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気がつけばしわしわ・3


「なーんで説得を放棄するかなあ。もう少しでわかってもらえそうだったのに~」

 真っ暗い納屋の中、地べたに座り込んだ蕗子は唇を尖らせぶうたれた。

「どこがだ。どうせ朝になれば盗賊の仲間ではないとわかるのだ。下手に弄するより、こうして縛られていた方が里人も安心して眠れるだろう」

「たしかに。里人もわたしたちも休めることに違いありませんし、一晩縛られておけば済むことですしね」

「もー。お人よしだなあ、あんたたちは」

 そんなだから変態ボーズに狙われたり追っかけられたりするんだよと言ってやりたいが、子供に辛いことは思い出させたくないので蕗子はそれ以上を慎む。

「それにしても、こんな小さな里にも盗賊がやってくるとは……」

 清白が悲し気に眉をひそめると、穿拓も忌々し気に言う。

「今年はとにかく雨が少なくて、どこも凶作だったからな。食べ物がありそうなところは片っ端から狙われているんだろう」

 そしてますます険しい顔をする。

「このまま雨が降らなければ、盗賊どころか飢え死にの方が不安だろうがな」

 清白は項垂れ、力なく呟いた。

「わたしたちの精進が足りなかったのでしょうか……」

 寺の稚児として修行に励んでいた頃を思い出しているのだろうなと蕗子は清白の心情を慮った。そもそもが真面目な子なのだ。毎日学問を学び、お勤めに励んで、衆生を救う立派な僧侶を目指していたのだろう。それが何の因果かまかり間違ってこんなことに。

「それとも、わたしが逃げ出したから……」

「それは違う!」

「うん、それは違うね」

 荒ぶる穿拓と、むしろ落ち着いている蕗子の声が重なった。

「それを言うなら、稚児を盗んだ俺への怒りだ!」

「うん、それも違うね」

 何言ってんのあんたたち、と蕗子は冷静になる。

「凶作ってことは、もうだいぶ前から雨降ってないんでしょう?そんな天気が昨日今日逃げ出してきたあんたたちに関係あるわけないじゃない。それに雨なんて、立派なお坊さんが百人揃って拝んだところで降らないときゃ降らないもんなのよ」

「……なんでそんなことがわかるんだ、ばあさん」

 穿拓は蕗子を睨みつける。

「雨が降るためには、まず雲がいるの。雲ができるためには水蒸気がいる。水蒸気作るためには水が必要だけど、なんか湖の水も減ってたし川もちょろちょろだったじゃない。空気もすっかり乾燥しててさ。空もピーカンに晴れ渡ってて、ああ、これじゃあしばらく雨はムリそうってなんとなくわかるわよ」

 一輝が小学生だったとき、夏休みの自由研究に雲が作りたいと言い出してペットボトルで実験したことを思い出す。これ、ただの線香の煙じゃないの?という蕗子に「違うんですよ母上!じゃあこっち!」とアルコール消毒したペットボトルで一輝は実験して見せてくれたが、「これ、ただの水蒸気じゃないの?」という蕗子に「それが雲なんですよ母上!」と目を爛々と輝かせて一輝は説明してくれたものだ。未だにあのペットボトルで雲を作る実験に納得はしてないが、雲が水蒸気でできているという説はなんとなく納得している、日本史に継ぎ理科も弱い蕗子だった。

「すごいです、おばあさん!」

 あの時の一輝のように目を爛々と輝かせる清白だが、すぐに悲し気な面持ちになる。

「でも、でしたらこのままだと、ますます雨は降らないということですか……?」

「う~ん。もっとばーんと気温が上がれば湿度も高くなるかもしれないけど……。やっぱりあとはお天道様次第かなあ」

 結局気圧配置だの上昇気流だののご機嫌次第なので、人間の力でどうこうできる問題でもないのだ。未来から来た蕗子とてお手上げである。

「お天道様次第なら、雨乞いは無駄な手立てでもないだろう」

 ごく真面目に言う穿拓に蕗子は少し驚いた。たぶんこの子は人の気持ちに寄り添える子なのだろう。祈っても無駄だとて、人の心が落ち着くならしないよりした方がいいと思っているのだ。里人に自分たちを縛らせたように。

「あんた、ホントに優しい子ね」

「なんだ、キモチ悪いばあさんだな」

 本気で気持ち悪そうに顔をゆがめる穿拓を、蕗子は足で蹴った。


 ことり、と戸が少しだけ開いた。

 蕗子たちが一斉にそちらを見ると、細い隙間から小さな瞳がふたつこちらを覗いていた。

「どうしましたか?」

 子供とわかっているので、清白は優しく言葉を掛ける。

 建付けの悪い戸がぎこちなく横に引かれると、顔だけ覗き込ませてその小さな女の子は言った。

「かんのんさま?」

「え」

 清白は言葉に詰まった。

「かんのんさまなのですか?」

 センシティブ~。蕗子も穿拓も息を呑んだ。今それこの人に言っちゃダメなやつ、とは小さな子供には言えない。

「かあさんが、とうぞくがあんなかんのんさまみたいにきれいなわけがないって。ほんとうはかんのんさまなのですか?」

 蕗子は目を見開いて清白を見た。ここはひとつ辛いだろうが観音様になりきって、縄を解いてもらった方が良策ではないだろうか。

 だが清白は儚く微笑んで首を横に振った。

「残念ながら、わたしは観音様ではありません」

 清白ー!蕗子は顔で叫ぶ。今は真面目に答えなくていい!

「じゃあ、なんなの?」

 首を傾ける少女に清白は消え入りそうな笑顔で答えた。

「観音様になり損ねた者です」

 いや、ダーメダーメ!なっちゃダーメ!まるでなりたかったみたいな言い方しちゃダーメ!そこを言うなら「ならなかった者」でいいって!なんでそこまで真面目に答えるかな清白!言いたくても言えないもどかしさで百面相を繰り広げる蕗子の横から、穿拓が落ち着いた声でゆっくりと言った。

「俺たちは猿楽をやりながらあちこちの村を回っているんだ」

 猿楽!?驚いて蕗子も清白も穿拓を見る。穿拓は子供相手にいけしゃあしゃあと続けた。

「そのお兄さんは舞が得意だ」

「まい?」

 少女の目が輝いた。

「綺麗だぞ。見たくないか?」

 穿拓のひと声に、誘われるように少女は戸から入って来る。

「みたい!」

「ああ、でも縛られていては……」

 穿拓の意を酌んだ清白が困ったように後ろ手の縄を見ると、少女は素早く近寄り、せっせと縄を解き始めた。

 自由になった手首を「ありがとう」と言いながらさすると、すぐに清白は困った声を出す。

「お礼に舞って差し上げたいのだけれど、笛の音がないと……」

「ふえ?」

「清白……!」

 急に穿拓が焦り出した。

「あのお兄さんは笛の名手なんだ。彼の縄も解いていいかな?」

「清白!俺は……!」

 少女は頷くとすぐに穿拓の縄を解きにかかる。

 清白は穿拓の前に跪くと、袂から一本の横笛を取り出した。

「これは……」

 呆然とする穿拓に笛を握らせると、清白はくるりと少女を見た。そしてまた困った素振りをする。

「ああ、でも、今笛の音がしたら、里の皆さんに気づかれてしまいますね。そうしたらまた縛られて、せっかくの舞もご覧にいれられなくなってしまいます……」

 子供にもわかりやすいように大袈裟に悲しい程を醸し出すと、清白は一拍置いて「そうだ!」と手を合わせた。

「ここはひとつ、面白いお話をしてあげましょう」

「おはなし?」

「御伽草子です」

 蕗子は嫌な予感がした。

「ききたい!」

「こちらのおばあさんは面白いお話をたーくさん知っているんですよ」

 にこにこと蕗子を指す清白に、蕗子は「おい」と目を座らせる。さっきまで蕗子の話にクレーム紛いの顔してたのは誰だ。

「言い出しっぺのあなたが話してあげればいいでしょう」

 小声で言う蕗子を無視して清白は少女に微笑む。

「おばあさんの縄も解いてくれるかな?」

 少女は頷くと、さっさと蕗子の縄を解き始めた。

「おばあさん、出番ですよ」

 蕗子の耳元で囁く清白に、蕗子も小声で答える。

「なんでよ!縄なんてあなた達が解いてくれれば良いのに!」

「自分で解いた方が彼女も怖くないでしょう」

 自由になったところでさっさと逃げるのかと思いきや、清白も穿拓も座り込んで動かない。それどころかじっと蕗子を見上げている。

「?」

 手首をさすりながら身体はすでに戸口の方を向いている蕗子は不思議に思いながら穿拓と清白を振り返ると、清白は少女を隣に座らせ「さあ」と言った。

「おばあさん。とびきり面白いお話を」

 蕗子は顔を引き攣らせた。こいつ、おとなしめの良い子ちゃんかと思ってたら意外と性格悪いヤツだな。だが子供の挑発ごときに目鯨立てる蕗子ではない。そこそこ海千山千は越えて来たつもりだ。

 蕗子はこほんとひとつ咳払いした。

「ある山奥に狐が一匹住んでおりました」

 栗とかキノコとかデリバリーする狐の話を蕗子は始めた。



 蕗子が語り始めた物語がなんなのかうすうすお気づきのこととはおもいますが、そっとしておいてください。

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