中編 「影武者に対する次期天子の罪悪感」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
こうして妾は再び紫禁城の床を踏む事が出来た訳じゃが、事態は依然として動き続けておる。
妾の影武者として敵陣へ潜り込んだ吹田千里少佐を水先案内人にした、紅露共栄軍の残存勢力を対象とする殲滅作戦。
それはむしろ、これからが本番なのじゃからな。
我が中華王朝の正規軍と人類防衛機構極東支部とが共同で展開する大戦は、必ずや正義が勝利するであろう。
しかしながら、相応の犠牲は覚悟せねばなるまいな。
その事を考えると、妾ばかりが一足先に安全圏へ退避した事が何とも後ろめたく感じられるのじゃ。
そのような思考を巡らせながら紫禁城へ帰城した妾を出迎えてくれたのは、顔馴染みの文武百官だったのじゃ。
「御帰りなさいませ、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下。御無事で何よりで御座います。」
「うむ…誠に大義であった、紀志喬。貴公もそうじゃが、妾が不在の間によくぞ紫禁城を預かってくれたのう。」
真っ先に出迎えてくれた黄色い漢服の官僚は、太傅として妾の教育係を担当してくれている紀志喬だ。
楚漢戦争の際に劉邦の身代わりとして項羽に焚刑で処された紀信を先祖に持つ事もあってか、その忠節振りは見事の一言である。
妾が髪を二つ結びにしているのも、そんな紀志喬の忠節心を敬愛しての事じゃ。
とはいえ、そんな紀信を身代わりにした劉邦と同様の行為で妾が生き延びる事になるとはな。
これで吹田千里少佐が此度の作戦で散ってしまったならば、本当に紀信と同じ事になってしまうじゃろう…
「ところで丞相は何処じゃ?ちと話を聞きたいのじゃが…」
そんな太傅への挨拶もそこそこに、妾は我が国の丞相である司馬蓮花の姿を求めたのじゃ。
此度の替え玉作戦の立案には、丞相も少なからず関与しておるからな。
じゃが、わざわざ太傅の手を煩わせるまでもなかった。
丞相自らが、即座に名乗りを上げたのだからな。
「御久しゅう存じ上げます、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下。この司馬蓮花、殿下の御息災を心より御慶び申し上げます。」
後漢末期の曹魏で活躍した司馬懿仲達の血を継ぐ丞相の声色は至って冷静沈着で、その弁舌も普段と同様に立て板に水であった。
「衛星放送とネットの動画配信サイトとを併用した生中継のセッティングにスピーチの草稿、何れも万全の準備が整って御座います。後は殿下が普段と同様に公務後のスピーチをこなして頂ければ、それで全ては滞りなく満了するのです。」
本物の妾が元気な姿でスピーチを行えば、拉致した妾を公開処刑する事で我が国や日本の公安組織の信頼を失墜させようという紅露共栄軍残党の計画は儚くも水泡に帰す。
事前に聞かされていた囮作戦の狙いは、妾としても相応に理解しておるつもりだ。
しかしながら、これだけは丞相に改めて聞いておかねばならなかったのだ。
「息災か…少なくとも妾に関しては然りだな。しかしじゃな、丞相よ。妾の替え玉として紅露共栄軍の掌中に落ちた吹田千里少佐の身柄は、果たして何とする?彼女の身に万一の事があれば、妾は如何にして報いれば良いのじゃ?」
確かに吹田千里少佐の同僚である所の特命遊撃士達は、彼女の力量とその生還を信じて疑わなかった。
吹田千里少佐と親しい関係にあると思われる生駒英里奈少佐などは、特に顕著であったのう。
とは言っても、敵陣への単騎突入という任務が危険極まりないという事に変わりはない。
たとえ吹田千里少佐が玉砕前提の作戦へ捨て石同然に強制参加させられたのではなく、当人が全て了承済みだったとしても。
たとえ此度の殲滅作戦で生じる犠牲が、不穏分子を野放しにする事で生じる犠牲に比べると遥かに微々たる物だったとしても。
影武者である吹田千里少佐の身に万一の事が起きたならば、妾は前途ある若者の生命を犠牲にしてしまった事になるのではないか?
これから先の生涯、妾は吹田千里少佐の死を背負い続ける事になるのではないか?
そんな考えに後押しされ、妾は思わず丞相に詰め寄ってしまったのじゃ。




