第3話 ルームメイト
渡り廊下みたいなところを通って別の建物に入った。
ホテルみたいな場所で、廊下にたくさんのドアがある。
ホノカと俺はエレベーターで3階まで行って、『302』って書かれたドアの前まで行く。
「ここは男子寮なんだ。今日から風月はここで生活してもらうよ」
ホノカは笑顔になってそう言う。
さっきはホノカもチョウカさんも深刻そうな顔で怖かったけど、なんだったんだあれは。
ま、今が笑顔ならそれでいっか。
「……ちょっと待って、ここ男子寮ってことは女子入って大丈夫なの?」
「……風月、気づいちゃいけないことに気づいちゃったね」
え、なにそれ、さらに怖いんだけど。
「教官に直接指示されたんだもん、私は悪くない。風月も黙っててね?」
「……わかってる」
「それならオッケー。で、この部屋にはすでに一人だけいるから、二人で生活してもらうよ」
もう中に一人いるのか。
仲良くしたいな、化け物倒すって目的は一緒だから。
「詳しいことはその人に訊いて。もう『あの人』ならこの寮のこととか詳しいはずだから。私はもう行くね。見つかったらヤバいし」
ホノカは最後にそう言ってエレベーターのところまで行った。
よし、入るか。
仲良くしたいから、なるべく笑顔でいよ。
俺はドアを3回ノックして、ドアを開ける。
中もホテルの一室みたいになってる。
小さい廊下があって、その奥に寝室とかあるみたい。
「お、お邪魔しまーす……」
なんか緊張してきた。
それでも靴――ローファーだけど――を脱いで奥に行く。
居間に行くと、一人の男がいた。
年齢は多分俺と同じくらいだと思う。
……イケメンだな、この人。
『目つき悪いイケメン』って感じ。
その人、俺のことめっちゃ睨んでるし。
「……誰だ?」
笹川風月です。
「ここ、俺の部屋なんだけど」
わかってます。
ホノカから聞いてます。
無言は失礼だから、とりあえずなんか喋ろう。
……ってか、ホノカからもらった『精神安定剤』ってすごいな。
冷静でいられる。
「さ、笹川風月です……。えっと……ホノカにここまで案内されて……」
「ホノカって誰だよ?」
そっか、この人ホノカのことわからないのか。
ヤバい、なんて説明しよう。
「この世界に来たときに案内してくれた……刀持った女の子で――」
「――お前、今なんて言った?」
男が俺の声を遮る。
さっきよりかは俺に興味持ってくれたみたい。
「こ、この世界に来たときに――」
「ここに連れてこられたのか」
また遮られる。
すると男はため息をついて座った。
「……また来ちまったか……」
なに? 俺来ちゃダメだった?
「あの、俺なかヤバいことしましたかね……?」
「お前、これからなにするのかわかってんのか?」
「こ、ここで生活します……」
「そのあとだよ。ここから出て、なにと戦うのかわかってんのかって」
「ば、化け物と戦わせていただけます……」
「……まだわかってねェみたいだな」
男は立ち上がって俺のすぐ近くまで来る。
「その妙な落ち着き……精神安定剤を飲まされたのか。……ったく、まだよく理解できねェやつに同意させたのか……」
「あの、どういう――」
「言われなかったか? 『死ぬまで戦ってもらう』って。その『死ぬまで』は『寿命が尽きるまで』じゃない。『戦死するまで』なんだ。それくらい、クリーチャー――お前が戦おうとしてる化け物は強いんだ」
「そ、そうなんですね……」
「……まだ精神安定剤は効いてるみたいだな。なら今どれだけ話しても無駄になる」
男は俺に手を差し伸べる。
「俺たちは絶対に生き残るぞ」
なんかよくわからないけど、雰囲気的に手を握らなきゃいけないから、ノリで男の手を握る。
男は真剣な表情してるけど、まだよく状況を理解できてない。
「適当な場所に座ってろ。飲み物用意する」
あ、ありがとうございます。
俺は言われた通り適当な場所に座る。
男は部屋の隅にある冷蔵庫からコーラの缶を二つ出して、一つを俺に差し出す。
俺はお礼を言ってから受け取った。、
「見た感じ、本当に来たばっかなんだな」
「はい、この世界に来て1時間くらいだと思います」
「正直どうだ? いわゆる異世界転移ってやつして」
「ちょっと楽しいですね」
「……そっか」
なんか恥ずかしいな。
男がコーラを飲み始めたから俺も同じように飲んでみた。
ちゃんと美味い。
「名前は? できれば漢字も頼む」
「『笹川』は普通に『笹川』で、風に月って書いて『カヅキ』です」
「そうか、風月だな。俺はこれだ」
男は懐からカード状のなにかを出す。
名刺みたいなやつだ。
そこには『迅斗』って書いてて、フリガナで『ハヤト』って書いてある。
「言い忘れてたけど、この世界に名字とかいう概念ないから、そのうち捨ててもらうことになるな」
「名字捨てるんですね……」
「お前、年齢は?」
「16です」
「同い年か。なら敬語は使うな」
おお、この人結構いい人かもしれない。
この人――迅斗がさっき言ってたことはあんまり理解できなかったけど、とにかくここから生活が楽しくなりそうだ。
異世界転移して、本当によかったなー。
「……失礼します」
そう言って教官室に入るのは帆佳。
先刻まで風月がいた場所だ。
中には蝶香がいた。
「なんだ?」
「……風月を……本当に戦わせる気ですか……?」
「言ってる意味がわからないな。なぜそんな質問をする? 私たち護殺人はそれが運命だ。生きる道は選べない」
「でも、今の風月は薬のせいでちゃんと思考できない。せめて判断できるようになってから話すべきです。それまではただ保護をするべきだと思います。あんな状態の――」
「帆佳」
帆佳の声を遮る蝶香。
その声のせいで帆佳は黙ってしまった。
代わりに蝶香は言葉を続ける。
「わかるだろ? 『人間は皆、本人の意思を尊重されなければならない』なんて綺麗事はないんだよ。それは帆佳、お前が一番わかってるはずだ」
「…………」
「わかったら所定の場所に戻れ」
「……失礼しました」
帆佳は腰のベルトに掛けてある手榴弾に触れて、その部屋から出た――。