72. ……ドラゴン? おとぎ話ですわよね?(ベアトリクス視点)
ベアトリクス……? 誰……??
皆様、お忘れのことと思いますが、王女様の名前です。
今回と次回、王女様視点のお話になります。
ちょうど日が昇り始めたころ、自然と目が覚めました。
ベッドから身体を起こしますが、少し頭が痛いような気がします。
……当然かもしれませんね。昨日はベッドに入ってからも色々と考えてしまって、全然寝つけませんでした。
寝不足なのでしょう。
ただ、今日、これからのことを考えると全く眠気はありません。
バルコニーに出て、空を仰ぎ見ます。
「ドラゴン……」
やはり、まだいました。
ここからだと遠くて大きくは見えませんが、確かにドラゴンです。
昨日まで伝説上の魔物だと思っていましたが、この光景は夢でも幻でもありません。
今はお父様が結界を張って侵入を防いでいますが、もしドラゴンが王都に降り立ったらどうなるのでしょうか。
きっとたくさんの人が亡くなるでしょう。
きっとたくさんの物が壊れるでしょう。
この国を、この王都を守る王族として絶対にそれを許すわけにはいきません。
私は私にできることをしなくては。
そう心に決めて、お父様のもとへと向かう準備を始めました。
始まりは昨日のことでした。
ここのところは時間が空くたびにイリーネのお部屋にお邪魔しています。
イリーネは王女である私にも変に気を使ったりしない子なので、一緒にいるのが楽しいのです。
もうすぐ学園が始まってしまいますので、そうすると会える時間が減ってしまうのがとても悲しいです。
だから、今のうちにたくさんお話しするのです。
昨日も、お昼を食べ終えるとすぐにイリーネのお部屋に向かいました。
お部屋の中にはソフィアがいてイリーネとお話していました。
イリーネとソフィアはとても仲良しです。
私もソフィアのことが好きなので、もっと仲良くなりたいのですが。
「こんにちは、ベア様。ようこそおいでくださいました」
ソフィアは私を見つけるとすぐに立ち上がり深く礼をします。
もう、ソフィアはどうしてもこれが治らないんです。
……こんなの友人への態度ではありませんわ。
「ソフィア、こんにちは。でも、友人のお部屋に来ただけなのだから、そんなに畏まらないでほしいですわ」
私の言葉にもソフィアはニコリと微笑むだけでした。
……今日も敗北ですわね。
ソフィアと普通にお話しできるイリーネが羨ましいですわ。
お茶を飲みながら三人でお話しして、しばらく経った頃です。
ドアがコンコンとノックされました。
私以外にイリーネに用事があるお城の人は多くないはずです。
一体どなたが、どのような御用で来たのでしょう。
思い返せば、もうこのときから嫌な予感はしていました。
ソフィアが扉を開けると、そこに立っていたのは宰相でした。
ソフィアが驚いているのが分かります。
宰相はお父様、つまり国王のお手伝いをしている人です。
この方はよくお父様と二人でお話していますし、かなり偉い方だったと思うのですが。
そんな方がこのような場所にお一人でなぜ?
「お嬢様方の語らいの場に無粋な真似をしてしまい、大変申し訳ございません。ですが王女様、国王様がお呼びです。大至急、結界の間へお越しになるようにと」
真剣な表情でそう告げてきました。
……信じられないです。
結界の間というのは、お城の一番上にある王族のみが入れる部屋のことです。
その名の通り結界を張るための部屋で、詳しくは分かりませんでしたが、この王都が危険なときに使うものだったはずです。
私は一度だけお父様に案内されて部屋に入ったことがありますが、もう何代も前から一度も使っていないから俺も使うことはないだろうなと、お父様は笑っていたはずです。
それが、なぜ、急に。
ただ、今はそんなことを考えている場合ではありませんね。
「分かりました。すぐに参りますわ」
宰相に返事をしてから、イリーネとソフィアの方に顔を向けます。
「…ベアちゃん……もう…行っちゃうの…?」
「ええ、ごめんなさい。お父様から呼びだされてしまいましたわ。……ソフィア、私が結界の間に呼ばれたということは、王都に危険が迫っているのかもしれません。できればイリーネの側にいてあげてほしいですわ。それとなるべく外に出ないように。何もなければまたお知らせに参りますので」
「はい、かしこまりました。イリーネのことはお任せください。ベア様もお気をつけて」
「ありがとうございます」
これでこの二人は大丈夫でしょうか。
待たせていた宰相に声をかけます。
「お待たせいたしました。それでは参りましょう」
宰相が前を歩き、私がそれについていきます。
普段大人の方と一緒に歩くときは、皆さん、私の歩く速度に合わせてくださいます。
それが、本日の宰相は、私がついていくのが精一杯の速度でずんずんと歩いていってしまいます。
……それだけ大変な事態となっているということでしょう。
第一、宰相だけならもっと速く歩けるはずです。息を切らせながらもなんとかついていける速度なのは私に気を使ってのことでしょう。ならば文句を言えるはずもありません。
それに、王女として今の私が為すべきことは、一刻も早くお父様のもとへ行くことなのですから。
結界の間はお城の中央の塔、その最上階にあります。
ようやくその結界の間の一つ下の部屋までやってきました。
結界の間へは、この部屋から続く階段でしか行くことができません。
その部屋には既に人がたくさんいました。
そのほとんどが騎士団、もしくは魔法士団の方だというのが見て分かります。
普段はお城の演習場で訓練をしていたりするのですが。
何人かは私のことに気がつきましたが、頭を下げるだけにとどまりました。
私が急いでいることが分かっているのかもしれません。
「それでは王女様。国王様がお待ちですので行ってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
宰相に深々と頭を下げられます。
そうです。ここからは私一人で行かなくてはなりません。
覚悟を決めて階段へと足を踏み出します。
結界の間の扉を開くと、広い空間の中心、そこに鎮座する台座の側にお父様が立っていました。
急いでお父様に近づき挨拶します。
「ベアトリクス、ただいま参りました」
「おお、よくきたな。すまない急に呼び出してしまって」
「構いませんわ。王女の務めですもの。……それはなにをしていらっしゃるのですか?」
お父様は台座におかれている赤い宝石のようなものに手をかざしています。
随分と大きくてきれいな石ですが。
「結界を起動させている」
「——! 既に結界を……なにがあったのですか?」
「ドラゴンが王都に向かっているのだ。だから俺の判断で結界を起動させることにした」
「ド、ドラゴン!? あの伝説の!?」
「いや、ドラゴンは伝説ではない。実在する、力を持った魔物だ。このところ目撃情報が増えていた」
そしてお父様は経緯をお話してくれました。
王都周辺でドラゴンの目撃情報があったこと。
ドラゴンを調査するように命令していたこと。
先刻、王都へ迫るドラゴンが目撃されたこと。
兵をもって迎え撃つには、ドラゴンの力があまりにも不明瞭で被害想定ができないこと。
故に結界の発動を決心したこと。
結界は、この台座に乗っているきれいな宝石——結界石という魔法具を中心に、王都をすっぽり囲えるくらいの大きさの結界を張れるものらしいのです。
王都を襲う意思のある生物は、結界にはじかれて王都に入ってくることができなくなるとか。
「では、今この瞬間も、ドラゴンの侵入を結界が阻んでいるということですか?」
ドラゴンが王都の門の前で暴れている姿を想像して身震いしてしまいます。
「いや、今はいない。目撃報告と照らし合わせれば、とっくに結界にぶつかっているはずなんだがな。結界に反応がない以上、いないのは間違いないが。だが、いつ来るのか分からない。しばらくは結界を張っているつもりだ」
「これから、ドラゴンが、来る……。そ、それで、私はなにをすればよろしいのでしょうか?」
なにもしなくてよいのでしたら、ここに呼ばれるはずがありません。
この結界の間には王家に連なる者しか入れない以上、私の役目は——
「このままドラゴンが現れず、結界が解けるようになるなら何もする必要はない。だが、長く張っていなくてはならない場合、俺一人では魔力が足りん。俺が魔力を回復している間に、この結界石に魔力を流してほしい」
……やはりそうなのですね。
「ですが、私にできるのでしょうか。まだ、魔法を使えるようになったばかりですのに」
「ああ、魔力さえ扱えればできる。この結界石自体が凄まじい力を持っているのか、俺たちが流す魔力はごくわずかだ。俺たちは自分と結界石とのつながりを魔力で作るだけなんだ。ただ、わずかずつとはいえ消耗はするから限界がある」
お父様がそうおっしゃるのでしたら、私もそれを信じるだけです。
お兄様が留学中の今、この国に結界を起動させることができるのはお父様と私のみ。
王族としてこの国を守るためにも私がやらなくては。
「分かりましたわ。お父様の魔力がなくなり次第、私が交代いたします」
「本来10歳の娘に頼めることではないが……すまない」
「王女として、国のために私ができることがあるのでしたら、なんでもいたしますわ」
「……ああ、頼んだぞ」
それから結界石への魔力の流し方を教えてもらいました。
といっても、魔力を手に集めてかざしているだけでいいとのことでしたので、確かに私でもなんとかなりそうです。
「では、明朝6の鐘が鳴るころにまた来てくれ。そこで交代としよう。それまでに事態が収束するのを願うばかりだがな」
「え? 私もずっとここにいた方がいいのではないでしょうか?」
「それはダメだ。この部屋にいるとそれだけで魔力が結界石に吸収される。俺たち王家の者は吸収される魔力はわずかずつではあるが、それでも交代しようとしたときにはお前の魔力もカラになっているぞ」
そうでした。
それがこの部屋に王家のものしか入れない理由です。
王家の血筋以外の者が入ると一気に魔力を吸収されてしまい、すぐに魔力枯渇で昏倒してしまうらしいのです。最悪そのまま死に至る可能性もあるとか。
「ですが、明朝というのはお父様がお辛いのではないでしょうか。今はまだ夕方にもなっておりませんわ」
「そのくらいは平気だ。それにいつまでも結界を張っているわけではない。最も長くて明日の夜までとする。明日の夜には第一魔法師団が遠征より帰還する。ドラゴンは翼を持つ魔物だからな、騎士団では相手が悪すぎるが、やつらがいればドラゴンもどうにか対処できるかもしれない」
「第一魔法師団が帰還するまで、ですか」
「ああ。だからベアは明朝6の鐘から9の鐘の間だけ交代してくれればいい。それ以降はまた俺が受け持とう」
「……分かりましたわ」
やはりお父様の負担が大きすぎる気がします。
でも、自分で決めたことは絶対にやるお父様です。
私が言っても聞いてもらえないと思います。
「では、私は下でお父様のご無事をお祈りしていますわ」
「ああ。よろしくな」
「はぁ……」
結界の間を出て扉を閉じたところで、思わず大きな息がこぼれてしまいます。
私の知らぬ間に、大変なことになっていました。
急にドラゴンとか結界とか言われても、まだ現実感がありません。
ただ、お父様は口調こそいつものように軽い感じでしたが、表情はずっと真剣でした。
それに、今まで私にこのような重大なことを頼まれることなんてありませんでした。
そのことが私に、これが紛れもない現実なんだと教えてくれているようです。
このままドラゴンが王都に来ず、何事もなければいいのに。
「王女様、お疲れさまでした」
階段を降りると、宰相が声をかけてくれます。
そういえば、この部屋にいる兵士たちも何か起きたときのために招集されたのでしょう。
「ありがとうございます。私は明朝6の鐘が鳴るころにお父様と交代することになりました。それまではここで皆様と一緒に待機することにいたします」
「明朝6の鐘ですか……。いえ、でしたら王女様はご自室にお戻りください。ここには寝具もございませんし、このような兵の多い場所では心身ともに休まらぬでしょう」
「ですが……」
「明日に備えて少しでも英気を養っていただきたいのです。なにか不測の事態が起こった際には、恐れ入りますが、すぐにお部屋へ伺わせてもらいます。それでいかがでしょうか」
皆さんが待機しているというのに、私だけが自室に戻るわけにはいかないと思いましたが、宰相にそこまで言われてしまっては頷く他ありませんでした。
「分かりましたわ。それでは皆様のご無事をお祈りしております」
「ありがとうございます。兵たちにも何よりの力になります。では、お部屋までお送りいたしましょう」
「構いませんわ。あなたもお忙しいのでしょう。私一人で戻れます」
「お気遣いありがとうございます。承知いたしました」
そう言って宰相は深く頭を下げます。
宰相は今回の事態への対処を指揮しているようですので、私にばかり時間をとらせるわけにはいきません。
私の方を見ていた兵たちに頭を下げつつ、一人で部屋を退出しました。
そのあとは自室に戻るも落ち着かず、ずっとそわそわしていることしかできませんでした。
そして夕食時に、ドラゴンが王都のすぐ目の前まで来てしまっていることを聞かされます。
……やはり、こうなってしまうのですね。
今は結界の外にいるようなのですが、これが街に降り立ったら……。
ベッドに入っても寝返りをうつばかりで、このまま朝まで眠れないのではないかとすら思いました。
さすがにいつの間にか眠ってしまっていたようですが。
でも、目覚めても、やはりドラゴンは去ってはいませんでした。
私の役割を果たすときは来てしまったのです。
さあ、お父様のもとへ急ぎましょう。
ベアトリクス「……王女としての責務を果たすときですわ。泣き言は言いません。民を、国を、守りましょう」
今回の主役、ベアトリクス・クロウエルのAI生成イメージ画像をXにて公開しました!
リコ、ソフィアなど他のキャラのイメージも公開中です!
よろしければチラッと覗いていってください!
X → https://x.com/doubloom0415




