24. 残念美人さんは強引だった
「リコさん。お待たせして申し訳ございませんでした」
やっとアネットさんが戻ってきた。
でも、ギルマスは一緒じゃない。
「大変お手数なのですが、奥の方までお願いできますでしょうか?」
えぇ、こっちから行くのか。
疑問形で聞いてるけど、まだ依頼達成の報酬もらってないし拒否権ないよね。もう。
仕方なく立ち上がると、アネットさんもカウンターから出てきて先導してくれる。
奥に続く通路を歩き、途中にあったいくつかの扉を素通りして、目的の扉の前で立ち止まる。
アネットさんがノックして中へ声をかける。
「ギルマス。入ります」
部屋は広めに作られており、応接室にあるようなローテーブルと向かい合わせでソファが置かれている。そして正面奥に執務用の大きなデスクがあり、デスクには書類がうず高く積まれている。
部屋の主の姿が見えないけど、魔力反応で書類の壁の向こうにいることが分かる。
「おー。アネットー、ご苦労様ー」
間延びした声がしたと思ったら、書類の山が動いて、その間から女の人の姿が見えた。
って、女の人? なんとなくのイメージだけど、ギルドマスターっていったら、体格がよくて見るからに強そうな男性だと思ってた。
ギルドマスターはソフィより年上なことは間違いないけど、かなり若く見える。
赤いショートの髪が特徴的な美人さんだ。
ただ、美人は美人なんだけど、せっかくの髪はぼさぼさだし、白いシャツを腕まくりしてるし、胸元のボタンは空いてるしで、すっごくけだるげに見える。机の上の整理されていない書類の山といい、もしかしてこの人、いわゆる残念美人さん?
「はい、リコさんをお連れいたしました。それでは私は仕事に戻りますので」
「うん、お願いねー」
アネットさんは一礼すると、すぐに出ていってしまった。
私とギルドマスターの二人きりになる。
「リコ、だっけー? とりあえず座りなよー」
ソファを指さして言うので、特に逆らわず座ってみる。
おお、かなりふかふか。さすがギルマス部屋。
「あたしはマイデル。ガザアラス支部のギルドマスター。一応、このギルドで一番偉いからー。よろしくー」
マイデルさんは執務机に座ったまま話を始めた。
なんというか、ゆるい話し方をする人だな。
「リコです。よろしくお願いします」
「うんー。でー、さっそくなんだけどー。アネットから聞いたよー。数時間でビースクまで行ってー、レオの群れを倒して帰ってきたってホントー? しかもー、その依頼を受ける前に冒険者登録したばっかりのFランクでー?」
やっぱり信じてもらえないのかな?
もうこの際、信じてもらわなくていいから依頼達成扱いだけしてほしい。
「本当ですけど」
「まー、そーだよね。報告板にそー出てるんだもんねー。アネットは報告板が故障したかもとか言ってたけどー、そんなことあり得ないからねー」
お? この人は信じてくれそうかも?
「でもー、信じられない気持ちもわかるよー。だってー、あたしでもそんなことできないもん。というか他に誰もできないと思うしー」
「そうなの?」
「うんー。一瞬でレオの群れを殲滅するくらいなら誰でもできるけどー。ビースクまで数時間で往復は無理ー。馬の速さどころじゃないよー。どーやったのー?」
「普通に走っていったんだけど」
正確にはジャンプだけど。
「あっはっはー! 走って! まー、別に言いたくないならいいよー。だいたい他人のスタイルとかー、魔法とかを探るのはマナー違反だしねー。ごめんねー」
なんかマイデルさんにウケたみたいだ。別に冗談を言ったつもりはないんだけど。
マイデルさんには、本当のことを言いたくなくて嘘をついたと思われたらしい。まぁそれならそれで特に問題はないよ。
でも、無闇に他の人の能力を詮索しないみたいなマナーがあるんだね。なら、他人から色々聞かれることも少ないかもしれない。
「えっと、じゃあ依頼は達成ってことでいいんだよね?」
「もちろんだよー。もう達成報告の処理は終わってるからー、報酬はあとでアネットから受け取ってねー」
私のギルドカードをひらひら振りながら言う。
マイデルさんが持ってたのか。
じゃあ、あとは報酬受け取るだけで終わりだね。でも、これだけならアネットさんで対応終わった気がするんだけど。なんでここに呼ばれたんだろ。
まぁ終わりがよければいいか。いい加減空腹も限界だし、早く帰ろう。
「あ、ところでー。アネットがちらっと言ってたんだけどー、何体かレオの納入もしたいってー? 職人ギルドからの常時依頼のだよねー?」
ギルドカードを受け取るために立ち上がろうとしたところで、マイデルさんが聞いてきた。
まだ話は終わっていなかったらしい。
「Fランクの依頼だけど。職人ギルドからの依頼かは知らないよ」
「うんうんー、間違いないよー。ちなみにー、何体かって何体なのー?」
ごまかしても仕方がないので素直に答える。どうせあとで出さなきゃいけないしね。
「三十体だけど」
「さ、さんじゅー!? えー、どーやって運んでくるのー?」
ん? これから運んでくると思ってるのかな。
「もう運んできたよ。というか『収納箱』の中に今持ってるんだけど」
「……あっはっはっはー! 本気ー!? って、ここで嘘つく理由なんてないよねー。でも『収納箱』にレオ三十体ってあり得ないよー。いやー、ソフィアのやつ、ホントーに面白い子を連れてきたもんだよー。あっはっはー」
爆笑している。
でも一応信じてくれているみたいだ。
信じられないことでも、信じざるを得ない状況ならすぐに受け入れることができるのはすごいことかも。こういうの器が大きいっていうのかな。
「じゃあギルドカードを返して——」
「うんうんー、これなら依頼達成回数も十分だねー。リコー、君は今日からランクEだよー。おめでとー。ああ、冒険者自体も今日からだったねー」
「……はい?」
何を言ってるのか、この人は。
ランクE? つまり一つランクが上がった? 今日、冒険者登録したばかりなのに?
というか、いきなりランクを上げられるのはマズくない? 目立たず地道にやっていくつもりだったのに。
「少し待ってねー。今からあたしがカードの書き換えしてあげるからー」
「ちょ、ちょっと待って! なんでランクが上がるの? 依頼一回達成しただけだよね?」
「レオの納入も達成でしょー。しかも三十体もー。一体ごとに一依頼としたら三十回依頼達成だよー」
「う。で、でもFランクの依頼を三十回達成したくらいでランクが上がるの?」
「いやー? 普通は上がらないよー?」
「えぇ……。じゃあなんで?」
「ランクが上がるのはー、依頼を規定数達成したときもあるけどー。もう一つ上がる場合があるんだよー? 知らなかったー?」
知らないよ。アネットさんが説明してたのかな?
「それはー、ギルドマスター権限! といっても乱用はできないしー、周りの目もあるからー、使いどころは難しいんだけどねー。でも今回だとー、総依頼達成回数も三十一ってことになるしー、そんなに文句は言われないでしょー」
「……もしレオの納入をしなかったら?」
今は報酬がほしいし、そんなことをするつもりはないけど。
いきなり強引な話だったから、ちょっと抵抗したくなって聞いてみた。
「なにー? ランク上げたくないのー? うーん、でももし納入しなかったとしてもー、ランクは上げさせてもらうよー。周りの説得がちょっとめんどくさくなるけどねー。えー、ちなみになんで上げたくないのー?」
どっちにしても私の運命は変わらないらしい。なんてこった。
「……だってあんまり目立ちたくないから。登録初日にランクが上がるなんて、あんまりないんでしょ?」
「あんまりどころか全く聞いたことないねー。えー、それからー、目立ちたくないっていうのはー、本気で言ってるー?」
「本気だけど」
「はぁー。残念ながらもう遅いよー。あのねー、一応今後のために忠告しておくけどー。本気で目立ちたくない人はー、まず冒険者になった瞬間にEランクの討伐依頼を一人で受けないしー。日を跨ぐような依頼を数時間で終わらせたりしないしー。レオを一気に三十体納入しよーとなんてしないんだよー?」
「……」
今回は早急にお金が欲しかったから。
それになんといっても、この世界の常識について無知すぎたからだ。そこまで無茶なことをしているつもりじゃなかったよ。
そもそもなんでこんなにランクを上げたがるんだろ。わざわざギルマス権限で。
「あー、なんでこんな強引にランクを上げようとしてるか疑問に思ったー?」
鋭い。話し方はゆるいのに。
それとも表情にでてたのかな。
そして私は何も答えていないのにマイデルさんは続ける。
「それはねー、ギルドとしてはー、基本的に冒険者にはー、さっさとランクを上げて高ランクの依頼を受けてもらいたいもんなのー。あ、だからと言ってー、もちろん実力もないのに無茶な上げ方をしたりはしないよー。でも君はー、少なくともEランクの依頼なんて楽勝っぽいしー、私の見立てではー、Dランク、いやー、Cランクくらい簡単にいけそうな気がするんだよねー。まー、君がどんな特技を持ってるかは知らないからー、なんとなくなんだけどねー。というわけでー、君にはいつまでもFランクの草むしりなんてやっててもらいたくないのー。わかってくれるー?」
理屈は分かるけど。
冒険者なんていっぱいいるだろうに。今日登録したばかりの新人冒険者のことなんて、できれば放っておいてほしかったのが本音だ。
でも、もう何を言ってもどうにもならなさそうだね、これ。
諦めて頷いておく。
「ありがとー。意に沿わない形になっちゃってごめんねー。って本来はー、ランクが上がるのってー、冒険者にとってもメリットしかないはずなんだけどねー。ほい、じゃー、これ返すよー」
マイデルさんからギルドカードを受け取る。
ランクのところがEになってる。仕事が早いね。
でも今度こそマイデルさんの話は終わりだよね。
なんか精神的に疲れた。早く帰ろう。
「それじゃ、失礼します」
そういえばギルドマスター相手なのに言葉遣いとかすっごい雑だった気がする。
……まぁいいか。マイデルさんは、なんというか、そんな感じだし。
「うんー、ご苦労様ー。ウチとしてはこれからDランクの依頼とかポンポン受けてもらえると助かるよー。ああ、あと忘れずにアネットのところに寄っていってねー。よろしくー」
「わかりました」
そうだった。まだ報酬受け取ってなかった。
このまま帰ったんじゃ、何をしにきたかわからないよ。
ようやくギルマス部屋を出ることができた。
できればここにはもう来たくないもんだね。




