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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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350/360

02 町田家の聖夜、再び

「へえ……これは確かに、立派な門構えですね」


 やがて町田家に到着すると、北中莉子がそんな感想をこぼした。

 町田家の敷地は頑丈そうな木造りの塀に囲まれており、その内側に平屋の道場と二階建ての母屋が存在する。個人の邸宅としては、それなり以上の規模であるはずであった。


「しかも駅から徒歩圏内ですもんね。道場も立派なもんだったって、うちの父親が感心してましたよ」


「ふーん! でも別に、うちの親父が建てたわけじゃないからねー! たまたまでかい家に生まれついたってだけさ!」


 そのように語る町田アンナを先頭にして、一行は町田家の敷地内に踏み入った。

 本日は土曜日であるため、道場は静まりかえっている。クリスマスイブである本日は、門下生による自由稽古というものも行われていないようだ。そうして母屋の玄関をくぐると、町田家の元気な末っ子の笑顔に出迎えられた。


「みんな、いらっしゃーい! すずみんちゃんもりっちーちゃんも、ようこそー!」


「ど、どうもお邪魔します。今日は突然おしかけてしまって、本当に申し訳ありません」


 野中すずみが恐縮しきった面持ちで頭を下げると、町田エレンは「あはは!」と笑う。野中すずみはめぐるを見習って、年少の妹たちにも礼儀正しい態度で接しているのだ。しかしそれも数ヶ月来の話であるため、今さら気にする人間はいなかった。


「前から約束してたんだから、突然じゃないよー! さー、あがってあがってー! もうパーティーの準備もばっちりだからねー!」


 二名のゲストが追加されたためか、町田エレンも普段以上に昂揚しているようである。

 そんな町田エレンの案内で、まずは客間に通される。そこに足を踏み入れるなり、野中すずみはきょろきょろと視線を巡らせた。


「す、すごいですね。まるで、旅館みたいです。個人宅でこんなに大きな部屋は、初めて見ました」


「うん! 十人ぐらいは、よゆーで泊まれるからねー! 道場の人たちだと、ムサクルシイけどさー!」


 もっと幼い時代に格闘技の稽古を取りやめている町田エレンは、門下生に対しても容赦はなかった。しかし決して、悪気はないのだろう。町田アンナとそっくりの、おひさまのような笑顔である。


 とりあえず『KAMERIA』の一行は、制服から部屋着に着替える。ただし、これから食卓を囲むので、部屋着としても小綺麗な格好だ。また、めぐるに至っては明日このままバイト先まで直行する予定であるため、外出用のパーカーとチノパンツであった。


「あ、みなさんいらっしゃい。どうぞ座って待っててください」


 着替えを済ませて食事の間に移動すると、そちらでは次女の町田ローサが食器を並べている。そして、彼女が左目の上に白いガーゼを貼っていたため、めぐるは一年生コンビともども驚くことになった。


「ど、どうも、おひさしぶりです。あの、その怪我はどうしたんですか?」


「あ、これは先週の試合でバッティングをくらっちゃったんです。雑菌が入らないように保護してるだけで、そんな大した怪我じゃないんですよ」


 町田ローサがいつも通りの朗らかな笑顔で答えると、町田エレンが口をとがらせた。


「三針もぬったんだから、大したケガだよー! 柔術の試合でバッティングなんて、ミジュクな証拠だよねー!」


「それを言うなら、よけきれなかったわたしも未熟だよ。柔術の基本は、護身なんだからさ」


「もー! アトが残らないといいなー! エレン、心配だなー!」


「心配してくれて、ありがとね。でも、顔の傷ぐらい、どうってことないよ」


 町田ローサは優しく笑いながら、妹の頭を撫でる。

 そこに、料理の大皿を抱えた母親も登場した。


「みんな、いらっしゃい。ちょうど料理が完成したから、座ってね。エレンは、パパを呼んできてくれる?」


「もー! めんどいなー! ゴロゴロしてないで、パパも手伝えー!」


 ネズミ花火のような賑々しさで、町田エレンは部屋を飛び出していく。その間に、めぐるたちは着席した。

 食事の間は和式の造りで大きな座卓が置かれているが、二名のゲストの影響で小ぶりの座卓まで引っ張り出されている。その上に、洋風のご馳走がずらりと並べられていった。


 本年も、ひとりにひとつずつ鶏もも肉のローストチキンが準備されている。一年ぶりに目にするその献立が、めぐるの中のクリスマス気分を加速させた。


「やあやあ、みんないらっしゃい! すずみんちゃんもりっちーちゃんも、お疲れ様!」


 町田エレンに腕を引っ張られて入室した父親が、元気いっぱいの声を張り上げる。彼は町田アンナの呼び方を踏襲するので、一年生コンビは仇名で呼ばれているのだ。当初はめぐるも面食らったものであるが、現時点ではすっかり定着していた。


(みんなが初めて顔をあわせたのは……たしか、四月のライブだったっけ。あれからもう、八ヶ月も経ってるんだなぁ)


 そしてそれは、めぐるたちが二年生に進級してからも同じだけの時間が過ぎていることを意味している。めぐるたちの高校生活は、すでに折り返し地点を過ぎ去ってひさしいのだった。


 めぐるたちは、あと三ヶ月ていどで三年生に進級してしまうのだ。

 そしてその後には、どんな未来が待っているのか――高校を卒業した後も、滞りなくバンド活動を続けることがかなうのか――何もかもが、未定である。めぐる自身、二十歳までに家を出る算段を立てなければならないと思いつつ、進路はまったく定まっていなかった。


 そんな不安定な未来に目を向けると、めぐるの心臓は頼りなく揺らいでしまう。

 それを支えてくれるのは、やはりメンバーたちの楽しげな姿である。たとえ高校を卒業してそれぞれ異なる環境に身を置くことになったとしても、誰も『KAMERIA』の活動を二の次にしたりはしない――めぐるはそのように信じることで、心の均衡を保っているのだった。


(他のバンドの人たちだって、みんなそうやって頑張ってるんだもんね。わたしたちだって、大丈夫だ)


 めぐるがそんな思いを噛みしめていると、隣の和緒に頭を小突かれた。


「何を一心にローストチキンをにらみつけてるのさ? ニワトリに恨みでもあるのかい?」


「あ、ううん。ただ、今年ももう終わっちゃうんだなあと思って……」


「そんな感慨にふけるのは、一週間ばかりも早いだろうね。どうせ来年も、あんたは猪突猛進で突っ走るんだろうしさ」


 そのように語る和緒はクールなポーカーフェイスで、ただ優しい眼差しを浮かべている。その優しさを噛みしめながら、めぐるは「うん」と笑顔を返した。


「ではでは、パーティーの開始だねー! あらためまして、メリークリスマース!」


 町田アンナの号令によって、楽しいディナーが開始された。

 いくぶん緊張気味であった野中すずみも町田家の熱気にあてられたようで、頬を火照らせている。いっぽう北中莉子は不愛想な表情を保持しつつ、料理の出来栄えに感心していた。


「これ、すごく美味しいですね。全部、お母さんが作られたんですか?」


「うん。若い頃から、料理が趣味だったのよ。わたしは背があるせいで減量がきつかったから、ひかえめのカロリーでも美味しい料理を作ってやろうと奮起してたのよね」


「きちんと理由があるんですね。すごい説得力だと思います」


 非社交的な北中莉子でも、町田家の母親の前では素直になれるようである。どうやら彼女は、温和な気性をした目上の相手には、相応の敬意を払うと決めているようであった。


「いやあ、今日は二人も人数が多いから、いっそう賑やかだな! すずみんちゃんたちの家では、クリスマスに何もしないのかい?」


「あ、はい。プレゼントとケーキの準備ぐらいはありますけど、それだけです。……わたしへのプレゼントは、去年でおしまいですしね」


 野中すずみの返答に、父親は「うん?」と小首を傾げた。


「おしまいって、どうしてだい? すずみんちゃんは、まだ高校一年生だろう?」


「うちは四人も兄弟がいるので、クリスマスプレゼントは中学生までって決められたみたいです。でも、誕生日プレゼントやお年玉はもらっています」


「ほう! すずみんちゃんは、そんなに兄弟がいるのか! すずみんちゃんの性格からすると……兄貴がひとりで、あとは妹や弟ってところかな?」


「えっ、どうしてわかるんですか?」


「なんとなくだよ! あんまり一番上って雰囲気じゃないけど、年上の女性に甘えるのは苦手っぽいからさ!」


 父親は豪快に笑い、野中すずみは頬を染めながらめぐるのほうをうかがってきた。


「め、めぐる先輩はしっかりされていますよね。やっぱり、一番上なんですか?」


「あ、はい。弟が……いました」


 めぐるの遠回しの表現に、野中すずみは愕然としてしまう。それをなだめるために、めぐるは笑ってみせた。


「両親と弟は、交通事故で亡くしてしまったんです。でももう五年も前の話なので、気にしないでください」


 野中すずみは惑乱の表情であり、その向こう側では北中莉子が眉根を寄せている。

 こんな話は、聞かされるほうが困ってしまうのだろう。だからめぐるも、自分からは口にしないように心がけていたのだった。


 しかし『KAMERIA』のメンバーには、もう一年以上も前に打ち明けている。あれはたしか、去年の文化祭を終えてすぐのことであったはずだ。めぐるは中学時代のあれやこれやが伝聞で伝わるのは避けたいという衝動に見舞われて、しどろもどろで説明することになったのだった。


「まー、人にはそれぞれ事情があるってことよ! めぐるは気にしてないって話だから、すずみんも気にしなさんな!」


 町田アンナはいつも通りの笑顔で、野中すずみの小さな背中をばしばしと叩く。

 そして和緒も、「そうそう」と声をあげた。


「ちなみにあたしは血が繋がってない兄貴がいるんだけど、こいつが不倶戴天の仇敵なんだよね」


「出たー! その話って、どこまでマジなの? いっつもはぐらかすから、ウソかホントかもわかんないんだよねー!」


「失礼な。あたしは生まれてこのかた、嘘をついたことなんて……まあ、そんなになかったような気がしなくもないよ」


「ほーら、はぐらかすじゃん! 聞かれたくないなら聞きほじったりしないから、いちいち話題に出す必要はないって!」


「普段はつつましいあたしでも、ときどき抑えようのない自己顕示欲に見舞われるんだよね。ちなみにあたしの顔面を引き裂いた母親も血は繋がってないっていう設定になってるから、その方向性でひとつよろしく」


「おお、懐かしいな! そういえば、和緒ちゃんが痛々しい顔でやってきたのも去年のクリスマスだったっけ!」


 町田家の父親までもが入り乱れて、食卓はいっそう賑やかになっていく。

 野中すずみはその賑やかさに呑まれた様子であわあわしていたので、めぐるはもういっぺん笑いかけておくことにした。


                ◇


 ディナーの締めくくりには豪華なデコレーションケーキとオランダ風のドーナツめいたケーキをいただき、町田家のプレゼント授与まで見届けたならば、楽しいクリスマスパーティーも一段落である。


 ちなみに本年も、部員同士のプレゼント交換は行わないという方針で進められた。メンバー同士でクリスマスや誕生日のたびにプレゼント交換を行うのは手間であるという、『KAMERIA』の流儀を押し通させていただいたのだ。


 三十分ばかりも食休みをしたならば、電力を使わない合奏のお披露目である。

 ベースの音を増幅するためのバケツが持ち出された際には野中すずみも目を丸くしていたが、いざ合奏が開始されると歓喜の表情になっていた。


 この場では、普段と異なるアレンジバージョンの演奏が披露されるのだ。スタジオできちんと形を整えた演奏はSNSでショート動画のネタにしていたが、電力をいっさい使用しない生演奏を目にできるのは町田家の客間のみであった。


「やっぱり『KAMERIA』は、すごいですね! アンプやドラムも使わないで、こんな演奏ができるんですから!」


「ありがとー! でも、めぐるとコッフィさんのバクレツなセッションを見たあとだと、ちょっと物足りないなー! ウチもちょっと好き勝手に弾いてみるから、めぐるも遠慮なく暴れちゃってよー!」


 町田アンナのそんな提案で、その日の合奏にはいつも以上の熱が込められることになった。

 とはいえ、和緒は重ねた雑誌をスティックで叩いているのみであるし、栗原理乃は声量を抑えた歌唱だ。めぐると町田アンナが生音でどれだけ懸命に指を走らせても、あの日のセッションには遠く及ばない。


 しかしそれでもめぐるは十分に楽しかったし、野中すずみは陶然としていた。町田家の妹たちも、大はしゃぎである。途中から見物に加わったご両親も、ひときわ温かな笑顔であった。


 そんな合奏を一時間近くも楽しんだ後は、寝支度を整えた上で歓談の時間となる。

 その時間も、野中すずみは子供のようにはしゃいでいた。


「めぐる先輩とお泊りできるなんて、光栄です! このまま眠ってしまうのが惜しいぐらいです!」


 などと言いながら、午前の0時を過ぎる頃には、野中すずみも夢の世界に旅立っていた。

 それよりも先に就寝したのは、栗原理乃と北中莉子である。そうして町田アンナも「おやすみー!」と布団にもぐったならば、照明を豆電球に落として――和緒と二人きりの時間であった。


「普段だったら、あたしらも寝てる頃合いだよね。どうしても最後まで粘らなきゃいけない義務でもあるのかな?」


「どうだろうね。でも、わたしは楽しいよ」


 窓際に移動して、小さな声で和緒と語り合う。義務など知ったことではないが、めぐるにとってはこれも大切なひとときであった。


 先日にはコッフィを自宅の離れに招いて思いがけないほど温かな時間を過ごすことができたものであるが、やはりめぐるがもっとも安らいだ心地でいられる相手は和緒であるのだ。めぐるは賑やかなクリスマスパーティーの余韻にひたりながら、和緒に笑いかけた。


「野中さんも楽しそうで、よかったね。北中さんは、いつも通りだったけど……でもやっぱり、ちょっとは楽しそうだったかな?」


「北中さんはバンドと関係ない人が同席したほうが、くつろげるのかもしれないね。相変わらず、自分が一番下手くそだっていう妄念に取りつかれてるみたいだからさ」


「ふうん。でも、北中さんだってすごく上達したよね。他に初心者のドラマーがいないから、比較のしようがないんだけど……」


「だったら、去年のあたしでも思い出してみたら?」


「うーん。それはあまりに、北中さんが気の毒だよ」


 和緒は苦笑を浮かべながら、めぐるの頭をそっと小突いてくる。声をひそめていると、そちらの力加減まで変わってくるようであった。


「ま、あと三ヶ月もしたら、進級だからね。新入部員が入ってきたら、北中さんも指導する側に回るわけだ。それこそ今年の自分を思い出して、居たたまれない心地だよ」


「うん。わたしたちも、三年生になっちゃうんだね。なんだか、信じられないなぁ」


「ジャネーの法則によると、体感的には二十歳ていどで人生の折り返しなんだからね。心残りがないように、好きなだけ暴れまくるがいいさ」


「あはは。かずちゃんが後押ししてくれるなんて、珍しいね」


「ふん。ささやかなクリスマスプレゼントってところかな」


 窓枠に頬杖をついた和緒は、いつになく安らいだ面持ちで微笑んでいる。

 それでめぐるは、いっそう心を満たされて――そしてその夜も、和緒より先に意識を失ってしまったのだった。

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