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28. 食欲と睡眠欲は強敵だったよ

 

 どうやら夕食は私の分もちゃんとあるらしい。

 これで夕食がないとか言われていたら、暴れていたかもしれないよ。


「すぐにご用意いたしますか?」


「うん、じゃあお願い」


「では、座ってお待ちくださいっ」


 タニアはそれだけ言うとまた食堂の奥へと走り去っていった。

 あんなちっちゃい子なのにカウンターの対応もして、食堂でお客さんに配膳もして、大変な仕事をこなしている。しかも笑顔で。タニアはすごいな。

 そんなタニアを追って私も食堂へ向かおうとしたところで、上の方から声をかけられた。


「あら? リコ?」


 声の方へ目を向けると、ちょうどソフィが階段から降りてくるところだった。


「あ、ソフィ。ただいま」


「ええ、お帰りなさい……じゃなくて。あれ? 依頼はどうしたのよ」


「えっと、それは——あ、ソフィもこれから夕食? なら先に頼んだ方がいいんじゃない?」


「え? ええ、そうね……?」


「うん、じゃあほら、食堂行こう食堂行こう」


「ちょ、ちょっとリコ? そんなに押さなくても行くわよ?」


 ここで話すとまた長くなりそうだし、タニアがご飯を持ってきてくれるタイミングを逃す可能性がある。

 今、何よりも大事なのは夕食なんだよ。


 ソフィの背中をぐいぐい押しつつ食堂へ向かう。

 そしてソフィの夕食もお願いしてから昨日と同じ席についた。


「それで? 依頼はどうしたのよ?」


 ソフィはさっきと同じ質問をしてくる。


「うん、その依頼なんだけど——」


「お待たせしました! 先にリコさんの分をお持ちしましたっ」


「いただきますっ!」


 美味しい! 美味しい!

 使ってる材料はそんなに昨日と変わっていないけど、味付けが全然違うので昨日とはまた違った美味しさが味わえる。

 それに加えてこの空腹。空腹は最高のスパイスとは言うけど、改めて実感するね。まぁお昼ご飯を抜いてまで味わいたいものではないけど。

 あれ、そういえば、なにかの途中だったような——あ。


「ふぉええ、ふぉお、いふぁいふぁんふぁ——」


「いや、なに言ってるか分からないから。……はぁ、食べ終わってからでいいわよ」


 おっと、美味しそうな料理がでてきたと思ったら、いつの間にか話を中断して食べ始めてしまっていた。

 でも今日は大変だったし。今日くらいは許してほしい。


 今朝ぶりのご飯は格別だった。やっと人心地ついたよ。

 そして私が優雅に食後のお茶を飲んでいると、間もなくソフィも食べ終わるみたいだ。


 さて、じゃあさっきの話の続きをしなきゃだよね。

 でも実は、ご飯を食べ終わって温かいお茶を飲んでるころから、私に異変が起き始めてるんだよね。

 どうしよう——眠い。

 お腹いっぱいになって眠くなるとか子供か! と自分でもツッコミたくなるけど、思い返せば今日も内容の濃い一日だったし、やっぱり主に精神的に疲れたんだと思うよ。仕方ないよ。


 でも、ソフィは私が話し始めるのを待ってるみたいだし……。

 とりあえず一番大事なとこだけ話そう。


「ええと、依頼は終わったよ。あと、はい、これ返すね。本当に助かったよ。ありがと」


「え?」


 ソフィにお金を返す。

 十日分の宿代と数日分の食事代等として借りていたものの全額だ。

 服屋さんで少し使っちゃったけど、それでもまだ私のお金は少し残る。明日からも大丈夫。

 晴れて借金生活からの脱却だよ。


 よしっ。


 私は立ち上がる。

 じゃあ、あとはお風呂に入って寝るだけ——


「ちょっと、どういうこと? どうしたの、このお金。それに依頼は終わったって。というか、どこ行くのよ?」


 ……それはそうなるよね。

 でも眠い。私をお風呂に行かせてほしい。

 こうなったら……


「ソフィもお風呂まだでしょ?」


「え? ええ、夕食をいただいたら入るつもりだったけど」


 これは都合がいい。


「じゃあついでだし、お風呂に入りながら話そうよ。それにいつまでもここにいるとほかのお客さんに悪いし」


「それは、構わないけど。別にそんなに混みあっていないから大丈夫よ?」


「いいからいいから、ほら行こうよ」


 何気に私から一緒にお風呂に入ろうと誘った形になったけど、もうなんでもいい。


 私もソフィも特に部屋に戻る必要はなかったのでそのままお風呂に向かう。

 よかった、今日も貸し切りだ。


 ささっと体を洗って湯舟に浸かる。


「っはぁー。やっぱ日本人はお風呂だよー」


「ニホンジン? ってそんなことより、いつになったら話してくれるわけ?」


 ソフィが少しだけむすっとしたように聞いてくる。

 だよね。さすがに説明を後回しにしすぎたね。

 でも私も顔を濡らしたら多少目も覚めたみたいだ。まだ眠いけど。


「あー、ごめんごめん。今日の話だったよね。さっきも言ったけど依頼は達成したよ。さっき返したお金はその報酬から」


「依頼って、私がいるときに選んだ依頼?」


「そうだよ。レオの群れ討伐」


「達成したの?」


「うん」


「どうしてよ!」


 うわ、びっくりした。急に大きな声をださないでほしい。

 でも今日のあれこれを思い出せば、ソフィがなんで驚いているかはさすがに分かってる。

 そして今更ソフィに隠すことはなにもない。


 どうやってビースクまで往復したのか、魔力での身体強化のこと、討伐の報酬と素材納入の報酬でお金ができたことをざっと話す。


「——まぁこんな感じかな。明日からも依頼受けるつもりだから、とりあえずお金の心配はなさそうかな」


「リコならすぐに返してくると思ってはいたけど、予想よりずっと早かったわね……。昨日の今日よ? もちろんあげたつもりだったから、返してもらわなくてもよかったんだけれどね」


 でた。ソフィのお人好し。

 宿屋の十日分って結構な金額だよ? 出会って一日二日の人にポンとあげるものじゃないって。


「でも、ソフィがいなかったら多分行き倒れてたよ。本当にありがとね」


「リコならそんなことなかったと思うけど。ま、役に立ったならよかったわ。それよりも……魔力で身体強化ってなんなの?」


「ソフィはできない?」


「できないわよ……。というか、そんなの聞いたこともないわ。それでビースクまで数時間で往復とか……。でたらめすぎよ」


「そうみたいだね。私もそれは実感したよ。アネットさんとか全然信じてくれないんだもん」


 そのおかげでお昼ご飯を食べ損ねたし。

 アネットさんがさっと受付して報酬を渡してくれれば、あんなに時間がかかることはなかったよ。


「アネットさんは常識人なんだから、あんまり驚かせるんじゃないわよ」


「あー、報告板が壊れたとか言い出して大変だったよ」


「アネットさんならそんな反応になりそうね。でもどうやって信じてもらったの?」


「うん、なんかギルドマスターに呼ばれてね、正直に話したらちゃんと依頼は達成扱いにしてくれたよ。走っていったっていうのは信じてなかったみたいだけど。あ、そういえばランク上げられちゃったんだった。Eになったよ」


 マイデルさんの話をしてたらふと思い出した。

 そして当然ソフィもギルマスのことは知ってるようだ。


「そう。ランクが上がるのも予想より早いわね。でも今まで登録当日にランク上がった人なんているのかしら。ま、今更驚かないけど。それより、リコもマイデルさんに目をつけられちゃったみたいね」


「そうなのかな? 別に上げなくていいって言ったんだけど、ギルドマスター権限とか言って強引に上げられちゃったんだよね」


「あー、その感じすごくわかるわ。私もランクCに上げられたときそんな勢いだったから。あの人、なんでも即断即決で、やり方も強引なのよね。優秀すぎるが故に、なんでしょうけど……ああ見えて」


 へー、優秀すぎるなんて言われるほどなのか。

 たしかに話が早かったし、やたらと鋭いところもあった。

 ソフィの言う通り、本当に、ああ見えて、だけど。人は見かけによらないね。


「一応、悪い人じゃないのは保証しとくわ。今はリコの力の全部がわかってるわけじゃないと思うけど、もしあなたの異常さを知ったとしても、無理やり依頼を押し付けてきたりはしないはずよ。そんな強制まがいのことをしたら、どれだけ自分の首を絞めるか知っているでしょうし。今回ランクを上げたのは、さっさとランクの枷をはらって、リコに自由に依頼を選んでほしいからってとこね」


 ソフィがそう言うなら、ちょっと安心だ。

 もし色々ばれちゃってもそんなに気にしなくてもいいのかな。


 それにしても若干ギルマスの思惑通りになってる感がある。

 ランクがEになってDランクの依頼まで受けられるようになったわけで、実際明日にでもDランクの依頼はどんなのがあるか見てみるつもりだったし。

 まぁ必ず依頼を受けないといけないわけではないからいいけど。


「でも、万が一、彼女がリコを指名して依頼するようなことがあったら、それは緊急事態と思ってもいいかもね」


 そんな事態は起こらないでほしいよ。


「わかったよ。まぁギルマスはいいにしても、いきなりEランクに上がって悪目立ちしたりしないかな?」


「え?」


「え? ……なに?」


「いや、今更何を言ってるのよ。そんなこと気にしてたの?」


「ええ!? ソフィだって言ってたじゃん! なるべく目立たない方がいいって!」


「それは言ったけど。冒険者になるって言いだしたあたりから、強さについては隠すつもりないのかと思ってたわよ。だいたい、あなたが冒険者になったら目立つのは避けられないでしょう? ずっとFランクの依頼を受け続けるわけにもいかないでしょうし」


 ええええ。

 そりゃずっとFランクでいるつもりはなかったけど、依頼を規定回数こなしたりして目立たないように地道にやっていこうとは思ってたのに。

 ソフィには全然そのつもりがなかったから、新人冒険者が一人で受けるのは一般的ではなさそうなあの依頼を受けるのも止めなかったのか。

 なんてこった。ソフィは味方だと思ってたのに。


「……ソフィの裏切り者」


「どうしてよ。ま、でもキングレオを倒したってわけでもないし、今の時点ではそこまで心配する必要はないんじゃないかしら。もちろん、今回の依頼の成り行きを知ってるギルマスやアネットさんについては完全にアウトだけど。わざわざ言いふらしたりはしないわよ。今後については……あなたの行動次第ね」


 たしかに言われてみれば、これから冒険者をやっていく上で、多少は仕方ないのかもしれない。

 これからも一人で、それこそ今回より難易度の高い依頼を受けることになるんだろうし。あ、一人でっていうのはパーティを組めないからじゃなくて一人が好きだからだよ。

 本当に全く目立たないようにするんだったら、ずっと草むしりでもしてるしかない。

 その辺はある程度割り切って、キングレオ討伐とか異常なものだけはなんとか隠していくしかないかな。あとは治癒魔法とかもかな。


 あっ。

 そういえば、その異常な成果であるキングレオ討伐すらジョシュアさんにばれたんだった。

 もう先行き不安すぎる。


「……そのキングレオのことなんだけど。職人ギルドの人に知られちゃったんだけど」


「え!? ちょっ、なに? 目立たないようにとか言っとおいて、職人ギルドに素材を売りに行ったの!?」


「ち、違うよ! さすがにそこまでバカじゃないから! 職人ギルドにレオの納入しにいったときにちょっとした手違いがあってね。ジョシュアさんって人に見られちゃったんだよ」


「あ、ああ、そういう……。ジョシュアさんね。私もお世話になってるわ。知られちゃったのはジョシュアさんだけなの?」


「うん。一応ほかの人に言わないようにお願いしたんだけど」


「それなら大丈夫よ。ジョシュアさんは信用できるわ。むしろ今後のことを考えると都合がいいんじゃないかしら。リコが魔物を持っていくことも増えるだろうし」


 本当にいいおっちゃんらしい。

 でも、あんなことが二度と起こらないように気をつけないと。


「それにしてもジョシュアさんでよかったわね。マイデルさんにでもばれたら、一気にBランクくらいまで上げられかねないわよ?」


 ソフィも私と同じこと考えてるし。


「うん、気をつけるよ」


 話すのに夢中になっていたらいつの間にか結構な時間お湯に浸かっていた。

 のぼせてはいないけどポカポカだ。また眠たくなってきた。

 でも、まだまだ話したいことがある。こんなにいっぱいしゃべったのに。

 今日ソフィは何してたのかとか、『収納箱』の時間停止疑惑とか、どうやってレオと戦ったのかとか、昼食抜きになったこととか。


 ……もしかしたら友達ってこんな感じなのかもな。


 でも今日はもう——


「リコ? なんかすごく眠たそうね。そろそろ上がりましょうか」


「んー」


 ソフィの言葉に素直に従ってお風呂から上がることにする。


 ぼんやりしながら体を拭いて、今日買ったばかりの寝巻を着る。眠たい。

 洗濯は……明日の朝でいいか。どうせすぐ乾くし。眠たい。

 でも、髪の毛は乾かさないと。めんどくさい。眠たい。

 それじゃ、右手から温風をだして——あ、ソフィはこの魔法使えないんだよね。


「ソフィー、髪、乾かすから、ここ、座ってー」


「今日はいいわよ。自分のだけやっちゃって、早く寝なさいな」


 ソフィも髪乾かすの大変だろうに。

 でも気を使ってくれているのが分かってちょっと嬉しい。


「んー、じゃあ部屋でやるー」


 そして昨日と同じように部屋の前で別れる。


「おやすみ。ちゃんと乾かしてから寝るのよ?」


「んー、おやすみー」


 ヤバい、ベッドを見たらもう限界だ。

 でもまだ倒れこむわけにはいかない。

 とりあえずベッドに座って髪を乾かそう……と、そこで私の意識は闇に飲まれていった。


 あ、ある程度は乾かせた……んじゃないかな。


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