69. 知らない間に一児の母に……? やめてやめて
え? え? 本当に孵るの?
私が目を白黒させているその間にも、卵はパキパキと音を立てる。
そして、無数のヒビは殻全体に渡り——その瞬間がくる。
殻が激しく飛び散って、その中から翼を広げた小さなドラゴンが姿を見せた。
最後は翼を打って卵を壊したみたいだ。
その辺りにいるドラゴンと比べると半分ほどの大きさだ。
くるるーと鳴く声は成長しきっていないからか、少し高い。
そして体を覆う鱗が——黒。
え、黒竜!?
格好いい!
赤より絶対似合ってるよ!
——じゃなくて!
どういうこと?
この竜の郷にいるドラゴンは全て赤竜だ。もちろん竜帝も。
なのに黒い竜が産まれるっておかしいよね。
もう状況が全く飲み込めないよ。
『本当に孵すとはな』
あ、竜帝様!
説明お願いします!
——って、竜帝って次代の子が孵ると同時に死ぬんじゃなかったっけ?
「あの、大丈夫なの?」
『なにがだ?』
「卵が孵ると死ぬって言ってなかった?」
『我が魔力を使い切って孵化させた場合はそうなっていたであろう。だが、それをそなたがやってみせたのだ。我が消える道理はなくなった』
ああ、そういえばそんな話だったね。
え、じゃあ私、竜帝が死ぬくらいの魔力量を卵に注ぎ込んだってこと?
……自分のことながら、また突拍子もないことやっちゃってない?
「そっか。でも、この子の色が黒いのって——うわっ」
竜帝と話している間に、音もなくその黒竜が私の背後に迫っていたようだ。
そして、そのまま後ろから私の足元に尻尾を優しく絡めて、首を伸ばし自分の顔を私の顔にくっつけてきた。
くるるーとさっきよりも高く鳴きながら、頬ずり?してくる。
え。
なにこの子。
……可愛いくない?
なでなで。
思わず頭を撫でてしまっていた。
……って、いや、なにしてんの私! 犬や猫じゃないんだから!
でも、黒竜が嫌がっている様子はない。
それどころか、むしろ嬉しそうに見えるんだけど、さすがに私の見間違いだよね。
『どうやらそなたのことを母親だと認識しているようだな』
「……はぁ?」
またしても驚愕の発言だよ。
いやいや、さすがにあり得ないでしょ。
人間とドラゴンだよ。なにからなにまで違いすぎるよ。どうやったら誤認するというのか。
まだ私にひっついている黒竜は一旦気にせず、そんな感じのことを竜帝に言ってみるけど、
『大部分がそなたの魔力によって誕生したのだ。当然であろう。鱗の色が黒いのもその証拠だな』
え、私が魔力を流したから黒くなったの!? それどんな理屈?
というか、黒という色は好きだけど、私の性質が黒って言われてるみたいでなんか嫌なんだけど。
……間違ってはないか。少なくとも純白よりは私に合ってるし。
「そもそも、あなたはそれでいいの? なんか淡々としてるけどあなたの子でしょ?」
『我はその子がこの郷の竜帝を継いでくれれば構わない。鱗の色が違えど、竜帝の素質は持っている。何も問題はない』
人とは絶対に分かり合えなさそうな感性の違いだね。
人間の親なら自分の子が知らぬ間に他人をお母さんなんて呼んでたら発狂ものだと思う。
ゴロゴロと甘えた声でも出しそうな様子で私に顔を押し付ける黒竜をチラリと見る。
……くっ、やっぱり可愛いよ、この子!
凶暴なイメージが付きまとう外見からの、この、私にだけは甘えちゃいますオーラが見事なギャップ萌えを醸し出している。
「ええと、じゃあ仮に私が親だと思われてるとして、私はどうすればいいの?」
『好きにするがよい』
「え? 親として一緒に暮らさないといけないとかないの?」
『必要ない。そうしたければここで過ごしてもよいが』
それだけは絶対にない。
ここで暮らしていけるのはドラゴンくらいだよ。
いや、ドラゴンでも不便そうに見えるけど。食べ物とかどうしてるんだろ。周りは明らかに生物がまともに生きていける環境じゃないから、獲物とか少ないはずだけど。
さて。多分、この子が私のことを親だと思っているのは事実だ。
あり得ないと思いたいけど、竜帝の言葉とこの子自身の態度が証明してしまっている。
でも、一緒に暮らすとかそういう縛りが発生するなら困りものだったけど、なにもないなら別に親だと認識されたことに問題はないかな。
私は王都に帰るし、この子はここで竜帝としてやっていくだけだ。
ここまで懐かれていると少し寂しい気はするけど。
もともと交わることのない種族同士なんだから仕方ない。
「じゃあ、私はもとの場所に帰ることにするよ」
『そうか。それにしても、まさか我の魔力を使うことなく次代の竜帝を孵化させられるとは考えていなかったが、これで我が眷属の暴走も収まるであろう。よくやってくれた。我も残り少ない生を静かに過ごせよう』
「え? あぁ……うん、よかったよ」
そういえば、そんな目的でここに来たんだったね。
色々衝撃的過ぎて、まるで覚えていなかったよ。
でも、重要なことだ。
これで竜帝がすぐに消えることはなくなった。
竜帝に消えてほしくなくて暴走していたドラゴンたちも、その原因がなくなったと知れば落ち着くだろう。
もう私が狙われることもなくなったわけだね。
『帰るなら送ってやろう』
「えっ」
『不要か?』
「あ、いや、お願いしたいけど」
正直意外だった。
これまで人間とドラゴンの考え方の違いからか、気の利いた提案なんてほとんどなかったのに。
これは素直に助かる。
でも、さすがに今から十時間のフライトはキツい。今、真夜中だし。
「日が昇ったら送ってもらってもいい?」
『いいだろう』
「じゃあ私は寝たいんだけど、あのあたりのスペース借りていい?」
『構わない』
「ありがと。じゃあおやすみ」
洞窟内のドラゴンの邪魔にならなさそうな端っこのスペースを貸してもらう。
やっと一日が終わると思ったらまた急激に眠たくなってきた。
今日は時間的にも場所的にもお風呂に入るのは無理だね。
ベッドだけ出してさっさと寝ちゃおう。
「で、あなたは寝ないの?」
未だに私から離れてくれない黒竜の眼を覗き込んで声をかけてみる。
くるるー。
いや、嬉しそうなのしか分からないよ。
「私、寝ないとだから、あっちに行きたいんだけど」
言いながら、就寝スペースを指さす。
すると、ずっと私にくっつけていた身体を離してくれた。
言葉が分かるの?
そういえばここまで連れてきてくれたドラゴンも私の言葉に反応はしてた気がする。
竜帝みたいにしゃべれはしなくても、理解はしてるのかな。
なんにしてもこれで移動できるね。
「じゃあ、あなたもおやすみ」
挨拶だけしてちゃっちゃと寝床に向かって歩く。
……なぜかその後ろをぴったりと黒竜が歩いてついてくる。
目星をつけていた端っこのあたりまでたどり着く。
ベッドはこのあたりでいいかな——え?
置くところを決めたと同時に、黒竜がまさにその場所に寝そべって丸くなった。
……え、私の場所とられた? いや——
くるるー。
私の目をじっと見つめて何かを訴えてくる。
言葉は分からないけど、なにを言いたいかはなんとなく分かる気がする。
産まれてからずっと私にくっついてたし、ここまでついてきたし。
つまり、寝るときも一緒にってことだと思う。
ん、んー。
まぁせっかく懐いてくれてるのに明日にはお別れだし、今日くらいいいか。
でも、どこに横になればいいのか。
ぱっと見で寝やすそうなポジションが皆無なんだけど。
数分の試行錯誤の末、なんとか黒竜の腕を枕にできるような形で寝る体勢をとることに成功する。
うん。
分かってたことだけど。
鱗が固い。寝づらい。
本当に寝られるのかな?
リコ「16歳にして母親になるとは……。こわ……。でも、可愛いけど、一緒に暮らすには問題がありすぎるよ」




