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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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06 年の終わり

「みんな、お疲れー。今日もすごいステージだったよー」


 めぐるたちが楽屋に戻ると、坂田美月がのんびりした笑顔で出迎えてくれた。

 本日も、『KAMERIA』の次は『マンイーター』の出番であったのだ。


「ほんとほんと。凄腕バンドのプレッシャーに潰されるどころか、自分たちのエネルギーに転化しちゃったみたいな勢いだったねぇ。あたしらも『KAMERIA』を見習って、踏ん張らないとなぁ」


 亀本菜々子も大らかな笑顔で発言すると、柴川蓮が盛大に「ふん!」と鼻を鳴らした。


「年下相手に、甘っちょろいこと言わないでよ! どんな順番でも、関係ないさ!」


「うんうん。それじゃあみんな、また後でねぇ」


「うん! そっちも頑張ってねー! ウチらもがっつり観戦させていただくからさー!」


 そうして『マンイーター』の面々はステージに下りていき、楽屋には『KAMERIA』のメンバーだけが残される。

 全員が、汗だくの姿である。たとえ短い持ち時間でも、完全燃焼できた証であった。


「いやー、今日もバッチリだったねー! 最後は和緒のおかげで、あやうくトチりそうだったけどさ!」


「はてさて。なんのことやら、さっぱりだねぇ。着替えるんなら、お先にどうぞ」


「もー! めぐる、ウチの代わりにキョーイクしておいてねー!」


 町田アンナはけらけらと笑いながら、栗原理乃とともにシャワーユニットのカーテンの向こうへと引っ込んでいく。

 いっぽう和緒はめぐるのほうに向きなおり、合気道の達人を思わせるようなポーズを取った。


「理不尽な暴力には、徹底的に抵抗させていただくよ」


「あはは。かずちゃんは、ふざけててもかっこいいね」


「誰がふざけてるもんかい」と、和緒はそのポーズからゆっくり右腕をのばして、めぐるの頭を小突いてくる。めぐるはやられたふりでもしたいところであったが、ステージの直後にはそんな余力もなかった。


 ということで、めぐるはひとまず機材の片付けに取りかかる。自分たちの出番が終わったからには、すみやかに搬出しなければならないのだ。

 変身を解除した栗原理乃と町田アンナが着替えを済ませて戻ってきたならば、めぐると和緒も順番に着替えをする。ステージでお披露目したのは色とりどりの『KAMERIA』Tシャツで、着替えで持参したのは黒地の『KAMERIA』Tシャツだ。ただし、機材を駐車場まで運ばなければならないため、それもすぐさま上着に隠されることになった。


 次の出番が『マンイーター』であるので、『KAMERIA』の一行は大急ぎで撤収に取りかかる。また町田家の母親の手を借りて駐車場まで出向き、小走りで戻ってくると、すでに『マンイーター』のステージが開始されていた。


 途中からの観戦になってしまったが、『マンイーター』も相変わらずの迫力だ。柴川蓮などは表情やプレイにも気合があふれかえっており、決して空回りすることもなかった。


「確かにジェイさんは、名采配だと思うよぉ。凄腕バンドから『KAMERIA』、『KAMERIA』から『マンイーター』って流れは、完璧だったねぇ」


『マンイーター』の演奏終了後、浅川亜季はそのように語っていた。

 するとハルも、「そーだねー!」と元気いっぱいに同意を示す。


「シバちゃんは『KAMERIA』の直後だとめっちゃ気合が入るみたいだし、『KAMERIA』はどんなバンドの直後でも尻込みしないもんねー! むしろ、客席の盛り上がりをまるっと呑み込んじゃうもんなー!」


「うんうん。それで、一月は若手バンドを集めたんだよねぇ? そういう日には『KAMERIA』がどういう印象になるのか、ちょっと楽しみなところだなぁ」


 自分のステージと『マンイーター』のステージの余韻で浮遊感のさなかにあるめぐるは、ふわふわとした心地でそんなやりとりを拝聴していた。

 そんな中、見慣れた顔がこちらに近づいてくる。宮岡と寺林の卒業生コンビである。


「みんな、お疲れさま。今日も凄いステージだったよ。あんな短いステージでも、『KAMERIA』のインパクトは絶大だね」


「まったくな。さすがの俺も、先輩面して偉そうなことは言えなくなっちまうよ」


「あはは! センパイなんだから、エラそうにしててよー! 卒業ライブでは、センパイたちのステージも楽しみにしてるからねー!」


 町田アンナがそんな風に答えると、何故だか両名は神妙な面持ちで視線を交わし――そして、めぐるのほうに向きなおってきた。


「ちょうどいいから、ここで相談させてもらおうかな。……遠藤さん、卒業ライブでわたしたちのバンドを手伝ってもらえない?」


「え? わたしたちのバンドって……『イエローマーモセット』のことですか?」


「うん。わたしもテラも心当たりのベースとスタジオに入りまくったんだけど、どの人もピンとこなかったんだよ。……やっぱり、篤子の影響が大きすぎてさ」


「ああ。性格はアレでも、腕だけは確かだったからな。大学のサークルでも、あいつにかなうようなベーシストはいやしねえんだよ」


 この突然の申し出に、もちろんめぐるは目を白黒させることになった。


「で、でも、わたしなんかは後輩ですし……轟木先輩とは、プレイスタイルも正反対ですから……」


「だからこそ、だよ。遠藤さんは、篤子とまったく違う魅力の塊だからさ」


 落ち着いた表情のまま、宮岡はとても真剣な眼差しになっていた。


「問題があるとしたら、わたしたちが遠藤さんの爆発力を受け止めきれるかどうかだよ。でも、死ぬ気で頑張ってみせるから……どうにか引き受けてもらえないかな?」


 めぐるはあたふたとしながら、寺林のほうに向きなおる。

 すると寺林がいつになく厳しい面持ちで「頼む」と頭を下げてきたので、いっそう惑乱することになった。


「別に、いいんじゃない? あたしや町田さんだって、その日は掛け持ちなんだからさ」


「うんうん! それにめぐるも、原曲のバンドは嫌いじゃないもんねー!」


 と、和緒と町田アンナまでもが、そのように言いたててくる。

 そして宮岡は、町田アンナの言葉に反応した。


「そうなの? そういえば、遠藤さんの好みって知らないんだよね」


「めぐるはあんまり、メジャーのバンドにキョーミがないみたいだよねー! でも、卒業ライブの後にイエマモの原曲も聴いてみたいっていうから、ウチが貸してあげたんだよー! ね?」


 めぐるは心も定まらないまま、「はい……」とうなずくことになった。

 めぐるは卒業ライブで『イエローマーモセット』のステージを観戦していた折に心を揺さぶられて、涙ぐむことになったのだ。それは三人の演奏と原曲の素晴らしさが噛み合ってのことであろうと考えて、町田アンナにCDを借りることになったのだった。


「なんだか、楽しそうな話だねぇ。そういえば、めぐるっちのコピバンって見たことないもんなぁ」


「だよねー! カバーだって、『SanZenon』かうちらの曲ぐらいだしさ!」


「ふん。どうせ原曲のフレーズや音作りなんてガン無視だろうけどね」


 と、『V8チェンソー』の面々も声をあげてくる。

 そして、野中すずみは無言のままに、きらきらと目を輝かせていた。


「原曲の音やフレーズにこだわる必要はないよ。わたしたちだって、アレンジしまくってるからね」


「ああ。ツインギターの曲だって、ギター一本にまとめちまってるしな。原曲より派手に仕上げてくれるんなら、文句はねえよ」


 宮岡と寺林は、いよいよ真剣な眼差しになっていく。

 進退きわまっためぐるは、ようよう言葉を返すことになった。


「で、でも、わたしが満足な演奏をできるかはわかりませんので……一度、スタジオか何かで確認していただけますか……?」


 宮岡は「ありがとう」と微笑み、寺林は深々と息をついた。


「わたしたちこそ遠藤さんに失望されないように、きっちり仕上げておくよ。テラも、それでいいね?」


「ああ。目に物を見せてやるよ。……遠藤、本当にありがとうな」


「い、いえ。まだご期待に沿えるかはわかりませんので……」


 めぐるにとっては、それが本心であった。これまでにも『SanZenon』や『V8チェンソー』の楽曲を演奏してきた経験があったので、カバーそのものには抵抗もなかったのだが――どうしても、轟木篤子の物凄さが気にかかってしまうのだ。


 轟木篤子は派手な部分が少ない代わりに、演奏の調和を保つすべが卓越している。その一点に関しては、フユにすら負けていないだろうと思えるほどであるのだ。

 なおかつ、轟木篤子は高校生活の三年間、ずっと『イエローマーモセット』のメンバーとして活動していたのである。その集大成が、あの卒業ライブであったのだ。今のめぐるであの素晴らしいステージに対抗できるかどうかは、はなはだ心もとなかった。


(でも、かずちゃんや町田さんだって頑張ってるんだし……わたしばっかり逃げることはできないよね)


 そんな思いが、めぐるの背中を押してくれた。

 宮岡と寺林も、れっきとした軽音学部のOBであるのだ。軽音学部の部員であるという自覚を手にしためぐるは、二人の申し出を無下に断ることもできなかったのだった。


「いやぁ、こいつは春が楽しみになってきたねぇ。きっとめぐるっちにとってもいい経験になるだろうから、あんまり気を張らずに楽しみなよぉ」


 そう言って、浅川亜季は年老いた猫のように微笑んだ。


「じゃ、あたしらはそろそろ準備を始めないとねぇ。未成年のみんなはここでお別れだろうから、気をつけて帰ってねぇ」


「そうだね! 今年もお世話になりました! 来年もよろしくねー!」


 そんな言葉を残して、『V8チェンソー』の面々は立ち去っていく。『V8チェンソー』のステージが終わる頃には、午後の十時も目前であるのだ。


 我に返っためぐるは、遠ざかっていく三人の背中に向かって「よ、よいお年を!」という言葉を投げかける。

 すると――最後尾を歩いていたフユがこちらを振り返り、苦笑をこらえているような面持ちで小さく手をあげてくれた。


「十八歳未満は、もうすぐ退店の時間か、わたしたちは、どうしようか?」


「ふん。どうせ家に帰っても、寝るだけだからな。今日はとことん居残って、勉強させてもらおうぜ」


「そうだね。人生初の、ライブハウスでカウントダウンか」


 宮岡と寺林は、どこかゆるんだ面持ちで言葉を交わしている。

 それを横目に、和緒が囁きかけてきた。


「無事にあんたからオッケーをもらえて、とってもとっても嬉しそうだね。お気分は、如何かな?」


「う、うん……二人の期待を裏切っちゃうんじゃないかって、ちょっと心配だけど……でも、わたしなりに頑張ってみるよ」


「ふむふむ。三人きりのスタジオにも尻込みしてないようで、何よりだね」


 めぐるは一瞬きょとんとしてから、「そっか」と笑った。


「これが去年ぐらいの話だったら、きっとそれだけで尻込みしちゃってただろうね。……心配してくれて、ありがとう」


「ふん。めっきり人喰いプレーリードッグの本性が剥き出しになって、心配のし甲斐もありゃしないね」


 和緒は優しい眼差しで、めぐるの頭を小突いてくる。

 そしてめぐるは和緒の優しさに心を満たされながら、ひとり感慨を噛みしめた。年に数回しか顔をあわせる機会のない宮岡や寺林と三人きりでスタジオに入るということに、めぐるはまったく気後れを覚えなかったのだ。これもまた、めぐるがバンド活動を経て多少は成長できたという証であるはずであった。


 こんなに至らないめぐるでも、少しずつは成長できているのだ。

 それもすべては、和緒を筆頭とするさまざまな人たちのおかげであるはずであった。


(去年の大晦日では、まだ『マンイーター』の人たちとも出会ったばかりで……『V8チェンソー』の三人ぐらいしか、仲良くしてもらえる相手はいなかったんだよね)


 そしてめぐるは『SanZenon』や『V8チェンソー』に一歩でも近づけるようにと、ひとりでひそかに奮起していた。もっとも大切である『KAMERIA』のメンバーたちとともに、憧れの存在を追いかけたい、と――そんな思いを抱くことになったのだ。


 それから丸一年が経過した現在、めぐるの思いはまったく色あせていない。

 めぐるの熱情や衝動は、むしろ増しているぐらいであった。


 これで来年の大晦日には、どのような思いを抱くことになるのだろう。

 めぐるがそんな想念に耽っていると、また和緒に頭を小突かれた。


「何をいきなり、自分の世界にひたってるのさ? 客席に移動するみたいだよ」


 見ると、町田アンナたちが階段に向かって歩き始めている。

 同じ方向に足を向けながら、めぐるは和緒に笑いかけた。


「そういえば、去年の帰り道ではかずちゃんがいきなり大声で叫ぶから、びっくりしちゃったよ」


「……あんた、そんな妄念にひたっての?」


「ううん。それは今、ふっと思い出しただけだよ」


「ああ、そうかい。人様の恥ずかしい過去を、気安くいじくるんじゃないよ」


 和緒は悪戯小僧のような目つきになりながら、めぐるの頭をわしゃわしゃとかき回してくる。

 そうしてその後は、また『V8チェンソー』のステージに胸を震わせることになり――めぐるの十七回目の大晦日は、去年に負けないぐらい華々しく終わりを迎えたのだった。

2026.3/16

今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

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