第10話 3人の中の1番。
老人と別れて4日が過ぎた。
シヤ達は道行く人に道を聞くとまだ南下するには早いと言うことで東に進んでいる。
地形的に山があるせいで「この道が1番良い」とどの人間も教えてくれる。
世の中は案外捨てたものでは無く、痩せ細ったシヤ達を見て食べ物を分けてくれる人が多数いた。
だがこの道のりではそれが仇となる。
追手の兵士達から黒いシャツを着た3人組の若者と聞かれれば大体の人がシヤ達を想像して「昨日にすれ違った」「パンを分けた」と話すので確実に追いつかれていた。
兵士達は馬車移動でシヤ達は徒歩。
まだ接触しないのはヨンゴのおかげ…ヨンゴのせい…で、ヨンゴは方向音痴の注意力散漫で、兵士が狙いを定めて追いつこうとしてもヨンゴが急に脇道に逸れていたりした為に兵士達は翻弄されていて、既に二度ほどニアミスしている状況にあった。
シヤ達も何日も一緒に行動をした事で、ヨンゴの寄り道には慣れたもので着いて行きながら獣道を歩くなどして何とか軌道修正をする。
兵士達はまだ追いついていない事に慌てて先を目指してはまだ見ていないと言われて戻る羽目になり、混乱しきっていた。
今回の脱走事件は術人間の損失に寛大なトロイでも目を吊り上げた。
理由は状況証拠だけで王都の騎士団が乗り込んでくる可能性、そして術人間や施術の痕跡を見つけられてしまうとエグゼの特権剥奪が待っている事、そして脱走した術人間の中に47番がいた事。
エグゼが今メインで性奉仕させているのは44番と47番、それなのに47番が居なくなるのは非常によろしくない展開だった。
「取り逃すとお前達にも処罰が下るぞ」この言葉で3人の兵士達は青くなる。
たまたま45番、47番、48番の代理マスターになっただけでこんな目に遭うとは思っていなかった。
これなら術人間を失った46番の方が羨ましい程だった。
兵士達がシヤ達を見つけたのは夜も深まった頃で幸い人気のない緩やかな山道だった。この山道を過ぎると南下を始めて王都が近付いてくる。
兵士達は近くで野宿を始めるかどうするかでもう少し探す事にしたお陰でシヤ達を見つけた。
万一近づいてもトロイが近くに居ない事で支配力が落ちていて暴れられると困る兵士達は夜中に寝静まった所を狙う事にした。
ヨンゴはエグゼの所から逃げ出して以来、夜は誰よりも先に寝て夜中は一度も起きない。
シヤ達は今までが神経をすり減らす日々だったからだろうと思っていたがどうにも様子がおかしい。
身体に何か深刻なトラブルを抱えているのかも知れないと思っている。
今も1人で昏々と眠るヨンゴを見てシヤが「ヨンゴ、大丈夫かな?」と言う。
「やはり心配よね。心細いだけだと良いんだけど」
「心細い?」
シヤは心細いの意味が理解できずにシーシーを見る。
「シヤにはない?私はあるの。トロイから離れた開放感と同時に喪失感と心細さがあるの」
「わからない」
「シヤは凄いね。ヨンゴに言わせたらシヤが1番だね」
そう言われてもシヤにはヨンゴの行動力やシーナの纏める力を見ていて1番の自覚もなければイメージもわかない。
この後も追手を気にして暫く起きていたがシーナがシヤの横に来てくっ付いてきた。
「シヤ、少し不安だから抱きしめてくれないかな?」
「シーナ?」
突然の発言にシヤが心配そうにシーナを見る。
暗がりのせいでシーナの顔色は分からないが声は不安そうだ。
「少し怖いの。いいかな?」
「いいけどよくわからない」
「大丈夫」と言ったシーナはシヤの膝の上に座るとシヤの腕の中にすっぽりと収まって丸くなる。
「暖かい。このまま少し抱きしめて…」
「こう?」
言われた通りに抱きしめると「うん、優しいね。ありがとうシヤ」と言うシーナの声は本当に穏やかな安心そうな声がする。
「このまま寝てもいい?」
「構わないよ」
「ありがとう」と言ったシーナはすぐに寝息を立てた。
シヤはそのシーナの小ささを感じていた。
こんなに小さい身体で1番をしていたのかと思うと申し訳なくなる。
そしてシーナの温もりを感じているとシヤも眠気に襲われて眠ってしまった。
「へっ、ようやく寝たか」
「さっさとやって帰ろぜ」
「本当だな、代理マスター様の御成だぞ?起きろ」
この言葉で起きたのはヨンゴで指一本動かない感覚と目の前の兵士を見て青くなる。
だが兵士達は暗がりもあってヨンゴの顔色には気付かない。
兵士達は不思議そうにヨンゴを見ている。
「普通にコントロール出来るな」
「ああ、なんであの日は脱走なんてしたんだ?」
「さあな、イニットが失敗して何か起きたんだろ?お前達も起こせよ。これで帰れるぜ。早く帰って22番で処理しようぜ」
「お前は好きだな」
「あんなガキに反応出来るなんてエグゼ様の部下の素質ありだな」
兵士達は嫌らしく笑いながらシヤとシーナを起こす。
この事実に2人も青くなるがやはり兵士達は気付かない。
「へへっ、帰るぞ?」と言って兵士が歩くとシヤ達は素直に後をついて行く。
この事に満足そうに「よし、キチンと着いてくるな」と言う兵士。
その時のシヤ達は…
これで終わるのか?
王都に行けないまま殺されるのか?
もうこんな機会はない。
せめてシヤとシーナだけでも王都に
せめてヨンゴとシヤだけでも王都に
せめてヨンゴとシーナだけでも王都に
3人はそれぞれ同じ事を考えていた。
3人がなんとか身体を動かそうと試みる中、ヨンゴの身体が動く。
ヨンゴは手を前に出すと「ファイヤーボール!」と声をあげた。
ヨンゴのファイヤーボールは隙だらけだったヨンゴの代理マスターをこれでもかと焼く。
「コイツ!なんで!?」
「くそっ!47番!45番を止めろ!」
この時には自由に動けるようになったヨンゴがシーナの代理マスターを殴り飛ばしてシヤのマスターにアイスボールをぶつけていた。
ヨンゴの代理マスターは焼死していて動かない。
シーナの代理マスターは殴られた事で気絶をしていて、シヤのマスターはアイスボールで骨を折ったのか苦しんでいる。
「本当は殺したいけどシヤとシーナを奪われると困るから…。せめて2対1にする」
そう言ってシヤの代理マスターにアイスボールをぶつけて身動きを取れなくして2人を担いで逃げ出した。
少しして動けるようになった2人は「助かったよ。ヨンゴ」「本当、よく動けたね」と感謝を伝える。
ヨンゴは嬉しそうな顔で照れながら「このままで終われるかって思ったら身体が動いたんだよ」と言う。
「ありがとう!格好良かったわよ」
「本当、ヨンゴが俺達の1番だな」
ヨンゴは眩しい笑顔で「へへ!そうか?やったぜ!」と言うと先頭を歩き始めた。




