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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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353/364

05 夢想

 午後の八時を十五分ほど過ぎたところで、ステージを終えたベテランバンドの面々が楽屋に戻ってきた。

 和緒いわく四十歳間近の世代であるとのことであったが、もっと若々しく見える。そして、邪魔にならないように控えていた『KAMERIA』の一行に陽気な笑顔を向けてきた。


「君らが噂の、女子高生バンドか。ジェイさんイチオシのバンドってのは気になるんだけど、今日は時間がなくってさ。またどこかで会えることを期待してるよ」


 彼らはこのまま都内のライブハウスに移動して、カウントダウンを受け持つという話であったのだ。町田アンナが「お疲れさまでしたー!」と元気に応じる中、彼らは慌ただしく機材を片付け始めた。


 それを横目に、『KAMERIA』の一行はステージへと足を向ける。

 ステージは、真冬とも思えない熱気だ。これまでに出演した八組のバンドの熱気が絡み合い、息が詰まりそうなほどであった。


 しかし、その熱気もまた、めぐるを昂揚させてくれる。

 先月は二回連続で通常のステージをこなしたためか、今はこういう特別なイベントを懐かしく思える心境に至っていた。


 黒い幕の向こう側からは、お客のざわめきが伝わってくる。

 どのていどの人数が客席ホールに留まっているかは知れないが、そちらからも普段以上の熱が感じられた。大晦日の夜に相応しい、どこか浮足立っているような雰囲気である。


 そんな中、めぐるは普段通りにセッティングをして、普段通りに音を鳴らした。

 しばらくすると、モニターからも別の楽器の音色がほどよく返されてくる。それでめぐるの胸は、ますます高鳴りを増していった。


『KAMERIA』は、これで通算十八回目のライブとなる。

 さすがにもう演奏時間の合算まではしていなかったが、ライブの回数だけはきちんと心に刻みつけられていた。


 なおかつ、今年に入ってからは十二回目のライブであるので、平均すれば月に一回はライブを行っている計算になるのだ。

 今日のように持ち時間の短いイベントも多数含まれるので、さほど大した回数でもないのだろうが――ただ、それらの時間がめぐるの人生を華々しく彩っていることに間違いはなかった。


「準備はオッケーですか? それじゃあ、照明が点いたら演奏をお願いします」


『ヒトミゴクウ』のベーシストが、そんな言葉を残して退場していく。本日も、彼は出演者でありながらライブハウスの業務を手伝っていた。


「よーし! 今年最後のライブだー! 気合を入れて、がんばろー!」


 町田アンナの元気な声を聞きながら、めぐるは栗原理乃から手渡された紙袋の覆面を装着する。

 そうして店内のBGMがフェードアウトして、ステージに眩い照明が灯され、最後に幕が開かれると――歓声と拍手が爆発した。


 客席には、百名ばかりの人々が居残ってくれているようだ。

 めぐるの目の前には、野中すずみと北中莉子が陣取っている。その背後には、宮岡と寺林の姿もあった。


 和緒の合図で爆音を鳴らすと、歓声と拍手は消失する。

 しかし、客席の熱気は上昇するいっぽうだ。前の出番が実力派のベテランバンドであったためか、普段以上の熱気であるように感じられた。


 これで『KAMERIA』が期待外れの演奏を見せたら、この熱気もしぼんでしまうのだろうか。

 めぐるには、いまひとつ想像の及ばない話であった。


『センキュー、エブリワーン! ニュー・イヤー・イブ! コングラッチュレーショーン!』


 町田アンナは適当な英単語を並べたて、オレンジ色のテレキャスターをかき鳴らす。

 そして、和緒が長いフィルを入れると、それに合わせてギターとピアノは演奏を取りやめて――めぐるはひとり、歪みとオートワウを掛けたサウンドでスラップとバッキングのフレーズを奏でた。


『ファーストソーング! ニジノタワムレ!』


 めぐるの演奏をバックにして、町田アンナが宣言する。

 そうして四小節の後、すべての楽器の音色が重ねられた。


 三曲しか演奏できない本日のステージのオープニングナンバーに選ばれたのは、最新の楽曲である『虹の戯れ』であった。

『ジェイズランド』の周年イベントでも文化祭でも、『虹の戯れ』はセットリストに組み込まれている。新しい曲はどんどんお披露目していきたかったし、ヨコノリでダンシブルな『虹の戯れ』は短い持ち時間の中に組み込みやすい曲調であった。


 ただし、同じ要素を持つ『小さな窓』に比べると、重々しさと攻撃的なニュアンスがまさっている。それもまた、短い持ち時間の中で存在感を示すにはうってつけであった。


 昨日はアンプで音を鳴らしていないため、その分までめぐるの心は昂揚していく。

 そして、客席のほうは――普段以上の、大盛り上がりであった。


 前回のスリーマンライブは開演が早い時間であったためお客の数がやや少なく、その前の鞠山花子主催のイベントは見知らぬお客がほとんどであったため、一曲目からこうまで盛り上がることはなかった。さらにその前は文化祭であったので、これほどの熱気を最初から叩きつけられたのは数ヶ月ぶりのことであった。


 ベテランバンドの直後でも、誰も失望している様子はない。

 それをありがたく思いながら、めぐるは心地好い音の渦に没入した。


『センキュー! ウィー・アー・『KAMERIA』!』


 あっという間に『虹の戯れ』が終了すると、町田アンナが再び挨拶の声をあげる。

 それを合図に、めぐるは紙袋の覆面を外して、丸めたのちに放り捨てた。


 火照った頬が一瞬だけ涼んだが、それもすぐさま熱気に塗りつぶされていく。

 その熱気を噛みしめながら、めぐるはあらためてベースをかき鳴らした。


『どうもありがとー! 今年も年越しイベントに出してもらえて、めっちゃ嬉しいよー! ガキんちょのウチらはまたカウントダウンの前に帰らなきゃだけど、時間ぎりぎりまでネバるからねー! みんな、最後まで盛り上がっていこー!』


 周囲の爆音に負けない勢いで、町田アンナが元気な声を叩きつける。

 客席からも、同じ勢いで歓声が返された。


 そしてまた、和緒が長いフィルで合図を入れる。

 今回は、全員がそれに合わせて音を断ち切った。


 ここぞとばかりに、新たな歓声が響きわたる。

 すると和緒は何事もなかったかのように、ひとり硬質のリズムを刻み始めた。


『それじゃー、ガンガンいくよー! 次も新曲で、「ピタゴラスの祝福」!』


『KAMERIA』は、惜しみなく新曲を披露することに決めたのだ。

 大歓声の中、町田アンナは熱情的なバッキングを和緒のドラムに重ねた。


 最初のサビまで出番のないめぐるは、客席の人々とともに二人の演奏にひたらせていただく。

 やがて町田アンナがラップテイストの歌唱を披露して、めぐるたちをいっそう昂揚させてくれた。


 めぐるは幸せな心地で、客席に視線を巡らせる。

 ステージの照明が届くぎりぎりの場所に、『V8チェンソー』と『マンイーター』の面々の姿が見えた。今日は最前列を、他のお客たちに譲ったようである。


 最前列で身を揺すっているのは、野中すずみと北中莉子、町田家の妹たち――そして、他なる出演バンドのメンバーや、常連客などだ。それを宮岡や寺林や町田家のご両親がすぐ背後から見守っている格好であった。


 やはり前列まで押しかけるような人々は、誰もが満足げな面持ちである。

 客席の後部までは照明も届かないので、まったく判然としなかったが――ただ、熱気の度合いに変わりはなかったし、人数が減った様子もなかった。むしろ、開幕直後よりも人数が増えたように感じられるほどだ。


 大晦日にまでライブハウスに集まるような熱心な人々と同じ喜びを分かち合えるなら、幸いの限りである。

 そんな思いにひたりながら、めぐるはベースを構えなおした。


 Bメロからは、栗原理乃のピアノもひそやかに加えられている。

 しかしまだまだ起伏の少ない、単調な展開だ。和緒と町田アンナは魅力的な歌声と演奏を響かせながら、その単調さでサビの盛り上がりのエネルギーを蓄積しているようなものであった。


 そうしてサビに入ったならば、めぐると栗原理乃の二人がかりで、そのエネルギーを爆発させる役割を担う。

 めぐるはビッグマフで歪ませた音色による難解なフレーズ、栗原理乃は超絶的なピアノの速弾きフレーズとメロディアスな歌である。それが、ワンコードで単調な展開を継続させる和緒と町田アンナの音と絡み合い、この曲ならではの爆発力を発揮させた。


 そこで初めて、コッフィのサックスの音色がめぐるの頭に浮かびあがる。

 かつてのスタジオ練習で耳にした、魅惑的なサックスの音色だ。本人にとっては不本意な出来栄えでも、あれはミサキのバイオリンに負けないぐらいの魅力であり、『KAMERIA』の楽曲をいっそう華々しく彩ってくれたのだった。


(いつか『KAMERIA』でコッフィさんの全力を受け止められるようになったら……どんな凄い演奏になるんだろう)


 そんな思いが、『KAMERIA』の奏でる爆音の中に溶けていく。

 今はこの場に流れる音色がすべてであり、めぐるは心から充足しているのだ。たとえ一瞬でもそこに割り込んでこられるのは、ひとえにコッフィの存在感の凄まじさであった。


 客席の熱気も、上昇するいっぽうである。

 二曲続けてダンシブルな曲調であるためか、あるいは前のバンドの影響か――本当に、普段以上の熱量であるように感じられた。


『どうもありがとー! いやー、やっぱ年越しイベントは楽しーね! あと一曲なのが、残念なぐらいだよー!』


 やがて『ピタゴラスの祝福』も終了すると、町田アンナが再びMCの役目を務める。客席からの熱い声援にひたりながら、めぐるはチューニングに勤しんだ。


『なんか、告知するのもヤボな雰囲気だけど、いちおーさせていただくねー! 一月第三週の日曜日に、ひさびさに普通のブッキングでライブをやるから! 時間があったら、遊びにきてねー! あと、二月にはまたブイハチの周年イベントに出させてもらえることになったよー! そっちも、みんなで盛り上げよー!』


『V8チェンソー』が人気バンドであるために、いっそうの歓声が渦を巻く。

 町田アンナは汗だくの顔で笑いながら、ステージ上のメンバーを見回してきた。


『じゃ、みんな準備はオッケーかなー? 今年最後の演奏だから、めいっぱい気合い入れてこー!』


 めぐるは心のままに笑顔を返し、栗原理乃は無表情にうなずく。

 そして和緒は返事をする代わりに、おもむろにスティックでカウントを打ち鳴らした。


 町田アンナは大慌てでエフェクターを踏み、きわどいタイミングでギターをかき鳴らす。

 そして、和緒のほうを蹴っ飛ばすふりをしてから、笑顔でマイクに向きなおった。


『最後の曲は、「転がる少女のように」! 全力でかっとばそー!』


 連続で新曲を披露したのちは、ファーストライブから演奏し続けている『転がる少女のように』だ。

 これまでがずっとダンシブルな曲調であったため、タテノリである『転がる少女のように』はいっそうの疾走感であるように感じられる。これもまた、この数週間の練習の成果であった。


 プリアンプしかオンにしていないクリーンサウンドで、めぐるは思いのままに指先を走らせる。

 町田アンナとの初めてのセッションで生まれたのが、この『転がる少女のように』である。あれから一年と七ヶ月が過ぎた現在、それぞれの楽器のフレーズはずいぶん様変わりしていた。このイントロに関しても、ギターのみで始めるか今日のように四人全員で始めるか、二パターンのアレンジが考案されたのだ。


 しかし、めぐるの幸せな心持ちはいっさい変わっていない。

 これがみんなの言う、初期衝動の持続というものなのだろうか。『KAMERIA』はさまざまな相手から、どれだけライブを重ねても初期衝動が減じていないように見えると評されていたのだ。


 しかしめぐるにしてみれば、衝動が減じるという現象のほうが想像できない。

 演奏の回数を重ねれば重ねるほど、めぐるの幸福な気持ちは増していくのだ。それは初期衝動と異なる思いであるのかもしれないが、何にせよめぐるの中で何かが消耗している気配は皆無であったのだった。


 だからめぐるは昨年よりも、今年のほうが楽しかったと思っている。

 そして来年には、もっと幸せな気持ちを味わえるのだろうか、と――そんな夢想に、胸を高鳴らせているのだった。

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