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75. 王様がドラゴンを倒した、でよくない?


 無心でひたすら王女様の頭を撫で続ける。


 これが、私がここにいる意味。生まれてきた、理由。存在の、証明。



 ……って、なにそれ。



 くだらないことを考えながらも、しばらくそうしていると、だんだんと落ち着いてきたのか、王女様のすすり泣く声は収まってくる。

 そろそろ話が聞けるかもしれない。


 よし——



「ベア! 無事か!?」



 私が王女様に話しかけようとしたとき、ばたーんと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。


 男の人が王女様の名前を叫びながら、まっすぐこちらに走ってくる。


「ベア! ベア、大丈夫か!!?」


「お父様?」


 王女様がようやく顔をあげてくれた。

 首を回して声のする方を見る。


 ……王女様の次は王様か。

 こんな危険そうなところに、王族が部下も連れずにいていいのかな。


「おお! ベア、無事だったか! 遅くなって本当にすまなかった! それにお前は——たしかソフィアと一緒に来た————こ、こいつは!!?」


 王様は王女様が無事だったことに安心したのか、軽く周りに視線を走らせる。

 その視線が、いつの間にか私の隣にいたネロのところで固定された。


 ——あ、ヤバい。


 ネロを人前に出すときは驚かせないように小さい状態で、と思ってたのに早速見られちゃったよ。

 しかも王様と王女様。……めんどくさいことになりそう。


「ネロ」


 一応今からでも小型化しておこうと思って私が声をかけると、ネロはまだ用件も言っていないのに小さくなって私の頭に乗っかる。


 もしかして私の考えを汲み取ってくれた?

 え、うちの子天才すぎ??


「ん、んんっ!?」


 信じられないものを見たかのような王様が、私の頭上と私の顔を交互に見比べる。


 でも、ネロのことを追求する前に、王様の目はまたしても別のものに奪われる。


「なにっ!? 結界石が!?」


 なにかが置いてあったような台座の周りに、赤いガラスの破片のようなものが散らばっているのを見た王様が慌てだす。

 いくつかの破片を拾い上げてじっと眺めたあと、ため息をついてまた床に放ってしまった。


「いったいなにが——いや」


 王様は一呼吸おき、ぐっと目を瞑ってからゆっくりと開くと、これまでの忙しなさが嘘のように落ち着いた声で王女様に問いかけた。


「ベア。遅くなってすまなかった。まず、お前は大事ないか?」


「はい。私は無事です。怪我一つありませんわ」


 ついに王女様が私から離れて、立ち上がりながら返事をする。


 ようやく身体の自由を手に入れた私も一緒に立ち上がる。

 ——と、王女様はまだふらつくのか、私のジャージの裾を掴んでくる。……伸びたりしないよね?


「そうか。まずはよし。では、この状況の説明をしてくれるか? ドラゴンはどうなった?」


 王女様は答えに窮して、私の顔を覗き込んでくる。


 ドラゴンはネロが説得して帰ってくれたからもう安全だけど。

 ただ、ドラゴンが飛び去ったのは見ていても、王女様にはなにがなんだか分からなかったよね。これで終わりなのかどうかも。


「もう襲ってこないよ」


 安心させるようにゆっくり頷いてから、王女様に小声で伝える。


 私にこくりと頷き返した王女様が王様にはっきりと告げる。


「お父様。ドラゴンはこちらの方が倒してくださいました。もう危険はありませんわ」


 ん、んんー。

 倒してはいないし、説得しただけだし、しかも説得したのはネロなんだけど。


 ま、いいか。この二人の会話に口をはさむのも憚られる。


 王様は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにまた表情を戻す。

 声も荒げたりはしなかった。


「……そうか。お前がそう言うのなら、俺は信じるだけだ。了解した」


 すごいな。普通なら、こんな小娘がドラゴンを倒したなんて聞いたら笑い飛ばすところなのに。それじゃなくても、どういうことなのか詳しく問い詰めることにはなりそうなものだけど。

 当然疑問だらけだろうに、この王様、自制心が強すぎる。


 この部屋に入ってきたときも、最初こそ一人で騒いでいたけど、落ち着きを取り戻すのはすぐだったし。

 王様ならそれくらい当たり前にできないといけないのかな。


「では、このあとについてだな。事態の詳細の把握、この場所の片付け、王都民への対応、やることは山積みだな。とりあえずは結界石の効果もなくなったようだし、部下を呼んでここの対応を頼まんとな」


 王様が思考を整理するように、ぶつぶつと呟く。


 そういえば、結界石って名前が何回かでてきたけど。

 そこら辺に散らばっている残骸のことだよね。もとは大きな赤い石だったのかな。


 転移してきたときに感じた二つの強い魔力の一方は、結局この結界石のものだったみたい。

 だけど、私がドラゴンの相手をしている間に、急速に魔力反応が弱まっていき、最終的には全く魔力がなくなっていた。

 どうして魔力がなくなってしまったのかは分からないけど、ドラゴンはこの結界石の魔力を狙って王都を襲ったんだと思う。

 ただ不思議なのは、あんなに強い魔力反応があれば、私なら王都に来た時点で気づきそうなものなのにってことなんだよね。

 まぁ考えても仕方ないか。


 っと、王様、今部下を呼ぶとか言ったような。

 私がやるべきことは終わってるし、これ以上ここにいる必要ないよね。


 というか、部下の人たちに見られるのはめんどくさいよ。

 すでに一番めんどくさいことになりそうな王様に見つかってしまっているわけだけど、なりゆきとはいえ、王女様を助けてしまったからにはどうせ伝わってしまっていたと思って、そこは諦めることにする。


 それでも、被害を広げる趣味はないから、


「じゃあ、私はこれで失礼します」


「は?」


 王様が目を丸くしてこちらを見る。

 王女様も驚いたような顔をしている。


「え? ええと、私はこれで失礼します……? あ、用事があるので——」


「ダメに決まっているだろう!? お前が一番事情を知っていそうなのに、そのお前から話を聞かずに帰すわけにいくか!」


「……ちょっと用事が」


「ダメだ! ……あー、リコ、だったな? そんなに緊急の用件なのか? まず、せめてその用事とやらを聞かせろ」


 ええ、ダメ?


 ……うん、まぁ王様の言うことも分かるよ。

 多分、私しか知らないこともあるし、説明は必要だとは思う。


 分かるけども、私にも事情があるんだよ。


 この場を見られている王様と王女様だけならともかく、部下の人たち大勢の前で説明とかしたくないよ。

 どうせほとんどの人は私の言うことなんて信じないだろうし、そもそも目立ちたくないし。


 部下の人たちが来るなら、その前に絶対に帰りたい。


 というか、王様が私の名前を覚えてたのには驚いたな。

 王様が来てから今まで、私も王女様も口にしてなかったのに。


 まぁそれは今は関係ない。

 もともと無い用事のことなんて説明できるわけもないし、本当のことを言って帰らせてもらおう。


「用事はないんですけど。ここに部下の人たちが来るんですよね? それなら私はその人たちには会いたくないので、来る前に帰りたいんですけど」


「は? なぜだ? 娘が言うには、お前がドラゴンを倒したというではないか。にわかには信じがたいが、ベアがそんな嘘を言う理由もない。詳細を把握せねばならんが、お前がいなくなったら誰がそれを説明するというんだ」


「私の話は大勢の人の前では詳しく話せないんです。それに、どんなに詳しく話したとしても、私がドラゴンを倒したなんて普通は誰も信じないと思いますけど」


 信じてもくれないよう人たちに、わざわざ話すのなんて苦痛でしかない。嘘つき扱いされるかもしれないし。

 それに、多数の人に詳しく話せないのも本当だ。例えば、竜の郷のこととかは無闇やたらと広めていいものではないと思う。


 王様相手に意見するのは不敬かもだけど仕方ない。

 ここは絶対に私の意見を通させてもらうよ。


「それは……そうかもしれないが。無論、俺は娘が言っている以上信じるがな。だが、お前がこの場を辞すというなら、ドラゴンが去ったことについてほかにどうやって説明する? 皆が信じぬのなら、俺も信じるように助言しよう」


 いや、助言とかいらないよ。部下の信じる信じないの自由は尊重してあげてください。

 そもそも、私が倒したなんて言わなければ、無理な話を信じさせる必要もなくない?


「勝手にどこかいったとか説明すればいいんじゃ? その方がまだ納得すると思いますけど。あ、それか王様が追い払ったことにすれば——」


「バカか! そんなことができるならとっくにやっていたわ! ……悪いが、とにかく残って皆に説明してくれ」


 ……バカって言われた。ひどい。

 王様がドラゴンを倒したって、いい武勇伝になると思うんだけど。


 でも、王様たちだけに説明するならまだしも、それ以外の人にっていうのは本当にごめんだ。

 今回ばかりは私も引けない。


 ……はぁ、仕方ないね。


「すみません、本当に無理です。……もしこの国に、王様の命令には従わなければいけないとかいうルールがあるなら、迷惑をかけないように国を出ようと思います」


「えっ!? だ、ダメですわ!!」


 真っ先に意外なところから反論があがったけど、今は王様と話しているところだ。とりあえずスルー。


「……本気か?」


「はい。そもそも、私は旅の途中でたまたまこの国に来ただけなので。旅を再開して、どこか落ち着ける場所でも探します」


 私としては、それならそれでいいと思う。

 色んな所を旅したいとは思ってたし。


 ただ、ここまで言ってしまってから、脳裏に一人の顔がよぎる。


 ——ソフィ。私の——と、友達。


 今まで通りぼっちなら、本当に私が国をでて解決でよかったんだけど。


 あれ……そしたら、ソフィにもう会えなくなる?

 せっかく私なんかを友達と言ってくれたソフィに、もう二度と?



 ——それは——



「お父様! 絶対ダメです! どうにかならないんですの!?」



 売り言葉に買い言葉のように出てしまった言葉に、後悔の念が押し寄せてきたとき、王女様の焦りが滲んだ叫びが耳に響いた。


 王様もこれは全く予想できなかったのか、目を丸くして王女様を見る。


「ベ、ベア……?」


 王女様は強い意志のこもった瞳で王様の顔を凝視する。


「……ふむ。……まさか、ベアがこのような…………。あー、分かった分かった! リコ、お前がこの件に関わっていたことは他言しない。俺がどうにか辻褄を合わせよう。ただし、俺には全て説明してもらう。これでいいか!」


「お父様、私たちに、ですわ」


「……そうだな」


 王様は、王女様の態度に思うところがあったのか、しばらく顎に手をやって考えた後、私に向き直って妥協することを約束してくれる。


 ……王女様に助けられちゃったね。


 ぼっちに慣れ過ぎて、自分自身のことしか考えられないのは悪い癖だよ。

 これ、治る……のかなぁ。


 でも、王女様の様子はなんなんだろ。

 別に声を荒げるようなところじゃなかったと思うんだけど。

 たかが一介の冒険者の私が国から出ていこうと問題なくない?

 まぁそのおかげで助かったから、なにも言うことはないけど。


「分かりました。ありがとうございます」


 王様たちにはもとから説明するつもりだったから構わない。

 二人とも信じてくれそうだし。そもそも王女様は現場を見てたわけだしね。


「いや、いい。話の内容次第ではあるが、礼を言わねばならんのはこちらのようだからな。それよりも、さすがにそろそろ事態の収拾に取り掛からなければならない。すぐにお前から話を聞きたいのは山々だが、危険が去ったことについて、民や部下へ説明することが最優先だ。戒厳令の解除などもあるしな。そして、その説明内容は俺がでっちあげることにしたから、とりあえずお前は今は必要ない。諸々片付いたら、お前の利用している宿屋に使いを出すが構わないか?」


「はい。それで大丈夫です」


 ソフィも宿屋にいるかな?

 というか、昨日帰っていないから心配しているかもしれない。

 この世界に通信手段がなさそうなのはこういうときに不便だね。


 そういえば本当に今更なんだけど、冒険者ギルドでケルトさんとグレームと話しているところを飛び出してから戻ってないんだったね。

 ギルドにも簡単に説明しにいかないとな。

 でも、それは全部終わってからでいいか。


 今はとりあえず、ソフィに会いに宿屋に行かないと。


「あの、リコお姉様? ソフィアでしたら、恐らくイリーネのところにいますわよ?」


 ……お姉様?


 いや、なにも言ってないのになぜソフィのことを考えているのがバレたの?

 王族の特殊能力? そんなわけないよね?


 でも、ソフィがいないなら宿屋に行く意味はない。

 無駄足になるところだったよ。


「そうなの? じゃあ、イリーネのところに行こうかな。教えてくれてありがとうございます」


 王様にはソフィと一緒にいるからと告げておく。


 じゃ、早速イリーネの部屋に行こうか。

 イリーネの部屋は一度、王都に来た日に行ったことがあるから——うん、覚えてるわけがないよね。自力でたどり着くのは無理だよ。


「あの、そういえばイリーネの部屋って——」


「東棟の二階の通路左側、手前から三番目の部屋ですわ」


 王女様が食い気味に教えてくれる。


 ……ありがたいんだけど、私はお城なんかに慣れてないんだよ。専門用語で言われても全然分からないよ。


「ごめん、東棟ってどれ?」


「そうですわね、あちらの——あ、ここからちょうど見えますわ、イリーネのお部屋。あちらです」


 王女様が指をさして教えてくれる。


 この部屋は天井がないどころか、壁もあちこち崩れていて開放的な状態になっている。

 そのおかげで、たまたまイリーネの部屋の位置が見えたようだ。

 ラッキーだね。とっても分かりやすい!


「あそこね。ありがと。じゃあまたあとで」


「はい! リコお姉様!」




 …………お姉様??



リコ「……リコお姉様? って言った……? 私の聞き間違い……だよね。そうだよね。……だって、私がお姉様に見えるって……王女様の目か頭が心配になっちゃうよ」


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