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気がつけばしわしわ・2


「で、その『みなこさん』が作った『ふらっしゅもぶ』とかいう猿楽だと思ったわけか」

「やーだー、なんかおでこの上のとこにイボまである~。やだやだ、こっちも~」

 穿拓の話はまるっと無視して、蕗子は真っ白い髪の生え際あたりを指で探りながら嘆く。

「さっき虫に刺されたのかもしれませんよ。ずいぶん長いこと草の中に倒れていらしたから」

 清白が足を止め、髪の中を覗き込もうとすると、蕗子も立ち止まり頭を清白へ差し出した。

「違うよ、たぶん。蕁麻疹かもしれない。ほらほら、ちょうど線対称のとこにおんなじようにあるでしょう」

「じんましん?せんたいしょう?」

「線対称ってね、ちょうど半分に折って反対側のこというのよ。蕁麻疹はね、同じ痒いでも虫に刺されたんじゃなくて身体の内側からアレルギー反応とかで」

「聞けよ、ばあさん」

 散歩先から振り返り、穿拓が冷たい目で蕗子を見る。

「どーせ信じてないんでしょ~?ボケた年寄りがわけわかんないことくっちゃべってんなーとか思ってるだけなんでしょー?」

 すっかりやさぐれて吐き捨てる蕗子に、清白はキラキラした目を向ける。

「わたしは信じます。おばあさんはわたしの知らない言葉をたくさん教えてくださいますから」

「優しいねえ、清白くんはねえ。優しいのは美徳だけど、あんまりお人よし過ぎると悪い奴に騙されちゃいそうで、おばあちゃん心配よ」

 言いながら蕗子は清白を抱き締める。この世界の蕗子もあまり大きい方ではないのだが、十二の清白を包みこめるくらいの背の高さだ。小6の頃の栞を思い出して、蕗子は胸が詰まった。

「まあ、全部が全部本当だとは思ってないが」

「『みなこさん』殿は猿楽を作っているお方なのですか?」

 目を輝かせて清白は、蕗子の腕の中で顔を上げる。

「『さん』は『殿』を兼ねているから、『美奈子さん』か『美奈子殿』かどっちかでいいよ」

 清白を微笑ましく見ながら蕗子は続ける。

「学生の頃は本を作ってたみたいだけど、最近はもっぱら読む専になっちゃったみたいだねえ」

「なんと!書物まで作られていた方とは!表題はなんと?ぜひわたしも読んでみたいです!」

「いやいや、だから、ここからずっと未来の話だからね、美奈子さんの本は今無いよね。あったとしても清白くんにはちょっと早い内容かな~」

「わたしには早いとは?」

「ちょっと。ちょーっとだけね、ムズカシイ」

「なるほど」

 しかめつらしい顔をして頷く清白に、嘘はついてないと蕗子は頷いた。

 たとえいかがわしくない物でも、自分が描いた漫画や小説、特に二次創作を親に見せる子供なんていないと蕗子は思っていたのだが、美奈子は堂々と蕗子に自分の作品を見せてきた。まさか自分の親にも見せているのかと問うと、やっぱり「まさか」と美奈子は真顔で言った。姑だから見せていいと思ったのか、それとも姑とすら思われていないのか。栞には見せないでいて欲しいと蕗子は今も頭を抱えている。

「今は自分で本を作ってないけど、美奈子さんはいーっぱい本を読んでる人だからね、いろんなお話をね、想像できる人なのよ」

「じゃあ、ばあさんが言うさっきの『ふらっしゅもぶ』はどんな話だと思ったんだよ」

 しまった藪蛇だった、と蕗子は焦った。だがそこはそれ、蕗子とて同人世界に片足を突っ込んでいた女だ。

「えーと、だからね。盗賊に追われてたあなたたちが捨てられてたおばあさんを助けて、なおかつそのおばあさんが実は誕生日と知って祝ってくれるっていう……」

 よもやふたりの前で君たちがBL展開になる話を想像してましたなどとは言えず、差し障りのない話を蕗子は何とか紡ぎ出す。が、穿拓は容赦なく追及して来た。

「なんで盗賊に追われてたんだ?」

「そこはほら、盗賊に襲われてた誰かを助けて逆恨みされて……」

「なんで俺と清白が盗賊に出くわすんだ?寺の稚児と下男だぞ?」

「違う違う。襲われたのは寺で、あなたたちはそこから逃げ出して……」

「なんで俺と清白だけ?他の僧侶や稚児は?」

「逃げ遅れたんだね~、運が良かったんだね~、運命だね、これも」

「俺と清白の運命?」

「……あんた、なんかちょっと誘導してない?」

「どこに?」

 いたって真顔の穿拓からは真意が読めず、若干蕗子はイラつく。

「おばあさんは他にも物語をご存知なのですか?」

 期待に満ちた目を清白は蕗子に向ける。

「うん、まあ、少しぐらいなら……」

 脳内には子供に聞かせられる話二割、聞かせられない話八割。掘り起こせば、一輝や栞が小さいときに読み聞かせた物語が少しは記憶の隅に残っているはずだ。

「聞きたいです!」

 『桃太郎』に『金太郎』、『浦島太郎』に『かぐや姫』。

 里に着くころには清白の顔は露骨にがっかりしていた。



「……煮炊きしている様子がないな……」

 何軒かの家はあるが、外に人はいない。かといって長く人が住んでいないという気配でもない。ぐるりとあたりを見回している穿拓と清白の後ろで、蕗子は悶々としていた。

 だってネズミの兄弟がパンケーキ焼いてる話したってさ!わかんないでしょ!?パンケーキとか!わかる!?あんこの入ったパンが飛んで来たってピンと来ないでしょ!?わかる!?あんこの入ったパンの顔のヒーローとかさ!顔食べさせて人救うヒーローなんてさ!わかんないでしょ!?あんたたち!カバだか妖精だかよくわかんないのが住んでる谷とかさ!ポストに手紙入れときゃ人助けする妖怪も、駅の掲示板に暗号書いときゃ助けてくれる私立探偵も!わかんないでしょ!?昭和平成令和でも話通じないこと多いのに、いきなり室町時代の子供にわかる話しろったってできるわけないじゃないの!どうすりゃいいのさ!

「戸を叩いてみましょうか。皆さん中にいらっしゃるのかもしれません」

 蕗子のことなどすっかり放置し、清白は一軒の家の前に立った。

「もし。どなたかいらっしゃいませんか?」

 中から返事はない。清白はトントンと戸を叩くとさらに言った。

「決して怪しいものではありません。明日の朝にはお暇しますので、どうか今宵だけでも泊めていただけないでしょうか?」

 カタリ、と戸が少しだけ開いた。

「あ」

 清白が喜んだ瞬間。

 一斉に里中の家の戸が開き、老若男女が木の棒や鍬を構えて出てきた。穿拓と清白、そして蕗子は背中を合わせて里人と対峙する。周りを囲む里人がじりじりと詰め寄ってくるなか、腰の刀に手をかける穿拓を抑えながら清白は出来るだけ落ち着いて言った。

「わたしたちはただの旅の者です。一晩休ませていただければ、明日の朝にはここから去ります」

「そんなこと言って、夜中に仲間を呼ぶ気だろう!」

「仲間?」

 里人の言葉に穿拓が眉をひそめる。

「隣の村も、山向こうの里も盗賊に襲われた!おまえらそいつらの仲間だろう!」

「盗賊にもこんなばあさんいるの?」

 いきなり多数の人間に脅されて囲まれて震えあがっていた蕗子であったが、盗賊の仲間に間違えられるという現世では絶対あり得なかった新鮮な経験にちょっと舞い上がってしまった。

「いるかもしれないだろう!」

 予想だにしなかった質問に里人が焦っているのが蕗子にもわかる。チャンスを蕗子は見逃さなかった。

「こんな子供も?」

 清白を指すと里人は勢いよく答える。

「それくらいの子供ならいる!」

「ホントに~?こんなに身なりが綺麗なのに~?」

 胡乱な目で見てやると里人はちょっと焦り始める。

「着物なんて、どうせ盗んできたやつだろう!」

「顔もこんなに可愛くて綺麗なのに~?」

 清白の顔をぐいーと里人に突き付けると、里人たちは少し尻込みする。

「か、顔が綺麗な盗賊も……」

「え~?いる~?ホントに~?」

 蕗子の目はすっかり三日月形になっている。たじたじとする里人の前に穿拓がいきなり刀を放り出した。

「ならば我々を縛ればいい」

 蕗子も清白も驚いて穿拓を振り返った。穿拓は淡々と続ける。

「不安であれば一晩我々を縛り付けておけばいい。その代わり屋根のあるところで休ませてくれ。朝になったら解放してくれればいい。そうすれば里の皆も安心だろう」

 蕗子も清白も驚きすぎて口も目もぱっかり開けたままたちまちのうちに縛り上げられ、納屋に放り込まれた。



 蕗子が言っている物語がなんなのかうすうすお気づきのことと思いますが、それです。そっとしておいてください。

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