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人形姫の物語  作者: 夕鈴
番外編 人形姫の昔話

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10/11

人形姫の小さな秘密

「血を頂戴、ここに二滴、もしかして怖いの?」


皇太子となったジャックと姿を消すことを選んだ弟のソンにアルは手を差し出した。

困惑している二人の指をアルは魔法で切り、掌に落としたが血を魔法で固めた。

アルの手の中には真っ赤な小石が二つ。


「これは対の石。肌に触れていれば瞳の色が変わる。握って兄弟のことを念じれば、想い人の持つ対の石のところに転移できる。ただし二人の血で作った石は二人にしか使えない。この石は繊細だから余計なことをすれば砕けて消える」


アルは別々の道を選んだ双子皇子達がいつでも会えるように魔法石を渡す。

真っ暗闇の中、絶望しそうになりながら我武者羅に彷徨っていたアルに小さな光を見せてくれた双子に感謝していたのでアルなりの恩返しである。

一緒にいられるのに、兄ではなくアルの傍にいたいというソンの考えはわからない。

アルは生きてさえいれば、これ以上二人に望むことも干渉する気もないので、ソンの意図を考えることを放棄した。

約束は守る主義のアルはソンの希望を受け入れた。


「部屋や生活に必要なものは用意してあげる。モラルを守るなら好きにして。出ていきたくなったら勝手にどうぞ。もう私は話さないから」


これが双子とアルの最後の会話である。

アルはジャックに優雅に一礼して、ソンを連れて私室に転移した。





ソンは帝国を去ってから一言も話さないアルに驚きながら問いただすことはしなかった。

ソンはアルの私室の中にある隠し部屋を与えられていた。

ソンが欲しいと思う物は口に出す前にアルに用意されていた。

食べ物や衣服、生活に必要なものだけでなく興味を持った歴史書や魔法書なども。

隠し部屋には時々ジャックが現れた。

ジャックが現れると魔法でジャックの分のお茶やお菓子がテーブルに並べられる。


「アル様はこの部屋に案内された時以外一度も入ってこない。それなのに気付くとほしいと思った物があるんだ。アル様が私室にいられる時だけだけど」

「監視か?だがアルはお前に興味がないだろう」

「ひどいなぁ。僕はアル様になら監視されてもいいけど、その顔やめてよ。面倒だから人に会わないように気をつけているよ。アル様の部屋にはほとんど人は訪れないから外に出る時だけ注意すればいい。帝国にいるときより楽だよ」


ジャックは明るくなった弟の変化を歓迎しているが、特殊な性癖は知りたくなかった。双子でも似ているのは外見と女性の好みだけである。


「そうか。楽しそうで何よりだ。私室に男を飼うなど、アルには危機感がないのか」

「危機感持たれるほど意識されたら僕の勝ちじゃない?」

「自意識過剰は惨めだから、気を付けろよ。魔法に優れるのに平凡な人形姫と侮る者が多いとは愚かなことだ」

「平穏な国だから。アル様は唯一の継承者の資格を持っているからわざわざ認められることに重きをおいてない」

「自分が認められることへの興味の欠片もなさそうだ。平凡と侮られる人形姫が選ばれたのは平凡なでない魔法の使い手だから。この王国の王位継承者は治癒魔法を使う者が選ばれているが、この国で崇められている治癒魔法は俺達が知る治癒魔法とは違っている」

「一般的な治癒魔法は自然の力を借りて本人の持つ生きる力に干渉するもの」

「ただこの国は特殊だ。治癒魔法を術者の体に移し、自己治癒力を高め、治療する。他人の傷を移せるのは干渉力の高い者。干渉力の高い者が霊や神を体に降ろしたり、人の心を読んだりする伝承は珍しくない。アルは…」


珍しく言葉を濁すジャックの言葉にソンが頷く。


「兄上の予想通りだと思う。アル様は優しい善人だよ。そして極度の人間不信。ここは帝国ほど血生臭くない。でも欲が集まる場所ということには変わりない」


ソンの悲しそうな物言いにジャックは勝ち気に笑い、弟の頭をポンと叩く。


「仮説が正しいならぞっとする。だがしんどいのは俺達じゃなくアルだ。ここで悩んでいても時間の無駄だ。試してみるか。今はここにはアルの気配しかない」


ジャックとソンが隠し部屋から出るとアルは椅子に座り机の上の地図を眺めていた。


「アル、チェスをするぞ。土産もある」


ジャックは帝国から持参した蜜が詰まった極上のリンゴとチェス盤をアルの前に置いた。

ソンはリンゴをナイフで食べやすいサイズに切って、じっと見つめ何も話さないアルの口に入れるとニコっと笑う顔に口元を緩ませた。

地図の上にチェス盤を置き、駒を並べ始めたジャックにアルはため息をついた。

ジャックはアルの迷惑そうな顔を気にしない。

人間嫌いのアルの顔色を気にしていたら距離は近づくどころか離れ、最終的に存在さえも忘れられてしまう。

ジャックが積極的に関わろうとしないとアルとの縁は簡単に切れる。それはジャックの望まないことである。

ジャックが駒を動かすとアルも駒を操る。

面倒でもきちんとジャックに付き合うアルは自分がお人好しだと気づいていない。

ジャックはあえて思考したことと違う戦術でアルを翻弄した結果、圧勝した。

初めてチェスに負けたアルはジャックを呆然と見ている。


「俺は強いだけでなく賢い。お前が好きだから、無条件で願いを叶えてやる。いくらでも助けてやる。帝国の皇太子なんて最強の後ろ盾だろう」


勝気に笑うジャックにアルは呆然としたまま動かない。


「僕もアル様が大好きですよ。僕のすることは全部自分のためです。だからアル様が負う責任はない。小さな肩に背負っているものを僕にも分けてくれませんか?」


困惑しているアルに優しく笑いかけるソン。


「今までうるさくしてすみません。伝えたいことは口に出します」


ジャックとソンを凝視しているアル。理解できないアルを見ながら双子は仮説が合っていることを確信した。


「帝国では拷問された時に情報を漏らさないように閉心術を学ぶ。考えていることを隠すことは意識さえすれば簡単だ。できない奴は俺が黙らせてやる」

「雨の音や鳥のさえずり、自然の音に耳を傾ければ煩わしい音は薄れますかねぇ。アル様にとって煩わしい音が聴こえない方法を探してみませんか」

「どうして」


アルの溢した小さい呟きに双子は笑う。


「アル様を見ていれば気付きますよ。望まないのに得た力は時に人を不幸にします」

「事情も予想がつくから他言はしない。アルなりに考えて、生きるために必要なことだったんだろう。抗うための努力は称賛に値する」

「僕達に運命は変えられることを教えてくれたのはアル様です」

「生まれで差別されない夢物語もアルの夢なら叶えてやる」

「僕達は自分達の力で幸せを掴み続けてみせます。僕達の幸せにはアル様の幸せも含まれているので、仲間にいれてください」


アルは嘘のない優しい言葉に戸惑いを隠せない。

首を横に振って、優しさの宿る双子の目を真っ直ぐに見た。


「ルア以外は嫌いなの」

「構いませんよ。アル様の気持ちはアル様だけのもの。僕の気持ちも僕だけのもの。なので好きな気持ちは変えられません。思考を強いる権利は誰にもありません」

「出会ったばかりだ。一目惚れなんて奇跡が起こったが、奇跡など早々起こらない。極上の女は時間と手間を惜しまずじっくり口説くと決めている」

「兄上!!空気を読んでよ。兄上には読めないか」


アルは口喧嘩を始めた二人に小さく笑った。

喧嘩するほど仲がいい。アルの目の前で双子が元気で仲良く過ごすのは喜ばしいことである。

アルが隠れ部屋だけで時々話すようになったのは三人の秘密である。

一人で駆け回る小さなお姫様は忠実な騎士を手に入れた。


「今の暮らしもいいけど、やっぱり権力って必要だと思うので騎士選考試験受けてきます。外見は変えるので安心してください」

「俺はこの国を落としてくる。外遊に行くときは誘えよ。冒険も」



静かなアルの周りが少しだけ賑やかになった。

双子が少年から青年に成長しても仲良く話す姿はアルにとって微笑ましい光景である。

小さなお姫様は仲間になった騎士達が王子の椅子を狙っていることには気付かない。

絶望の中、暗闇に消えなかった小さな光は時共に輝きを増していく。

アルの瞳に映る生命力溢れる双子の姿を見てアルは夢を見る。

輝く騎士達がお姫様にとってかけがえのないものになるかはまた別のお話である。

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