77. ちょっと今の返事、撤回させてほしいんだけど
王様の元まで、長い道のりをソフィについて歩く。
もちろん私に道が分かるわけないよ。一応、二度目なんだけどね。
お城の中を一人で歩けるようになる日はくるのかな。……いや、そんなこと心配する必要ないよね。
ネロはまたしても私の頭の上に陣取っている。
そこがお気に入りになったのかな?
しばらくして執務室の前に到着する。
相変わらず護衛もついてないよ。
というか、ここに来るまでも、特にお付きの人もいなかったし。
やっぱりこのお城、不用心過ぎない?
それだけ安全なことは良いことだと思うけど。
「ソフィア、参りました」
ソフィが扉をノックして声をかける。
と、すぐに扉は開いた。
「リコお姉様! ソフィアもようこそおいでくださいました。どうぞお入りください」
王女様が満面の笑みで私たちを室内へ招き入れる。
それに従いながらも、ソフィが私のことをチラリと見てぼそっと呟く。
「……お姉様?」
いや、私も分からないんだよ。
今朝も何度かそんなふうに呼ばれた気がしたけど、気のせいだと思いこもうとしてた。
でも、ソフィにもそう聞こえたんだね。
「来たか。長くなりそうだからな、座ってくれ」
王様が奥の執務机から立ち上がりながらソファを指して言う。
大きなローテーブルを挟んで、これまた立派なソファが向かい合わせで設置されている。
応接セットみたいな感じかな?
王女様もこちらへどうぞと言って案内してくれたので、お言葉に甘えて座らせてもらった。
すごく柔らかくて座り心地がいい。さすが王様御用達だ。
ソファか。
家を作ろうと思ってはいるけど、ソファのことは考えてなかったな。
なんとなく、ソファってテレビとセットなイメージがある。
この世界にはテレビがないから自然と除外していたのかもしれない。
でも、こうしてテーブルを囲む形は悪くないかも。
私に一緒にテーブルを囲む相手がそんなにいるかは置いておいて。
なにより、座り心地が最高だよ。
お昼寝程度ならここで寝るのも気持ちよさそうだし。
高級ソファ……アリだね!
そんなどうでもいいことを考えている間に、対面のソファに王様と王女様が腰を下ろす。
「リコ、ソフィア、こんな時間によく来てくれた。ようやくゴタゴタが片付いた。皆を納得させるのに苦労したぞ」
王様は開口からそんなことを言いながら、私のことを責めるような目つきで見てくる。
……別に私のせいじゃないよ。というか、私がいたところで、それはそれでみんな納得しなかったと思うし。
「結局どのように説明したんですか?」
王様の視線には気がつかなったふりをして、私が発言する。
一応、ここに呼ばれたメインはソフィじゃなくて私だからね。私が話すのが筋と思ってのことだよ。
「ドラゴンの目的は結界石だったということにした。結界石は、かつて王家の祖先がドラゴンの骸から作ったもので、それを奪い返しに来たのだ。ドラゴンの目的を知った我々が結界石を差し出すと、ドラゴンはこれ以上争うつもりはないと言って飛び去った。と、こんなところだな。まぁ全て作り話だ。結界石の由来なぞ知らんしな」
結界石ってあの粉々になったやつだよね?
……作り話って言ってたけど、偶然にも目的は合ってたね。
「そうなんだ。それで、みんな納得してくれたんですか?」
「俺と娘の言葉だからな。心の内では納得していなくても頷くしかない。魔物が言葉を発するわけもないから信じていないかもしれんがな」
「いや、しゃべったけど」
「なに?」
「すみません。なんでもないです」
竜帝はしゃべったけどなー、とか思ってたら口に出てしまった。
魔物はしゃべらない。うん、これ常識。
「とりあえずはこんなところだ。リコの存在は話していない」
「ありがとうございます」
「では、お前の話を聞かせてもらうぞ。俺の話に少しでも厚みを持たせたい。全て話してくれ」
全て、ね。
別に隠すことはないんだけど。
王都への道中でドラゴンに襲われたところからかな?
「ちょっと長くなりますけど——」
ドラゴンに二回も襲われたところから、竜帝に呼ばれて竜の郷に行き、問題の根本を解決をして戻ってきたらなぜかドラゴンに王女様が襲われていたこと。
一連の流れをつらつらと話す。
それぞれ途中で驚きの声をあげたり、表情が変わったりしてたけど話は遮られなかった。
私の中で話すべきことは全て話したと思うよ。
「——あとは王様とベア様が知る通りだと思いますけど」
「……そうか」
全て聞き終えた王様が深いため息をつく。
それから、真剣な表情で私のことを見て頭を下げる。
「まだまだ聞きたいこともあるが、まずは王都とベアを守ってくれたことに礼を言わせてくれ」
「はい。私はリコお姉様に命を救われましたわ。リコお姉様があの時来てくださらなかったら、今頃はこうしてここにいられなかったでしょう」
……お姉様?
「えっと、たまたまなので。……それで、あー、その、お姉様ってのはなんですか? 私なんてどっからどう見てもお姉様には見えないと思うんだけど」
ついに聞いてしまった。
王女様からすると、私は年上で、若干だけど背も私の方が高いので、姉か妹かと言われれば姉の方だろうけど。
お姉様っていうのは、背が高くてお上品で気配り上手で素敵な人ってイメージじゃない?
もちろん実の姉のことをそう呼ぶのは置いておいてだ。
……私には当てはまるポイントがまるでないよ。
私は自分の容姿と性格に理解がある系の女子だからね。
どちらかと言えば、お姉様はソフィの方だよ。
だけど——
「そんなことありませんわ! 私の窮地に駆けつけてくれたリコお姉様は本当に格好よかったです。初めてお会いしたときには冗談のつもりで言いましたが、本当に助けに来てくださるなんて……。それに、ドラゴンを退治した後も動揺する私を優しく抱きしめて頭を撫でてくださいました。私は他の方にあんなに安心感を覚えたのは初めてでした。……それでますます涙が止まらなくなってしまったのですが」
「そ、そうなんですか」
突然の王女様の熱量に、どう返事していいか分からずに曖昧に頷く。
そういえば初めて会ったとき、危険が迫ったら助けに来てくださいとか言ってたね。
もちろん今回はたまたまだったけど。
「それに私には兄はおりますが、姉はいないのです。だから、以前よりお姉様がほしいと思っておりました。どうかリコお姉様と呼ばせてもらうわけにはいかないでしょうか」
祈るように両手を組んで上目遣いで私を見る王女様。
……これ、ダメって言っていいの?
……いや、私には無理だよ。
王女様っていう身分どうこうの話ではなく、こんな熱い思いを聞かされたあとで特別な理由もなく断れる雰囲気じゃないよ。
うーん、まぁお姉様って呼ばれるだけなら実害はないかな。私が恥ずかしいくらいだ。
「ええと、分かりました。呼んでも大丈夫です」
「ありがとうございます! でしたら私に丁寧な言葉遣いは不要ですわ。それと、ベアと呼び捨てにしてください」
「……あー、はい……」
……早速お姉様になった負担が出てきた模様なんだけど。返事するの、早まったかもしれない。
丁寧な言葉遣いは不要で、呼び捨てにって……少なくとも王様の前では無理でしょ。どうしろっていうの……。
思い返すと、今朝はそれどころじゃなかったから適当な口調でしゃべってた気がするけど。
というかソフィ、手で口元隠してるけど笑ってる?
横目でこっち見て笑ってるよね?
もう、見世物じゃないよ。やめてよ。
そもそも、お姉様ならソフィでいいじゃん。家族同然だって言ってたし。
「まぁ暇なときにでもベアの相手は適当にしてやってくれ。それよりもお前の話、信じていないわけではないが信じられんな」
「別に信じなくても大丈夫ですよ」
「いや、すまん、そんなことを言いたいわけではない。だが、聞かせてほしい。俺も結界を通じてドラゴンを感じたから少しは分かるつもりだが、大前提として、ドラゴンの撃退なぞ普通の人間一人にできることではないと思うんだが。……お前はいったい何者だ?」
「……えーと……」
異世界人です?
いや、それを言うのはリスクが高い。
千年以上を生きるドラゴンの長、竜帝ですら、異世界? なにそれ? って感じだったし。
頭の心配をされるのが関の山だよ。
だいたい、異世界から来たことと、ドラゴンを倒せることはまた別の話だと思う。
何者、ねぇ……。
当たり前だけど、私はどこにでもいるただの小娘だよ。
外見はもちろん、内面だってそんな特別な感情や意志があるわけではない。
ただ、特徴として、なんか魔力がめちゃくちゃ強いらしくて、竜帝にも引かれたりしたけど。
でも、それで世界を救おうとか、逆に破滅させようとかいう気概もまるでない。
私はめんどくさいことが嫌いだからね。
だから——魔力がちょっと強いだけの普通の人間です。
つまりこう言いたいわけだけど、これってそれで納得してくれる状況かな?
「リコお姉様が普通の人間のわけがないでしょう! 優しくて、格好よくて、すごく強い自慢のお姉様です。お姉様くらい普通でなければドラゴンなんて簡単に倒せてしまうんですわ。実際に私はこの目で見ましたもの!」
「ぇ」
「ベ、ベア……?」
私がどうやって自分が普通の人間かを伝えようとぐちゃぐちゃ考えていると、興奮したような王女様が王様につっかかる。
王様は、まさかこんなところで自分の娘が声を荒げるなんて思っていなかったのか、タジタジとした様子だね。
……私は私で、王女様に『普通じゃない』を連呼されてショックを受けているけど。
と、ここで、今まで会話に加わっていなかったソフィがクスクスと笑いながら発言する。
「陛下。ベア様の言うことに間違いはないと思いますよ。リコは、私から見ても魔法を使うのが普通よりも得意な優しくて可愛らしい女の子です。何者か、というほどのものではないかと」
「ソフィアも……。そうか。お前たちがそう言うのなら、そういうことなのだろう。リコ、不躾な問いをしたようで悪かったな」
「……いえ、大丈夫です」
なんか王様も納得してくれたみたいなんだけど。
……これでいいの?
結局、私が発言する前によく分からないまま終わった。……うーん?
リコ「普通じゃない……私、普通じゃない…………」
ソフィア「リコ? どうしたの?」
リコ「……ソフィ、私、そんなに普通じゃない……?」
ソフィア「んー、そうね。リコは普通じゃない、普通の女の子よ」
リコ「……どゆこと?」




