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気がつけば還暦・2


「ご飯どうしましょうかお義母さん。お寿司取ります?食べに行きます?」

 蕗子の誕生日プレゼントに買ったBL本やら自分のために買ったBL本やらミステリー小説やら、栞にねだられて買った少年漫画の続巻やらライトノベルやらを入れた紙袋を栞に持たせると、美奈子は財布を仕舞いながら蕗子に訊いた。

「えー、あたしおばあちゃんのちらし寿司食べたーい」

「なーんでおばあちゃんの誕生日におばあちゃん自らご飯作らなきゃいけないのよ。食べたいんならしーちゃんが作ってあげなさい」

「えー。お祝いだからちらし寿司食べたいんじゃーん。おばあちゃんのちらし寿司ー、食べたーい」

「そりゃあお義母さんのちらし寿司は天下一品だけど、誕生日に本人に作ってもらうだなんて!」

「わかったわかった。作るから」

「やったー!」

「えー、そんなあ、お義母さん、なんか悪い~すみません~」

 栞は無邪気に両手を上げ、美奈子はちっとも悪びれない様子で手を合わせている。

 正直面倒くさいが蕗子はやぶさかではない。手料理を美味しいと言ってもらえることはやはり主婦業を40年近くやってきた自分にとって喜びなのだ。

「じゃあ、買い物もして帰ろうかね」

「エビ乗っけてね、エビ。お吸い物はハマグリで!」

「なにそれ、もうひな祭りじゃないの」

 笑う蕗子の腕に栞がしっかりしがみついた。





 子供の頃から漫画やアニメが大好きで、なんとなく好きな男性キャラクター同士がくっついた話を頭の中で妄想している青春だった。

 まだ『やおい』や『BL』などという言葉もなかった時代である。

 ただでさえ漫画やアニメが好きだと『オタク』『ネクラ』と蔑まれるので、『ただ真面目でおとなしい子』に擬態して生きてきた蕗子である。

 短大を卒業し、親に言われるまま父のコネで就職し、上司に勧められるまま勤め先の先輩と結婚し、流れるように結婚退職。浮気だ不倫だDVだなどという波乱万丈もなく平穏無事にひとり息子を育て上げ、さあ人生一段落と腰を前に落ち着ける前に思いがけず孫ができた。結婚できないだろうと思っていたひとり息子がもたらした、初めての波乱だった。


 ひとり息子の一輝かずてるは典型的なオタクだった。

 小太りでメガネで早口。好きなことには徹底的にのめり込むタイプである。

 ひたすら『オタク』という正体を隠して生きてきた蕗子にとって、なんでこんなことになってしまったのかと頭を抱える事態であったが、そもそも夫・正道も〇ンダム愛好家でアニメも観るしプラモも作る人物であった。普通に漫画は読むが〇ンダム以外それほどアニメの話などもしないので正道自身はオタクではないのであろうが、多少とはいえ影響を受けたのであろう。まったく遺伝子とは恐ろしいと他人事のように蕗子はため息をつくなどしていた。


 そんなオタクのひとり息子であるからにして結婚は無理だろうと蕗子は期待もせずにいたのだが、社会人になって2年目の夏。いきなりそのオタクの息子が「結婚する!」と言い出したのだった。

 連れて来た彼女こと現在の妻・美奈子は凛として背の高い、いかにも仕事のできそうな美人だった。何故こんな美人が……と、夫婦揃ってまず美人局を疑った。

「お許しいただけなくとも、ひとりで育てる自信はあります」

 正座して深々と頭を下げる美奈子の隣で、被せるように一輝は声を張り上げた。

「許してもらえなければ駆け落ちする所存です!」

 デキちゃった結婚、今でいう『授かり婚』というまさかの快挙に、蕗子と正道は夫婦そろって泡を吹いて倒れた。

 2年その会社に勤めていて、初めてその飲み会で美奈子と一輝は会話を交わしたという。そして『アニメが趣味』という点で意気投合し、その日のうちにふたりで二次会三次会ともつれ込んだらしい。場所は知らんが。ていうか親としては聞きたくもないが。

 それはともかく事が事だったので速攻蕗子と正道は美奈子の実家へ謝罪と結婚の申し込みをしに伺った。「よくも娘を傷物に……!」という刃傷沙汰も覚悟していたが、驚きはされたものの、美奈子の両親には丁寧に了承をいただき、むしろ拍子抜けであった。

 だが、通された美奈子の部屋を見て蕗子も正道もいささか絶句し納得した。

 壁一面のアニメキャラクターのポスターに棚には数えきれないほどのアニメキャラクターのグッズ類。ベッドにはそのキャラクターの等身大とも思える抱き枕が寝そべっている。

「ややや。さすが今をときめくスタアキャラ。グッズ展開も充実しておりますな」

 心の底から感心している一輝に、その喋り方なんとかしろ、まかりなりにも嫁の実家だぞ、社用語で喋れ!などと心中舌打ちしつつも、蕗子も思わずつぶやいていた。

「今、こんな充実してるんだ……」

 聡い美奈子と一輝は、やややとばかりに聞き逃さなかった。

「もしかしてお義母さまもこちら側の」

「母上、いままでありがとうございます。母上のおかげで僕は好きなことに打ち込め、美奈子さんとも出会えました。母上もこれから好きなことに好きなだけ打ち込む人生を送るでござるよ」

「ござるよじゃないわよ」

 一見良いことを言ってるような息子の言葉にツッコみつつ、大人になっても好きなものに遠慮をしない生き方をしてきたのであろう美奈子に羨望と希望を蕗子は感じていた。



 得てして『オタク』という生き方はお金と時間がかかるものである。

 果たしてそんな生粋のオタク夫婦に子育てなんてできるのかと心配した両家の親であったが、案ずるより産むがやすしとはよく言ったもので、仕事も家庭も子育ても、親の力を借りながら美奈子も一輝もよくやっていた。両家ともひとりっ子で両家とも初孫で、とにかく祖父母である蕗子たちが猫可愛がりしたのもある。どっちの家に入るとか、どっちの家を継ぐとか、そんな時代でもなくなったのだなと息子の結婚を通して蕗子は肌で感じていた。本当に時代は変わったのだなと蕗子は赤ん坊の栞をあやしながら思っていた。



 年に2回の大きなイベントもさすがに子育て中は我慢しているのかと思いきや、

「お義母さん、今どきはネットでなんでもできるんですよ」

 嫁の美奈子が悪魔のように蕗子の耳元で囁いた。

「どういうのがお好みですか?子守りのお礼にダウンロードして差し上げます」

 美奈子が差し出したサイトのサムネイルに「うわあー!?」と悲鳴を上げた蕗子である。

「なんなの美奈子さんこれ!?姑になんてもの見せてるのあなた!ネットってこんな無法地帯なの!?」

「あら。お好みではありませんでしたか?じゃあ、こっちは?」

 悪びれない美奈子に過去の好みまで根掘り葉掘り掘り出され、昨今のBL事情まで教育され、すっかり趣味を共有する間柄になってしまったのである。

「お義母さんがこっち側の人で良かった!共有すれば倍楽しめますもんね!」

 ちゃっかりしている嫁である。

 嫁と孫が同時にできて以来、蕗子の人生は色を取り戻すかのように充実して来た。嫁と孫とは関係ないところで。

 とはいえ夫と息子には内緒にしているので、ダウンロードはあくまで個人のスマホの中に抑えている。




 

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