 目を伏せ袖で顔を覆う蕗子に村人が問う。

「落ちたのか!?」

「そこで海賊に捕まり……」

「なるほど~」

 こじつけたオチに村人たちは納得してくれたが、落ちたオチでもよかったなと蕗子は内心リテイクしたかった。なぜ海賊にこだわっちゃった私。金時しぐれ先生の呪いか。

「いや。やっぱりあんたたちが悪い人じゃないってわかってよかったよ。正直に話してくれてありがとう。坊主たちも辛かったろう、生贄なんてなあ……」

 しみじみ同情してくれる村人たちに心が痛まないでもないが、生贄っちゃあ生贄だったので嘘をついているわけではないと蕗子はうそぶく。ただ龍になったことをまるっと内緒にしてるだけ。だってどうせ言っても信じてもらえないだろうし。

「なんか龍を操って村人たちをかどわかしてるなんて話だったんだが、そんなものいるわけないしな」

「いるわけないですよね~」

 ね~と蕗子も穿拓も清白も目を見開いて力強く大きく頷く。

 蕗子はちっと舌打ちした。

 雨降らしてやっただろうが!そこは偉大な龍神様じゃなかったんかい!そもそも龍神様捕まえてあやかし扱いとは何事だ!たかが金持ってるだけのドスケベ野郎のくせしやがって!もっかい暴れに行ったろうか!今度こそ粉々に砕いたるわあんな家!息の根止めてくりゃあ良かったわ睾丸に脳みそ入ってるようなクソ男が!髷の形もどうせぺ   以下略。

 


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