10. 目覚めが悪くても、その日が悪い日になるとは限らないよ
※5/2誤字、抜け字修正
あれ?
私、今なにしてたんだっけ?
ここは——ああ、そうだ。
近所のコンビニに行くところだったんだ。
まだ家から出たばかりで、周りは住宅ばかりだ。
すでに辺りは暗くなっていて、ほとんどの家から電気の明かりが漏れている。
この住宅街を抜けると、すぐコンビニに着く。
この辺りは街灯も少なくて夜はそれなりに暗いけど、もちろん歩けないほどじゃない。
あ、ほら、ちゃんと正面からきた人も見えてるし。
大柄だから男性かな?
どことなく足元が覚束ないように見えるから酔っぱらってるのかも。
私は高校生にしては身長も小さいためか、普段から大柄な男性には少し恐怖心を覚えてしまう。男性だからどうだとか、大柄だからこうだなんてのはないのは分かっているんだけど、怖いものは怖いんだから仕方ない。
なので道の端っこに寄って、なるべく距離をとるようにする。
といっても、そんなに広い道じゃないから、すれ違う時には2,3メートルくらいの距離しかとれないけどね。
でもその距離はその男にとっては、あってないようなものだったらしい。
もうすぐすれ違うかな、と思った次の瞬間。
私は右肩を掴まれてコンクリート塀に押し付けられていた。
何が起こったかわからない。
いつの間にか振り上げられた男の右手にはナイフのような刃物が握られている。
え? なにが——
ナイフが勢いよく振り下ろされ、
それは私の胸に——
「————っ!!」
「きゃっ!?」
飛び起きると最初に目に入ったのは驚いたような女性の顔だった。
……あれ?
「ちょっとびっくりさせないでよ、リコ。……リコ?」
首を傾げて私の名前を呼ぶこの人は——ソフィだ。
そうだ。なぜか異世界に来たんだった。
そして私は当然生きている。
念のため胸に手を当てて確かめてみるけど傷一つない。
「……夢かぁ」
無意識に大きなため息をついてしまう。
なんでこの世界に来た初日にあんなのを見てしまうかな。
夢だけど、夢じゃない。
あれは私の記憶だ。
私が九條璃子として生まれる前の私の記憶。
私は一度死んだことがある。
でも九條家に生まれる前、その人物だった頃の記憶は朧げにしか残っていない。
私は今16歳だから、既にそれ以上の年数が経っているからね。
ただ、あの日のことだけははっきりと覚えている。
夢にも出てきたあの住宅街。
あの道路。
あの男。
そして振り下ろされた腕が——
「——リコ!」
「……ソフィ?」
私を呼ぶ大きな声が聞こえて、いつの間にか閉じてしまっていた目を開けると、ソフィが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あー、うん。大丈夫。……なんか変な夢見てたみたい」
「夢? どんな?」
「……忘れたよ。でもただの夢だし、もう大丈夫だから。あ、ソフィ、おはよう」
これ以上ソフィに心配かけてばかりいられない。
今更だけど朝の挨拶をしておく。
「え? ああ、おはよう? ……ま、平気ならいいけど。さっきは驚いたわ。リコったら、起こそうと思った瞬間に前触れもなく飛び起きたんだから」
「ごめんね」
「構わないわ。起きたのなら、今日も一日歩き詰めだと思うし、早めに出発しましょう」
「うん、わかった」
久しぶりに嫌なことを思い出しちゃったけど、今は目の前の現実の方が大事だよ。
あり得なさでいえば、生まれ変わることと同じくらいの事態が、今現在私の身に起こってるんだから。
改めて周りを見る。
そうそう、ここは草原のど真ん中だった。で、近くの街に徒歩で向かっている途中だ。
今は太陽の位置からして日が昇り始めたくらいかな。
普段から起きるのが遅い方ではないけど、日の出と同時に起きる習慣はさすがにない。でも昨日は早く寝たからか、眠気は感じないね。
毛布を取り払い起き上がる。
あれ? 全然体痛くない。固い地面に寝たら全身痛くなったりするもんだと思ってたのに。よかったよ。
それから美味しくない朝ご飯を食べて、すぐに出発することになる。
うへー。また何もない草原を歩け歩け大会かー。ソフィに聞きたいことはまだまだいっぱいあるからいいけど。話し相手がいなかったら発狂してたかも。
野営をするために街道を逸れていたので、まずは街道との合流に向かう。
そんなに離れてはいないのですぐに見えてきた。
あっちが街方面だよね。やっぱりまだまだ草原だぁ。
長い道のりを想像してため息が出そうになったその時。
「——ん?」
魔力の反応がある。方角は街方面とは逆だ。割と近い。この距離まで分からなかったってことはあまり強い反応じゃないのかな。
ソフィより一歩先んじて街道にでて、反応のある方向へ目を凝らす。
あっ、小さくなにか見える。しかも反応からすると——こっちに向かって来てるよね?
「リコ? どうしたの?」
「向こうからなにか来てるよ」
「え、本当!?」
ソフィもすぐに私の隣にやってきて、私の視線の先を追う。
「あれは……もしかして馬車かしら? まさかまたキングレオとか言わないわよね」
「キングレオの反応より全然弱いよ」
「反応? ああ、そういえばキングレオのときも姿が見える前から気配が迫ってるとか言ってたわね。そんなのわかるの? え、じゃああれも魔物ってこと?」
そうとは限らない。魔力の反応は魔物以外からもするから。例えばソフィとか。
というかわざわざ街道の上をこんな一定の速度でのんびりと移動する魔物なんているの?
「馬車じゃない? 多分だけど」
「本当に? それならこっちに来るまで待ってみましょうか」
ソフィはどこか嬉しそうに言う。
そりゃそうか。ソフィは歩くことに文句は一つも言っていなかったけど、あと二日、ひたすら歩き続けるのと馬車にただ乗っていれば一日かからずに着くの、どっちがいいっていったら後者に決まっている。
疲れないし、時間の無駄もなくなるし、一石二鳥だ。
私としてはとにかく野営はしたくないし。
だんだんと近づいてきたそれは私たちの期待通り、馬車だった。
でも突然お願いして一緒に乗せてもらえるものなの? と疑問を浮かべたところで、
「あっ! あれパブロの馬車だわ。運がいいわね」
「パブロ?」
「行商をやってる変な男よ。変って言ってもいい人ではあるから絶対乗せてくれるわ」
変なのにいい人ってどういうこと?
そしていよいよ馬車は目と鼻の先まで近づいてきた。
御者台に男が座っている。
「パブローっ!」
ソフィが大きな声で呼びかける。
男は馬車を止めると御者台からすばやく降りてきた。
多分20歳は超えてると思う。身長はそこそこ、少し黄色がかった髪とあまり特徴のない顔。そしてこの世界で初めて見た武装してない人だった。
「っと、誰かと思ったらソフィアじゃねえか。こんなところでお散歩かよ」
「そんなわけないじゃない。私が降りてる時に馬の制御が聞かなくなってね、私を置いて馬車が先に行っちゃったのよ。だから仕方なくガザアラスまで徒歩で戻ろうと思ってたの。そこへ丁度よくあなたの馬車が通りかかったってわけ」
「ほー、そりゃ災難だったな。でも、そのまま置いてけぼりにされるとか、お前仲間からいじめられてんのか?」
「なんてこと言うのよ! 護衛対象が乗ってたから、引き返してくるわけにもいかなかったのよ。ってそんなことはいいから。あなたもガザアラスに戻るとこでしょ? 一緒に乗せてよ。もちろんお金なら払うわ」
なるほど。深く考えてなかったけど、ソフィの仲間? もいたんだよね。クインレオが現れたとき馬が暴れて先に行っちゃったけど。ソフィを助けにその仲間たちが引き返してこないのは護衛任務中だったからなんだね。そりゃ魔物が出たから馬が逃げ出したのに、わざわざ危険な場所に戻ってくるわけもないか。護衛中ならなおさらだ。
それにしてもこのパブロって人、ソフィよりも年上っぽいのにソフィはタメ口でしゃべってるな。ソフィって私と違って他人に対する態度とかしっかりしてるイメージがあったんだけど。最初私に話しかけてきたときも、どう見ても年下の私相手でもすごく丁寧だったし。
まぁパブロもパブロで、あまりお口がよろしくない様子だからいいのかな。
「なんじゃそりゃ。この街道に魔物でも出たみたいな言い方じゃねえか。まぁいいぜ。乗っていきな。あと金なんかいらねえよ。どうせ俺も街へ戻るとこだったんだ。ついでもついでだ」
「そう? じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
それからソフィが私の耳元に顔を近づけてささやく。
「ね? 商人のくせに変なやつでしょう? お金はいらないだって」
ソフィはクスクス笑っている。
商人って言ったらお金にはすごく細かいイメージがある。なのに、こっちから払うって言ってるのにわざわざ断るなんて確かに変な人かもしれない。でもソフィの言った通りいい人っぽい。
ここでパブロが初めて私に視線を向けた。
「それでそっちのかわいこちゃんも一緒に乗ってくのか? ……というか誰だ? ソフィアの——使用人? なわけねえよなあ。お前冒険者だもんな」
「使用人って。もちろん違うわよ。この子はリコ。私の……友人よ。ちょっとおかしな格好してるけど」
友人!? 私とソフィはいつの間にか友達になっていた!?
い、いや、それ以外に説明しようがなかっただけだよね。身元不明の少女を草原の真ん中で拾いました、とも言えないだろうし、うん。落ち着け、私。
というか、私の一張羅はこの世界じゃ使用人に見えるのか。しかもソフィからもひどい言われようだよ。こんなに機能美にあふれた最高の衣服なのに。
「そうか。まぁなんでもいいけどよ。俺はパブロ、行商をしている。よろしくな、リコとやら」
「リコです。よろしくお願いします」
これからお世話になる人だ。一応丁寧にペコリと頭を下げる。
「あら? リコが借りてきた猫みたいだわ。パブロ相手に。ふふっ、ふふふふっ」
なんだこいつ。せっかく丁寧に挨拶してるのに水をさしてきた。
しかもめっちゃ笑ってるし!
あとこの世界に猫っているのか。
「あん? なんだ、気なんか使ってるのか? 別に普段通りでいいぜ。そこのソフィアだって俺より年下のくせにあんな態度だし、俺も堅っ苦しいのは苦手だ」
「あなたもう30だもんね」
「俺はまだ29歳だっつーの!」
……うん。この人は本当に堅苦しいのが苦手なんだろう。
ここまでのやり取りでよくわかった。なら私も普通にさせてもらおう。
「わかった。それじゃあ改めてよろしくね、パブロ」
「おう。そんじゃあ乗りな」
こうして人生で初めて馬車に乗り込むことになったのだった。




