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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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342/362

03 招待

「ど、どうぞ。母屋の家族に気づかれないように、大きな声は出さないでくださいね」


 バスで自宅に戻っためぐるは、裏門からコッフィを招きいれることになった。

 ギョーザの代金だけはめぐるたちが支払うことにより、なんとかここまでのバス代は確保することができたのだ。ここまでに至る道中、コッフィはずっとご満悦の面持ちであった。


 意外というか何というか、和緒はバスを降りずにそのまま自宅に帰っていった。よって、めぐるとコッフィの二人きりである。薄暗い裏庭を通過して離れの前まで到着すると、コッフィはひそやかに「ほほー」と感嘆の声をあげた。


「なんだか、秘密基地みたいで楽しいのー。わくわくが止まらんのー」


「そ、そうですか。何も楽しいものはないので、期待しないでくださいね」


 守衛のように立ちはだかる石灯籠の脇を通りすぎ、めぐるは離れのドアの鍵をあけた。

 玄関口の照明を点けると、わびしいキッチンの様相が浮かびあがる。めぐるに続いて入室したコッフィは、今度は通常の声量で「ほほー」と言った。


「そこはかとなく、昭和の匂いを感じるのー。ノスタルジックじゃのー」


「そ、そうですか。とりあえず、こちらにどうぞ」


 キッチンの片隅にギグバッグとエフェクターボードと通学鞄を置いためぐるは、ガラス戸を開けて居間兼寝室にコッフィを招き入れる。離れに存在するのはこの四畳半の一室とキッチンのみであったが、家財道具が少ないためにひとりぐらいは無理なく泊めることができるはずであった。


「おー、お宝発見じゃ」


 コッフィは跳ねるような足取りで部屋を横断し、壁にたてかけられていたコルクボードのもとでぺたりと座り込んだ。

 そちらには、数々の写真が飾られている。めぐるとしては気恥ずかしい限りであったが、さりとてコッフィをとがめるほどではなかった。


「おー、ありがたそーな建物じゃのー。これ、なんじゃっけ?」


「そ、それは京都の下鴨神社です。ちょうどこの前、修学旅行でしたので……」


「あー、たぶんうちも中坊ん頃に行ったんじゃろなー。こっちのコレも、楽しそうじゃのー」


「そ、それは、フユさんの別荘でのバーベキューですね。毎年、夏にはお世話になっていますので……」


「ふむふむ。みんな、うちの知っとる顔じゃのー」


 かつての『サマー・スピン・フェスティバル』では『V8チェンソー』と『マンイーター』と『天体嗜好症』と『ヴァルプルギスの夜★DS3』のメンバーが勢ぞろいしていたし、この前のスリーマンライブでは軽音学部の関係者が勢ぞろいしている。そして『パルヴァン』の野外イベントでは町田家の姉妹も参じていたので、それでもう写真に写っているメンバーは網羅できそうなところであった。


「やっぱり小動物ちゃんも、バンド生活にどっぷりなんじゃのー。ええのええのー。共感の嵐じゃのー」


「そ、そうですか。……やっぱりコッフィさんも、バンド中心の生活なんですか?」


「バンド関係の人間しか、つるむ相手はおらんしのー。ほんじゃが、よそのバンドの人間たぁあまりつるまんのー。こがいにビビッときたなぁ、ひさしぶりじゃったけぇのぉ」


 コッフィはめぐるのほうを振り返り、にこりと笑った。


「小動物ちゃんが仲良うしてくれて、嬉しいのー。明日が楽しみじゃのー」


「そ、そうですね。でも本当に、物足りない部分もあると思いますので……あまり期待はしないでくださいね?」


「期待するなっていうなぁ無理な相談じゃのぉ。ほいでもかばちたれたりはせんけぇ、心配せんでええよ」


「か、かばちたれ?」


「んー、文句たれとか、そういう意味よ。東京弁はなかなか慣れんけぇ、カンベンしてのー」


「あ、いえ、いいんです。そういう喋り方は、コッフィさんに似合ってると思いますので……」


「あはは。小動物ちゃんは、優しいのー」


 コッフィは無邪気に笑いながら、キャスケットを外してスカジャンを脱ぎ捨てた。


「まだ寝るには早いのー。うちのこたぁ気にせんで、小動物ちゃんはいつも通り過ごしてのー」


「は、はい。ありがとうございます。でもわたしの場合は、ベースの練習ぐらいしかやることはありませんので……」


「ベースの練習なら、ぜひ拝見したいのー」


 コッフィが丸っこい目を期待に輝かせたので、めぐるは存分に慌てることになった。


「そ、そんな、見ていて楽しいものではありません。うちにはアンプもありませんので、クリックや音源に合わせて演奏するだけですし……」


「そういやあ、アンプは見当たらんね。アンプを鳴らすなぁ、スタジオだけなん?」


「は、はい。あとは高校の部室でも練習しています。でも、そっちは生徒しか使えませんので……」


「ほいで明日は、スタジオなんじゃのー。ええ時期に来たのー。きっと神様の巡りあわせじゃのー」


 どのような話題になっても、コッフィは無邪気そのものである。これまでにコッフィが不機嫌そうな様子を見せたのは、ただ一度きり――『KAMERIA』のステージへのゲスト参加を断られた際のみであった。


(それで今度は、わざわざ東京からお金も持たずにひとりで押しかけてきたんだもんなぁ。お金を持たずに野宿っていうのは、ちょっとどうかと思うけど……そんな熱心になってくれるのは、やっぱり嬉しいなぁ)


 めぐるがそんな感慨を噛みしめている間、コッフィはあらためて室内を見回していた。

 しかしこの部屋で検分に値するのは、思い出の写真で埋め尽くされたコルクボードぐらいのものである。本棚には教科書とフォトアルバムと何枚かのCDが収められているのみであるし、調度と言えばこたつぐらいであるのだ。あとは部屋の片隅に、ソフトケースに収められたバイオリンベースがひっそりと横たわっているのみであった。


「テレビもパソコンもないんじゃのー。ストイックだのー。夜な夜な練習に打ち込んどる小動物ちゃんの姿が目に浮かぶのー」


「あ、はい、いえ、まあ……ほ、他にはすることもありませんので……」


「うちも同じようなもんよ。家では食うて寝るか、ギーナにかまってもらうぐらいじゃしのー」


「い、家ではサックスを吹くこともできませんもんね。普段はどうやって練習してるんですか?」


「んー。うちは練習やら、ようわからんのよ。サックス吹きたいときは、駅前か公園じゃのー」


 聞いても聞いても、コッフィというのはつかみどころのない人間であった。

 かつて鞠山花子は『リトル・ミス・プリッシー』のメンバーたちをロックの妖精さんなどと評していたものであるが――それは、このコッフィにも当てはまるのではないだろうか。めぐるがどれだけ想像力を働かせても、コッフィは好き勝手にサックスを吹き鳴らしている姿しか想像できなかった。


「……うちは歌とサックスしか取り柄がないんよ」


 と――まるでめぐるの内心を見透かしたように、コッフィはそう言った。


「うちは詞も曲も作れんけぇ、ギーナやウェンちゃんが持ってきた曲で遊ぶだけじゃしね。じゃけぇ、バンドが動いとらん時間はヒマなんじゃ」


「そ、そうですか。わたしも詞や曲は作れないので、一緒です」


「んー。ほんじゃが、ベースじゃったらアレンジとかで活躍するんじゃろ? うちはそがいなのも、無理なんよ」


「アレンジは……みんなで一緒に考えています」


「うちは、考える頭がないんよ。考える前に、吹いてしまうけぇのぉ」


「それは……逆に、すごい才能だと思います」


「あはは。才能やらいうなぁ、こそばゆいわ」


 そう言って、コッフィはまた無邪気に笑った。

 めぐるとしては、やっぱり子犬や子猫とでも語らっているような気分であるが――しかし、よくよく考えると、対人能力に難のあるめぐるがスムーズに会話できているのである。コッフィはどんな覚束ない言葉でもふわりと受け止めてくれるため、めぐるも自然に会話できるようであった。


「ほいで、練習せんの? うちに遠慮せんでええよ」


「あ、はい……それじゃあちょっと、着替えちゃいますね」


 めぐるはずっと制服姿のまま、コッフィと語らっていたのだ。コッフィは「ほいよ」と軽妙に応じると、またコルクボードの写真を眺め始めた。


 めぐるはスクールコートをハンガーに掛けたのち、押入れの衣装棚から取り出したスウェットパンツに足を通して、プリーツスカートを脱ぎ捨てる。上半身はブレザーとブラウスを脱ぎ、Tシャツの上からスウェットのトップスを着用だ。そこでようやく、コッフィへの配慮を思いたった。


「あ、あの、眠るときには着替えたほうがいいですよね? よかったら、部屋着をお貸ししましょうか?」


「おー、ええの? 洗濯物が増えて、面倒じゃろ?」


「い、いえ。それぐらいは、大した手間でもありませんので……」


「なんか悪いのー。でも明日はスタジオじゃけぇ、汗臭いのも悪いのー。同じワルなら、お世話になろうかのー」


「は、はい。サイズ的にも問題ないと思いますので、どうぞ」


 めぐるは、洗い替えのスウェットの上下を引っ張り出した。

 それからコッフィのほうを振り返り、愕然とする。コッフィが、ショッキングピンクのビキニ姿に変じていたのだ。


「コ、コッフィさんは、普段から水着を着てるんですか?」


「いや、今日はたまたまよ。すすけた水着はステージで使えんけど捨てるなぁもったいないけぇ、下着がわりに使うとるんじゃ」


 言われてみると、そちらのビキニは若干褪色しているようであった。

 それはともかくとして、自分の部屋でビキニ姿を拝見するというのは、きわめて奇妙な心地である。なおかつ、コッフィは髪を垂らすと普通の女の子めいて見えるので、実に可愛らしい姿であった。


「じゃ、じゃあ、こちらをどうぞ。くたびれてて、どうもすみません」


「部屋着なんて、くたびれてなんぼじゃろ。小動物ちゃんは、優しいのー」


 コッフィはにこにこと笑いながら、めぐるの差し出したスウェットに袖を通した。めぐるとはほんの数センチの身長差であるため、サイズには問題ないようだ。そうして飾り気のない部屋着を身に纏うと、コッフィはますます普通の女の子めいて見えた。


(『V8チェンソー』のみんなだって、合宿とかではくつろいだ姿を見せてたけど……コッフィさんはステージ衣装やステージアクションが派手だから、ギャップを感じるのかな)


 しかしそれはめぐるにとって、いい意味でのギャップである。やはりコッフィはウェンがそばにいないと賑やかさが半減するし、こちらの離れに到着してからはいっさい大きな声を出していなかった。きっとめぐるに迷惑がかからないように、きちんと身をつつしんでくれているのだ。


(……それでも、お金も持たずに野宿しようとしてたけどね)


 きっとコッフィは、自分で定めたルールの中で生きているのだろう。

 要所では、そのルールの設定が常識から外れているようであるが――今のところ、めぐるが嫌な気持ちになることはなかった。


「ほいじゃあお次は、いよいよ練習かのー?」


 コッフィが、期待の眼差しを向けてくる。

 めぐるは安らかな気持ちで、「はい」と答えることができた。


「それじゃあちょっと、練習させていただきます。わたしばっかり、どうもすみません」


「ここは小動物ちゃんの縄張りなんじゃから、遠慮は無用じゃ。興が乗ったら、口笛でセッションさせてもらおうかのー」


 かくして、めぐるは普段通りにベースの個人練習に打ち込み――意想外のゲストを迎えたその夜は、びっくりするぐらい穏やかに過ぎ去っていったのだった。

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