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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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341/363

02 経緯

「さあさあ、遠慮のう食べてなー!」


 国家権力の魔手から逃げのびためぐるたちは、その逃走経路で発見したラーメン屋に潜伏することに相成った。

 そして卓上には、人数分のチャーシューメンとギョーザが置かれている。この場所に逃げ込んだのも、コッフィが空腹を訴えたがためであった。


「今日は昼から、なーんも食べてなかったんじゃ! 腹ぺこの夜は、ラーメンに限るのー。罪深き味わいじゃのー」


 コッフィはひとり、満面の笑みである。そして和緒も、決してクールなポーカーフェイスを崩そうとしなかった。


「まあ、夕食ぐらいはおつきあいしますけどね。食べながらでいいんで、事情をご説明願えますか?」


「んむ? じゃけぇ、うちは小動物ちゃんとセッションしよう思うてお邪魔したんじゃ」


「そもそもどうして、あたしらの住んでる場所がわかったんです? メンバー間で、連絡先の交換とかはしてないはずですよね?」


「うちもいきなり会えるたぁ思うとらんかったよ。これも神様のお導きかのー」


 コッフィは旺盛な食欲を発揮しながら、切れ切れに説明を開始した。

 それを要約すると――スリーマンライブの当日、『KAMERIA』のメンバーが帰宅したのち、『V8チェンソー』と『バナナ・トリップ』のメンバーは『ジェイズランド』が閉店する時間までささやかな打ち上げを行ったらしい。その際に、おもに浅川亜季とカーニャが情報交換に励んだようであった。


「小動物ちゃんは、あの赤毛のにゃんこ美人ちゃんのお店でベースを買ったんじゃろ? ほいでカーニャが、そのお店の最寄り駅を聞いとったんじゃ」


「それで道端でサックスを吹き鳴らして、浅川さんと出くわす作戦だったんですか? そんなことするぐらいなら、SNS経由であたしらに連絡をよこせばいいじゃないですか」


「えすえぬえすやら、ようわからんのじゃ。それに、宝探しみたいで面白いじゃろ?」


 コッフィはあくまで、屈託がない。

 和緒は鋼の精神力でもって、さらに問い質した。


「でもやっぱり、あまりに唐突ですよ。それに、たった十日ていどで我慢が切れちゃったんですか?」


「それもあるけど、ヒマじゃったんじゃ。家におると、ギーナの邪魔になってしまうしのー」


 コッフィいわく――どうやらコッフィとギーナは、都内のアパートで同居しているらしい。それでギーナは先日のスリーマンライブで創作意欲を刺激されて、バンド内で練り上げている最中であった新曲をイチから作り直し始めたのだという話であった。


「ギーナは優しいけぇ、うちがおるとあれこれ世話を焼いてしまうんよ。じゃけぇ、ギーナが作曲モードに入ったときは、なるべく家におらんようにしとるんじゃ」


「……失礼ですけど、コッフィさんは普段働いておられないんですか?」


「金に困ったら、派遣の仕事で食いつないどるよ。バンドだけじゃ、食えんけぇのー」


『バナナ・トリップ』は前回のライブでもけっこうなバックマージンを手にしたはずであったが、ライブ活動は月に一、二回という話であったのだ。それだけで、生活できるわけもなかった。


「ようやく経緯がつかめてきました。それで時間が空いたから、こっちに押しかけようと思いたったわけですか」


「そがいなことじゃのー。あと一週間ぐらいはスタジオの予定もないんで、ヒマなんじゃ」


 そうして丼のスープを一滴残さずすすりこんだコッフィは、カウンターに向かって声を張り上げた。


「チャーシューメン、おかわりじゃー! ……さあさあ、二人も遠慮せんで食べてな。セッションのお礼の前払いじゃけぇ」


「あたしもプレーリードッグと一蓮托生なわけですね。まあ、ライブじゃなくて練習の場だったら、ぎりぎり許容ラインですけど」


「ライブでセッションできたら、理想じゃのー。そっちもライブの予定はないのかのー?」


「年末までライブの予定はありませんし、それに関しては前回もお断りしましたよね?」


「それが、納得いかんのじゃ。なんでうちとのセッションを嫌がるんじゃ?」


「以前もご説明した通り、あたしらじゃ腕が足りないんですよ。この前のライブでも、ご理解いただけなかったんですか?」


 前回のライブにおいて、コッフィはバックヤードにひそみながら秘密のセッションを楽しんでいたのだ。

 コッフィは小首を傾げながら、「むー?」とうなった。


「わからんのー。あんたらは面白いけぇ、絶対楽しいセッションになるはずじゃ」


「その期待を裏切られても、文句は言わないでくださいね。それを約束してくれるなら、他のメンバーに話を通してみますよ」


「おー、ありがたいのー! いついつ? うちはこれからでもかまわんよー!」


「いくら平日でも当日にスタジオの予約は取れませんし、みんなのんびりくつろいでる頃ですよ。ちょっと待っててくださいね」


 コッフィに続いてチャーシューメンを完食した和緒は、スマートフォンを操作し始めた。

 めぐるは残りわずかな麺をすすりながら、コッフィの笑顔と和緒の横顔を見比べる。すると、コッフィがいっそう屈託なく笑った。


「小動物ちゃんは、迷惑そうな顔はしとらんのー。うれしいことじゃのー」


「あ、いえ……ちょっとびっくりはしましたけど……コッフィさんがわざわざ会いに来てくれたのは、嬉しいです」


 和緒はめぐるの頭を小突いたのち、スマートフォンを仕舞いこんだ。


「残る二人に、オッケーをいただきました。幸か不幸か、明日はスタジオ練習の日取りだったんですよ。そこに、コッフィさんをお招きします」


「おー! 感謝感激じゃー! 明日が待ち遠しいのー!」


 コッフィが歓呼の声をあげたとき、新たなチャーシューメンが到着した。

 コッフィはうきうきと身をゆすりながら、食事を再開させる。キャスケットを外してスカジャンを脱いだコッフィは長袖のTシャツにワークパンツという身軽な格好であり、ビビッドピンクのカラーリングがちりばめられたセミロングの髪を考慮に入れても、ごく普通の可愛らしい女性に過ぎなかった。


(ミュージシャンとしては、すごい人だと思うんだけど……ステージの下では、普通の女の子だよなぁ)


 それに、『バナナ・トリップ』のメンバーは『V8チェンソー』とおおよそ同世代であるようだが、コッフィは童顔なのである。それはハルも同様であったが、コッフィの場合は稚気にあふれかえった言動がさらなる拍車を掛けるわけであった。


「それじゃあ、練習の予約は五時半からなんで、スタジオの最寄り駅に五時集合でいいですか? 念のために、連絡先を交換しておきましょう」


 麺をすすっている最中であったコッフィは「んむんむ」とうなずきながら、左手で小さなリュックをまさぐった。

 そちらから取り出されたのは、ずいぶん年季が入っていそうなスマートフォンである。麺を咀嚼しながら起動のボタンを押したコッフィは「ありゃ」と言いながら、真っ黒でひび割れた画面をめぐるたちに向けてきた。


「充電が切れとったわ。充電器もないんで、駅の名前だけメモに書いてもらおうかのー」


「それなら、電話番号をメモしておきます。あとでメッセアプリに登録してくれたら、駅の名前とスタジオのサイトを送りますよ」


「いやいや。充電する手段もないけぇ、ほいじゃあ間に合わんよ」


「え? まさか、家に戻らないおつもりなんですか?」


「電車賃も馬鹿にならんけぇのー。最初から、泊まり込むつもりじゃったんじゃ」


「……ホテルやらネカフェやらに泊まるつもりなら、電車代のほうが安上がりなんじゃないですか?」


「そがいな贅沢する金はないわ。ここのメシ代も、さっき稼いだんじゃしのー」


 コッフィは新たな麺をすすりながら、口が開いているリュックのほうを指し示す。しかしそこには、ぱんぱんに膨らんだナイロン生地の何かしか覗いていなかった。


「……まさかとは思いますけど、寝袋じゃないでしょうね?」


「じゃ」


「じゃ、じゃないですよ。この寒空で、野宿するつもりなんですか?」


「じゃ、じゃ」と繰り返しながら、コッフィはレンゲでスープをすする。

 この段に至って、和緒はついに溜息をついた。


「ここの代金は、こっちでもちますよ。そうしたら、電車賃ぐらいは確保できるでしょう? なんなら、ネカフェでもかまいません」


「そらあダメじゃ。どがいなにひもじゅうても金だけは借らんて、田舎のじっちゃんばっちゃんと約束しとるんじゃ」


「それは見上げた心意気ですけど、奢りを辞退するのとお金をお貸しするのはイコールじゃないでしょう?」


耕野小福こうの こふくに二言はないんじゃ。そもそもうちは奢る言うてこん店に引っ張り込んだんやしね」


「コッフィさんは小福さんって仰るんですか。実にキュートなお名前ですね。……それはともかくとして、こんな住宅街のど真ん中で野宿したら通報されますよ? それに、スタジオまでの電車賃はどうするんですか?」


「明日のこたぁ明日考えるわ。朝から吹きゃあ、電車賃ぐらい何とかなるじゃろ」


 和緒は頭痛でもこらえるように額をおさえながら、横目でめぐるを見やってきた。


「……同じ人外として、プレーリードッグさんのご意見は?」


「う、うん。野宿は、危ないよ。警察ならまだしも、おかしな人に襲われちゃうかもしれないし……」


「この際は、住宅街で野宿してる人間のほうが不審者だけどね。……それにしても、タイミングが悪いなぁ。今日から四日間は、善良なる町田家のみなさんを頼ることもできないんだよね」


 その話は、めぐるも楽しい昼休みの歓談で耳にしていた。町田道場では今日から日曜日までの四日間、小規模の合宿が行われて、数名の男子門下生が客間に泊まり込むという話であったのだ。そもそもあの客間は、そういう目的で準備された空間であるのだった。


「心配いらんよ。うち、逃げ足には自信があるけぇの」


「それでも、コッフィさんのお名前をネットニュースで見るような事態は避けたいんですよ」


 さしもの和緒も、困り果てているようである。根っこが優しい和緒は、きっとめぐるよりも強い気持ちでコッフィの身を案じているのだ。半分がたはそんな和緒の心を安らがせたい一心で、めぐるは声をあげることになった。


「そ、それじゃあ……わたしの家に来ますか?」


 和緒は溜息をつき、コッフィは瞳を輝かせた。


「小動物ちゃんの家に招待してくれるん? そりゃあ心をひかれるのー。ほんじゃが、家族が嫌がったりせんの?」


「は、はい。わたしは離れでひとりで暮らしていますので……」


「まあ、寝袋さえあれば素泊まりするのに問題はないんだろうね」


 そのように語りながら、和緒はコッフィのほうにずいっと身を乗り出した。


「でもこれは、ずいぶん常識外れの話ですよ。そこのところは、理解してますか?」


「うん。王子様ちゃんは、小動物ちゃんが心配なんじゃのぉ。そがいにおっかない顔せんでも、悪さをしたりせんよ」


 和緒は仏像のごとき半眼になって内心を押し隠しながら、そのまま横目でめぐるをにらみつけてきた。


「……確認しておくけど、あんたは本当にそれでいいんだね?」


「う、うん。わたしは、かまわないよ。ただ……」


 と、めぐるは和緒の耳もとに口を寄せてから、あとの言葉を続けた。


「かずちゃんより先に別の人を泊めるのは、ちょっと寂しい気がするんだけど……こればっかりは、しかたないよね」


 そうしてめぐるは、和緒の拳によってこめかみをぐりぐりと蹂躙されて――今宵、コッフィを自宅にまで招待する事態に至ったのだった。

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