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人形姫の物語  作者: 夕鈴
本編
1/11

双子姫とイーサン

女王が統治する王国には特有の文化がある。

女王のパートナーである王配について。

王配の資格は女王に望まれること。

王配が権力を持てるかどうかも女王次第。

貴族社会で囁かれる王配の条件はどんな時も女王の味方であり、女王を守ることを第一にする者。

未来の女王の婚約者の選定が発表されると覚書が国中に掲示され、一部の者は驚き、一部の者は微笑んだ。


***


美しい女王のアメジスト色の瞳受け継いだ双子姫。

有名なのは絶世の美少女である第二王女のルア。

明るく社交的なルア。我儘であることも有名だがなぜか憎めない妹姫は数多の男を魅了している。

ルアとの婚約を望む男も多いが、王家はルアの縁談には沈黙を貫いている。


「君とは婚約しない。君ではなくルアがいい」


幼馴染の公爵家次男のイーサンの言葉に第一王女であるアルは扇子で口元を隠して微笑んだ。


「ありえないわ。私はまだ誰とも婚約するつもりはないの」


答えたのは微笑んでいるアルではなく、アルの隣に座ってお茶を飲んでいたルアである。

継承権第一位の第一王女アルは母親と妹姫よりも色素の薄い金髪と小さなアメジストの瞳、ぽっちゃりとした体形で平凡顔と囁かれる姫である。

輝かしい金髪とぱっちりとした大きなアメジストの瞳を持ち、華奢な体で誰もが守りたくなるルア。

お披露目されてから知能と魔力以外の両親の優秀な能力は全て妹姫に受け継がれたと一部では囁かれている。

そんな囁きを聞いても扇子で口元を隠して微笑んでいるアル。

どんなにルアが人気でも次代の女王は第一王女のアルである。

治癒魔法を使える者だけが玉座を争うことが許される。

治癒魔法は王族の女児以外に受け継がれることはなく、女王以外で治癒魔法を使えるのはアルだけである。


「僕はアルとは友達のままでいたい。アルには僕より弟のほうが合うと思うんだ」


イーサンの無礼極まりない言葉にもアルは微笑んだまま。

反してルアは自分の言葉を無視するイーサンに眉を吊り上げ、手にしているカップの中身をイーサンの頭に注いだ。

冷めたい紅茶がイーサンの頭から流れ、白いシャツを汚していく。

三人を見守る護衛や侍女達はルア姫の癇癪に慣れているため慌てることはない。

武術も魔法も優秀な成績のイーサンがよけずに、ルアからの仕打ちを受け入れたならただのじゃれ合いとあたたかく見守っている。

ルアの癇癪は他人の命を危険に及ぼすものではない。

物を壊すことはあっても、成長してからは人を怪我させることはない。


「礼はいらないよ。大人からの言葉をそのまま受け止めず、自分の頭で考えたほうがいい。私はイーサンを婚約者候補として招いたことはないよ」

「王配殿下!?」


高貴な血筋の持ち主のじゃれ合いに加わることが許されるのは限られたものだけである。

優しく微笑みながら忠告する王配にイーサンは目を丸くした。

常に優しい微笑みを浮かべている王配。堂々としているのにイーサンはいつも王配の気配に気付けない。


「非公式な場だから気にしなくていい。才あるものに譲れる程度のものなら最初から望まないほうがいいよ。アル、時間ができたけどどうするかい?」


王配はお茶会をしているアルに問いかける。

アルは頷き、扇子を閉じた。王配はアルをそっと抱き上げてルアの頭を優しく撫でた。


「いってらっしゃいませ。お姉様、お父様」

「いってくるよ。ほどほどに」


ある程度の権力を与えられている王配は戸惑うイーサンに一瞬視線を向けたが、フォローすることなく愛娘の一人を抱き上げ出ていく。

娘達の子供の時間はそろそろ終わりを告げる。

いつまでも自分が抱いて守ってあげたいがそれができないのはわかっている。

常に微笑んでおり、自分の意思があるか疑わしいと囁かれるアル姫の仮面を剥す男が現れるのが待ち遠しいような、まだしばらくは現れないでほしいと思う複雑な親心が娘に筒抜けにならないように娘の教育を始めることにした。


「ルア!?殿下のおっしゃったことは」

「自分で考えなさいよ。でも黒歴史じゃない?勝手にお姉様の婚約者と勘違いして、お姉様を振るなんて」


バカにしたような顔で揶揄うルアにイーサンは顔を赤くした。

ルアは誰とでも親しくなるがプライベートの時間はイーサンと過ごすことが多いのは有名である。

王配からみれば三人はまだまだ子供。

とはいえ社交界デビューをおえている三人は社交界では子供として扱われない。

そろそろ未来の歩む道を決めなければいけない時が近づいている。



***


双子姫が16歳を迎える3か月前に国中に未来の女王の婚約者の選定式の覚書が掲示された。

選定式は双子姫の生誕祭。

選定式の内容は試合と面接。

試合は無礼講のルールなし。

参加条件は参加証明書を提出し開始時間までに会場に到着すること。

選定式で王族に認められれば未来の王配である。


「俺が未来の王族?」

「形だけだよ。どうぜお貴族様に決まっている」

「ルール無用だろう?それならやりようがあるだろう」


女王が双子姫の生誕祭の催しとして考案した余興に一部の者は驚き、一部の者は微笑んだ。

前日に双子姫とお茶を飲んでいたイーサンは驚いたほうに含まれる。


「兄上はルア姫殿下が好きだから参加しないんでしょ?」

「ルア姫殿下の我が儘に付き合えるのは俺くらいだ。外見に騙されて、本性を知れば…」

「アル姫殿下は昔はぽっちゃりだったけど、今は女性らしい体になってきたよね。ルア姫殿下はぺったんこだけど」

「不敬罪」

「僕より不敬な者が裁かれてないから平気だよ。すぐに癇癪を起こすルア姫殿下と何を言われても微笑んでいるだけの人形みたいなアル姫殿下。足して割れれば良かったのにねぇ」


無礼な弟の言葉にイーサンは鉄拳制裁を選んだが見事に避けられた。


「イーサン兄上はわかりやすいんだよ。すぐ感情的になるから行動が読みやすい。あぁ!!ルア姫殿下と同じだねぇ。でもさアル姫殿下はルア姫殿下以上に扱いやすそうだよねぇ…。王配の権力は女王陛下次第。義務さえ果たせば愛人囲っても許してくれそうだし…」

「はぁ!?お前、な、なにを」

「やっぱりハーレムって男の夢じゃん。美人も老いればしわしわの婆さんになるから妻の顔はどうでもいい。遊び相手はいくつになっても若くて美人なほうがいいと思うんだよね。もし子供ができても養子に出せばいいし、僕の子供なら容姿端麗間違いなしだから可愛いがられるでしょ?」


イーサンは弟の非常識な発言にどこで教育を間違ったか悩みはじめた。

文武両道で社交力のある弟ならアルにふさわしいと思っていたイーサンはルアに頭から冷たいお茶を浴びせられた理由がようやくわかった。

シスコンのルアがアルを蔑ろにする男を傍に置くことを許すとは思えなかった。


***



イーサンが双子姫と出会ったのは七歳の時。

女王と親しい母親がお茶会をしている間は子供は遊んでいるようにとイーサンは三歳年下の双子姫達の世話を任された。


「一番綺麗に咲く花を献上して!!」


ルアは初対面の公爵子息のイーサンを小間使いのように使った。

それは初めて会ったときも、そのあとも変わらない。

イーサンにできる範囲の我が儘しか言わないのでイーサンは不満に思っても、口に出すことなくルアの相手をした。

アルは妹に振り回されるイーサンのことは気にせずいつも庭園の椅子に座り、小鳥に餌を与えて微笑んでいる。

双子姫の情操教育のために女王の友人の公爵夫人の次男と過ごす時間が頻繁に設けられるよりしばらくした頃、イーサンはルアだけの相手をしていることに気付いた。

落ち着きのないルアと動物とばかり遊んでいるアルを同時に相手にする方法はイーサンにはわからない。だからイーサンはアルにお菓子を献上することにした。

ぽっちゃり体型のアルのために高級な砂糖をたくさん使った甘い菓子を渡し、華奢なルアを追いかけるイーサン。

献上したお菓子のゆくえをイーサンが気に掛けたことはない。





「外に行きたい!!」


幼いルアの思いつきにイーサンは固まり、いつも笑顔のアルは目を丸くした。


「お誕生日のお祝いはそれでよろしくてよ」


女王の真似をして微笑むルアは美しい。

だがイーサンには通じない。


「誕生日祝いは別に用意します。だから」

「イーサンは賢く強いんでしょ?お忍びくらい手配できないの」


ルアの我儘に慣れているイーサンはかつてないほど面倒な我儘をどう諦めさせるか悩む。

アルは静かにルアを見つめて頷いた。


「お姉様が一緒に行ってくれるの!!じゃあイーサンはいらない。お姉様のお休みは」


目を輝かせ喜ぶルア。イーサンは目を見開き、固まる。


「アル姫殿下!?ルア姫殿下、アル姫殿下は一言も」

「おだまり。私とお姉様は双子よ。双子は目を合わせるだけで通じ合うものよ。お姉様も微笑んでるでしょ?」

「アル姫殿下が微笑んでいないことのがないだろうが、」

「イーサンって実はバカよね。公的な外出はお披露目を終えていない私達にはできないの。お披露目されればお忍びできないでしょ?危険が少ない今がチャンス」


イーサンが折れなけば幼い姫達だけで外出してしまいそうな様子にため息をついた。

王族への敬意を心から持てるほどイーサンは大人になりきれていなかったため、イーサンの面倒くさそうな態度は誰の目にも明らかだったが二人が許しているので誰も咎めない。

ルアはイーサンのことは気にせず姫は気にせず、お忍び計画を立てはじめた。

訓練で大人の騎士にも勝てるようになった自分がついていれば大丈夫かとイーサンはルアの計画に口を挟み同行することにした。

騎士達の前で計画を立てているのでお忍びになっていないと突っ込む者はいなかった。


***


「お姉様、お願いします!!」


ローブを着た双子姫は庭園で隠れんぼをすると言い護衛達を追い払った。

イーサンが合流すると、アルがイーサンの手を繋いだ。

驚くイーサンを気にせず、アルは空いてる手でルアの手を繋いだ。

突然の浮遊感にイーサンは吐き気に襲われた。浮遊感がなくなると吐き気は治まった。

イーサンの目の前にあるのは手入れされた庭園ではなく、薄暗い路地。

初めて転移魔法を体験したことに気付かないイーサンは驚き固まる。

イーサンはアルに手を引かれるまま足を進める。

しばらく歩くとイーサンにとって見覚えのある整えられた王都の繁華街が目に入り、ようやくイーサンの頭が回り始めた。



「さすがお姉様!!言葉に気をつけてよ。敬称も敬語もいらないから余計な質問はしないで案内なさい」


ルアの命令にイーサンが答える前に、アルが二人の手を引きどんどん足を進めていく。


「どこに向かって、ここ?」


アルが足を止めて入ったのは貴族御用達の宝石店。

商人は遠慮なく入ってきた子供に注意をしようとしたが質のいいローブを着た姿勢の正しい良家の子供だろう三人に態度を改め、店主を呼びに行った。

事情を聞いた店主が三人の接客をするため近づき、にこやかな笑みを浮かべ挨拶をした。


「ようこそいらっしゃいました。従者は」

「お金ならあるわ。ここはお客のプライベートを大切にするのが売りでしょ?」

「プライベートじゃなくてプライバシーだ」


イーサンの指摘を気にせず、ルアは店主に注文をしていくつか商品を受け取る。


「せっかくだからもっと遊びたい!!」


ローブで顔を隠しているがイーサンに荷物を持たせてご満悦なルア。

早く帰りたいイーサンがルアへの返事を考えているとアルが首を横に振った。

ルアはアルの様子にしゅんとしたが多忙な姉がルアの我儘のために無理して時間を調整してくれたことを思い出し、ニコッと無邪気に笑った。


「お茶の時間だから帰る」


イーサンは思いがけないルアの返事に驚き、凝視した。

アルは微笑みルアの頭を優しく撫でた。

上機嫌に笑い出したルアに驚くイーサン。

気まぐれなルアの気が変わらないうちにイーサンは店を後にすることにした。

店を出て、しばらく歩くとアルがイーサンの手を強く握り、走り出した。

三人の中で体力のないルアが足をもつれさせて転んだ。

アルはイーサンの強く握る手を剥し、ルアを立ち上がらせイーサンとルアの手を繋いだ。

アルはローブから顔を出して一人で走ってきた道を引き返していく。


「ひ、アル、そっちは」

「イーサン、うるさい。お姉様に逆らうことは許さないわ。イーサン、行くの!!私達にできるのはお姉様の邪魔にならないようにすることだけ。騎士の詰め所に行くわよ!!案内して」


アルを追おうとするイーサンの手をルアが強く引っ張り走り出す。

イーサンは見えなくなったアルを追うのを諦め、ルアと手を繋ぎ騎士の詰め所を目指す。

転移魔法が使えないイーサンが王宮に行く方法は正規のルートしかないためお忍びがバレて怒られる時の言い訳を考えながら足を速めた。

騎士の詰め所から公爵家へ使いが送られイーサンとルアは丁重に王宮へ送られた。

駆け付けた公爵夫妻は馬車の中でイーサンから説明を聞いて、ため息をついた。


「アル様にとってイーサンは役立たず」

「アル様は特別だけど、イーサンの力不足とは関係ない」


多忙な女王の代わりに王配がルア達を迎えた。

顔色の悪いイーサンと視線を合わせいつも通りの優しい物言いで微笑む王配にイーサンはなぜか寒気を覚えた。


「アルから詳細は聞いている。アルも反省しているよ。わざわざ私が咎めなくてもわかっているだろう」

「申し訳ありませんでした」

「謝罪は受け入れるよ。湯浴みの準備ができてるからルアは行っておいで」

「あの、アル姫殿下は」

「アルは休んでいるよ。イーサンも帰って休みなさい」


王配はアルに会いたいというイーサンの願いを口に出させず、ルアを連れて退室した。


「休んでいるってアル姫殿下は」

「自分で考えなさい」


イーサンの言葉に公爵夫妻に自分で考えるように言うだけで答えは教えなかった。

部屋に籠っているイーサンを兄のセオドアが訪ねた。

厳格な公爵夫妻と違い、セオドアは弟に甘かった。

セオドアはイーサンの体に残る魔力の残滓を見て状況を理解した。

公爵家嫡男であり、王宮に出入りする機会がイーサンよりも多いセオドアはイーサンよりも王家の情報を持っている。


「アルは疲れたんだろう。アルは魔法は使えるが魔力のコントロールに無駄があるんだよ。集中すればうまくコントロールできるようになってきたけどな。まぁ四歳にしては上出来だけど、アルは年齢という枠組みにはとらわれないからなぁ」


アルについて話す兄の言葉には親愛が含まれているのにイーサンは戸惑う。


「待って、兄上、なんでアル姫殿下のことアルって」

「アルは弟子だ。イーサンよりも手が掛かるけどな」

「アル姫殿下が!?」

「今日は体を休めて、明日からはもっと学ぶほうが賢明かな。力があれば手に入るものも選択肢も増えるから。まぁ、今は休んだほうがいい。おやすみ」


イーサンはアルと出会って1年経ってもアルという存在がよくわからない。

ルアよりアルのほうが忙しいこと。椅子に座って動物に餌をあげているくらいしかわからない。

今回のお忍びでぼっちゃりした体なのにイーサンよりも足が速く体力があることを知った。

同世代でイーサンは優れているほうだが、3歳年下のアルに負けたことでイーサンは初めて敗北を知った。

セオドアが出て行き静かになった部屋でイーサンは考えれば考えるほど色々な感情に襲われた。

それからイーサンは知らないたくさんの感情に出会うことになるとは、幼いイーサンは知るよしもなかった。


***


「ルア、アルは?」

「お姉様はお出かけよ。転移魔法で行かれてしまった」


双子姫とイーサンが過ごしている時、突然アルが消えることがある。


「イーサン!!丁度良かった。ルア姫殿下をお守りするように」

「アルが、」

「アル姫殿下は心配いらない」


近衛騎士達が慌ただしく動き回りしばらくするとアルが姿を見せた。


「お姉様、お帰りなさい」

「アル!?不審な者が現れたから護衛をつけないと」

「イーサン、うるさい。お茶にしよう」

「うるさい!?」


イーサンがアルに小言を言うとルアが怒り、アルは微笑みながらお茶を飲みはじめた。

イーサンがアルに話しかけるとルアが必ず話しに入り、論点がズレる。

そした3人の時間が終わってからイーサンはアルに伝えたいことを話せなかったことに気付き頭を抱えるのも日課である。


***


お忍びで役立たず認定されてからイーサンは王宮騎士団の訓練に混ざてもらっている。

子供の頃は負け知らずだったが、成長期を迎え体格の差が目立つようになってからは違っていた。

そしてイーサンが挫折を味わうのは変身魔法の授業からである。

変身魔法は自分の体の時の流れを操ることである。

小さな体も魔法で時の流れを操れば成人した体に変身することができる。

変身魔法の応用が身体強化魔法である。

変身魔法は魔力の消費が激しいため、成人した騎士はほとんど使わない。

きちんと身体を鍛えた騎士には必要のない魔法だが成長途中の小柄な子供達には別だった。

イーサンはうまく使えず、なぜか動物に変身してしまった。

それからイーサンは手合わせで負けが続くようになっていた。


「姉様、見て!」


ルアの声が聞こえ、ぼろぼろになった自分の情けない姿を見られたくなくて庭に隠れようとしたが気配に敏感なアルから隠れるのは無駄だと気づいた。

イーサンは変身の魔法を使い猫に姿を変えて、庭の茂みに隠れた。

双子姫が通り過ぎ、気づかれなことにほっとして茂みから出ると引き返してきたアルと目が合った。

アルは傷だらけの猫のイーサンを優しく抱き上げ椅子に座る。

固まっているイーサンの頭を優しく一度撫でると、イーサンの目を手で覆った。

イーサンはあたたかい光に包まれた。目を開けてもアルの手しか見えない。

アルの美しい手に一瞬だけ傷が浮かんでイーサンは目を見開いた。

アルの膝から降りて見上げると顔色の悪いアルがいた。

猫の姿のイーサンではアルに声を掛けられないので、イーサンはアルから離れて、茂みに隠れ魔法を解く。

アルが座っていた椅子に駆け寄るとアルはすでにいない。

イーサンがアルを探してしばらくすると本を抱えたアルを見つける。


「アル、顔色は、え?あ、ごめん、勘違い。それ持つよ。執務室でいい?」


いつもの微笑みを浮かべたアルにイーサンは微笑み返して本を取り上げた。

人を使ってばかりのルアと違いアルは公的に必要なこと以外は自分でする。

イーサンはアルの執務机に本を置くとアルの手を掴んだ。手に傷かないことを確認し安堵の息を吐いた。


「姫殿下!!お助けを!!」


慌ただしい足音と共に担架を持つ騎士が飛び込んできた。

担架には肩と足を真っ赤に染めた青白い顔の騎士が乗せられている。

アルはイーサンの手を解き、部屋に掛けてあるローブを着た。

担架に寝かされた騎士の傷にアルが手を当てるとまばゆい光が降り注いだ。

騎士の顔色はどんどん良くなっていく。


「ありがとうございます。姫殿下」


起き上がり、礼をして出ていく騎士をアルは微笑んで見送る。

騎士が出ていくとアルは椅子に座った。

アルの足元から血がポタリと落ちるのを見たイーサンが駆け寄り、アルのローブを脱がせた。

ドレスを血まみれにして顔色の悪いアルにイーサンが医者を呼ぼうとするとアルが笑顔で首を横に振った。

アルの体が輝きだし、ドレスの血の染みがなくなり、部屋の汚れもなくなった。

いつもどおり微笑んでいるアルにイーサンは顔を青くする。


「殿下、よろしいですか?」


アルの部屋の扉が開いているときは来客を許しているというルールがあるので、遠慮なく入ってきた大臣をアルは微笑み迎える。


「アル、待って。医者に」

「治癒魔法の使い手の殿下に無礼だ。出ていきなさい。え?よろしいのですか?」


アルが扇子で机を軽く叩き、大臣に向けて微笑んだ。

大臣はイーサンへの注意をやめて、用件を話しはじめた。

イーサンはアルと大臣のやりとりを眺めながら嫌な予感がしていた。

いつもと変わらない様子のアルと大臣がやり取りを見て長い時間がかかりそうだと気づいたイーサンは二人の邪魔にならないように退室した。

そして王宮書庫で調べものをして嫌な予感が当っていたことを知る。


「兄上!!治癒魔法って、他人の傷を治す魔法は存在しないってどういうこと!?」

「治癒魔法は一般教養でないから知る者は少ない。まさかアルのローブを脱がせたのか!?」

「あれは、いやらしい意味ではなく、いや、責任を?僕が責任なんておこがましい」

「おこがましい?アルに釣り合おうなんて考えは捨てたほうが身のためだ。神に人は敵わない。人が神に喧嘩を売るなんてしないだろう。神の関心を買うために努力するのが賢明だよ」

「神?」

「神のような力をアルは持つが残念ながら神ではない。だから他人の傷は癒せない。癒せるのは自分の傷だけ。他人の傷を自分の体に移して、自分で組織を修復していく。それができる忍耐力と魔法の才能がある者だけが王位争いに参加できる」

「アルは望まれれば見返りを求めず治癒魔法を使う。アルに傷を移すなんて、」

「王配殿下の治癒魔法嫌いは有名だろう?だから女王陛下が治癒魔法を使われることはほとんどない」

「なんでアルには使わせるんだよ」

「アルが決めたことだ」

「兄上はアルが決めたことならなんでもいいのか?」

「王族の心のままにだろう?まぁうちへの筋を通してくれる前提なら」


いつも優しい兄はイーサンのアルに関する問いに曖昧に答える。

イーサンにとってアルは物静かな女の子。

いつも微笑んでいるアルの考えはどんなに考えてもわからなかった。

***


イーサンにとっていつも微笑んでいるアル。

治癒魔法の原理を知ったイーサンにはアルは誰よりも国のために働いているのに、誰よりも大事にされていないように思えてしまう。

それが悲しくて誰かアルのことを大事に守ってくれる者が現れることを心から願いたいのになぜか胸が痛いイーサンの泣きそうな情けない顔を見たセオドアは無言を貫いた。

教えてもいいこと、自分で気付かないといけないこと、きちんと区別しないと公爵家のためにもイーサンのためにもならないことをセオドアはわきまえていた。





ルアはアルと一緒の時だけは聖女のように優しく人の心に寄り添うこともあるが、一人の時は違う。

気まぐれで我が儘で他人を振り回すことに何も思わない傍若無人なところがある。

美少女の可愛いらしい我が儘と微笑ましく思えたことはイーサンにはない。ルアの下僕の志願者の気持ちは欠片もわからない。

アルの我が儘は聞きたいが、ルアの我が儘には迷惑している。


「知りたいことがあるなら向き合うしかないよ。アルは鏡に似てるかな」


セオドアは思い悩む鈍いイーサンに助言をした。

鏡に喩えられてもイーサンには意味がわからない。ただイーサンはアルと話す機会には恵まれているので、兄の助言通り向き合うことを目指そうと決めた。




アルは執務室にいる間は先触れなしの面会を許している。

イーサンは机の上の書類の処理をしていたアルが書類を置いたのを確認して声を掛けた。


「アル、僕の成人祝いに願ってもいいか?」


アルは真顔のイーサンの問いに微笑んだ。


「アルの我が儘を僕は叶えてみたい。欲しいもの、やりたいこと、なんでもいいから教えてほしい」


イーサンの心からの願いにアルはペンを持ち、願うことを書いた。イーサンはアルの綴ったことにがっかりしたが、アルの微笑みを見て思い直した。


「アルの願いを、それがアルの心からの願いなのか?」


イーサンの真剣な問いにアルは微笑みながら頷いた。

それはイーサンの期待したものではないが、イーサンがアルのためにできることはそれしか思いつかなかった。



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