35. 人の役に立ちたいという正義の心だよ
そうだ。
せっかくだから、私をこんな無茶苦茶なことに巻き込んだそもそもの原因について、マイデルさんに聞いてみよう。
「そういえば、ついでに聞きたいんだけど、現れたドラゴンってどんなの? 本当にギルドが討伐を禁止しなきゃいけないほど危険なの?」
そのドラゴンが現れたせいで、冒険者が興奮して、それを収めるために私が戦ったっていう流れだったはずだよ。
でも、私はそのドラゴンについてほとんど知らない。
マイデルさんが言ってた、王都とガザアラスの間に出たってことくらいだ。
「あー、それねー。うーん、今の段階じゃ分からないことばっかりだねー。私もー、今朝王都のギルドからの連絡で知ったところだからねー。危険かも分からないからー、現状はー、無駄につっつくのはやめておこー、ってとこだよー」
「ふーん? Bランクなら討伐許可するって言ってたけど、倒せるものなの?」
「それも分からないねー。ドラゴンの情報は少ないからねー。実際の強さなんて誰も分からないよー。ここ数十年はー、討伐例もなかったしー。それとー、Bランク以上の中でもー、ギルドが許可したパーティだけー、って言ってたよー。だからー、王都でもー、実質ほとんど禁止じゃないかなー」
「じゃあ、討伐に向かわなければ無害ってこと? そもそも、こっちから手を出さなければ襲われないって本当なの?」
「正直それも確実とは言えないよー。さっきも言った通りー、ドラゴンについては分からないことが多すぎるんだよー。まー、先人の知恵ともいうしー、大丈夫な可能性は高いんじゃないー?」
なるほど。触らぬ神に祟りなしってことか。でも、ドラゴンについて、正確に分かっていることはほとんどないみたいだね。
どっちにしても私には関係ないか。
ドラゴンの素材にも興味はないし。
「分かったよ。教えてくれてありがと。じゃあ私は帰るね」
今日はもともと依頼を受けに来たんだよね。
なんかすごくやる気がそがれたけど、一応依頼ボード見ていこうかな。
「あー、ちょっと待ってー。王都のギルドで思い出したんだけどー。……っと、その前に一つ聞きたいんだけどー、リコってー、王都まで行くとしたらー、何日くらいかかるー?」
……なんで?
まぁマイデルさんは既に私の移動速度のことはだいたい知ってるから隠す必要もないかな。
「行ったことないから正確には分からないけど。王都って馬車で一週間くらいなんだっけ」
「うんー、そのくらいだねー」
これまでの経験から馬車で一日の距離は、私が普通に走って二、三時間だ。単純に計算すれば十四時間から二十一時間?
でも、いくら疲れないとはいえ、二十一時間ぶっ通しで走るわけにもいかないから、睡眠とか休憩の時間も考慮して……
「じゃあ二日くらいかな。朝に出発したら次の日の夜には着くと思うよ」
かなり甘く見積もってそのくらいかな。
休憩抜きで本気で走れば一日で着くかもしれない。絶対やりたくないけど。
「えー!? ホントーにー!? 早馬より早いじゃーん! どうやったらそんな早くいけるのー?」
「前にも言ったけど、走るだけだよ」
「……いやー、ありえないよー、とも言い切れないのが怖いねー。今日の試合を見てるとさー。まー、方法はなんでもいいやー。そんなリコにー、一つお願いがあるんだけどー」
「お断りするよ」
「実はねー——って話くらい聞いてよー!」
いや、だって、お願いって。ここまでの会話を考えると嫌な予感しかしないんだけど。
マイデルさんは立ち上がって、執務机の引き出しからなにかを取り出した。
あれは、封筒?
「これをー、王都の冒険者ギルドまで持っていってほしいなーって。どうー?」
「お断りするよ」
まぁそんな感じの内容だとは思った。
わざわざ王都まで走っていくとかめんどくさい。
「えー、ギルドからの正式な依頼として発行するからー、ちゃんと報酬もでるよー? さっき依頼ボード見てたってことはー、依頼受けるつもりだったんでしょー? いいじゃーん」
「じゃあ私じゃなくても、依頼受けてくれる人に頼めばいいでしょ。というか、強制はしないんじゃなかったの?」
「うんー、これはー、本当に強制じゃないよー。君の言う通りー、今回は君じゃないとダメってわけじゃないしー」
「じゃあなんで私に頼むの?」
「それは単純にー、あたしの手間を省きたいからだよー。これをー、王都のギルドに届けないといけないんだけどー、依頼を出してもー、さっきのことがあった直後でー、誰もすぐ受けてくれなさそうでしょー? まー、冒険者に頼らないでー、ギルド職員を出せればいいんだけどー、今は腕が立つ適任者がいないんだよー。王都までは、魔物がでることもあるしねー。だからー、今から他の人を探すよりもー、リコに行ってもらうのが一番手っ取り早いかなーって。それにー、この依頼についてはー、リコにデメリットないでしょー?」
確かにそんなにデメリットはない。ひたすら走るだけなのはめんどくさいってくらいだ。
それにマイデルさんの言うことも理にかなっている。自分の手間を省きたいというのは正直すぎる気もするけど。
でもやっぱりめんどくさいな。
「まー、断ってくれてもいいよー。さっきも言ったけどー、今回は本当に強制じゃないしー。君が嫌なら諦めるよー」
やっぱりマイデルさんには悪いけど、今回はやめておこう。
改めてお断りしようとマイデルさんに視線を向けると、私のことは既に諦めたように顎に手を当てて独り言をつぶやいていた。
「でもー、受けてくれる人いるかなー。ソフィアでもいたら受けてくれそうなんだけどなー。今いないんだよねー。他には——」
ソフィア……?
……。
いや、待って?
よく考えたらこの依頼、案外悪くないかもしれない。
マイデルさんの言う通り、今日は依頼を受けに来たんだし。
だったらこの依頼でもいいよね?
王都まで走るだけだから、簡単と言えば簡単な依頼だし。
もともといずれ王都に行きたいとは思ってたし。
マイデルさんにはこれからもお世話になるだろうし、恩を売っておくのも悪くないかも。
……あと、ついでに、驚くべきことに、全くの偶然だけど、ソフィも王都に向かってるんだったね。
ソフィがガザアラスを出発したのが三日前。馬車で行くようなことを言ってたから、今日でちょうど半分くらいかな。
私が今から出発すると、私の方が早く王都に着くかもしれないけど、少し待ってれば——いや、少し王都を散策してれば、たまたま、図らずもソフィと合流するかもしれない。
……ソフィは護衛依頼だから王都に着けば依頼完了だろうし、そのあと一緒に王都を回ったりできるかも?
毎日しゃべってた人がいなくなって、ここ三日間ほとんど口を開かなかった事実とかは、別に全然これっぽっちも関係ないけど、少しでもマイデルさんの役に立ちたいし、この依頼受けようかな。
うん、せっかく私を頼ってくれたんだから、断るわけにはいかないよね!
「あー、リコー、長く引き止めちゃってごめんねー。今日はもう帰っちゃっていい——」
「依頼受けるよ」
「——よ?」
マイデルさんが固まった。
もう一度はっきりと宣言してみる。
「この依頼、私が受けるよ」
「……え、えー!? いいのー!? すっごく助かるよー! できればー、急に心変わりしたわけも聞きたいけどー。まー、いいかーっ。ちょっと待っててー。今すぐ書いちゃうからー」
いきなり上機嫌になったマイデルさんは紙に何かを書き始めた。
封筒の中身まだ入ってなかったのか。というか王都のギルドに渡すって言ってたけどなんだろう。
「ちなみに何を届けるの?」
「うんー? これはねー、ドラゴンについてー、うちのギルドの対応をまとめた手紙だよー。だからー、ものすごく急いでるわけじゃないけどー、なるべく早く届けたいんだよー」
なるほど。
私にはどれだけ重要かは分からないけど、事情は理解した。
今朝、使者の人が来たって言ってたからまだ返事を書いてなかったんだね。
あれ。というか使者の人に持って帰らせればいいんじゃ。
と思って聞いてみたけど、王都からほとんど休まずに早馬で来たから、しばらくは人も馬も休息が必要らしい。
と、書き終わったのか、封筒に封をして渡してくる。
「……ほい、できたー。じゃー、これお願いねー。あとー、あたしの方で依頼の受注もやっちゃうからー。ギルドカード貸してー」
「はい」
「ありがとー。もう少し待ってねー」
マイデルさんは金属板を取り出して、ギルドカードをかざす。
そしてその操作の途中で動きがピタリと止まった。
「どうしたの?」
「……リコ、ランクEなのー!?」
今更何を言ってるんだ、この人は。
無理やりEに上げたのはマイデルさんだよ。
「Eだけど。なんで?」
「んー、この依頼、Cランクにしようと思ってたんだよー。でもー、そうするとリコは受けられないでしょー。まさかー、リコがまだEランクなんてねー。そういえばー、この間上げたばかりだったねー。忘れてたよー」
「え、王都まで行くだけなのにCなの?」
「今回は期限つきだからねー。といってもー、リコ基準で二日以内なんてさすがに言わないけどー。今回の依頼はー、五日以内だねー。普通の冒険者に頼むならー、馬で行ってもらうことになるんだけどー、そうするとー、不測の事態があることも考慮してー、そのくらいの期限になるんだよー。だからー、難易度も上がるわけー」
確かに依頼の性質上、期限があるのは当たり前かな。
馬車でのんびり向かってもらうわけにもいかないよね。
でも、Eランクの私は、Dランクまでの依頼しか受けられない。
「じゃあ私は受けられないってこと?」
「いやー、やりようはあるよー? ……二通りの方法があるんだけどー、どっちがいいかはー、リコが選んでくれていいよー。一つはー、依頼のランクをDにする方法ー。でもー、これはギルドの公式の依頼だからー、こうするとー、報酬はD相当しか出せないんだよー。本来ならCの報酬が出せるのにー、リコにとってもったいないかもー。もう一つはー、リコのランクをDに上げる方法ー。こうすればー、Cの依頼も受けられるからー、問題なくなるけどー、リコはランク上げたくなさそうだったからー。どうするー?」
……まさか最初から私のランクを上げることが狙いだった?
って、そんなわけはないか。さっき私がEランクだったことに本気で驚いてたし。
というか、マイデルさんが無理に上げようとしなくても、私が今のペースで依頼を受けてればどうしたってすぐにランク上がりそうだし。それはマイデルさんも分かってるだろうしね。
で、どうするかだけど……。
まぁDくらいならいいかな。
どうせすぐに上がるってのもあるけど、衆人環視の中ガンスと試合したことで、目立たないってのはもう無理っぽいし。そもそもソフィにも諦めるように言われてたしね。
報酬にはそこまで興味はないけど、もらえるならもらっておこう。
「じゃあ、私のランク上げる方で」
「あらー、意外だねー。でもおっけーだよー。じゃー、ランクの書き換えも一緒にやるねー」
そう言ってマイデルさんは受注板の操作に戻る。
「今更だけど、こんなにポンポンとランク上げていいの? 周りの説得が大変とか言ってなかった?」
「あっはっはー。今日の見ててー、文句言うやつはいないでしょー。というかー、私としてはー、実力的にはー、Bくらいまではー、上げちゃってもいいと思うんだけどねー。さすがにそれは止められるかなー」
それは私も止めるよ。
だってBってさっきの冒険者たちの中にもいないんでしょ?
ガザアラスの冒険者ギルドのトップみたいな肩書なんか絶対にいらないよ。
「ほいっとー、今度こそ完了ー。よろしくねー。あとー、なるべく早くとは言ったけどー、無理して急ぐ必要はないからねー。期限の五日以内に届けば十分だからー」
「うん。わかった」
「今日は本当に助かったよー。ありがとー。じゃー、気をつけていってらっしゃーい」
カードを受け取り、ギルマス部屋を退出する。
受け取ったカードを見ると、ランクがDに変わってる。マイデルさんはBとか言ってたけど、本当にすぐ上がりそうで怖いな。
一般的にはCに上がるのが大変らしいんだけど。Cで一人前らしいからね。




