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人形姫の物語  作者: 夕鈴
本編
5/11

最終話 人形姫の心

時は遡る。

アルの誕生日に尊厳を無視した選定イベントが設けられることが決まった。

王配を選ぶのは国を継ぐものの権利である。

それは王族だけでなく、貴族も知っていることである。

感情はもちろん、言葉も話さない人形姫の心情より経済効果に目を向ける者がほとんどである。


「お母様が決めたことだもの。国が潤うならいいんじゃない?」


数少ないアルの心を優先したいイーサンをお茶の相手に付き合わせているルアは呆れた顔で流す。


「欲まみれの男がアルのパートナーでいいのか!?」

「難しいことはわからないわ。不満ばかり口にする暇があるなら行動する方が賢明じゃない?お忙しいお姉様やセオドアと違って、暇なイーサンには私のお茶の相手くらいしかできないかぁ。私はイーサンなんかじゃなくてお姉様と過ごしたいのに…」


姫らしくなく、イーサンを嘲笑うルア。

王族らしくルアは秘密をもっている。

人形姫と呼ばれるアルはルアよりもたくさんの秘密を持っている。

ルアは姉がどんな秘密を抱えていても、大好きな気持ちは変わらない。

イーサンがどうかは興味がない。

今頃言葉の通り飛び回っている姉姫を思い浮かべ、目の前の情けない幼なじみで憂さ晴らしをするルアを止める者はいない。




「どんどん参加者が増えていくなぁ」

「参加料をとれば、儲かるのに王家は何を考えているのだか」

「金のない平民のための無償で観覧できる映像モニターを設置するらしい。お優しいことで」


アルの最大の秘密の一つは人間嫌いである。

人間嫌いのアルは人の欲深さをよく知っていたので、目の前の光景に落胆することはなかった。

王配という未来の支配者になるかもしれない存在に興味を抱くのは当然のこと。

人の好奇心を刺激するだけ刺激して、発散させないのはよくないことである。

余計な争いを起こさず、貧民でもお祭りを楽しめるように利益にならない準備のためにアルは動いている。

貪欲な者達が経済を潤すために精力的に動いている。売上の一部は税金として納められるので赤字になることはない。

そこは女王や宰相が調整するのでアルは介入するつもりはなかった。


双子の生誕祭が近付くにつれどんどん増えていく参加者達を無感情の瞳で見下ろしていた。

そんなアルは新たに追加された参加者に目を丸くした。

何を考えているかわからない、何も考えてなさそうな人形姫と囁かれるアルにも夢がある。

アルが描きたい未来が崩される不穏な種の対処に動き出すことを決めた。






アルにとって迷惑な選定イベントはかつてないほど賑わっていた。

高貴なお客様も多く、アルは王国で一番高い時計台の屋根から警備の確認をする。

王都中にはアルの転移陣が仕掛けられており、転移陣を通せばアルが付き添わなくても人を転移させられた。だから悪人を地下牢に転移させるだけなら簡単である。

目隠しの魔法で配置したカメラが所々に仕掛けられており、異常があればアルが感知できるようになっている。カメラを開発し、プレゼントしたのはアルの秘密の幼なじみの帝国の皇子であることは師匠のセオドアも知らないことである。


アルは転移魔法の使い手なので行きたい座標を思い浮かべればどこでも転移できる。

だから世界中の文化に触れやすく、珍しい物も手に入れやすい。

素性を隠して世界を飛び回っているので王国では知られていない。

他人の気持ちに興味のないアルは気づいていないがファンも多かった。

アルの正体を知るファンはアルの尊厳を無視するイベントに参加することはなく、問題を起こしそうな者がいれば速やかに対処していた。

優秀なお姫様は誰の力も頼らない。

依頼することも感謝することもない。自己満足でアルのために動いていることを理解できる者だけがアルの近くに残っている。アルに近付ける者は少ないので、その立ち位置だけでもアルのファンにとっては価値のあるものだった。


「出場を締め切ります。参加者は武器を持って移動してください」


駆け引きは選定式の前から始まっている。

ルールのないイベントは容易にモラルを捨てさせる。買収される者、薬を盛られた者、さまざまであり、参加者の二割は棄権している。


選定式が始まった。

たった一言のみのルール説明。

アルは選定式自体には関与していない。

アルから見て、選定式と呼ぶのに式らしさの欠片もない野蛮なイベントである。


「力が全てと考える者が多く、嘆かわしい。まぁ力がないよりいいが…。まぁ、ある意味チャンスか」


アルにとって慈愛の塊のセオドアさえも、言葉を濁していた。

未来の女王の伴侶に選ばれるには印象操作は大事である。

ルール無用でも観客を魅了しなくても納得させるくらいの振舞いは必要である。

アル以外誰も素性を知らないジャクソンも今回参加していた。

ジャクソンは戦争が絶えない帝国の出身であり戦の経験も豊富である。


「全ては僕のため。アル様の側にいられる方法を教えてください。答えが見つからないなら見つかるまで側においてください」


帝国出身のジャクソンがアルの側にいるためには隠さないといけないものがあった。

屈強な男達に囲まれているジャクソンは息を乱さず、汗も流さず、冷静に相手を床に沈めていく。

素性を明かさない他国の者を側にはおけないアルのため、王国民の外見に姿を偽り傍にいるジャクソンにアルは時折悲しくなる。


「僕の決めたことは僕の責任です。アル様の肩の荷物を僕が持つのは大歓迎ですが、僕のことは背負わないで」


アルの悲しみを察して自分の決めたことに責任を感じるなという優しさに時々心が揺れる。

ジャクソンの力強い剣と比べ、王国民の剣は軽い。王国の弱さを目の当たりにしてアルは感傷に浸るほど余裕がないと軽く頬を叩いた。

気合いを入れたのが空しいほどアルは目の前の光景に落胆し大きなため息をついた。


「ふざけんな!!」


アルを落胆させ、問題を起こしているのは貴族らしくなく叫びながら剣を振り回している王国で一番力を持つ公爵家次男のイーサンである。

アルはイーサンを認めていた。

最愛の妹ルアがイーサンと過ごすときは姫ではなく、子供のように自由に過ごしていた。

その姿を引き出すイーサンの人となりも信頼していた。

アルはルアの一番のお気に入りのイーサンなら妹を幸せにしてくれると思っていた。

イーサンは公爵家次男なのに貴族らしくない。

単純で善良、正義感もある。

貴族としては稀有で珍しい、妻を大切にして、あたたかな家庭を築けそうな才能の持ち主だとアルはルアの伴侶として最大級の評価をしていた。


「ルア姫殿下との婚約を望んでいるのにどうして参加したんですか?」


ジャクソンを睨んでいるイーサンに変身魔法で姿を変え参加していたアルが静かに問いかけた。

突然始まったルアとイーサンの口論にアルは本気で困惑していた。

野心のない善良なイーサンにルアを娶らせて爵位を与えようとしていた。

アルが用意した自然豊かで豊富な資源を持つ辺境地を与えて、穏やかで幸せな日々を過ごせるように。

ルアにはどこに嫁いでも困らないように花嫁修業だけは完璧にさせてきた。

ルアは我が強く、協調性に欠けるためアルが念話で誘導したり、必要な情報を細かく与えて社交上手に仕立てていた。

アルがルアのフリをしてルアに心酔させた優秀な忠臣と器用で容姿端麗なイーサン達が野心さえ持たなければ領地はつつがなく統治できる。

ルアに難易度の高い社交は難しいので必要のない辺境伯夫人ならつつがなく過ごせるだろう。

ルアのボロがでないようにアルのいない社交の場にルアだけを出すことをアルはしなかった。


「お姉様がイーサンを愛さなくてもお姉様を唯一として愛せるの?お姉様と私以上に愛し合う者は存在しないと思うけど」

「はぁ!?そんなのわからないだろう。今までルアに邪魔されてたが、俺だって」



イーサンの才能をあえて伸ばさなかったのはルアを守り領主にふさわしい能力以外は必要なかったから。

人は優秀な者を蹴落とそうと躍起になるが平凡な者は利用価値がなければ関わらない。

狡猾な兄を持つ高貴な血筋のイーサンが害を与えなければ潰そうとしたり利用しようとしたりする者は少ない。

アルは民の目の前で喧嘩をしているルアとイーサンを眺め考える。

アルはいくら考えても素直に育ちすぎた二人が二人以外とうまくやっていく未来が見えない。

善良な高貴なものは利用されれば大惨事。

無礼講な催しとはいえ二人の喧嘩に周囲の者達は引いている。

妹のためになるようにイーサンの成長を誘導したアルは責任を感じた。


「自己責任です。貴方の所為じゃない。思うようにやってください」


主の混乱に気付いたジャクソンが優しく囁いた。

アルは頷き、二人に眠りの魔法をかけてもともとの計画通り台無しにすることにした。

だがアルの予想は裏切られた。

女王はイーサンとジャクソンをアルの婚約者候補に選んだ。


「私が責任をとるしかない?でも本当の私を知ればイーサンも冷静になるかしら」


悪い魔女に騙された王子様も真実をしればお姫様を選ぶものである。

だがアルの予想を裏切るのはイーサンの十八番である。


「私はルア以外の人は汚く嫌い」

「アルが話した!!ずっと話したかった。アルの話を俺は聞きたい」


目を輝かせ満面の笑みを浮かべるイーサンにアルは困惑する。

イーサンはアルの話が聞きたいというのに、アルの言葉も願いも聞かない。

冷たい態度のアルが何を言っても嬉しそうな顔でうっとりとしている。


「アルがよくても、俺は気に入らない。昔からアルが守られないのはおかしいと思ってたんだ。力があるからって守られない理由にはならない。給金が出ているから義務だろう?」


アルが暗殺者を捕まえたと聞いたイーサンはアルに遅れをとった騎士達を罰した。


「あえて警備の穴と結界の綻びを作り、侵入経路を用意している。侵入経路から侵入した者を僕達が捕らえ、尋問し必要なら始末するので陽動。罠の場所は頻繁に変え、あえてアル様の側まで侵入できるようにしている。不審者が逃げきれることはないので、アル様が餌を撒いていると敵に気付かれることはない。これが一番効率的だ」

「守られるべき王族を囮にしているのがおかしいだろうが。効率的なわけあるか」


ジャクソンがイーサンを止めるがイーサンは頷かず公爵家次男としての権力を行使する。

アルとジャクソンは天才である。天才ゆえに二人で完結してしまうことが多い。

イーサンは秀才だが、かみ砕いて説明されてもアル達の選択を受け入れられない。

効率よりも確実な安全な方法を選択したい。手間がかかっても、アルの手を汚すことはしたくないという考えは効率と結果重視のアルにとって迷惑だった。


「アルの手を使うのは最終手段にするべきだ。力がある者が全てを片付けるなんておかしい」


二人を眺めるアルはイーサンの言葉が本心とわかっているが意味がわからず無言で微笑んでいる。

イーサンはルアと違いアルの意思を尊重してくれないことが多い。

ルアはアルの意思を周囲に伝えなくても、アルの意思を尊重してくれていた。

だがイーサンの悪影響を受けはじめたルアは変わってしまった。


「お姉様ばかり頑張る必要はないわね。イーサン達が頑張ればいいのよ。お姉様のために働けるなんて至高の栄誉よね。失敗すればお姉様の負担が増えるけど、そんなことしないわよね?」


ルアに美しく微笑みかけられ、拒否できる男は少ない。

若い家臣は頷き、免疫のある家臣は目を反らす。

もともと王家中心の統治に不満を持っていた者はルアの言葉に好機と受けとる。

成人したアルは自分でやってしまったほうが早いから自分で行っていた。

アルにとって信頼して任せられる人材は一握り。

特殊な力を持つ女王が中心の統治を学び行ってきたアルは意気揚々と話すルアを見つめた。

ルアが何かを始めたいとアルにお願いするのは初めてである。

ルアのフォローはアルがすればいい。


「双子なんて運がいい。影武者に丁度いい」


魔法を使えないためアルの影武者として育てられたルア。

アルはそんな現実を受け入れたくなかった。

ルアの価値を高められるためならどんなことでもしたいアルはセオドアを見つめるとしたり顔で頷かれた。

アルよりも慈しみを持つ未来の宰相のセオドアが止めないなら悪いことではないだろうとアルは微笑んだ。


「私が誰も選らばなければお姉様の一番は私。お姉様以上の人なんていないんだから、時間の無駄よ。子供達も私が大好きになってくれれば嬉しいなぁ」

「行き遅れの妹姫なんて目も当てられない。本性がバレないうちに」


うっとり語るルアに突っ込むイーサンはヒールで足を踏まれている。

アルはルアとイーサンの相性が悪いことにようやく気付いた。

アルの描いた幸せの形はどんどん変わっていく。

それでも目指すところは変わらない。

ルアが影武者にも政略にも使われないためには平和な統治をアルは目指している。

ルアを囮にしようとする考えが出る前に危険なことは全て片付けると決めている。

世界中では争いがおきているが、巻き込まれないように外交にも手を抜いていない。

縁談はたくさんあるのに、誰も選ぼうとしないルア。

ルアが選ばないならアルはそれでもいいと思い始めた。

ルアが自由に幸せに生きれる国を作るのがアルの夢だから。


「アルの傍に侍る者は居心地が良すぎて、離れていかない。筆頭がルア姫殿下」

「鳥籠の扉を開けているのに飛び立たない鳥のおかげでアル様がどれだけ心を痛めたか」

「次は空に放り投げればいいだろう。アルに飼われたいなら能力を示せと教えてやろう」


夢の実現が第一の美しさを隠す未来の女王様。

いつも微笑んでばかりの人形姫の正体は誰にも助けを求めない、人を助けてばかりのヒーロー気質のお姫様である。

妹の幸せ以外に興味のない鈍感なお姫様は虎視眈々と狙われているのに気付かない。

眩しいほど美しい金髪を隠すお姫様の愛の争奪戦は終わりが見えない。

愛には色んな形がある。

望んだ愛を得ることはとても難しいことである。

愛を手に入れ、満足できるハッピーエンドを手に入れるかは最後までわからないことである。

最後まで読んでいただきありがとうございましま。本編は終わりますが、番外編がありますのでお付き合いいただければありがたいです。

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