40. 涙の理由が分からない
アントンさんが監視の位置についたところで、馬車が動き出した。
……
……
……
……なぜか無言が続く。
みんな聞きたいことがありすぎて、何から聞いたらいいのかわからないのかも。私もそんな感じだ。
なんで魔物に囲まれてたの? あなたたちは誰? そしてこの眠り姫は?
と、そんな膠着状態の中、御者台からなめらかな声がした。
「あー、リコ……だったか? 俺はグレーム。Cランクの冒険者だ。この男三人パーティの、一応リーダーをしている。そこに座ってる剣士はダル。もう一人の魔法使いはアントンだ。今回はソフィアと一時的に組んでこの護衛依頼を受けさせてもらった。先に言っておくが、俺のことはグレームと呼び捨てで構わない。よろしくな」
おお、イケメン——グレームが口火を切ってくれた。さすがイケメン。
しかも順当に自己紹介から入り、それも全くよどみがない。さすがイケメン。
「うん、よろしく。ソフィが言ってくれたけど、私はリコ。冒険者で……えー、一応ランクはD。えと、本当にグレームでいいの? 絶対私の方が年下だと思うけど」
ランクを言ったとき、ソフィが驚いた顔をしてたな。
あとで事情を説明しないと。
「ああ、もちろんだ。冒険者は実力主義だからな、年齢なんて関係ないさ。それにお互い連携するときだって、フラットな関係の方がやりやすいしな」
「分かった。よろしく、グレーム」
ふーん。イケメンらしくさっぱりした人だね。
続いて私の隣に座るダルが口を開く。
「俺はダルだ。お前さんと同じDランク冒険者。それにしてもこんなにちっこいのにDとはたまげたぜ。ちなみに、このパーティでは俺が最年長なんだが、剣の腕が覚束なくてなあ。グレームのやつにリーダーの座を奪われちまってるわけだ」
「不服なら今すぐ譲ってやるよ、ダル」
「いらねえよ、んなめんどくせえもん!」
いきなりグレームとダルの漫才が始まった。
でも雰囲気からして珍しいことじゃなさそうだ。
「おっと、途中だったな。リーダー様があんなことを言っちまったんだ。俺のこともダルでいいぜ。よろしくな、リコ。あぁ、俺はまだ25歳だからな。そこはしっかり覚えておけ!」
そう言ってにかっと笑う。
馬車に乗るまでほとんど話してなかったけど、話し出すとかなり気さくなタイプかな。
……というか、25歳!? 絶対30歳以上だと思ってた。
わざわざ自分で付け足すってことはみんなに言われてるんだろうね。うん、私は黙っておこう。
「うん、よろしく」
「では最後に僕の番ですね。名前はアントン。Dランクの魔法使いで得意な属性は土です。さきほどは助かりました。僕には何が起こったのか分かりませんでしたが、とにかく素晴らしい魔法でした」
見張りをしながらもアントンが頭を下げてくる。
あれ、アントンも呼び捨てでいいのかな。
んー、まぁソフィも呼び捨てにしてたし、いいかな。
でもなんでアントンは敬語なんだろ。冒険者にしては珍しいと思う。
「ああ、礼がまだだったな。本当に助かった」
「ありがとな」
「えと、たまたまだから。気にしないで」
グレームとダルからもお礼を言われた。
うぅ、なんかこそばゆい。落ち着かない。
「自己紹介も終わったみたいだし、私からリコに聞いてもいいかしら?」
今度は、今まで黙って女の子の髪を撫でていたソフィが私に視線を合わせる。
その女の子は誰ですか?
って聞きたいんだけど、私の質問ターンはまだみたいだね。
「いいよ」
「コホン。……どうしてリコがここにいるの? ……というか、私たち馬車で結構早いペースで進んでたのに、どうしてリコが追いつくの? リコの馬は? もしかしてここまで走っ——ん゛んっ、アレで来たの? ガザアラスからここまで!? あなたいつ出発したの!? それにDランク!? どうしてランクが変わってるわけ!? さっきの登場の仕方はなに!? 格好つけすぎでしょう!? 私をときめかせるのが楽しいの!? あの時は本当に死んじゃうかもしれないと思ってたのよ!? 助けに来てくれるなら先に言ってよ!! もう…………ぐすっ」
……ソフィが……壊れた……。
ソフィは息を荒げて、目を潤ませている。
私も泣きたいよ……。いつものソフィ帰ってきてよぉ。
ソフィの話が切れるタイミングを待ってたら、どんどんヒートアップしちゃって、もう後半は早口すぎてなにを言ってるか聞き取れなかった。
ど、どうすればいいの……。
「ソフィア、落ち着け。そんなに一度に聞かれても答えられるわけないだろう。それにあまり騒ぐとイリーネ様が起きるぞ」
この状況の打開策を持たない私に代わって、ここでグレームのナイスフォローが!
こっちは見えてないはずなのに。声だけで状況を看破するとは、さすがイケメンだよ。
「……ぐすっ。……そうね……。ごめんね……。リコに会ったら安心しちゃったのかしら。驚かせちゃってごめんなさい。それと本当に来てくれてありがとう……」
え!?
ソフィは本格的に涙を流し始めてしまった。
「ソ、ソフィ? 謝らなくていいよ? 大丈夫?」
ダメだ。こんなとき、なんて声をかけたらいいのか全然分からないよ。
そもそもどうして泣いてるのかも分からないし。
と、とりあえず涙を拭いてもらう?
「はい、よかったらこれ使って?」
『収納箱』に入ってたハンカチを差し出すと、ゆっくりと手を伸ばして受け取ってくれた。
そしてハンカチで顔を隠してしまう。
「……ありがとう」
……えと…………えっと、こ、ここからどうしたら……。
ふと隣を見ると、ダルは外の景色なんか見てやがる。
女の子が泣いてるんだよ!? なんて使えない男だよ!
そしてなんと、ここでも窮地を救ってくれたのは我らがイケメン様だった。
「リコ。聞いてくれ。今日、俺たちはリコが来てくれるまでずっと魔物に追われ続けていたんだ。倒せればよかったんだが、ドスホーンモウの群れ相手では馬車から降りて全員で戦っても勝てるか分からないし、なによりもイリーネ様を守れない。一応はCランクパーティと呼ばれている俺たちが情けない話だがな。だから追ってくる魔物を牽制しながら馬車で逃げていたんだが……」
グレームは一度言葉を切ると、悔しさが滲んだ声で続ける。
「だが、馬車からの攻撃となると、俺とダルは全くの無力だ。そしてアントンも……アントンには悪いが、ソフィアほど魔法は上手くない。だから結局、逃げているときの魔物の対処はほとんどソフィアが一人で受け持ってくれた。追いつかれたら死んでもおかしくなかったし、リコが知っていたかは分からないが、そのお嬢様はソフィアにとって大切な人だ。自分の命以上に守らないといけないと思ったかもしれない。そんな重圧の中、数時間も牽制、それどころか何体かは討伐までやり遂げてくれたんだ。そして俺たちはその負担をすべて押し付けてしまった」
「……ことない」
ソフィがなにかつぶやいたみたいだったけど、グレームはそのまま続ける。
「最後には反対側からも群れが現れて、追い詰められてしまったがな。ただ、リコも見たと思うが、その時もソフィアの魔法で時間を稼ぎ、最後の反撃の準備を整えることができたんだ。あの結界がなければ、リコが到着する前にやられていたかもしれない。リコとソフィアのやり取りを聞く限り、君たちの絆は相当深いんだろう。リコが現れたとき、真っ先に君を抱きしめたかっただろうに、そんなときまで仕事のことを優先して自制していたんだろう。的確に話をまとめて、すばやく馬車を動かしてくれた。さっきのはここまで我慢してきた感情が一気に出てしまったのかもしれないな」
……私がのんきにぴょんぴょん走ってるときに、ソフィたちはそんな大変な目にあってたんだ。
数時間魔物に追われて、それに対処できるのは自分だけ。しかも自分の命よりも大切な人を守らないといけない。
どれだけの緊張とプレッシャーだったかなんて、私には想像がつかない。いや、想像しようとするのすらおこがましいのかもしれない。
私と合流してから、この中で一番落ち着いて見えたのに。本当は一番感情が溜まってたの?
……全然気がつかなかった。
ソフィは私のことを友達って言ってくれたのに、なんで私は……。
本当に情けなくて、自分のことが嫌になってきて——あ、泣きそう、かも……。
「ソフィア、気づいてやれなくて、無理させて、すまなかった。俺たちが不甲斐ないばかりに——」
「そんなことない!」
ソフィが顔にハンカチを当てたまま叫ぶ。
「……そんなことない。ドスホーンモウが群れで行動するなんて聞いたことがないし、そんなの倒せなくても仕方ないわ。でもそんなイレギュラーの中、全員が自分にできること、最善を尽くしてくれた。グレームとダルは魔物に追われる中、決して馬の制御を失わなかった。アントンも魔法で私の援護をしてくれた。誰が欠けていても今こうしてはいられなかった。……私の力なんかじゃないわ……」
「……ははは。そう言ってくれると俺たちも気が楽になるよ」
「……でも……それでも、リコが来てくれて嬉しかった……」
ソフィは少しハンカチをずらして私を見つめてくる。
ソフィの目は真っ赤になっていて、いまだに涙があふれている。
……あれ、なんだろう?
私も涙が止まらないよ……。
リコ「…………」
ソフィア「…………」




