第12話 相談
「イテ……染みる……。消毒液って必要……? 水でよくない……?」
「文句言わない!」
天菜の叫び声で、文句を言う気がなくなった。
あのあと俺は雨米に背負われて家まで帰ってきたらしい。
顔だけに傷があって、それを天菜に手当てしてもらってる。
雨米と俺が家に着いた瞬間に、俺の意識は戻ったらしい。
で、天菜に治療されてるのに、なぜか怒られてる。
「さっき言ったよね! 『無理そうだったら逃げてね』って! 逃げれなくても、私たちに連絡すればよかったじゃん!」
「あれは……あのときだけの言葉かなって……」
「危うく死んじゃうところだったんだよ! 雨米ちゃんがたまたま散歩に出ていったからよかったけど!」
うぅ……天菜、厳しい……。
俺のために怒ってるってことはわかってるけど。
「天菜……その辺にしとけよ……。こいつはこの世界に来たばっかなんだから。俺からもあとで言っとくから」
「迅斗は今黙ってて!」
おお……迅斗も怒られた……。
マジで天菜、お母さんじゃん。
「ってか、さっき『連絡すればいい」って言ってたけどどうやって取るの……?」
「支給されたスマホでできるじゃん!」
怒りながらも天菜は俺の傷に優しく絆創膏を貼ってくれる。
「まぁ、ありがと、治療」
「もう気をつけてよね……。……怪我したとこ、顔だけ? 他には大丈夫? 背中とかお腹とか結構攻撃受けやすいけど……」
お腹には思いっきり喰らいました。
でも痛みはないし、多分大丈夫だろ。
……いや、怪我したところって他に――
「――左腕」
「左腕? 左腕が痛いの? ちょっと触るね」
天菜が俺の左腕に軽く振れる。
「今触ってるけど、痛みある?」
「いや、……まったくない……」
「よかった……」
いや、なんもよくない。
俺の左腕に、確かに刺さってた。
俺の折れた刀が。
あのときはちゃんと痛みもあって、刀――金属が体内に入ってる感じがした。
だけど、今俺の左腕に刀は刺さってないし、痛みもない。
「いい? もし一人でいるときにクリーチャーに遭っちゃって、少しでも苦戦しそうだったらすぐに呼ぶんだよ? 私たちの誰でもいいから。そのために班があるんだから」
「…………」
「返事は?」
「……わかった」
マジでお母さんじゃん。
天菜、絶対いいお母さんになるって。
俺は階段に2階に上がった。
2階に俺の部屋があるからだ。
迅斗の部屋もその階にある。
3階が女子部屋って感じ。
『迅斗と同じ部屋かなー』って思ってたけど、今度はちゃんと別れてた。
つまり、この家に個人部屋が5個あるってこと。
他にも武器庫とか物置とかの部屋もあるから、めちゃくちゃ部屋ある。
それより俺は、今すぐ教官――蝶香さんに相談しなきゃいけないことがある。
俺は早足で自分の部屋まで行って、ドアを閉めた。
電気をつけないまま、俺はポケットからスマホを出す。
そして『メール・通話』ってアプリを開いて、そこで『通話』って項目を押す。
すぐに相手を『蝶香』って選んで、耳にスマホを近づけた。
教官はすぐに電話に出た。
『どうした? 寮の外、気に入ったか?』
「……相談があります」
俺の声でなんとなく察したのか、教官も声のトーンを低くした。
『なんだ?』
「……俺、まだクリーチャーと戦えないです」
変な前置きとかはなしに、単刀直入に言った。
しばらく教官は無言だった。
『……それはどういう意味だ?』
「そのまんまです。俺は……まだ、あの化け物と戦えません。実力もそうですけど、覚悟も足りないです」
『……今更それを言うのか?』
蝶香さんの言葉に、思わず『え?』って声が出た。
蝶香さんはそれを無視して、喋り続ける。
『風月、お前は確かに言った。クリーチャーと戦うって。前言撤回する気か?』
「あのときとは状況が違います。俺はあのときはなにも知らなかった。それに、全然クリーチャーのことも戦い方も知らない状態で、あんなんと戦うなんて思ってもませんでした。だからやめたいです。俺はこんなのやめて、普通に暮らしたいです。それができなくても、もう一度寮に戻って、戦い方を基礎から教わりたいです。それじゃなきゃ――」
『それは無理だ』
俺の声を教官は遮る。
『どんな状態であれ、クリーチャーと戦わなければならない。それが護殺人の使命だ。つまりだな、風月、お前にはそれ以外生きる道はないんだ』
「でも……それじゃあ俺が無駄に死ぬだけ――」
『だったら無駄な死にならないように戦え』
また教官が俺の声を遮る。
今度はなにも言えなかった。
言う気もなかった。
『確かに、納得できないってことはわかる。最初はみんなそうだ。でも、この世界に来たらそうするしかないんだ。私も本当はこんなこと押し付けたくなかった。だけどそうせざるを得なかったんだ。詳しい理由は言えないが……頼む、わかってくれ』
そんなこと言われても、納得できるわけない。
自分の意思でこの世界に来たわけじゃないのに……。
『でも、お前の班の面子はなかなか実力はある。迅斗と花楓はアタッカーとしては優秀だし、天菜は判断力がある。最初はそいつらの戦い方を見てれば大丈夫だ。無理に戦いに参加する必要はない』
最後にそう言われて、電話は切れた。
俺は手に力が入らなくなって、スマホを床に落とした。
泣きたい気分だったけど、泣けそうになかった。
ただ、なにも考えずに立つことしかできない。
俺は暗い部屋の中で、一人で立っていた。
「…………」
無言で電話を切る蝶香。
相手は風月だった。
「……本当に……ごめんな……」
蝶香は自分の左胸を触り、体内にある『冷たさ』を感じていた――。




