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9. 長い一日だったよ

 

「それにしても、本当にあり得ないわよねぇ……これ」


 改めてソフィが自分の左腕を見ながら、しみじみとつぶやいた。


「なるべく使わないようにするよ。あ、でもソフィは怪我したらちゃんと言ってね。ソフィならもう知ってるから、いくら使ってもセーフでしょ?」


「うっ……。そう言われると、甘えたくなっちゃうわね……。でも、ダメよ。私に使うだけでも、リコの力が知られるリスクはあるんだから。自分とか、あとは本当に大事な人が大怪我をしたときに使うくらいにしときなさい」


「……はーい」


 一応返事はしておいたけど、ソフィが負傷したら絶対迷わず使うよ。

 そんなあるかも分からない微々たるリスクごときのために、苦しんでるソフィを放っておくとか考えられないでしょ。その辺、ちゃんと考えてものを言ってほしいよ。

 だいたい、ソフィは私の命の恩人でもあるんだから。


「でも、気持ちは嬉しいわ。リコ、ありがとうね。……そういえば、腕を治してもらったことにもお礼を言ってなかったわね。遅くなったけど、本当にありがとう」


「う、うん」


 なんか恥ずかしいな。

 そう何度もお礼を言われるのは、ちょっと。

 ……そういえば久しくお礼なんて言われたことなかったな。まぁそれ以前に他人との会話自体がなかったんだけど。


「そういえば見るからに元気そうだったから触れてなかったけど、リコ、あなた体の調子は大丈夫なの? 魔力を使いすぎると、体がだるくなったり、最悪昏倒したりすることがあるのよ?」


「うん? んー……なんともない、かな」


 両手をぐーぱーさせたりして感覚を確かめてみる。

 うん、なにも問題ない。


「そう。それならよかったわ。でも魔法を使い慣れていないと、自分の魔力容量の限界がわからなくて使いすぎるってこともよくあるから気をつけるのよ。……ちなみに、あの威力の『風の刃』とか何回も使えたりするわけ?」


 試しに右手に大量に魔力を集めてみる。すぐに目に見えるくらい集まってくる。多分これでキングレオの首を落とした時と同じくらいかな。魔力の扱いはすでに何も問題なくできるようになってるみたい。

 で、本来ならこの状態で使いたい魔法をイメージするんだけど。でも今は使う必要もないので、そのまま魔力を霧散させる。


 んー、魔力、減った……?

 全然そんな感覚無いし、このくらいなら何回でもできそう。というか無限にできる気がする。限界がある気がしないんだけど。


「うーん、いけそう? 特に制限もないみたいかな?」


「えぇ……。これまた規格外ね……」


 いや、そもそもソフィの言う魔力と私が魔力だと思っているものが、なんかずれている気がする。

 ソフィの言い方だと、魔法を使うには自分の魔力を消費するみたいなんだけど、私は自分の魔力を使っていない。というか、正直私は自分の魔力というものがまだよく分かっていない。ソフィ曰く、それを自覚して初めて魔法が使えるようになるということだったはずなのに。


 私の場合はいつの間にか魔力のようなものが感じられるようになっていた。

 それはキングレオから出ていたものだったり、今も私の周りに濃密に漂うものだ。私が魔力だと思っているものはこれだ。……多分、魔力で間違いないと思うんだよね。実際、私はそれを集めて魔法を使ってるし。それと実はこの魔力はソフィからも感じられている。そんなに強くは感じないけど。

 ただ魔力は自分のものしか感じることはできないらしい。これもソフィが言ってたことだ。実際、ソフィはキングレオの接近に気づいていなかった。

 やっぱり私とソフィでなんか食い違ってるよね……。


 まぁ色々考えたところで結論は、分かんない、なんだけど。

 仮に私が自分の魔力を使っていないとしたら、この自然と周りに集まってくる魔力がなくならない限り魔法使い放題ということでは?

 これは落ち着いたら検証したいね。  


 あ。

 あと魔力は物理的な防御にもなるみたいだよね? キングレオに噛みつかれたときも、魔力が守ってくれたんだと思う。それとキングレオを投げ飛ばしたときもそう。普通の人間は何メートルもある獣は投げ飛ばせない。もちろん私も普通の人間だから無理だよ。それも含めて考えると、防御というよりは身体強化?

 ……もしそれが本当なら、無意識に魔力をまとっているって無敵じゃない?


 ソフィの目を盗んでさりげなくまた小石を拾ってみる。

 ちょっと力をいれて握りしめると粉々に割れた。

 

 これは間違いなく身体強化だよ……。魔力って名前のくせに、物理的にも作用するとか笑えるね。

 ……また異常とか言われても嫌だし、とりあえずは黙っておこう。




「さて、もうあと少しで暗くなりそうだし、今日はもうここまでにしましょうか。もう少し進んでもいいけれど、中途半端になりそうだしね。というか、なにより精神的に疲れて、歩く気力がなくなっちゃったわ……。リコ、いい?」


「まかせるよ」


「それじゃ暗くなる前に野営の準備しましょうか」


 ……野営?


「え、ソフィ? 野営の準備って?」


「ま、大したことはしないからリコは座っていていいわよ」


 準備の内容を聞いたわけではなかったんだよ。

 野営ってつまり野宿? この大草原のど真ん中で野ざらしで寝るってこと?

 お風呂は? 着替えは? ベッドは?


 ……そうか。一番近い街まで歩いて三日ってことは、街に着くまで宿泊できるような場所はないってことか。

 もちろん睡眠無しで歩き通すなんてできるはずもないから、こうなることは予想できたはずだったよ。

 屋根のあるところで温かい布団に入ってぬくぬく寝るのが当たり前だったから、深く考えてなかったみたいだ。


 いくら私の趣味が睡眠だからって野営なんかでちゃんと眠れるのかな。というか睡眠趣味ってのは、その落ち着ける環境あってこそ趣味足りえるものだからなぁ。

 せめて私のベッドも一緒にこっちの世界に持ってこられたらよかったのに。

 この世界とてつもなく厳しいな!


 私が元の世界の恋人 (ベッド)に思いを馳せているとは知るわけもなく、ソフィはテキパキと支度をすすめているようだ。


「リコ、汗かいてるでしょう? これで拭きなさい」


 ソフィが湿ったタオルを渡してくれた。


 汗は……あれ? かいてないな。かなり動いたはずだけど。でもありがたい。

 ……ありがたいんだけど、色々あって疲れたし、ゆっくりお風呂に浸かりたかった……。

 いやそもそも、この世界ってお風呂あるのかな?

 地球ですら外国はお風呂のない国もあったし、ない可能性の方が高いかも?

 ……うぅ、不安になってきた。お風呂は必要だよ。


 まぁとりあえず野営でそんなことは望むべくもないのは分かってるので、今はタオルで体を拭くだけで我慢する。うん、これはこれで、ちょっとはさっぱりしたかな。


「ありがと」


 ソフィにタオルを返す。


「ん、それじゃちょっと早いけど晩ご飯に……ってそういえば少し前に軽く食べたばかりだったわね」


 ソフィは自分が取り出した食べ物が入った袋を見て、思い出したようにつぶやいた。


 そうだね、私もそんなことは遥か遠い過去のことに感じるよ。

 キングレオと遭遇する前だから、二時間も経っていないはずなのにね。


 だけど、私はその袋は忘れていないよ。

 正確には中の硬いパンもどきの味は忘れられないよ。


「どうする? リコ、食べる?」


「いらない」


「……そう」


 お腹が空いているか空いていないかで言えば、空いている。

 けど、変なものを食べてまで満たしたいほどの食欲は今はないよ。

 

「そうね、私も今はいいかしらね。でも、結局明日の朝には食べることになるからね? 今は食べ物はこれしかないんだから」


「……うん」


 まぁ目的を考えたら、携行食にそんなレパートリーは必要ないもんね。

 旅の間に手軽に栄養を補給出来たらそれでいい。



 

 本格的に日も沈み、暗くなってきた。

 私が住んでいた東京だったら、日が沈んだらみんな電気をつけるから、街から光が失われることはない。

 でもここは違う。民家はもちろん、街灯の一本すらないから、日が沈み切ったら何も見えなくなるだろう。


「そろそろ寝ましょうか」


 日が沈むと同時に寝たことなんてなかったけど、この世界では当然のことなのかもしれない。

 郷に入ってはともいうし、大人しく従おう。起きてたからって、真っ暗な中でやることもないしね。


 それじゃあベッドに入ってと……


「……ソフィ、どこで寝るの?」


 一瞬で忘れてた。ベッドなんかあるわけないって!

 ここには寝具のようなものは、さっきソフィが『収納箱』から取り出した毛布しかない。……まさか——


「毛布にくるまって寝るけど? ああ、一枚しかないから一緒に使うことになるわね。ま、毛布は大きめだし、リコはちっちゃいし、大丈夫でしょう」


「え!? 一枚の毛布にくるまって一緒に寝るの!?」


「そうだけど? ああ、確かに二人いるなら本当は交代で見張りをしたほうがいいんだけど。この街道は人通りが少ないから盗賊の心配もないし。魔物だってしばらくここには寄りつかないわ。間違いなくキングレオがこの辺りで一番強い魔物だったでしょうから。だから大丈夫よ」


 違う、問題はそこじゃない。いやそれも大事なことかもしれないけど。


 一緒の毛布ということはつまり同衾! ソフィと私で同衾ってこと!? まさかの女の子同士? 百合展開?? いや、私には必要ないよ、そんな展開!

 だいたい友達のいなかった私は当然お泊り会とかもしたことがないから、誰かと一緒の部屋で寝ることすらほとんど経験したことないっていうのに。

 急展開過ぎるよ。


「ほら早く来なさいよ」


 私が衝撃で固まっているうちに、ソフィはもう毛布に入っている。

 二人で寝ることについてはまるで気にも留めていないようだ。


 え? この世界では普通のことなの?

 でも、私もこのまま突っ立ってるわけにもいかない。

 この辺りの夜がどれくらい冷えるかもわからないし、毛布は必要だと思う。

 覚悟を決めるしかないか……!


「……お、お邪魔します」


「どうぞ。それじゃ、おやすみなさい、リコ」


 恐る恐る毛布の中に入る。あ、あったかい。

 けど敷物が敷かれているとはいえ、地面が固い。それにすぐ隣にソフィがいる。ソフィはもう目を閉じてるみたいだけど。私これ本当に寝れるの!?


 この世界で生きていくならこれからもこういう野営をしなきゃいけないことって多いのかな。

 だとしたら毎回この環境はキツい。私は毎日お風呂に入りたいし、あったかくてふかふかのベッドで寝たいよ。食事も野営だからって毎回アレはちょっと。

 野営環境は絶対変えてやる。いや、変えねばなるまい。この、私が!


 そんな決意をしたところで、徐々に眠気がやってくる。

 あれ、普通に眠れそうだ。よかった。


 ソフィはもう寝たかな?


 薄く目を開けて横を見る。

 目を閉じたソフィの綺麗な顔を月明りが柔らかく照らしていた。


 それにしてもソフィと今日初めて会ったなんて信じられないな。

 たった何時間か一緒に行動しただけなのに、助けられたり助けたり、怒られたり、笑いあったり。こんなに他人と深く関わったことはなかったよ。……意外とこういうのも楽しいかも——あ。ダメだ。もう限界——


「……おやすみ、ソフィ。ありがと——」


Q. 百合展開になるんですか?


リコ「ならないよ」

ソフィア「ならないわよ」

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