5. 異世界!? ……まぁいっか
街道沿いを歩き始めてもう数時間になると思う。
風景も特に変わることなく、そして馬車は通らない。
でもソフィと話しながらだったから退屈ではなかったよ。
それに色々と分かってきた。
まず、今私たちがいる国はクロウエル王国。
そして向かっている街がガザアラス。クロウエル王国に属する中規模の街。王国の中心の王都からはかなり離れているらしい。
で、このだだっ広い草原。ここはプラーホ草原といって、ガザアラスから主に東方向に広がっている。
この街道を東に行くとナルサヤという小さな村があるという。ソフィはナルサヤからガザアラスへの帰り道だったらしい。ちなみにガザアラスから馬車で三日程度かかるとか。
はい。話に出てきた地名全て、全く聞いたことありません。
地球の地理を隅々まで覚えてるわけじゃないけど、少なくとも有名どころにはなかったはず。
それにしても、こんなよくわからない名前の土地で日本語が通じてるってどういうこと?
次、魔法について。
魔法を使える人がいる。
だけど使える人は少なく、人口の二割程度らしい。
魔法が使えると、生活には便利だし、戦うこともできる。周りからも重宝されるという。
まぁそれはそうだろうね。ここまでソフィのことを見ただけでも、私も羨ましいもん。
魔法を使えるかどうかは才能による。使えない人はいくら努力しても使えない。使える人は、おおよそ10歳前後で覚醒するらしい。自然と使えることが自覚できるとか。
ただ、使える人でも魔法を実用的に使えるようになるまでには、修練が欠かせない。才能があったらそれだけで安泰ってわけではないようだ。
最後に、さっき襲ってきたクインレオだけど。
魔物、とよばれるものの一種だそうだ。
魔物は言葉が通じず、人間を見れば襲ってくるため、人間にとっては有害でしかなく、基本的に討伐の対象となっているらしい。
魔物にはその種族や個体によって当然強い弱いの違いがあるが、その中でもクインレオはそこそこ強い方で、討伐しようとするときには手練れが数名集まって挑むのが普通らしい。私たちが二人だけで、しかも一人は役立たずなのに、逃げ切れたのは相当運がよかったみたい。
そして驚いたことに、魔法や魔物についてのここまでの話はごく一般的な常識だという。
ソフィはむしろ私がなにも知らないことに驚いていた。
いや、私にはファンタジーの設定にしか思えないよ。
ということで、結論!
どう考えても私のいた世界ではありません。
リアル異世界ってやつです。
と、まぁ大層おったまげたわけだけど。
よく考えたらこの世界に来たからって特に問題があるわけでもなかった。
私には手放したくない大切な人やモノはなかったから。もちろんそんな私がいなくなって悲しむ人もいない。
それに、特になにかを目的に生きていたわけでもない。
自分の生きたいように生きる、それくらいしか考えていなかった。
だから単に生きる場所が変わっただけだ。
ああ、さすがにこっちの世界に24時間営業のコンビニとかがあるとは思えないし、それなりに生活の仕方も変える必要があると思うけど。
今度はこの世界で自由に生きてみよう。そう考えるとちょっとワクワクしてくる。
急に異世界に来てもなんの不都合もないとは、ぼっちって最強だね! ……言ってて悲しくなってなんかないよ?
でもソフィに別の世界から来ましたって言うのはどうなんだろ?
信じてもらえるかわからないし、最悪、頭の心配をされるかも。
この世界だと他の世界から来たりするのも一般常識な可能性もあるけど、それが分かるまでは黙っておきたい。
「それでリコはどこから来たの? 本当に何も知らないみたいだけど。世間の情報が全く伝わらないような隠れ里とかかしら?」
ただ、どこから来たか説明できない理由を言わないと納得してくれないよね。
まぁそれっぽいこと言っとけばいいかな。行き当たりばったりだけど、なんとかなれ!
「……ソフィ。私の故郷はトーキョーというところなの」
「トーキョー? 聞いたことないわね」
「それはそうだと思うよ。ここからは遠く遠く離れていると思う。私は逆にクロウエル王国なんて知らなかったしね。そしてトーキョーには魔法を使える人なんていなかったんだよ。だから初めて見て驚いたの。……ただ、私の故郷は既に——この世界からなくなってるの。それに私の家族もみんな……」
少し顔を伏せ、悲壮感をにじませた声で語ってみる。
「……え? それって……」
ソフィがはっと息をのむ。
「うん、そうなんだ。私は旅をしていたの。一人きりで」
「……」
あ、あれ。ソフィが無言になった?
チラリと表情を伺うと——ええ!? 涙目になってる!?
この世界に東京がないこと、家族もいないことは確かだし、(渋谷を)旅していたし、一人きり(友達いない)だったし、嘘はついてないけど。
とはいえ意味深に言い過ぎだったか。これは申し訳ない。
でもソフィも涙目になるほどのどんな想像をしているんだか。
「ええと、だ、だから悪いけど故郷のことはあまり話したくないの」
「ええ、わかったわ。もちろん話したくないことを無理に聞こうとは思わないわよ。安心しなさい」
目をうるうるさせたまま、慈愛をたたえた微笑みをうかべる。
全て悟ったとでも言わんばかりの態度だ。
何を理解したつもりになっているんだろう。私、ソフィの中でかわいそうな子になったのかな。まぁいいか。
「ありがと。それでその旅の途中に、気づいたらいつの間にか草原の真ん中に立ってたんだよ。でもどうしてそうなったのか、全く分からないんだよね。ちなみに魔法でそういう転移? みたいなのもできるの?」
ソフィはようやく普通の顔に戻って答えてくれる。
「転移魔法なんて聞いたことないわね。ただ、私が知らないだけかもしれないわ。特殊な魔法を使う人もいるらしいし」
「そっか。じゃあやっぱり分からなさそうだね。まぁ別に分からないなら分からないでいいよ」
「いや、あなた、それでいいの……?」
何が原因であろうと、今ここにこうしているという事実が全てだ。
この世には分からないことなんていっぱいあるし、今考えても仕方ない。
ソフィは嘆息してから話を進める。
「はぁ、ま、いいわ。それでリコはこの先どうするつもりなの?」
「さっきも言ったけど、私は特に目的もなく旅をしてただけだからね。だからすぐに元の場所に戻る必要もないし、街に着いたらしばらくこの辺りで過ごそうと思ってるよ。その後のことはまたその時考えるかな」
「そう。それならガザアラスはちょうどいいかもしれないわね。あまり特徴のない街だけど、その分穏やかな街だから。それに街の中にいれば安全だし」
街の中にいれば安全、か。つまり外は危険ってことだね。
私はさっき襲ってきた魔物のことを思い出す。この辺りにはあんなのがごろごろいるのかな。
そういえばここに来た直後にドラゴンっぽいのも飛んでたし。ここが異世界だと知った今になって考えると本物のドラゴンの可能性もある。
そう思うと私が一人で何時間も歩いている間に襲われなかったのはラッキーだったのかも。
街に着いたら、基本的に街の中から出ない方がよさそうだね。
「わかった、そうするよ」
と、そこでソフィがふと思い出したかのように呟く。
「あっ。でもリコって確か持ち物が全部……。ええと、お金って……」
「……持ってない」
私、無一文だった。
これじゃあ自由に生きるとかいう前に、野垂れ死にだよ。