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31. ドラゴン? 私には関係ないよね

 

「え、ソフィ、依頼受けるの? 久しぶりだね」


 野営セットを準備した翌朝、朝ご飯を食べているときにソフィから唐突に聞かされた。


「ええ。王都までの護衛を頼まれちゃってね」


「ふーん。王都ってここから結構遠いんだよね?」


 何回か王都の話が出たことはある。

 ここクロウエル王国の中心となっている大きな都市で、王様が住んでいるらしい。


「そうね。馬車だと片道一週間ってところかしら」


「うわ、そんなに。じゃあ、短くても二週間くらいは帰ってこないんだね」


「そうなるわね。寂しいの?」


「まあまあかな」


 この世界で今普通にしゃべる人はソフィだけだ。

 寂しくないと言えば嘘になるけど、一人は慣れてるよ。


「なによ、微妙な反応ね。ま、いいわ。それよりリコはこのあともしばらくはこの街にいるつもりなの?」


「そのつもりだけど。なんで?」


「最初は行くところがないなら安全だからガザアラスで過ごせばいいって言ったけど、もうリコにはそんなの関係ないでしょう? いつでも好きなところに行けるでしょうし。リコのことだから、私のいない間にも急にいなくなりそうじゃない」


「いや、そんなことはしないよ。確かにこの先ずっとガザアラスにいるかは分からないけど、ソフィに何も言わずに出発するとかないから」


 ソフィにはどれだけ世話になったかわからない。命の恩人でもある。

 むしろガザアラスから出るなら、一緒に行ってもいいくらいだ。多分ソフィは来ないと思うけど。


「そう? それならいいんだけど」


「私は当面は今まで通りお金を稼いだり、この国のことを勉強したりしてるよ。ソフィこそ長旅になるんだから、気をつけていってきてね」


「ええ、ありがとう」


 それにしても王都か。私も行ってみたいな。


 今回ソフィと一緒に行けば王都を案内してもらえるかもしれない、とも思ったけど。

 さすがに護衛依頼は勘弁だ。

 護衛を頼むやつなんて、どうせ傲慢で護衛を顎で使うような人たちなんでしょ。そんな人たちの機嫌をとりながら、馬車で一週間の旅とか死んでしまう。

 そもそも私の場合、走った方が速いから馬車自体もめんどくさいし、今回は見送りだね。




 ソフィが護衛依頼で出発してから三日後。

 私は依頼を受けるために冒険者ギルドに足を運んだ。

 ちなみに私がギルドに来るときは、朝ご飯をゆっくり食べてから来るので、いつもギルドの混みあう時間は既に終わっている。

 普通はその時間にはいい依頼がなくなってるらしいんだけど、私は余ってる依頼で特に困ったことはなかったので、今日も同じような時間帯に来た。


 でも、今日はギルドの様子が違った。

 冒険者らしき人たちがひしめき合ってる。ギルドに人がこんなにいるのは初めて見たよ。

 そして、その冒険者たちの多くはカウンターに並んでいるわけでもなく、依頼ボードを見ているわけでもない。

 それぞれ近くの冒険者と情報交換をしていたり、何かを待つかのように遠巻きにカウンターの方をじっと見ていたりだ。


 なんだろう。

 普段と全然違うのでなにかあったんだろうけど、なにも分からない。

 そして聞ける人もいない。冒険者に知り合いはいないし、カウンターに誰も向かっていないのに空気を読まず受付に聞きに行くのは気が引ける。

 というかアネットさんいないし、そもそもカウンターに座ってる受付嬢が一人しかいないんだけど。


 私がどうしようか迷っていると、隣で話し合っていた冒険者たちから「ドラゴンが……」という言葉が聞こえてきた。


 ドラゴン?

 ドラゴンがでたのかな?


 ドラゴンはこの世界で最強と言われる魔物の一種だ。ただ、人間から攻撃をしない限り、人間を襲うことはないので基本的に無害らしい。でも、ドラゴンの確認例は少ないので、それも絶対じゃない可能性があるとか。

 過去数度ドラゴンの素材が市場に出回ったことがあるらしいけど、ドラゴンは鱗、爪、角等が全て最上級の素材になるうえ、肉も極上の旨さのため、とんでもない価格で取引されるので、冒険者の中にはドラゴンを倒したいと思う者は少なくないという。


 ちなみに、これもソフィから聞いた話だ。この世界に来たときにドラゴンっぽいものを見たと言ったら、この辺りにドラゴンなんかでるはずないって言ってたけど。


 もし本当にドラゴンが出たということなら、冒険者なら放っておけない話だと思う。それでギルドに集まって情報交換中なのかも。

 まぁ私はドラゴンとか興味はない。今回の話は私には関係なさそうな話だね。

 ちょうど依頼ボードも空いてるし、まずは依頼を選ぼう。



「はーい、みんなちゅうもーく」



 私が依頼を吟味しはじめた、ちょうどその時、その間延びした声がギルドに響いた。

 冒険者たちが一斉に静まって声の主に注目する。


 受付の前に立ったギルドマスター——マイデルさんが冒険者の視線を集めてのんびりと話し始めた。


「今、ちゃんと情報を確認してきたよー。まー、みんなもほとんど知ってると思うけどー、ドラゴンがガザアラスと王都の間で目撃されたようだねー。かなり王都寄りだったみたいだけどー。王都のギルドの使者さんからの情報だからー、間違いはないと思うよー」


 マイデルさんがそこまで言い終えたところで、冒険者たちから歓声が上がる。


 やっぱりドラゴンを倒して一攫千金とか狙うのかな。

 人間を襲ってこないなら放っておいてもいいと思うんだけど。


「はいはーい、静かにー。えー、みんなやる気になってるところ悪いんだけどー。ガザアラス支部ではドラゴン討伐を禁止することにしましたー」


 え、禁止? どういうこと?

 冒険者ならドラゴンが出たら狩りにいくのは当然だと思うんだけど。


 当然、冒険者たちから怒号が上がる。


「禁止だと!?」

「ふざけんな!」

「どういうことだ!」

「俺らの勝手だろ!」

「禁止する権利なんてねえだろ!」

「俺は行くぞ!!」


「あーもー、そーゆー反応になるのは分かってたよー。でもー、王都のギルドでもー、同じ対応することにしてるんだよー? 正確に言えばー、Bランク以上でギルドが認めた冒険者じゃないとー、討伐禁止ってのだけどー。でも君たち全員Cランク以下じゃーん。だからウチは禁止ってことでー」


 マイデルさんは困ったような表情で説得しているが、冒険者たちは収まらない。


 そんな時、冒険者の中でもひときわ大きな男が前に進み出た。

 背中に巨大な剣、金属製の防具をつけたごつい剣士だ。

 周囲にいた冒険者がざわつきはじめる。


 お、おいガンスだぞ。

 ガンスなら……。

 かましてやれ! ガンス!

 ギルドの横暴を許すな!


 そして、そのガンス?がマイデルさんと相対すると静寂が訪れた。


「ギルドマスター。納得できるように説明してくれ。冒険者なら魔物がでたら討伐する。当然の話だろう? なぜギルドがそれを止める?」


「まー、基本的にはそーだよー? でもドラゴンについては事情が違うっていうかー。……ってその前にー、ごめん、君はー?」


「——ッ。……ガンスだ。Cランク」


 あ、マイデルさん、あの人の名前知らなかったみたいだ。

 周りの冒険者はあんなにガンスに期待してたみたいだったのに。

 ガンス、怒ってるね。


「あー、ガンス君ねー。ごめんねー、ギルドマスターとしては実力に関わらず、全員の名前を覚えるべきだよねー。うん、ガンス君ねー。覚えたよー」


 なんかマイデルさん、めっちゃ煽ってるんだけど!

 ほら、ガンスが青筋立ててプルプル震えてるよ。

 でも、これだけ煽るってことはマイデルさんもイライラしてるのかも。


「それでー、さっきの続きだけどー。もちろんー、君たちには魔物がでたら討伐してほしいんだけどー。ドラゴンは話が別でー、こっちから手を出さなきゃ襲われることもないからー、討伐を頼まないわけー」


「……だが、ギルドからの依頼がなくとも、俺たちが勝手にドラゴンを討伐するのは問題ないはずだ。ギルドに禁止される道理はないし、強制もできないだろう」


「はぁー。そりゃ討伐できるなら問題はないよー。でもー、それができないから言ってるのー。どうせ死ぬだけだしー。ギルドとしてはー、それが分かってるのにー、みすみす討伐に行かせてー、冒険者を無駄死にさせるわけにはいかないんだよー。そのためのランクシステムなんだしー。まー、君の言う通りー、強制はできないんだけどねー」


「討伐できるかできないかはやってみなくては分からんだろう。それにBランクなら受けられるんだろう? 俺はもうすぐBになる。ここの冒険者の中でも最も強い。なにも問題はない」


 ガンスが自信満々に言い切ったところで、再び冒険者たちが沸き上がる。


「そうだそうだー!」

「やってみなくちゃわかんねえよなあ!?」

「さすがガンス! 言ってくれるぜー!」

「俺たちの星だぜ!!」

「ガンスならいけるぞー!」


 マイデルさんは目を閉じて、静かに声を受け止めている。


「——と、いうことだ。こんなチャンスを逃すつもりはない。俺たちは行かせてもらう」


 ガンスがかっこよく締めくくり、マイデルさんに背を向けた。

 そして、一歩踏み出そうとしたとき——


 冷たい声が響いた。


「ダメって言ってるのがわからないのかな? 君程度じゃ死ぬっていうのが分からないのかな? 言葉が通じないのかな?」


 一瞬、マイデルさんの声だと分からなかった。落ち着いているけど氷のように冷たい声で、普段のゆるい話し方と全く違う。

 私に言われてるわけじゃないのに背筋が寒くなる。


 直接言葉を浴びせられたガンスなんてもっと驚いただろう。

 ピタリと動きをとめたかと思うと、勢いよくマイデルさんの方へ振り向いた。


 マイデルさんは——無表情だ。

 何を考えてるのかは全然読み取れないけど、確実なことが一つ。

 めちゃくちゃ怒ってる。


「ガンス。君、この中で一番強いって言ったっけ?」


「あ、ああ。それは他の者も認めるところだろう」


 ガンスは冷や汗をかきながらも気丈に答える。

 後ろの冒険者たちもマイデルさんに気圧されているようだけど、一斉に頷いた。


「そっかー。それじゃー、それを証明してもらおうかなー。それができたらドラゴン討伐にいってもいいよー」


 あ、話し方戻った。それと一応笑顔になってる。

 でも……まだプレッシャーがすごいんだけど。


「証明だと? 冒険者相手に戦えということか? さすがに全員を相手にはできんぞ。それに味方同士で戦って無意味に消耗したくない」


「いやいやー、相手するのは一人だけでいいよー。それならいいでしょー?」


「……ギルドマスター、あなた相手などと言わないだろうな。それは——」


「あっはっはー。そんなこと言わないってー。もちろん、あたし相手に勝ったらー、それはそれで合格でいいんだけどー。今回はー、この冒険者の中で一番強いってことの証明だからねー。冒険者と戦ってもらわないとー」


「では誰と戦えばいい? この中で実力者というと、マッシュか? ローレンスか?」


 名前が挙がった途端、冒険者の中から「俺はやめとくぜ。ガンスには勝てん」、「私もやめておきましょう」と声がした。

 多分、マッシュとローレンスって人だね。顔は分からなかったけど。

 でも戦う前から棄権するなんて、ガンスが強いってのは本当みたいだね。


「……だそうだ。これじゃ証明もできんが、どうする」


 ガンスは顔には出さないが、勝ち誇ったような口調で問う。

 対してマイデルさんはさっきのこわい笑顔のままだ。


「大丈夫だよー。相手はこっちで指名させてもらうからー」


 マイデルさんがそう告げると冒険者たちは一斉にうつむく。


 まぁ嫌だよね。ガンスが強くて勝てないってのもあると思うけど、ギルマスに指名されて負けるっていうのも、あとでどうなるか怖い。

 こんななんの得もない試合に指名なんて絶対されたくないよね。



「リコー。ちょっと来てくれるー?」



 ついにマイデルさんからの指名が入った。

 その不幸な冒険者が決まってしまったみたいだね。


 でも、今呼ばれた名前は聞き覚えがある気がするよ。

 他の冒険者の名前なんて知らないはずなんだけど。どっかで見たことあるのかな?

 どんな人なのか少し興味がわいたので、私も指名された人が前に出てくるのを待つことにする。


「ちょっとー、無視しないでよー」


 なんか出てこないんだけど。

 いや、ここで名前呼ばれてるのにスルーするとか豪胆すぎるでしょ。

 ここから逃げられるわけもないのに。すごいな。

 マイデルさんの声にも、若干の呆れが混じってる気がする。


 ふとマイデルさんの方を見ると、なぜかバッチリ目が合った。

 手をぶんぶんと振っている。


「リコー、来てってばー、お願いー」



 ——私だった。


リコ「関係なかったはずなのに、どうして……」

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