7. 正当防衛に対して恨まれても困るよ
魔法少女リコの爆誕の野望が儚く散ったあと。
休憩のついでということで、軽く食事をすることになる。
ソフィが出してくれたのは硬いパンのようなものだったが、味はよくなかった。いや、もうぶっちゃけるならかなり不味い。でも携行食なので仕方ないそうだ。
そうだよね。街に行ってもこんな食べ物しかなかったら生きていけないよ。
しばらくそんな感じで休憩したのち、ソフィが立ち上がる。
私もつられて立ち上がる。
「さ、そろそろ出発するわよ。今日中にもう少し進んでおきたいわ」
そういえばもう夕暮れに差し掛かるくらいだ。
昼とか夜のような周期も地球と同じようなものなのかな。
ちなみに今に至るまで馬車は一台も通っていない。
本当に歩いて街に行くことになりそうだよ。
ソフィは手早く敷物をしまい街道の方へと歩きだす。
私もそれに続こうとして一歩踏み出した、その時。
——!?
思わず後ろを振り返る。
何もない。
もはや見慣れた草原が広がっているだけだ。
だけど——なにかが来る。遠くの方からなにかが近づいてきている。そんな感じがする。
この感じには覚えがある。たしかついさっき——
「どうしたの?」
私がついてきていないことに気づいたソフィが声をかけてくる。
でもソフィに目を向けることができない。
「……なにかが向こうから迫ってきてる感じがするんだけど」
「え? なにが?」
私の横に並んだソフィも私が見つめる先に目を凝らしているみたいだ。
「……何も見えないわよ?」
「うん。見えないけどなにか迫ってきてる気配がしない?」
「……しないけど」
ソフィには感じられないらしい。
でもなんだこの感覚。ついさっき似たようなものを感じたと思ったけどなんだっけ?
「そろそろ行くわよ」
ソフィが再度踵を返そうとする——
「あっ、あれ!」
やっとその気配の元? が見えた。でもまだ遠くてなんなのかは分からない。
そしてようやくここで、その気配がソフィに魔法を見せてもらったときに指先に集まっていたなにかとよく似た感じがすることに思い至る。ソフィのとは違って嫌な感じだし、感じられる強さも別物だけど。
ソフィはあの時、魔力を指先に集めてそよ風に変えたはずだよね。
じゃあ今こっちに向かって来ているのは——魔力?
「あれは……魔物かもしれないわね。レオ系かしら。……まだ距離があってわからないけど、かなり大きい……。っと、リコ! 気づかれる前に逃げるわよ!」
「う、うん」
私たちは慌てて走り出す。
でも、私には嫌な予感があった。その気配は、私が感じたときから私たちの方に向かって来ていたような。もともと私たちを狙っているのかも、と不吉な想像が頭をよぎる。
走りながらソフィが声をかけてくる。
「——それにしてもっ、よく気がついたわねっ、リコっ」
「うんっ。あの魔物? からすごく嫌な魔力を感じるのっ! 変なこと言ってるかもしれないけどっ」
「魔力っ? そんなわけ——」
魔力の気配は一直線に私たちに接近している。
「ソフィ、ダメ。やっぱり私たちのことを狙ってるっ。すぐ追いつかれるよ!」
「——ッ」
ソフィは振り返って——立ち止まってしまった。大きく目を見開いている。
私も思わず立ち止まって振り返る。
……あれはなに?
まだ遠目だけど四本足でこっちに向かって来ているのはよくわかる。
そしてなによりも、大きい。さっきのクインレオも大きかったのに、絶対それ以上だよ。ホント勘弁してよ。
「……ソフィ、なにあれ? なんか私たちにご執心っぽいんだけど」
「……」
ん? ソフィ? 返事がない。
って、ソフィが口を開けて呆然としてる! ちょっと、今そんな場合じゃないでしょう?
そうしている間にも魔物は迫ってきている。もう姿がはっきり見える。クインレオと似たような見た目をしているけど、やはり大きさが段違いだ。それにオスのライオンのような立派なたてがみも目立つ。
「ソフィ!」
「…………はっ!? ……あ、あれは、キングレオ、ね。……リコの言う通り、魔力を持った魔物よ……」
掠れた声でソフィが答える。
そしてゆっくりと杖を構えたので、邪魔にならないように距離をとる。
「キングレオ!? どうしたらいいの!?」
「……どうしようもないわね。クインレオとはわけが違うわ。リコが言ったように本当に私たちのことを狙っているならどうしようも……」
「え、そんな……」
キングレオは私たちから少し離れたところで動きを止めた。低く唸っている。
クインレオの倍はありそうな大きさだ。あの巨体ならこのくらいの距離はひとっとびだろう。
やっぱりずっと感じていた気配は間違いなくキングレオから発生している。ここまで近づくと、その威圧感も半端じゃない。肌がビリビリするみたいだ。
身動きできずにキングレオを見つめていると、その背後から別の魔物が姿を見せた。
もう一匹いたの!?っていうかあれは——クインレオ? もしかしてさっき撃退したやつ?
クインレオはキングレオの隣につくと、一つ吼えた。
「……ふふっ。さっきのクインレオ、どうやらキングレオのつがいだったみたいね」
ソフィが乾いた笑い声を上げる。
えー、つまり、私たちにいじめられたーって夫にチクったってこと!? ちょっと、そんなのあり!? というか最初に襲ってきたのそっちじゃん! あれは正当防衛だった! 理不尽だっ!
と、声を大にして叫びたいところだが、言葉が通じるわけもないよね。
クインレオの声を受け、キングレオも大きく咆哮をあげる。
その声とともにキングレオの怒りがバチバチ伝わってくる気がした。
うん、今度こそ死んだね。
ソフィもほとんど棒立ちの放心状態だし、ほかに助けも期待できない。
キングレオが大きく口を開いた。
魔力の気配(分からないけど、もう私の中では魔力ということにしておく)が収束していく。キングレオの口元に、歪んだ球形の透明ななにかが、ぼうっと見え始めた。……魔力を圧縮して視認できるほどに密度を高くした?
直感的に悟ってしまう。アレを撃ってくるんだ。狙いは——ソフィ。
——ッ!
ソフィが狙われていると確信した瞬間、足が勝手に動いてしまっていた。
ソフィのもとへと。
キングレオが大きく息を吸い込むのがわかった。
攻撃の予備動作だ。
時間の流れが遅い。
何もかもがスローモーションに見える。
そして——キングレオは大きく吼えながらその魔力を撃ち出す。
けど。
——間に合った。
私はキングレオの攻撃がソフィに届く前に、ソフィの前に立ちふさがっていた。
いや、でも間に合ったからってどうなる?
あれ? なんかかばっちゃったけど。でもこれ、私が死んだあと結局ソフィも殺されるよね? もしかして全然意味なかった? 私を食べて満足してソフィを見逃してくれたりしないかな? しないよね。そもそもこんなのくらって私の死体残るの? バラバラになるよね?
とりとめもない思考が頭をよぎる。
死ぬのは別にいいけど。痛いのは嫌なんだよね。剣道の防具でもつけてたら耐えられたかも? いや、無理か。全身鎧とかのもっと強い防具が欲しい。それでも衝撃強くて無理そう。……なんかこんな感じの衝撃吸収してくれて絶対砕けない防具ちょうだい!
やがて魔力の奔流が私に殺到する。
あぁ、死んだ。
私は目を閉じた。
「——、リコォォォォーッ!!!!」
ソフィの悲鳴が聞こえる。
ソフィ、本当にいい人だったな。バカがつくほどのお人好しでもあるけど。もしかしたら友達になれたかもしれないな。って、私なんかに友達ができるわけないか。
できればソフィは生き残ってほしいんだけど。
「……リコ……?」
はぁー、それにしても私の人生は散々だな、改めて思うと。望んでもないのになぜか転生させられて人生二回目。その二回目の人生も私が悪いとはいえ、周りから疎まれて。仕方なくぼっちライフを謳歌してたら、今度は異世界。それならって異世界を楽しもうと思った矢先にこの死に方だよ。今度は転生なんて勘弁してよ。もうゆっくりさせて。
「リコ!!」
……なんか後ろからソフィに声をかけられてる気がする。もう、死んだあとくらい人生の愚痴言ったっていいじゃん。やれやれ。
振り向きつつ目を開く。
「なに? ソフィ」
なぜかソフィは驚愕の表情を浮かべている。
「……リコ、あなた……大丈夫なの?」
はぁ? あんなのくらって大丈夫なわけないでしょう?
私はもうバラバラの死体になって……ない? あれ?
思わず両腕を見る。ついている。
足元を見る。両足も健在。
頭を触る。首から上の存在確認。
……なんか健康体そのものだ。
「あれ?」
しかも私の体を覆っているようなこの感覚は? キングレオと同じ——魔力?
え、これであの攻撃を防いだ? まさか。
「えと……」
どうしたらいいかわからない様子でソフィも戸惑っている。
私もなにをどう説明すればいいのかわからない。
と、ふと私の後方に視線をやったソフィが——
「リコっ、危ないっ!」
はっと表情を変え、鋭く叫んだ。
「えっ——」
背後から大きな唸り声が聞こえた。
しかし振り向く間もなく視界が暗転する。うわ、真っ暗。
「リコ!!」
あっ、そういえばキングレオに襲われてたんだった。
これは——口の中?
どうやら背後から迫ったきたキングレオに頭の上から噛みつかれたらしい。
頭を食いちぎろうとしたのかな? ちょうど私の首あたりにキングレオの牙があるみたい。
でも全く衝撃を感じなかった。それになぜか牙は私の肌まで届かない。
っていうかなんか首から上が生暖かくて気持ち悪い! 臭いし!
上顎と下顎の牙を手探りで掴み、ぐいっと広げる。
お、よかった、ちゃんと開いた。キングレオの口内から首を抜き取る。ふぅ、外の空気は美味しいね。
そして牙を持ったまま、ちょっとした背負い投げの要領で、よいしょ。
キングレオの巨体が簡単に持ち上がり、勢いよく仰向けに地面にたたきつけられる。
ものすごい振動が広がった。
……なんかやればできるもんだ。
チラッとソフィの顔を見てみる。
ちょうどばっちり目が合ってしまった。
「……」
「……」
お互い無言で無表情だった。
視線をキングレオに戻す。
まだ生きている。起き上がろうともがいている。
えと、とどめをさした方がいいよね?
今なら頭に思いっきり正拳突きするだけで倒せそうな気がするけど。
でも殴り殺すってなんか気が引けるな。
そこで私を覆う魔力のことを思い出す。というかやっぱりこれ絶対魔力だよね。
なにも意識していないのに、私を中心に集まり続けているみたいだ。
そういえばソフィがクインレオの時、風の刃で首を切り落とせばいいって言ってたな。
この魔力があるってことは、私も魔法が使えるんじゃない?
『実際に魔法を使う流れとしては——』
先刻のソフィの魔法講義の声が思い起こされる。
『まず魔力を集めて——』
えーと、魔力を右手に集めて。
周りを漂う魔力を一点に圧縮する感じ?
うわー。
集まった魔力が一気に視認できるまでになった。
この時点でさっきのキングレオの攻撃より凄まじいことになっている。
『どんな魔法かをはっきりイメージして——』
イメージするのは風のように薄く、鋭く。大きな刃。
ぼんやりとした球状だった魔力が形を変え、イメージ通りの薄く鋭い刃が形どられる。
これ……自分で作っておいてなんだけど、見るだけでも恐ろしいね。絶対触りたくないよ。
最後にこれを呪文を唱えつつ撃ち出す……んだけど。
呪文ってなんだろ? まぁイメージの補強のためって言ってたから適当でいいか。
呪文とか唱えるの、ちょっと恥ずかしいけど。
『それを撃ち出す——』
「それを撃ち出す——『風の刃』」
言いながら、キングレオの首元めがけて右手を薙いだ。
——ザンッ!!!!
うわ。
すっごい血がでてる。グロい。あんまり視界にいれないようにしよう。
しかも完全に首を切り落とした上、その先の地面にも一文字の切断跡がある。もしかしなくてもオーバーキル?
けど、これで万事解決かな?
周囲確認のためにぐるっと視線を走らせると、ちょうどクインレオと目が合った。
その瞬間、クインレオは反転してすごい勢いで走り去っていく。
……。
そうだ。クインレオもいたんだった。忘れてた。
そのまま見送っちゃったけど、襲ってこないなら別にいいか。
でもクイン、キングときて、次にゴッドレオとか呼んでくるのは勘弁してね。
なんにしても、とりあえず当面の危機は去ったということでいいのかな。