30. 野営したいなんて思う日がくるとは
さて、今日の予定は——。
現在、頭の中で今日の予定を立てながら朝ご飯を食べている。
ちなみに、ここ数日はソフィとはほとんど別行動だったよ。たまにご飯のタイミングが一緒になったり、なぜか毎日お風呂のタイミングが一緒になったりするので、しゃべる時間は多いけど日中は別々に行動している。
ソフィが日中になにをしているのか、私は知らない。一度聞いてみたところ、野暮用だ、とだけ言っていた。あまり言いたくないことなのかもしれないと思って、それからは聞いていないけど少し気になっている。依頼を受けているわけでもなさそうなんだよね。
まぁいずれ聞かせてくれるかもしれないし、今はいいかな。
それより今日の予定だよ。
今日は依頼を受けるつもりはない。
今まで依頼を受けない日は、魔法の実験をしたり、ギルドで魔物の本を読んだり、特に目的もなく街をぶらぶらしたりしていたんだけど、今日はやりたいことがある。
それは——野営だ!
いや、今日野営そのものをするつもりじゃないけど、野営セットのようなものを作って、いつでも快適に野営ができるようになりたいんだよ。
冒険者は何日も拠点から離れて依頼をこなしたり、そもそも特定の拠点を持たずに旅の中に生きる人もいるらしい。そんなさすらいの旅人になりたいわけではないけど、この街以外にもこの世界を見て回りたいとは思ってる。それに、この街が私の拠点ってわけでもないし。
ただ、ちょっとした旅に出るにしても、この世界だと必ず野営をすることになる。
野営と言えば、この世界に初めて来た日にソフィと一緒にして以来だけど、正直あんな野営は二度としたくない。
この世界の人にとっては普通かもしれないけど、日本でぬくぬく育った私にはキツい。まともなご飯と、まともなお風呂、まともな寝具がないとやってられないよ。
まぁそんなわがままが通用するはずもないから、今後は野営はしない方針で——って、最初は諦めてたんだけど。
色々情報が集まってくるうちに、そのわがままを全部叶えた野営体制が作れるのでは? と思い至って、今日実際にやってみようというわけだ。
野営の環境がよくない原因は、この世界での旅は基本的に徒歩であるため、野営道具を持ち歩けないというところだと思う。だけど、私には最強の『収納箱』があるからその点は問題ない。というか容量無限かつ時間停止される特殊な『収納箱』があるからこそ、この計画を実行していると言っても過言ではないよ。
まず、食事については全く問題ない。
出かける前に大量に買い込んで『収納箱』に入れておけばいいだけだ。
それだけであのマズい携行食を食べなきゃいけないなんてことはなくなる。
普通の『収納箱』だと、中で時間が経過するから日持ちのいい食べ物を入れておく必要があるけど、私の『収納箱』なら大丈夫だ。
次に、睡眠環境とお風呂だけど。
ここは元の世界のキャンパーたちを参考にしてみることにした。日本にも快適な環境を用意してキャンプを楽しむ人たちはたくさんいるらしい。と言っても、私はキャンプなんかしたことないから、ふわっとしたイメージしかないんだけど。
ええと、まずテントでしょ。
それから寝袋。
あと、明かりはランタン?
コンロ……とかの調理道具はいらない。
椅子とテーブル、もそこまで必要ないかな?
それとお風呂は……いや、お風呂? というかキャンプする人たちってお風呂はどうしてるんだろ? ドラム缶風呂とか?
うーん、寝るだけならとりあえずテントと寝袋があれば大丈夫そうかな。
明かりは光魔法で代用できるし。
で、お風呂だけど、お湯は魔法で出せるのでどうとでもなる。
浴槽はドラム缶でも持ち歩けばいいのかな。
……こんなところじゃない?
これ以上は知識不足で分からない。
実際やってみて改善していくしかないかもね。
ゆっくりと朝食を食べ終えてから、タニアに鍵を預けて宿を出る。
まずは材料を用意しないと。
テントとかがそのまま売ってるアウトドア用品店があれば簡単なんだけど、もちろんそんなものはないので自作するつもりだ。
ただ、テントの構造なんて詳しくは知らないんだよね。でも魔法でなんとかなるんじゃないかと思ってる。
で、そのための材料なんだけど、商人ギルドが営業するギルドショップに色々な素材が売っている、とのことだった。
そして今、そのギルドショップにいるわけだけど。
広い。ショップの中も広ければ、売り物の幅も広い。
魔物からとれたような素材や、剣や槍のような武器、ベッドやクローゼットのような家具、食材までなんでもござれだ。
そういえば、私も武器とか持った方がいいのかな。剣術もやってたし、剣なら使えるかな。まぁ今すぐ必要なわけではないので、また今度考えよう。今は野営セットだ。
まず、テントに使うための材料としてかなり大きめの布と骨組み用の木材を選ぶ。
布は店員さんに聞いて水を通しにくいものを選んだけど、ここで売ってるものの中には完全防水のものはないそうだ。これは仕方ないかな。
それで、この細い木材を四方から真ん中に向かって斜めに立てて、そこに布をかぶせれば一応テントっぽくなるんじゃないかな。で、普通はそれを固定するために、杭のようなもので角を止めると思うんだけど、そこは土魔法で固定すればいける気がする。
うん、テントはこんな感じだね。
続いて寝具だけど、元の世界なら寝袋で寝ると思うんだけど、そんな感じのものが売ってない。というか、そもそも寝袋って寝やすいのかな? ソフィと野営したときは毛布にくるまって寝たけど、それとあまり変わらなくない? それだと意味がないんだけど。
もっとベッドのように安眠できるグッズがほしい——とここまで考えたときに気がついてしまった!
それならベッドを『収納箱』に入れておけばいい、と。
いや、考えてみればそれが一番手っ取り早いのは明白なのに、常にベッドを持ち歩くという発想があまりにも私の常識の外すぎて思いつかなかった。
そうだよ、テントを組んでその中にベッドを設置したら完璧だよ。それで野営とか楽しそうだ。想像するだけでワクワクしてくるよ。
幸いギルドショップはベッドも売っているみたいだし、これは買うしかない。
ということで、寝具のコーナーにやってきたんだけど——
「高っ!」
一番安いのでも、テントの材料も買うと今の所持金じゃ足りない。
諦める……? いや、ベッドを持ち運ぶなんて思いついたら、もう今すぐにでも買いたい気持ちが抑えられない。
そして手持ちが足りなくても、今の私ならお金を稼ぐ手段がある……。
やるしかない!
ギルドショップを飛び出し、すぐ向かいの冒険者ギルドに駆け込む。
まだ午前中だけど、この時間には既に冒険者ギルドのピークは過ぎている。
空いている依頼ボードに直行して依頼を吟味する。
——これだ!
ランクEのコボルトの群れ討伐、報酬は少なめだけど、近場なのがいい。少なめとはいっても報酬額も足りそうだし。
依頼書をはぎ取り、カウンターに向かう。
いた。アネットさんだ。
「お願いします!」
「リ、リコさん!? お、おはようございます。どうされたんですか、そんなに慌てて」
カウンターに飛びついてきた私に驚いているようだ。
しまった。さすがにテンションがおかしかった。挨拶もしてなかったし。
「コホン。おはようございます。えと、この依頼を受けたいんだけど」
あらためて依頼書とギルドカードを出す。
「は、はあ。かしこまりました。えー、コボルトの群れ討伐ですね。……というかリコさん、ゴブリンの群れの調査依頼をこなしたばかりでは? 調査なのに皆殺しにしたアレですよ、アレ。アレからまだ2日ですけど、本当に大丈夫ですか?」
……アネットさんから嫌味を言われるとは。
ま、まぁ軽い冗談を言えるような関係に進歩した、と思っておこう。
「アレは忘れてくれると嬉しいよ。それはそうと、私は平気だよ。大丈夫大丈夫」
「そうですか。ま、リコさんですしね」
ますますひどい言われようだ。
私のことをなんだと思っているのか。
「はい。では受注完了です。余計な心配かもしれないですが、この依頼が終わったら数日は体を休めた方がいいですよ」
「うん。ありがと。考えとく」
そして冒険者ギルドを出て早歩きで門へ向かう。
さすがに街の中で走るのは控えるようにしているよ。
でも、街の外に出ればこっちのものだ。ダッシュで現場に急行する。
今回の依頼場所は私の速度で十数分だった。
コボルトと思われる反応は二十弱。依頼書通り群れで動いているみたいだね。
一気に跳躍して群れの真ん中に降り立つ。
急に降ってきた私に驚いたのか、コボルトたちはすぐに行動を起こせないようだ。
魔力反応と目視でだいたいの群れの動きは把握できた。
コボルトの数の分の水球を一斉に放つ。今回も窒息ねらいだ。
コボルトの魔力反応はしばらくして全て消えた。
よし。依頼完了。
じゃあコボルトを回収してと。
ちなみにコボルトは素材としての価値が高くない。
魔物の素材を売るなら職人ギルドに持っていけばいいんだけど、需要が低いものは常に買い取ってくれるわけではない。
例えば、コボルトなら職人ギルドがコボルトの素材を欲しがっているときであれば買ってくれるけど、必要がないときは売ることができない。
その点、レオなら常に需要が高いため、Fランクの依頼にもなっている通り、いつでも買い取ってもらえるというわけだ。
だからコボルトの死体を回収することに意味はないかもしれないけど。
死体の処理をするのもめんどくさいし、いつか役に立つときがくるかもしれないし、念のため回収しておいた。
帰り道も何事もなく、無事ギルドまで帰ってきた。
「アネットさん。ただいま。報告お願いします」
「……リコさん、お帰りなさい。……はぁ、一応聞きますけど、依頼達成の報告でしょうか?」
なんかため息ついてるんだけど。
「うん」
「……そうですよね。かしこまりました。……一体どうなってるんですか。リコさんがここを出てからまだ一時間経ってないですよ……」
報告板を操作しながらぶつぶつ言っている。
え、一時間経ってない? そうかな? ……そうかも。はしゃぎすぎたかもしれない。
「依頼達成、ですね。はい、お疲れさまでした。ではギルドカードのお返しと、報酬です」
「ありがと」
「……リコさんが依頼をたくさん受けてくださるのはギルドとしては助かりますけど、私たち職員としては毎回こう驚かされるのも大変ですね……」
それは慣れてもらうしかないかな。
というかアネットさん、最初フリーズしてたのに比べれば、今はすごく落ち着いてると思うけど。
そういえば、私が冒険者ギルドのカウンターで話したことがあるのってアネットさんだけだ。アネットさん一人が犠牲になってるんだね。これからも頑張ってほしい。
アネットさんに別れを告げて、ギルドショップに戻ってきた。
うん、これでベッドを買ってもお金は十分足りるね。
あとはさっき選んでおいたテントの材料も買って、と。
あっ……結局お風呂どうするのか答え出てなかったんだった……。
最終的に、質はそれなりのベッドとテントのための布、木材、それから浴槽代わりになりそうな大きい木の桶を購入した。
お風呂は、一人用にしてはかなり大きいけど、せっかくなら足を伸ばして入りたいと思ってね。どうせ持ち運ぶ労力はゼロなんだから。また、さすがに外で桶一つ出して入る勇気はないので、必要な時だけテントの中に設置して入浴する作戦だよ。だから自然とテントもかなり大きくなった。
全然計画性がなくてグダグダしてしまったけど、これで最低限の準備はできたと思う。
この後、街の外に出てちゃんと機能するのか実験してきた。
結果は——まぁそれなりかな?
テントはそれっぽく建てられた。ちょっと大きすぎるかもしれないけど、この世界にテント泊をする人なんて私以外いないから、どれだけ場所をとったって文句は言われないよね。
お風呂も魔法で簡単にお湯をためることができたし、なんとか使えるくらいの性能だね。まだ実際に入ったわけじゃないけど。
とりあえず今日の仕事は終わりっ。
今のところ予定はないけど、野営が必要になるときがちょっと楽しみだ。




