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気がつけばしわしわ・4


「かわいそうに……」

「しんでないよね!?りょうしがたすけてくれたよね!?」

「いや。せっかくだから毛皮を売りに行ったのではないか?その方が狐も本望だろう」

「穿拓。それはあんまりだ。死んだにしても、そのまま弔ってあげたに違いない」

「やだー!しんでないよー!いきてるよー!」

「いや、生きてたとしたら、猟師としての腕を問われるぞ」

 もしかしてこの問題、いつの時代でも見解が分かれていたのではないかと、ひたすら討論する三人を見ながら蕗子は思った。

「おい!おまえら、なに騒いで……、縄は!?縄はどうやって解いたんだ!?ふく!おまえ、こんなところでなにしてる!?」

 突然がらりと戸が開けられるなり、入って来た男がまくしたてる。ふくと呼ばれた少女はその男に駆け寄ると、縋り付いた。

「ねえ、おとうちゃん!きつねはしんでないよね!?」

「はあ?なに言って……、おまえら、うちの子になに吹き込んだ!?」

 血相を変えるふくの父親の後ろから三人の男たちが入って来ると、たちまちのうちに穿拓と清白、蕗子を羽交い絞めにする。

「ちがうよ!おとうちゃん!このひとたち、さるがくのひとだよ!おはなしをしてくれるんだよ!」

「猿楽?どうせ嘘に決まってる。子供だと思ってうまいこと丸め込んだんだろうが……」

「ほんとうだよ!こっちのおにいちゃんはふえをふいて、こっちのおにいちゃんはまいをおどってくれるそうだよ!」

「舞……?」

 ふくの父親がにわかに反応した。その一瞬を清白は見逃さなかった。

「はい。わたしは観音様に捧げる舞を生業としている者でございます。昨今の干ばつを鑑み、凶作に悩む村々を回っては舞を奉じさせていただいております。若輩者ゆえお慰み程度の舞ではございますが、どうかこちらでもひとつ披露させてはいただけませんでしょうか」

 羽交い絞めされたままさらに深く頭を下げる清白を見ながら、蕗子は目を剥いた。よくもまあこんなにさらさら口から出まかせが出るもんだ。可愛い顔をしてコイツはなかなかの食わせ者だと確信した。だがまあ、これからこの子は穿拓とふたりで生きて行かねばならないのだ。多少なりとも図太くなければならない。観音様に祈ってりゃあなんとかなるとか思ってるより全然良い。これもまた成長だと蕗子は深く心の中で頷いた。

「なんでさっき言わなかった」

「さっきは皆気が立っていたから、言っても信じてもらえないと思った。一度捕まってしまえば誤解は解け、安心してもらえると思ったのだ」

 穿拓が喋ると怖いのか男たちがますます力を込めるので、押さえつけられている穿拓がうめき声を上げる。

「この者は笛を生業としております。身体が大きいゆえ誤解もありましょうが、あまり乱暴にされますと演奏に障りがでます。なにとぞ……!」

 苦しそうな穿拓の声に清白が焦って言うと、ふくの父親は男たちに向けて少し顎をしゃくった。そして清白の前に顔を突き出す。

「おまえが舞えば雨は降るのか?」

 清白はふくの父親の顔を正面から見据えた。

「今すぐとは申せません。ですが、いつかは観音様にこの想い、聞き入れられると信じております」

 ふくの父親は口の片端を上げてふんと笑うと立ち上がった。

「おい!篝火を増やせ!この楽師さんが今から雨乞いの舞を踊ってくださるそうだ!」

 穿拓と清白と蕗子の戒めが解ける。ほっと身体から力が抜けた半面、清白の額に冷や汗が流れる。穿拓は清白の腕を取って立ち上がらせると、その目をしっかりと見つめた。

「大丈夫だ。俺が笛を吹く」

 清白は穿拓の目を見つめ返し、しっかりと頷いた。

 蕗子は痛む腰膝から立たせてほしいと穿拓なり清白なりを待ったが全然こっちを見てくれないので、仕方なく踏み石に手をついて「どっこいしょ」と立ち上がった。



 植わっていた木から葉の付いた一枝を貰うと、清白は静々と里人が円座を作る真ん中に入って行った。穿拓は隅に座り、横笛を構え楽を奏で始めた。

 てっきりすり足ばかりのゆっくりとした踊りを想像していた蕗子だったが、清白の舞はわりと大きく上半身を動かし、時折ステップのようなものも踏む。手に持った枝でしゃんしゃんと葉擦れを奏で、天に聞こえよとばかりに両手を上げる。穿拓の笛も途切れることなく流暢に流れ、まるで本当の楽師のようにふたりは音を合わせて舞い踊った。

 最初は胡乱な目で見ていた里人たちもだんだんと清白の舞に引き込まれ、最後、清白が恭しく膝を揃えて頭を垂れると、おおと感嘆の声を上げた。

「てっきり出まかせだと思ってたら」

「本物の観音様が舞い降りてきたのかと思った!」

「いやこりゃ天女さまみたいだったよ!」

 口々に褒めながら里人たちは清白を取り囲む。その輪から外れたところで、おやと蕗子は空を見上げた。

「……雲がちょっと出てきたね」

 降って来そうな星を羽衣のような薄い雲が覆っている。

 観音様に想いが届いたのかね、と蕗子は少し笑った。


「あのばあさんは何ができるんだい?ただ付いて来てるだけ?」

 里人のひとりが蕗子を指して言った。聞こえた蕗子は「え?」と気まずく、振り返りはしない。

「あのおばあちゃん、おはなしがじょうずなんだよ!」

 ふくが大声で言う。

「語り部さんかい。じゃあひとつなにかお話を聞かせてもらおう」

 そうだそうだと盛り上がる里人たちに、ふくがまた大きな声で言う。

「きつねのおはなしがいいよ!すごくおもしろいよ!」

 えーまたー?と蕗子は思った。いや、別にいいんだけれども、あんまり大人向きの話ではないと思うんだけどなあ。そしてふと星空を見て思い出した話があった。少々大人向けというか、一部マニア向けというか、人を選ぶアレな話なんだけれども……。

「あるところに砂に囲まれた、暑い国がありました」

 蕗子の周りに子供が集まって来た。

「そんなところがあるの?」

「あるんだよ。ここからずーーーーーっと遠く離れたところ」

「すなってうみのすな?」

「そうそう。よく知ってるね。あの砂と同じだよ」

「じゃあ、うみのちかくのくになの?」

「それがね、そこには海どころか、水も全然ないところなの。その国の周りには砂しかないの」

「じゃあ、おみずはどうしてるの?おみずがないとおこめもできないよ。のどもかわくよ」

「砂に囲まれたその国には大きな湖があったの。その湖の水は不思議と何百年も枯れることがなかったんだよ」

「すごーい」

「でもね、ある日とうとう湖の水が減り始めちゃったんだ」

「やっぱりね」

「ぜったいなくならないってことはないよね」

「君ら冷静だね」

「だってあめがふらないとおみずはふえないもん」

「まあ、そうなんだけれども」

「それでそれで?それから?」

「その国を治める将軍様のところに偉い人が何人も集まって調べ物をして、『雨』を降らせたらいいってことがわかったの」

「あめしらなかったの!?」

「そうなの。その国には何十年かに一回しか雨が降らないから、雨のことを誰も気にしてなかったの」

「あたまわるいの!?」

「うーんと、そういうことではなくてね。湖があるから水のことをあまり深く考えたことがなかったんだよ」

「どうやって雨を降らせたんだ!?俺たちにもやれることなのか!?」

 大人までもが食い気味で蕗子に迫って来た。しまった、ちょっと話のチョイスを間違えたかなと思いつつも、蕗子はまあまあと大人たちを諫める。

「これはあくまで御伽草子の物語ですからね」

 そう言って蕗子は話を続けた。


 雨を降らせるには生贄を捧げなければいけないという。

 生贄は誰でもいいわけではない。

 生贄はその国を治める将軍がもっとも大切にしている人を差し出さなければならない。

 将軍は国と、もっとも大切にしている人のあいだでとても悩んだ。

 「国を治める者として判断を誤ってはいけない」

 だがそう言ったのは誰あろう、将軍のもっとも大切にしていた人だった。

 将軍は涙を流しながら、この世でもっとも大切にしていた人を生贄として捧げた。

 湖の底に沈められながらも、将軍の大切な人はただ慈愛深くほほ笑んで将軍を見つめていたという。

 ところがそれからも雨は降らなかった。

 なぜならあの時湖に沈んで行ったのは、将軍の大切な人の双子の姉だったから。

 将軍とその大切な人の気持ちを知っているから、自分がこっそり身代わりになったのだ。

 それを知った国の偉い人たちは、今度こそと将軍の大切な人を湖に沈めようとしたのだが、その直前。

 空には暗雲が広がり風は吹き荒れ、真っ白い激しい雷がいくつも落ちてきた。

 雷が当たった木は裂け燃え上がり、国のあちこちで火事が起きた。

 生贄を捧げようとしていた偉い人たちが呆然としていると、その顔にぽつぽつと水滴が落ちてきた。

 見上げると、黒い雲の中からいくつもの水滴が。

 水滴はたちまち大きな雨粒になり、そして激しい雨となり。

 いつしか火事も消え、湖の水も満々と溢れんばかりに満たされたという。

 将軍様の大切な人は無事、将軍様の元へと戻され、その後は生贄など捧げることもなく、民も皆幸せに暮らしたという。

 おしまい。


 オーディエンスが静まり返るなか、誰かがぽつりと言った。

「やっぱり生贄か……」

 じゃなくて、と蕗子は思った。

 


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