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人形姫の物語  作者: 夕鈴
本編
4/11

選定式

王家所有の王都で一番広い競技場は前代未聞なほど盛り上りをみせている。

観客席は満席。

場外広場に大きな映像モニターが設置され、観覧券を手に入れられなかった民は場外広場に集まっている。

王都の宿屋は満室であり、国外からの観光客も溢れている。

謎に包まれている王族を一目見たい者、情報を仕入れたいもの、お祭りを楽しみたい者、儲けたい者、様々な思惑を持つ者で溢れている。

王都で一番高い時計台の屋根の上にローブを着た小柄な者が立ち、人々を見下ろしていた。

時報を知らせる鐘の音が響くとローブ姿の者は消えた。

王都で一番高い場所から見下ろしていた者に気づく者は誰もいなかった。






「ルール無用の無礼講です。初めてください」


大きな競技場に集められた参加者達は宰相の言葉に各々武器を持ち動き出す。

競技場では砂埃が立ち、物騒な音が響く。

競技場は結界で覆われているため観客に被害が及ぶことはない。

マイクやカメラが設置されており、会場の様子を細やかに映像で確認できるようになっている。


会場で一番大きな塊の中心にいるのはジャクソンである。

姉姫の唯一の騎士ジャクソンの存在は王宮では有名である。


「ジャクソンに選ばれてほしい?」


王族席に座っている女王はアルに問いかける。

アルはいつもと変わらない微笑みを浮かべ、席から立ち上がった。


「アル!?」

「お母様主催なので、お姉様の立ち合いは必要ありません。双子姫の生誕祭のイベントなら私がいれば十分です。お忙しいお姉様はどうぞ、行ってらっしゃいませ」


女王がアルを咎める前にルアが愛らしく笑いながら、アルに手を振った。

アルは一礼して、姿を消した。


「あの子は…」

「主催のお母様は勝者を見極めなくてはいけませんが、お祝いされる私達がどうするかは自由ではありませんか?お祝いされるはずのお姉様が警備の手配や会場準備に、忙しくされておりました。当日はお休みをいただいても些細な我が儘ではありませんか」


ルアは母親よりも姉が大事である。ルアが厳しく咎められれば、ヒーローのような姉がなんとかしてくれることを知っているので怖いものなしである。

親子の会話は周囲には聴こえないため、端から見れば王族が微笑み合う麗しい光景である。

だが観客達の視線は王族ではなく、競技場に注がれている。


「アイツを潰せ!!どんな手を使ってもいい」

「剣を捨てれば、好きなものをやろう。後ろ楯のないそなたの味方になってもよい。ジャクソンよ。賢明な判断をしたまえ」


候補者に残れば一番選ばれる可能性があるのはジャクソンと思う者も多く、ジャクソンの排除に動く者達達。

大勢で斬りかかる男達をジャクソンは無言で倒していく。

金、権力、女、どんな提案をされてもジャクソンは躊躇うことなく峰打ちで相手を気絶させている。


「袋叩きなんて恥ずかしくないのか!!正々堂々ならともかく!!姫殿下の大切な者を多勢で傷つけてパートナーに選ばれるなんて矛盾しているだろうが!!」


イーサンは騎士道精神の欠片もない男達に襲われるジャクソンを囲む塊に飛び込む。


「こいつを傷つけても、殿下がすぐ治すだろう。殿下が治癒魔法が使えるからこの大会は無礼講なんだろう」

「ふざけんな!!自分の傷は自分で治せ!!守るべき殿下に甘えるな!!」


大勢でジャクソンを排除しようとしている男達をイーサンが口論しながら斬りつける。

ジャクソンは貴族令息らしくない態度で剣を下すイーサン達に呆れながら無言で向かってくる男達を排除していく。


「加減を間違えるなよ。気絶させればいいだけだ」


叫んでいるイーサンのやりすぎを止めようとジャクソンは冷静に突っ込む。

イーサンとジャクソンを中心に参加者達が倒れていく。

しばらくすると会場に立っている者は3人しかいなかった。


「ルア姫殿下との婚約を望んでいるのにどうして参加したんですか?」


息を整え、睨み合っているイーサンとジャクソンにローブを着た小柄な候補者が声を掛けた。


「兄上のほうがアルのことわかっているし、弟のほうが俺より強い。アルは国ではなくルアを守ってくれる人が欲しいって言ったから、ルアを守ることなら俺にもできるから」

「ふざけないでよ。お姉様のために私を守るなんて馬鹿にしないで。もう一度だけ聞くわ。貴方は女王となるお姉様の隣に立つ覚悟はある?お姉様に何をしてくれるの?」


イーサンの決意に満ちた言葉が終わる前にルアが立ち上がり、厳しい声音で問いかけた。


「何ができるかはわからない。アルは俺より優秀だから。俺がアルを守りたいなんておこがましいのはわかっているよ。でも俺はアルの心を守りたい。アルが国のために自分を犠牲にしないように、アルが望んでないことをさせないように努力したい」

「まどろっこしい。生涯お姉様だけを愛して大切にする自信があるか聞いてるの!!」

「当たり前だろうが!!男たるもの生涯妻だけを愛する努力をするものだろうが。性悪なルアなら努力と洗脳が必要だが、優しいアルを愛するなら簡単なんだよ」

「よくそんなんで私と婚約したいなんて言えたわね。私のほうがごめんよ!!お姉様がイーサンを愛さなくてもお姉様を唯一として愛せるの?お姉様と私以上に愛し合う者は存在しないと思うけど」

「はぁ!?そんなのわからないだろう。今までルアに邪魔されてたが、俺だって」


未来の女王の妹と国で一番力を持つ公爵家の次男が大きな声で口論をしている。

高貴な者らしくない光景だが、ここでは無礼講を宣言されているため咎める者はいない。

口論に夢中なイーサンを静かに見つめるローブの男にジャクソンは近づいた。

ジャクソンは会場に設置されるマイクに拾われない小さな声でローブで全身を覆っている者の耳に囁いた。


「自己責任です。貴方の所為じゃない。思うようにやってください」


ローブ姿の者は頷き、指をパチンと鳴らした。

ジャクソンとイーサンが倒れ、会場に立っているのはローブ姿の者だけ。

ローブで顔を隠している小柄な者は玉座に一礼し、姿を消した。

選考会場には眠っている男達だけであり、意識がある者は残っていない。

審判の宰相が競技場の中心に立ち、声高らかに宣言する。


「第一選考はここまでとする」


観客達は勝者がわからない状況に唖然としている。

王族達が退席し、しばらく経つが観覧席は混乱している。


「賭けはどうなる!?勝率は」




***



勝者不在となったため女王が王配候補に選んだのはイーサンとジャクソンの二人。

姿を消したローブの男を探す者はいたが、誰も情報を掴めなかった。


「二人に覚悟があるなら婚約者候補として受け入れるわ。アルの心を開いた者に婚約者の椅子を与える」

「アル様に望んでいただけるように精進致します」


王配候補者の選定であり、優勝者が王配に選ばれるとは公言されていない。



「大衆の前でアル様への愛を叫び、ルア様を侮辱したイーサンの道はこれしかない」

「ジャクソンの後見はアル様だけだから、貴族達は貴方を推すでしょう」

「ルア姫殿下に振られたから、何も言わないアル姫殿下に責任取ってもらえてよかったね。兄上」


イーサンの思惑とは違ったが、この結果にイーサンの心は踊った。

家族に応援され、女王との謁見を終えた後、イーサンとジャクソンはアルの私室に呼び出された。

ノックを4回してジャクソンはイーサンを連れてアルの私室に入った。


「挨拶もなく、」

「許可を得ている。今は呼ばれているからお前も平気だ。入りたくないなら外で待てばいい」


アルとの距離が近いジャクソンがイーサンは羨ましい。

アルの部屋は壁一面が本棚になっており、見たことのない文字で書かれた本がぎっしり詰め込まれていた。

姫の部屋より学者の部屋のようだった。

簡素なテーブルと椅子が三脚。


「ここに座って待てばいい」


ジャクソンに言われるままにイーサンが椅子に座ると、異臭に顔を歪ませた。

いつの間にか全身を馬糞で汚したアルが立っていた。


「アル!?どうした、いや、」


イーサンが魔法を使おうとすると発動しない。

魔法を諦め、ハンカチでアルの顔の汚れを拭こうとするイーサンにアルがため息をついた。


「私はルア以外の人は汚く嫌い」

「アルが話した!!ずっと話したかった。アルの話を俺は聞きたい」


イーサンは馬糞まみれのアルの声に目を輝かせた。

一切言葉を発しないから人形姫と揶揄られるアルの声を聞いたのはイーサンにとって初めてである。

アルの困惑した顔にイーサンは満面の笑みを返した。


「ずっとアルのいろんな顔が見たかったんだ。アルの視線を独占するルアや動物達が羨ましくて」

「もういい。王配ってどんなものか理解している?」

「もちろん。配偶者である女王のためだけの存在だろう。アルのためだけに生きれるなんて幸せだ」


かつてないほど素っ気ないアルの態度にイーサンは満面の笑みを溢したまま、心底幸せそうに話す。


「私は守ってもらうほど弱くない。だから庇護者も理解者もいらない」

「努力するから、アルの色んな顔を見せてほしい」

「私は王配を必要としていない。話はそれだけ。さよなら」


アルはジャクソンと一瞬目を合わせた。

ジャクソンは素っ気ないアルの言葉に頷き、興奮しているイーサンの腕を掴んで退室した。


「アルはお前に願っただろうが」

「アルの願いはルアがずっと幸せでいること。ルアはアルがいれば幸せだ。ルアはアルが大好きだからアルが幸せになればさらに幸せになる。アルを幸せにすることが、アルの願いを適えることになる。女神のアルを幸せにするなんて、並みの男じゃできないから足掻くって決めた」

「自分勝手な男。アルが」

「俺はお前が妬ましい。だが教えてほしい。アルのことをもっと知りたい」

「俺はアルの願いしかきかない」

「ライバルだが目指すところは同じはずだ。お前も思うところがあるんだろう」


イーサンはジャクソンに手を差し出すが、ジャクソンは嘲笑いアルのもとに戻っていった。

イーサンはずっと詰めたかった距離を縮める道をようやく見つけた。

利用できるものはなんでも利用する気満々である。


婚約者候補に選ばれてからイーサンは自分が思っているよりいろんなものを持っていることに気付いた。


「王配に選ばれるにふさわしい家柄に年齢、健康な体。家の理解、外堀は簡単に埋められそうだ。あとは振り向かせるために足掻くだけだ」

「ルア姫殿下とイーサンはよく似てるよ。まぁ頑張れ」


セオドアは真っすぐ育ってそうで欲に忠実に動き出した弟を面白おかしく鑑賞している。


「王配教育を受ける権利は俺にあるよな。婚約者候補だし」

「必要ありません」

「アルが話してくれるだけでこの立ち位置は美味しい。アルに必要なくても俺にはある。王族は望むままに最高の教育を受ける権利があるだろう?婚約者候補の俺にも適応されるはずた。王配殿下に許可もらってくるよ」


イーサンはアルの話が聞きたいというのに、アルの願いは聞かない。

アルが何を言っても嬉しそうな顔でうっとりとしている。

不満そうに睨むアルの頭をセオドアが撫でるとアルは大きなため息をついて机に顔を伏せた。

何を考えているかわからない人形姫のアルにこんなわかりやすい行動をさせたのはイーサンだけである。


「アルは気付いてないけど、多くの者に蔑ろにされている。だから俺はアルが大事にされるように動く。アルは興味ないだろうし、気にしないだろうけど、俺が嫌だから。アルに治癒魔法を使わせたら爵位剥奪にできないかなぁ。爵位は無理でも罰則くらいなら設けられるか」


王配教育を受けてからイーサンはさらに変わった。王配教育はジャクソンも同席していた。

騒がしいイーサンと違いジャクソンは寡黙を好んでいたが、イーサン相手では無理だった。


「俺、気付いたんだ。美しいアルの中に他の男の最後が残るの嫌だ。アルに見送られ旅立つ罪人も羨ましい。これは罰ではなく褒美になっている。アルの美しい瞳に見つめられながら尋問される奴らも羨ましい。だからさ俺にやらせてよ。アルには他の男のことより俺のこと考えてほしいし」

「アル様は押しつけがましい貴方を迷惑に思われています。アル様から向けられるお心はどんなものでも構わないって、どうかと思いますは」

「ジャクソンって二重人格だよな。ジャクソンも俺と同じだと思ってたんだけど」

「暗部の仕事は暗部に任せてください。王配殿下は暗部出身なので事情が違います。やり方を覚えることまででいいんです。どうか部下を使うことを覚えてください」


教育係達はイーサンの熱意に感心しているが訂正を入れるのを忘れない。

人形のようなアルも、アル第一の寡黙なジャクソンも大臣達は持て余している。

アルの側近になりえるわかりやすいイーサンは貴重な存在である。

全て一人の力で解決しようとする未来の女王の伴侶は下の者をうまく指揮できるものが必要である。

ほとんどの者は知らない、初めての母娘喧嘩からできた溝は一向に埋まらず、広がるばかりである。

アルの心を混乱させているイーサンは一部の者にとっては希望だとはイーサン本人は気づくことはなかった。

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