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気がつけばしわしわ・5


 実はこの話、もとはBLである。

 金時しぐれ先生の中期作品『双生のファムファタール』の一部を蕗子はぼかして話している。

 言わずもがな将軍様、原作では王様と、奴隷として買われた世にも美しい双子の姉弟のロマンスであるが、王様のお相手はもちろん弟。男同士はもちろん、王様と奴隷の恋愛などもちろん許されるわけもなくすったもんだの挙句姉が身代わりになり……という話。一時期蕗子は砂漠の王朝ものをやたら読んだ時期があるのだが、それはともかく金時しぐれ先生にしてはなんかちょっと作風が古くないか?という話が読者の間で話題になった。だがしぐれ先生のたまにかますこのノスタルジックな雰囲気は昭和の女・蕗子のハートにばちこんヒットしたのだ。先ほど、瞬く星空を覆う薄雲を見て、舞い踊る受が残して去った羽衣を手に星空を見上げ憂える王の場面を蕗子は思い出し、うっかり子供もいる前で語ってしまったが、水不足の現状も相まってなんか妙に受け入れられてしまった。成功なのか失敗なのか。

 とりあえず清白の顔は曇っていなかったのでご満足いただけたのだろうということにした。なんだかターゲットが清白ひとりに絞られているが、それくらい最初の四つの話の「えー、それ知ってるつまんなーい」って顔で言われてるダメージが強かったのである、蕗子にとっては。


 朝になると里人たちは残り少ないであろう食料を持ち寄って、蕗子たちに分けてくれた。しばらく里に留まればいいとも言われたが、なるべく寺から遠くへ離れたい穿拓と清白にしてみればそういうわけにもいかない。他の里も回らねばとならないからと言ったところで、ふくがまたあの狐の話を聞きたいと言い出した。

 分けてもらった食べ物のお礼もある。なにより子供にお話をねだられることは気分が良い。蕗子が喜んで話そうとすると、穿拓と清白は「では」とそれぞれ猟師と狐の役割を持ってあてぶりを始めた。セリフを言わず、蕗子の語りに合わせて演じるそれはパントマイムのようでもあり、視覚と聴覚の両方から刺激された子供たちは目を輝かせながらお話の世界に没頭していた。だが大人たちにもこの出し物は受けたようで、終わると同時にそこかしこで「死んだ!」「いや、死んでない!」とこれまた論争が起こっていた。罪作りな物語である。というか、どーもこの『死んでない』派の人々は、狐を演じた清白の可愛らしさに同情している節もあって、やっぱり顔の威力ってすごいと改めて納得する蕗子であった。


 そんなこんなでそろそろ里を出発しようかというとき、白い土埃が遠くに見えた。いくつもの馬の足音が近づいてくる。

 里人に緊張が走り、穿拓と清白もまさかと身構えた。

 里人たちは女子供を家に隠し、男たちは木の棒やら鍬やら持って来て構える。

 穿拓は清白と蕗子に納屋へ隠れるように言い、自分は里人たちと共に一群を迎え撃てるよう立った。

 清白と蕗子は窓の隙間から外を伺っていた。

 だがやって来た一群は粗野な盗賊ではなかった。

「東雲様……!」

 穿拓は思わず口に出し、納屋の中で清白は息を呑んだ。

「息子はどこだ」

 先頭にいた男が馬の上から穿拓に冷たく言い放つ。

 聞こえた蕗子は思わず清白を見る。清白は小さく震えていた。

「まさか、お父さん……?」

 蕗子が訊くと、清白はわずかに頷いた。蕗子は視線を東雲と呼ばれた清白の父親に戻しながら、清白の手を握った。

「清白は、ここには……」

 馬の前に跪きながら項垂れる穿拓を東雲は冷ややかに見下ろす。

「主を呼び捨てとは、下男ごときが良いご身分だな」

 東雲が目線をくれると、後ろの配下たちが一斉に馬を下り、里人たちに刀を突き付ける。里人たちは固まって悲鳴を上げた。

「隠し立てすれば、この者たちが死ぬ」

 穿拓の肩が震える。納屋の中では蕗子が清白の手をぎゅっと握り締めた。

「清白。聞こえているのであろう。己が自由のために関係のない者をみすみす見殺しにするのか」

 響き渡る東雲の声に、里の住人たちが家の中でさえ息を詰めているのがわかる。それでも蕗子は清白の手を離さなかった。だが清白はすっくと立ちあがり声を上げた。

「お待ちください!」

 戸を開けようとする清白の手を蕗子は強く握り締めたが、清白はただほほ笑んでその上に手を重ね、そろりと外させた。そしてもの言いたげな蕗子の手をぎゅっと握ると踵を返し、戸を開けて出て行く。蕗子が引き留める間もなく戸を閉めると、清白は立てかけてあった棒で戸をつっかえた。

「清白……!清白!」

 蕗子は開かなくなった戸をドンドンと叩くが、清白は止まらない。ただ黙って東雲の元へ歩いた。

 清白が足元に来るまで東雲は視線を外さなかった。

「寺に入りたいと言ったのは、おまえ自らではなかったか」

「……左様にございます……」

 清白は馬の下に膝をつく。

「初めてでもあるまいに、稚児灌頂ごときで逃げ出すとは」

 忌々し気に吐き出された東雲の言葉に、清白が凍り付いた。横にいる穿拓も、納屋にいる蕗子も呆然となった。

「おまえの価値など所詮その程度と考えよ。今すぐ寺に戻り、己の務めを果たせ」

 東雲が言うと配下たちは刀を治め、穿拓を縛ろうとする。

「お待ちください!穿拓をなぜ……!?」

 馬に乗せられようとしていた清白は配下の腕を振り払う。

「上童たる稚児を連れ去ったのだ。処分は免れん」

「わたしが……!わたしが逃がしてくれと頼んだのです!わたしの一存でやったことなのです!どうか、どうか穿拓は……!」

「一介の下男の命などどうあろう。それともすべての責任をおまえひとりで償えるとでも言うのか」

 清白も穿拓もぐっと唇を嚙みしめた。だが清白は昂然と顔を上げ訴える。

「元は穿拓も酒匂の家の者。たとえ今は下男の身であろうとも、それが東雲から出た稚児をかどわかした上にお手打ちにあったと知られれば、良い醜聞ではありますまいか」

「ふん。なりふり構わぬ庇いようだな。さすが観音菩薩の化身だけある。目を離したすきに下男にも慈悲を施したか」

 反吐のような東雲の言葉に、蕗子の堪忍袋の緒が切れた。

「ちょっとーーーーーーー!」

 納屋の中から金切声を上げる。

「子供相手に何クソみてえな言葉かけてんのよーーー!てめえそれでも父親かーーーー!!!」

「……なんだあれは」

 眉をひそめる東雲に様子を見に行こうとした配下を清白は慌てて止める。

「ここでお世話になった老人です。なんの関係もございません」

「ふざけんな!この毒親ヤロウ!!子供にいらんことさせんじゃねえ!親だったら全力で守ってやらんかボケがあ!戻してどうするこのタコ!逃がした穿拓に礼をいうのが筋じゃろがいクソったれー!!」

「……本当に年寄りなのか?」

「見て参ります」

「本当にただのおばあさんです!正真正銘、しわっしわのおばあさんです!ちょっと口が達者なだけです!」

 走ろうとした配下の前に再度清白は立ちふさがる。

「子供は親を選べないんだよ!そんな中から生まれて来た子に、幸せな人生を選べるよう育ててやるのが親の役目ってもんだろう!ドスケベ坊主のいる寺なんか送り出してどうすんだ!ゴラァ!」

「媼!」

 東雲は蕗子に向かって声を上げた。

「寺を選んだのは清白の意思だ。途中で投げ出すことなど武家の出身としてあるまじきこと。そう父として諭しに来たまで」

「んだとゴルァ!屁理屈捏ねんじゃねえ!所詮てめえもスケベ脳だからそんなこと言ってんだろこのスケベジジイ!戻って来いゴルァ!」

 蕗子が息巻きガタガタと戸を揺する間にも、東雲たちは清白を馬に乗せ、穿拓を縛り、一行の後に繋ぐ。

「待て!ゴルァ!まだ話は終わってねえ!子供にエロいこと強要するのは犯罪なんだよ!してもしょうがないって思ってる大人は病気なんだよ!性依存なんだよ!巻き込まれた子供は勘違いしちゃうんだよ!今止めろ!すぐやめろ!子供は大人の都合のいいおもちゃじゃなーい!!」

 蕗子の叫びが届くか届か。里の端っこに東雲たちの一群が差し掛かったときだった。


 さっきまで澄み切っていた青空に突如として真っ黒い雲が立ち込め、あたり一面が暗くなった。

 突然遮られた光に、東雲の一群も里人も訝し気に空を見上げる。

 ゴロゴロという雷鳴がどこか遠くから響いてくる。

 雨の予感にまさかと言う顔をする東雲と、歓喜する里人。

 そして若木が折れるようなピシリという音が響き渡った次の瞬間、轟音を立て落ちる雷と共に里の中の納屋が吹き飛んだ。そこは先ほどまで蕗子がいた納屋。

「おばあさん!?」

「ばあさん!?」

 木っ端みじんに吹き飛んだ納屋の残骸に立ち上る灰色の煙。

 その中からゆっくりと、ゆっくりと、大きな龍が首をもたげた。


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