人形姫の最大の秘密
昔々の話である。
成長して有名になったのは双子の妹姫だが、幼い頃は逆だった。
いつも微笑むだけでほとんど話さないアル。
幼い頃は天才と言われていた。
どんなものも一度見れば覚えるという優れた記憶力を持つアル。
周囲にとっては褒めたたえられる能力もアルにとっては不幸だった。
赤子は生まれてすぐに神官により魔力の選定を行う。
持って生まれた魔力に合わせてカリキュラムが組まれ、成長とともに魔法を身に着けていく。
魔法の知識がなければ魔法を発現させられないが稀にあてはまらない者がいた。
アルは生まれ落ちた時に魔法が発現していた。
頭にどんどん入ってくるたくさんの声に生まれたばかりのアルは意識を失った。
意味はわからなくてもアルは聴こえてくるたくさんの言葉を記憶していた。
『不吉な双子がまさか王族に生まれるとは』
『可哀そうに』
『この子の声が聴こえない。もしかして、』
「そっくりな双子は都合がいいかもしれない」
生まれたときに聴いた言葉の意味がわかるようになったアルは絶望した。
物心ついた時からドレスも髪型も持ち物も全てアルとルアはお揃いである。
アルに礼儀作法を教える教師はルアにはアルの真似をするように教える。
左利きのアルと同じように右利きのルアを矯正しようとする教師の仕草、「お姉様の真似をしておけばいいのよ」と妹に教える母親の言葉、はまって欲しくないピースがはまった時アルはどうか間違いでほしいと願ったが、両親に確認すれば返ってきたのは肯定だった。
「アルは賢くてえらいわ。お母様は貴方が誇らしい。そんなアルならもう教えてもいいわね。婚約者を決めましょう。王配の教育は早ければ早ければいいのよ。教育に耐えられない者もいるから候補者は数人必要ね。見込みがありそうな者は見繕っているわ」
美しく微笑みながら王配に必要な条件を話す母親を敬う気持ちがアルから一切なくなった。
どんな時も女王の味方で、後ろ暗い汚れた仕事を任されるパートナー。
ふさわしい者がいなければ好みの外見の者を洗脳し育て上げることもあったと聞いたアルはいつも優しく微笑み、心の声をアルに聴かせない父親の顔が見られなかった。
アルは渡された婚約者候補の資料を魔法で燃やした。
「アル!?」
「私は影武者なんていりません。双子が不吉?それならルアを養子に出せばすむ話でしょ?ルアが私とそっくりだから影武者に育てるなんて納得できません。妹を犠牲にしないと座れない椅子ならいりません。私は自身も妹も民も守れるくらい強くなります。伴侶に汚い仕事をやらせるのも嫌。汚い人間が住む国を守らないといけない運命は受け入れます。その代わり私の願いの一つや二つ叶えてくださってもよろしいのでは?」
常に感情を宿さなかったアルの瞳に初めて感情が浮かんだ。
女王そっくりの美しい微笑みを浮かべながら怒りを抑えながら取引を持ち掛ける娘に女王はそっくりな微笑みを返した。
ルアの役割もアルの婚約者も急いで決める必要のないことである。
意欲がなくてもほとんどのことができてしまうアルが意欲を持てばさらなる成長が見込める。
アルの夢物語を女王は見守ることにした。
「パートナーはアルが選びなさい。ルアをどうするかはアル次第よ。魔法の才を持たないルアの影武者以外の使い途が誰の目にも明らかになるなら運命は変わるかもしれないわ」
女王と王配しか知らない秘密。
女王に受け継がれるのは治癒魔法だけでなく、心の声を読む魔法。
アルは魔法の制御が身に付くまでは離宮で父親に育てられた。
「心の声はアルとお母様にしか聞こえない。心の声とはお話してはいけないよ。わからなければ話さなくていい。お父様の真似をできるかい?」
離宮は防音の結界で覆われており、離宮の外の声は聴こえない。
父親と母親の声は一つしか聴こえないのに他の者は違う。
庭に出れば恭しく礼をする庭師の心の中の不満の声。
爽やかに話す近衛騎士からは下世話な言葉が。
段々心の声が聞き分けられるようになったアルにとって心の声が汚くないのは妹のルアだけだった。
ルアのように汚れてない者もいる。
贅沢な暮しと魔法の代償は国の平和を守ること。
両親が好きだったアルは両親の前で堂々と宣戦布告した。その時、心が物凄く痛く悲鳴を上げていた。
自室に返り、人払いをしてベッドの中で声を押し殺して泣いた。
両親が大好きなルアのことを考えれば考えるほど胸が苦しくなる。
ルアを傷つけずにルアを国にとって必要な存在にするためにどうすればいいかいくら考えてもアルには思いつかなかった。
ルアにとってアルは特別である。
食事の時間になっても部屋に閉じこもっているアルを両親は「放っておきなさい」とルアに言った。
ルアにいつも優しい両親はアルには厳しかった。
アルと同じ授業を受けているのに教師が褒めるのはアルばかり。
アルに合わせて進んでいく授業。
教師はルアがついていけなくても気にしない。
アルはルアの代わりにルアのわからないところを教師に質問して足並みを揃えてくれるのをルアは気付いていた。
ルアはアルの部屋に入ると小さな泣き声が聞こえて慌ててアルを探した。
ベッドの中で泣いているアルを見つけたルアは両手を広げて抱き着いた。
「おねえさま、なかないで、ルアになにかできる?」
アルはいくら考えてもルアを傷つけず、負担をかけない方法はわからなかった。
母がアルが悩んでいる間にルアを洗脳しないとも限らない。アルは手段を選んでいる場合ではないと覚悟を決めてゆっくりと顔を上げた。
心配そうにアルを見つめるルアを見ると瞳から涙がこぼれた。
「お母様は国が一番、お父様はお母様が一番。お姉様はルアが一番。ルアが普通に生きるためにはお姉様のお願いを聞いて。お願いだから」
「よくわからないけど、おねえさまのためならがんばるよ。ルアは落ちこぼれだけど、おねえさまが教えてくれるから平気だもん」
アルを一生懸命慰めるルア。
アルは涙を拭いて優しく微笑んだ。
アルが考えた一番ルアを傷つけない策は夢物語のようなもの。
それでも絶対に現実にすると決意して最愛の妹を巻き込む覚悟を決めた。
「お姉様はこれからルアとしか話しません。代わりにルアが話してほしいの」
「え?」
「伝えてほしいことはルアに伝えるからお願いできる?」
アルが初めてルアに教えた魔法は念話である。
アルの声が頭に響き、ルアは目を丸くして驚いた。
「私はお姉様だからルアの目を見れば考えていることはわかるわ。ルアに私の代わりに話してほしいことは魔法で伝える。誰にも内緒よ。できる?」
「おねえさまとルアだけの秘密。すてきね」
「そう。秘密よ」
姉の役に立て、二人だけの秘密ができたことに喜ぶルア。
妹の満面の笑顔にアルは頷く。
それからアルは話すのをやめた。
魔法の使用を隠すため常に扇子で口元を隠して微笑みを浮かべる。
アルの突拍子のない思い付きにルア以外は言葉を失った。
「アル!!バカなことはやめなさい」
母親からの命令にアルは扇子で口元を隠して微笑んだ。
「おねえさまはお父様とお勉強がしたいって。もう座学はいらないって」
ルアはアルからの念話を堂々と母に伝えた。
「まぁいいじゃないか。気がすむまでやってみればいいさ。アルの希望なら教えよう」
アルがルアに言葉を伝えてほしいと頼むのは両親に関する時だけである。
アルの意思をルアに伝えることはあっても、それを他人に伝えるかはルアの判断に任せている。
話さなくても書類をさばくばかりの公務に支障はない。
ルアをアルの通訳にすることでルアの価値を高めるという作戦はうまくいっているとはいえなかった。それでもアルは誰とも話さなかった。
数日で終わると思ったアルの悪あがきは続いていく。
「お姉様の役に立てて嬉しい。お姉様が話したくなければいいんじゃない?」
唯一アルの説得をできそうなルアは大好きな姉の味方である。
ルアにとってアルはヒーローでもある。
暗殺者は騎士が動く前に暗器をアルに取り上げられる。
困っていればアルが念話で助けてくれる。
アルはルアが現実に気付かないことに安堵しながらルアの価値を高める方法を考え続けた。
***
「お姉様!!ごめんなさい。お姉様!!私が我儘を」
アルが目を開けると、妹の美しいアメジストの瞳からポロポロと涙が落ちていた。
アルはルアの涙を指で拭いたいが体が重い。
鉛のように重たい体を動かし、ベッドから起き上がったアルはルアの涙を指で優しく拭い抱きしめる。
アルはルアの両親の誕生日の贈り物を買いたいという願いを叶えるためにお忍びをしたとき、良家の子女を狙う人攫いに出会った。
その時はまだ魔法のコントロールが未熟でルアを守れず、イーサンに託した。
ルア達に保護魔法をかけて逃がした後に人攫いを捕らえたが王宮に帰った途端に魔力切れで倒れルアに心配をかけてしまった。
アルは自分のことは自分で守れるが、ルアは違う。
アルはルアに心配をかけて泣かせてばかりである。
「人は誰しも弱くていい。そんな世界を夢みないか?」
世界に絶望した後のアルの心に初めて響いたセオドアの言葉。
アルにとって高貴な人は他人を騙し、偽りながら生きる汚いもの。
権力があれば私利私欲で世界を動かすことも許される。
アルの役割は決まっているが、進む道を選ぶことは許されている。
誰もが弱くても生きれるようにアルが強くなればいい。
アルはどんな立場の者も生きることが許される国を作りたい。
それがアルの最愛を守ることにも繋がるから。
アルは大事な妹を抱きしめながら自分に足りないものが何か考える。
そして手段を選ばないことを決めた。
*****
20年後
「アル!?た、旅に出るって何!?」
アルの私室に慌ただしく飛び込んできたイーサン。
扉がドンと開き、バタンと閉まる音にローブを着たアルが微笑んだ。
「扉は静かに閉めなよ。品位を疑われるよ。僕が同伴するから、なにも心配いらないよ。イーサンは貴族達に好かれてるし、ルア様のフォローよろしくね」
ローブを着たジャクソンがアルに触れようとしたイーサンの前に立った。
「納得できるか!?なんで極秘なんだよ!!」
「議会で有給休暇という制度の認可が通るか自信なかったんだよねぇ。アル様が即位されてから、女王陛下の独裁止めたでしょ?ルア様やイーサンの希望もあってアル様は皆と足並み揃えた政治をしている。手間もかかるし、時間もかかる。おかげでお疲れなんだ。気分転換も必要でしょ?」
「アルが休むのが不満なんじゃなく、俺が知らないっていうか、置いていかれるのが不満なんだよ!!」
「僕よりイーサンは弱いでしょ?アル様の旅行は僕がプロデュースしたから、僕が同伴するのは当然の権利だよ。僕達ライバルだし、出遅れたのは自業自得」
最後の一言はイーサンにしか聞こえないようにジャクソンは囁く。
「次の休みは俺が、」
「イーサンうるさい。次のお姉様のお休みは私のものよ。姉妹の時間を邪魔するなんて無粋よ。その時は代行印は王配候補達に預けていくからよろしくね。留守を預かる位出きるわよね?」
いつの間にか入ってきたルアはイーサンの腕をきつく抱いた。
「ルア!?邪魔するなよ」
「うるさい!!仕事するわよ!!騒いでる暇があるならお姉様と私のために働きなさい。行くわよ!!」
「イーサンには特別に教えてあげるよ。今回は魔法なしのお忍びの旅。アル様より弱いイーサンでは物足りないんだ。ごめんね」
ルアの真似をして可愛らしく笑ったジャクソンにイーサンは寒気に襲われた。
「俺がときめくのはアルだけだ!!気色悪い笑い方はやめろ。アル、気をつけるんだよ。治癒魔法は禁止で」
「うるさい。行くわよ!!」
ルアが腕を引っ張っても動かないイーサンを睨んだ
「もう、仕方ないわね。話すなら一言だけにしなさいよ」
「一言!?行ってらっしゃい。帰ってくるのを待ってるよ」
ルアに睨まれたイーサンが必死に絞り出した言葉にアルが小さく笑った。
「行ってきます」
ゆっくりと口を開いたアルがイーサンとルアを見つめ、手を振った。
「お姉様、行ってらっしゃいませ。国のことは気にせず楽しんできてくださいね」
ルアがイーサンの腕から手を放し、アルに抱き着き、頬に口づけた。アルはルアを抱きしめ、優しく頭を撫でた。ルアはニコッと愛らしく笑い、アルの頭にフードを被せた。
「ルア!?」
イーサンの叫びにルアは勝ち誇った笑みを浮かべる。
イーサンとルアの喧嘩が始まる雰囲気にジャクソンはアルにネックレスをつけて、抱き上げ窓から飛び出した。
屋根に飛びうつり、屋根の上を器用に渡りながら城壁を超え、飛び降りる。
「イーサン達はいつも騒がしいねぇ。まぁ元気でいいか」
城壁から器用に飛び下りてきたアルを抱いているジャクソンを不満そうに見ている男がいた。
「遅い。一国の王を待たすとは」
「兄上、うるさいよ。待つのが不満なら来なくてもいいよ」
「アルにネックレスを贈ったのは俺だ」
「効能はありがたいけど、呪いのネックレスって贈り物のセンスを疑うよ」
アルがジャクソンの首から真っ赤な石がついたネックレスを外すとジャクソンの瞳の色が変わる。
アルはジャックと軽口を叩いているソンの腕から抜け出し、フードを脱いで歩き出す。
太陽の光に反射してアルの輝かしい金髪がさらにキラキラ輝いている。華奢で短髪の美女がくすんだ色の長い髪の女王と同一人物と知る者はほとんどいない。
アルの首にあるのは黒いチェーンの禍々しいネックレス。正体はジャックが侵略した国のいわくつきの神殿に封印されていた魔力を封じる呪いのネックレス。
このネックレスのおかげで魔力が封じられたアルは誰の心の声も聞こえない。
ただ幼い頃からずっと身体強化や体力回復の魔法を使って生きてきたアルはネックレスを使うとルア以上に非力な人間になる。
ソンが整えた旅行はアルが体力をつけるのも目的の一つである。
「見かけない顔だな。姉ちゃん、一人かい?」
楽しそうに歩く美女に吸い寄せられた男にアルはニコリと笑う。
アルに見惚れた男は突然寒気に襲われる。
「俺の女に」
「戯言はやめなよ。アルのしたいことはどんなことでも付き合うよ。何から始めようか」
男を睨むジャックと苦笑しているソンがアルの手を握る。
男はジャックを見て逃げていく。
アルはジャックの足を思いっきり踏んだ後、双子の手を握り返し歩いていく。
「弱くても生き方次第で生きていけそう」
「生きたい道を歩くには力があるほうが便利だけど」
「疲れたら抱いてやるから思う存分遊べばいい」
破綻した母娘関係は修復されていない。
心の声を聞き、生きてきた者には心の声が聞こえない心を閉ざした者との溝の埋め方がわからなかった。
幼い頃に絶望し、我武者羅に生きてきたアルは押し付けられたものをポイっと捨てられるだけの力を手に入れた。
アルはルア以外の人を好きにはなれないが、縁に恵まれたから今があると思っている。
心を閉ざしたアルを受け入れ、育ててくれた師匠。
アルと似た境遇の親から絶望を与えられても一生懸命生きてくれる同志。
最愛の妹の素顔を引き出し、任せられる幼なじみ。
「ありがたいこと。それに、人の可能性ははかりしれないもの」
アルが守らないといけなかった最愛の妹は逞しく、強かに成長した。
空気は読めないが人を使うことに長けたルア。
王配教育のおかげで視野が広がり、的確な突っ込みを覚えたイーサン。
相性は悪くてもルアのためになるようにアルが誘導して育てたイーサンはルアの短所を補うには適任だった。
二人が暴走するとブラコンのセオドアが場を収めるので、アルがいなくなっても支障はない。
見世物小屋のショーを観覧していたアルは惜しみない拍手を送る。
見せ物小屋で働く者達は生き生きしている。
見世物小屋には親に売られた者もいる。
逃げることを選ばずに、見世物小屋で頂点を目指した少年は今は看板スターの一人である。
見世物小屋から出たアルは肩の上に降りてきた鳥の頭を優しく撫でる。
「留まるのも、飛び立つのも自由って気付いたの。鳥は空に羽ばたくことが幸せなんて、押し付けがましい考えだった。あたたかい鳥籠で安らかに眠りにつくのも一つのハッピーエンド」
「そうだね。あの子は群れの中で命を授かり、育み生きるよりアルの側にいたかったんだよ。アルの傍は居心地がいいから」
「物好き」
「僕はあの小鳥を羨んだこともあるからその通りかもねぇ。背負っているもの全てを捨てたくなっても喜んで協力するよ。僕の幸せはアルと共にあるから」
「俺に嫁げば全てまるく収めてやる。望む生活を与えてやる自信はある」
時が流れるとともにアルの目に映る世界はどんどん広がっていく。
真っ暗だった世界もどんどん明るくなっていった。
心の声を聞かなくても、治癒魔法が使えなくても支障がない新しい国の形が築かれはじめている。
長く続いた継承者の選定方法も、双子が不吉という風習も時と共に変わりつつある。
アルもルアも血の継承を放棄しているのは新たな秘密である。
親子関係の溝がきっかけで一つの国は形を変えた。
人形姫の策略は大分形を変えたが、それは些細なことである。
人形姫の物語の主人公は双子姫。
姉姫にとって妹姫はヒロインであり、ヒーロだった。
姉姫にとって心の支えである妹姫の存在は生涯変わらなかった。
姉姫は妹姫に向ける愛情が深すぎて、他の者に親愛や友愛や慈愛など様々な愛情を注いでいることに気付けなかった。
姉姫に愛情を教えることができた唯一の家族である妹姫は姉の愛情を他人に分け与える慈悲の心を持ち合わせていなかった。
お互いに盲目の双子姫にとって王子様になりたかった男達の物語はおまけである。
お互いを想いながら秘密を抱えて歩んだ双子姫の人生はハッピーエンドである。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




