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人形姫の物語  作者: 夕鈴
本編
2/11

迷走

アルに祝ってほしいと強請るイーサンとの会話を部屋の外で一人の少年が観察していた。

いつも微笑んでいるアルが人の感情の機敏に鋭いことを知っているのは限られたものだけ。

少年が絶望した時に頭を撫でてくれた優しい手の持ち主。

少年のようにアルを至高の主と仰ぐ者はアルとの力量の差に悩んだ過去のある者達。

そこでくじけず、顔を上げ、進んだ者だけがアルの傍に残っている。

アルはルアが傍にいない時だけは、不審者に気付いても対処は少年に任せる。

近衛騎士はあてにしていないアルが護衛を任せる者はごくわずか。

少年はあえて警備の穴をあけている罠にかかった不審者を捕らえ、暗部に渡す。

身だしなみを整え、アルの気配しかない部屋の窓から少年は飛び込んだ。



アルは少年が入ってきても気にすることなく机の上の書類の処理を優先させる。

一枚の書類を仕上げたアルは微笑むことなく真顔で少年を見る。

いつも微笑んでばかりの姉姫から真顔を向けられる者は少ない。

少年はアルの慈愛のかけらもない表情に嬉しそうに破顔する。

アルは上機嫌の少年を静かに見つめ、腕を伸ばす。

少年は懐から紙を取り出し、アルに渡す。


「どうされますか?嫌なら手を回しますよ」


少年の集めた情報を読み、顔を上げたアルの顔を見た少年はため息をついた。


「敬っていないのに、逆らわない。俺の主は、すみません。余計なことを言いました。反省しているので遠ざけないでください」


嫌そうな顔の少年の言葉にアルが静かに微笑んだので、少年は顔を青くして首を横に振った。

アルの微笑みは少年にとって距離を置かれたようなもの。

少年の反省した顔を見て、アルは頷く。

アルは少年の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。

真っ青の顔の少年の頬に赤身が生まれ、口元が緩んでいく。

アルの手が書類に戻ると少年は顔を上げた。


「行ってきます。いつでもお呼びください」


アルに命令される前に情報を渡すために現れる少年。

アルは少年に情報収集を命じたことも呼んだこともない。

一人で全てを完結してしまうだけの実力と権力を持つアルに必要とされることを求めても無駄である。

アルの逆鱗にさえ触れなければ拒絶されることはないので、アルの役に立てるように悩み、行動した結果が少年の立ち位置である。

窓から出ていく少年を見送ることはせず、アルは少年に託された紙を魔法で燃やす。

少年がアルに渡した紙には王配候補の名が並んでいる。

いつまでも婚約者を選ばず、親にさえも心を見せないアルへの両親からの挑戦状。

勝手に選定イベントを催され、アルが折れない限り親の望むままに進められていく。

国の都合のいい操り人形と思われているが、アルにはきちんと意志があり、未来への地図を自分の手で描きたいという野心があることを知る者は少ない。

少なくても国の絶対君主の女王ではなく未来の女王の手駒に喜んでなる者は存在しており、各々で動き出した。


****





女王を中心に王配を選ぶための準備が進められ、どんどん騒がしくなっていく。

騒がしい場所より静かな場所を好むアルは王宮で一番静かな私室でぼんやりと鳥籠の中の小鳥を眺めている。

怪我は治っているのに、扉が常に開いている鳥籠に住んでいる小鳥。

アルが手を出すと鳥籠から出て手に乗るのが、窓辺に置くと鳥籠の中に戻ってしまう小鳥。

扉が四回ノックされる。

出入りが自由な執務室と違いアルの私室へ入ることが許されている者は限られている。

アルは護衛騎士も侍女も必要としないので、アルの私室に入ることが許される家臣は二人だけ。

アルの私室に入るとき三回ノックするのは師匠であり側近のセオドア。

四回ノックするのはアル直属の騎士のジャクソン。

ジャクソンは鳥籠の横に市で購入した果物を置く。

王族に献上するのは人の手間暇かけられたものがいいとされている。

熟成されたワインをはじめ、時間と手間暇をかけられ、美しく飾り立てられたものばかり献上されるアルが好きなものは貴族からすれば卑しいものばかり。

趣味や嗜好さえも王族らしさを求める貴族達。

自分達の理想の王族を作り上げようとする貴族達の傲慢さも、未来の女王を操り人形にしようとしている浅はかさも、ジャクソンは不快に思っているが、アルは振り回されることを受け入れている。

アルは果物を一つジャクソンに渡し、もう一つを口に運ぶ。

アルの口元が緩むのに、ジャクソンの頬も緩む。


身元は明らかにされておらず、平民なのか貴族なのかも知らされていないジャクソン。

調べようとしても、調べられた者はいない。

ジャクソンの素性を知っているのはアルだけである。

ジャクソンは椅子に座っているアルの前に跪く。


「心配はいりません。こんなふざけたこと壊して差し上げます。アル様のためでなく、僕のために。もちろんアル様に迷惑をかけることはしませんよ」


アルは微笑むことなくぼんやりとジャクソンを見つめる。

ジャクソンは女王ではなくアルに忠誠を捧げている。

アルへの忠誠を堂々と公言し、受け入れられているのはジャクソン一人だけである。


「全て僕のために選んだことです。アル様は背負わなくていいことだけはお忘れなく」


アルはジャクソンの頭に手を伸ばし、そっと髪を撫でる。

ジャクソンは目を閉じ、アルの気がすむまで好きにさせる。

しばらくしてアルの手がジャクソンの頭から果物に移る。

ジャクソンは黙々と食べているアルを眺めていると唇に果物を押し付けられる。


「すみません。ハズレが混ざってましたか」


アルが好みではない果物をジャクソンに食べさせるのを笑顔で受け入れる。

ジャクソンもアルを甘やかしたい男の一人。

果物を食べ終えたアルが転移魔法で出かけたのを見送ったジャクソンがアルの部屋から出ると凝視しているイーサンと目が合う。


「なんで、その部屋から」


アルが珍しく気に掛けているイーサン。

嫉妬を宿した瞳のイーサンに睨まれてもジャクソンは動じず、流すだけ。

好きな女に望まれるまま動く都合のいい男であってほしいが、欲にまみれた貴族らしい貴族の子息には難しいとジャクソンはよく知っている。


「それは貴方には関係のないことです。それでは」


イーサンは立ち去るジャクソンを追いかけることなく、アルの部屋の前でうろうろしていた。

アルが部屋にいないとは知らずに。


「何してるの?」


ルアは大好きな姉の部屋の前でうろうろするイーサンを見つけて近づいてきた。


「アルの部屋から男が、」

「お姉様の部屋はお姉様が魔法をかけているから、お姉様に許された者しか入れないわ。お姉様の魔法を破るのは王宮魔導士もお姉様の師であるセオドアもできないわ。まぁ、イーサンには関係ない話よ。暇なの?」

「いや、暇じゃない」


にっこりと可愛らしく笑うルアにイーサンは嫌そうな顔で首を横に振る。

ルアの暇つぶしに付き合うのはイーサンにとっては苦痛な時間である。

イーサンの都合など関係なくルアは侍女にお茶を用意するように命じる。


「ルアはアルの好きな物を知ってるか?」

「はぁ?当然私よ」

「そういうことじゃなく」

「お姉様は私が大好きなの。私もお姉様が大好き」


ルアの自慢気に笑う顔は可愛らしいはずなのに、イーサンには妬ましく見える。

ルアはイーサンの反応は気にせず、好きなことだけ話す。

イーサンはルアの話を聞き流しながら、欲望の塊のようなルアと献身的すぎるアルが本当に双子なのか考える。


「ルアの好きなものならわかるのに、」

「好んでいるものと欲しい物は違うのよ。イーサンの目は節穴ってそろそろ自覚を持てば?」


ルアはイーサンが姉に夢中なことは気付いている。姉がイーサンを相手にしていないことも。


「お母様の思いつきのせいかお姉様への贈り物が増えたのよねぇ。お姉様が大事にしてくださるのは私が贈ったものばかりだけど」

「はぁ!?」


聞き流していたルアの話にイーサンは我に返る。


「建前や綺麗ごとなんて聞き飽きているの。つまらないプライドなんか捨てて、ぶつけてみるのも一興かもね」


ルアはイーサンよりも姉のほうが好きである。

イーサンの恋路を応援しているわけではない。

だが格好いい姉の部屋の前でうじうじしている情けない幼馴染の背中を少しだけ押してあげることにした。

偉大すぎる家族がいると卑屈になりやすい。

卑屈になった醜い姿を大好きな人の前で見せる黒歴史は短い方がいい。

イーサンにとっていつまでも我儘な妹姫も時と共に成長している。

ルアは無言で考え込んでいるイーサンを残し席から立ち上がり、去っていく。

ルアからの助言通りに行動できるほど素直であれば、イーサンは悩むことはなかっただろう。



***


突然の激しい雨に王宮での騎士達の訓練は中止になった。

イーサンは訓練中にいるはずのない髪色を見た気がして急いで足を進める。

雨がどんどん強くなり、見間違えかと思い始めたところで、探していた色を見つけた。

人のいない庭園の隅にアルがしゃがみこんでいた。


「アル!?」


びしょびしょに濡れているのも気にせず、アルは一心不乱に穴を掘っていた。

激しい雨音に消されイーサンの声はアルに届いていない。

しゃがんでいるアルの隣には冷たくなった小鳥。

一心不乱に穴を掘っているアルはイーサンが近付いても顔を上げない。

アルは掘った穴に花を撒き、小鳥の亡骸を埋葬する。

埋葬を終えたアルの瞳から涙がポロリと落ちる。

目を閉じたアルの涙が地面に落ち、祈りを捧げたまま動かない。

イーサンは上着を脱いで、アルの頭に被せる。

しばらくしてアルは顔を上げた。


「アル、戻ろう。風邪をひく」


アルはイーサンの方を見て、微笑みながら上着を返す。

涙は見間違えかと思うほどいつも通りに微笑むアルはびしょ濡れのイーサンの手を繋ぎ、公爵邸まで転移した。

公爵邸に着いたときにはイーサンの体と上着は乾いていたが、アルは濡れたまま。

アルは微笑みながら、イーサンが口を開く前に転移魔法で消えた。


「まずは自分の体を乾かしてよ。いや、俺が乾かせばよかったのか」


アルに送られ公爵邸に帰ったイーサンは雨の中一人で佇んでいるアルの姿が脳裏から離れない。

アルは一人で行動することが多い。

記憶を辿るとイーサンはアルに丁寧に埋葬された小鳥に見覚えがあった。

翌日からイーサンは時間ができると花を持って小鳥の埋葬された場所に行く。


「どうやってアルと心を通わせたんだ?献上された動物をアルは森に帰していた。アルと過ごした君は特別だったんだろう」


土の中で眠る小鳥のために花を贈るイーサン。

小鳥の眠る地は日に日に色鮮やかな花が増えていく。

庭園の片隅なので返答のない小鳥とイーサンの会話に耳を傾ける者はいない。





王宮では貴族達が酒を嗜み、夜が更けていく。

成人前の双子姫はすでに中座し、夜空には星が輝いている。

酔いを醒ますために、散歩をしていたイーサンはなんとなくいつもの場所を目指した。

大きな木々のみで花が植えられていない庭園の片隅に足を運ぶ者はいない。

アルが大事にしていた小鳥に会いにいく時は常に花を用意していたが、今日は何もなかった。


「これでもいいか」


イーサンは胸に飾られたコサージュに手を伸ばすと、木陰に眠る人影を見つけた。

木に背中を預け、ぐっすりと眠るアル。

イーサンは上着を脱いでアルに掛ける。

社交界では男の胸元を飾るコサージュを恋人の髪に飾るのが流行っている。

イーサンはアルに贈りたいが、受け取ってもらえないのはわかっている。

イーサンの色をアルが身に付けたのを想像するだけで、イーサンの顔は緩む。


「俺がアルの願いを叶えられれば、笑ってくれる?」


イーサンはアルの瞳に映りたい。

でもぐっすり眠るアルが目を開ければすぐに消えてしまうことを知っている。

幼馴染みのはずなのに、アルと手を重ねたのは指で数えられるほどである。

イーサンはアルの髪にゆっくりと手を伸ばす。


「アル様!!」


呼ばれる声にイーサンの手が止まる。

音もなく駆け寄ってきたジャクソンがアルを抱き上げた。

アルの瞼が揺れる。


「そのままお休みください。今日はもう終わりですよ」


ジャクソンの声に目を閉じたままのアルが頷く。

アルを抱き上げたままのジャクソンはイーサンに上着を投げる。


「ちょ、待て」

「アル様のお休みを妨げるほどのことがありますか?」


ジャクソンはイーサンが答える前に背を向け足を進めていく。

イーサンはアルに当たり前のように触れられない。エスコートするために手を差し出せば、笑顔のアルが持っている花束の花を一輪渡され、立ち去られてしまう。

双子の姉姫はパーティーでは必ず花束を持っている。ルアのエスコート役に徹し、ダンスを踊ることもなく、花を配る変わり者の平凡な姉姫。

平凡な姉姫にエスコートされ可愛らしい笑顔で男を魅了し、華麗にダンスを踊る妹姫。

変わった王族の行動に不満を溢す者も多いが、跡取りがアルであることに不平を言う者はいない。



「天才であっても全部を一人でやるなんて無理だ。託せることは託せばいい。託されないことに不平不満を抱くのはお門違いだろう。信頼するに値しない能力不足の者を教育するほど王族は暇じゃない」

「兄上」


アルから渡された花を胸に飾っているセオドアは呆然としている弟に忘れられている上着を拾う。

イーサンは上着を受け取り、袖を通す。

仄かに香る花の香りにイーサンの顔が赤くなる。


「星空は美しいが、風が冷たいな。帰るよ」


セオドアは初な弟をからかうことはせず、足を進めるように促す。


「欲しいものがあるなら、足掻けばいい。欲しいと思う前に用意されていることに慣れているのは幸か不幸か…。貴族らしい贅沢な悩みだな」


笑っている兄の話にイーサンはついていけない。

優秀な兄の会話に置いてきぼりになるのはイーサンにとってよくあること。


「兄上はアルが泣いたらどうする?」

「さぁな。たら、ればの話をしても仕方ないが、まぁ酔いに任せてたまにはいいか。たぶん勝手に体が動く」

「もっとわかりやすく、」

「無理だ。その時にならなければわからない」


神の悪戯、不条理は誰のせいでもないはずなのに、たやすく人を傷つけることがある。

起こっていないことに頭を悩ませるより、平穏が続くように頭を悩ませるほうがいい。

恵まれすぎるゆえに、大分遅い挫折を味わっている撃たれ弱そうな弟の肩を組み、セオドアは足を進める。

美しい薔薇には刺があるように、美しい庭園は罠だらけ。

罠だらけの庭園の片隅に無自覚で辿り着くイーサンは運がいい。

運が良すぎるうえに、避けられてしまったことでイーサンは成長の機会を逃した。

運がいいかもしれないイーサンに加護を授けているのが、神なのか悪魔なのかはかつて神童と言われたセオドアにさえもわからない。

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