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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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340/364

-Track1- 01 思わぬ珍客

 めぐるが思わぬ事態に見舞われたのは、十二月の初日のことであった。

 日取りとしては、修学旅行を終えてから三日目となる。自宅に戻ったのは月曜日で、火曜日は振替休日、間に一日はさんで、本日は木曜日だ。


 本年もついに残り一ヶ月であるが、『KAMERIA』の活動に大きな変化はない。確定しているライブは年末の年越しイベントのみであり、一月と二月は仮のブッキングをおさえた状態で、日々の練習に邁進していた。


『KAMERIA』の現在の課題は、バンドとしてのクオリティアップである。

 まあ、それは結成当初から真摯に取り組んでいるつもりであるのだが、夏から秋にかけて二曲の新曲を仕上げた現在は、持ち曲を磨きあげることに集中しようと取り決められたわけであった。


「持ち曲が十曲もあったら、セットリストに困ることもないもんねー! むしろ毎回、ダンチョーの思いで曲を削ってるぐらいだしさ!」


 町田アンナはそのように言っていたし、めぐるも気持ちはひとつである。直近のスリーマンライブでは四十五分の演奏時間をもらえたので九曲披露することができたが、本来は五、六曲が限界であるのだ。


「ま、ライブの本数を増やせば、曲をもてあますこともないんだろーけどさ! 今は今ですっげー楽しいから、とりあえずは同じペースで様子を見ながら地盤を固めていこーよ!」


 町田アンナのそういった意見にも、反対の声をあげる人間はいなかった。ライブの本数を増やすというのは魅惑的な提案であるものの、さりとて現在のペースに不満があるわけではないのだ。現時点でも月イチのペースでライブの予定が立てられているのだから、めぐるとしては文句のつけようもなかったのだった。


 そんなわけで、めぐるたちは楽しく『KAMERIA』の活動を続けている。

 部室での練習は、相変わらず週四のペースだ。木曜日である本日は『KAMERIA』が部室を使う日取りで、明日は一年生バンドの順番であるためスタジオ練習、土曜日は午前と午後で一年生バンドと時間を分け合う予定になっていた。


「年越しイベントまで一ヶ月もあるってのに、けっきょく毎日練習だもんね。練習ホリックの人喰いプレーリードッグに振り回されて、こっちは疲労困憊だよ」


 部室での練習を終えた帰り道、和緒はクールなポーカーフェイスでそのように言い放った。

 十中八九は軽口の類いであろうが、1パーセントでも本音がまじっていたならば看過することはできない。よってめぐるは気持ちを引き締めながら、和緒の意思を確認することになった。


「あの、もしも練習のペースがきついようだったら、無理をせずにそう言ってね? スタジオ練習の数を減らせば、ずいぶん違ってくるだろうから……」


「あたしの軽口にいちいち反応してたら、身がもたないよ」


 と、和緒は切れ長の目に苦笑の気配をにじませながら、めぐるの頭を小突いてくる。それでようやく、めぐるも安堵の息をつくことができた。


「うん、ごめんね。でも、かずちゃんには無理をしてほしくないから……」


「ほうほう。残る二人には無理をさせてもかまわない、と?」


「ううん。でも、町田さんたちは冗談でもそういうことは言わないからね」


「つまり、妄言を吐いて悦に入るような性格破綻者はあたしひとりってわけかい。的を射てるだけに、腹立たしさはつのるいっぽうだね」


 そうして和緒に頭を小突かれながら、めぐるは電車に乗り込むことになった。

 午後の六時すぎであるので、電車はそれなりに混み合っている。機材を抱えためぐるたちは余人よりも大きくスペースを取っているため、なるべく邪魔にならないように隅っこで縮こまるのが常であった。


 ただし、和緒はバスドラペダルを部室に保管しているため、大荷物なのはめぐるひとりだ。和緒はめぐるのエフェクターボードを肩代わりしているだけの話であった。


「そういえば、かずちゃんは練習用の電子ドラムを買ったんでしょ? そっちでは、自分のペダルを使えないの?」


「そりゃそうさ。そもそもバスドラが存在しないのに、どうやってペダルを使おうっての?」


「え? バスドラはないの? それじゃあ、練習は手もとだけ?」


「あのねぇ……専用のペダルを踏めば、電子音のバスドラが鳴るんだよ。形状は、浅川さんや嶋村くんが使ってるワウペダルみたいなもんさ」


「へえ。ああいうペダルを踏むだけで、バスドラの音が鳴るの? 電子ドラムって、面白いんだね」


 めぐるが思わず笑みをこぼすと、和緒は苦笑をこらえながらまた頭を小突いてきた。


「おかげさんで、細かい感覚はまるきり違うんだよ。ま、何もない場所で足踏みしながら雑誌を叩いてるよりは、何百倍も有意義だけどね」


「そっか。いつかかずちゃんの家に遊びに行く機会があったら、練習してるところを見せてね?」


「そんな機会が、果たして訪れるのかね。そもそも毎日練習漬けで、プライベートの時間なんて皆無に等しいしさ」


「うん。でも、来月にはかずちゃんの誕生日だしね」


「来年の話をしたら、鬼が笑い死ぬよ」


 そうしてまためぐるの頭が小突かれたとき、目的の駅に到着した。

 胸もとにギグバッグを抱えたまま降車しためぐるは人の混み合っていない場所まで歩を進めてから、背中に背負いなおす。そうして和緒とともに、改札を目指した。


 駅の外は、もう真っ暗である。

 十二月ともなれば、すっかり世間は冬模様だ。めぐるたちもすでにスクールコートを着用しており、そろそろマフラーや手袋を引っ張り出す頃合いであった。


「だいぶ寒さも厳しくなってきたけど、こんな大荷物だと自然に体温があがるもんだよね。プレーリードッグの下僕冥利に尽きるってもんさ」


「うん。でも、もしかずちゃんが疲れるようだったら――」


「だから、いちいち反応するんじゃないよ」


 和緒は律儀に腕をのばして、めぐるの頭を小突いてくる。

 その形のいい眉が、ふっとひそめられた。


「……これ、幻聴かな?」


「え?」と小首を傾げためぐるの耳にも、おかしな音色が聴こえてきた。

 いや、音色そのものにおかしなところはないのだが――それは、サックスののびやかなる音色であったのだ。


「こ、これって、コッフィさんの演奏に似てない?」


「奇遇だね。あたしもそう思ってたんだよ。ライブでゲスト参加をお断りしたから、呪われたのかな?」


 和緒は往来で足を止めて、周囲に視線を巡らせる。

 すると、風向きが変わったのか、魅力的なサックスの音色がいよいよはっきりと聴こえてきた。


「さあ、どうする? バス停は、もう目の前だよ?」


「う、うん。だけど、どういうことなのか確認しておかないと、落ち着かないよ」


「そりゃまあ道理だね。じゃ、覚悟を決めて正体を探っておくか」


 めぐると和緒は、バス停と反対の方角に足を向けた。

 めぐるたちが暮らしているのはまごうことなき住宅街であるため、駅周辺でも繁華街というほどの賑わいではない。大きなショッピングプラザとシティホテルが鎮座ましましているぐらいで、飲食店の類いもほとんど存在しなかった。


 そうしてショッピングプラザの建物を横に見ながら、歩道を突き進んでいくと――ほんの数十秒前までは予想もしていなかった光景が待ち受けていた。


 道端で、コッフィがサックスを吹き鳴らしている。

 他人の空似では、ありえない。めぐるはその姿を目にする前から、もうサックスの音色だけで確信していた。あとは本人か録音された音色であるかの二者択一であったのだ。


 コッフィは以前に『ジェイズランド』で見た通りの、至極まっとうないでたちをしていた。

 頭には大きなキャスケットをかぶり、ビビッドピンクのカラーリングがちりばめられた髪は自然に垂らされている。あとはTシャツにワークパンツというラフな格好で、巨大なクジラと富士山が刺繍された黒いスカジャンを羽織っていた。


 そんなコッフィがいかにもご満悦の面持ちで、ガンメタルカラーのサックスを吹き鳴らしている。

 こんな往来では、生音でも大層な迫力だ。道行く人々は、コッフィの姿をしげしげと眺めながら通りすぎていた。


「……いくら駅前とはいえ、こんな住宅街でストリートパフォーマンスとは恐れ入ったね」


 和緒は溜息まじりに、そんな言葉をこぼした。

 コッフィの足もとにはサックスのケースが開いた状態で置かれており、そこにけっこうな量の小銭が投げ込まれている。そういうストリートミュージシャンの作法というものは、めぐるも以前にハルから少しだけ聞き及んでいた。


「さあさあ、どうする? ベースの生音で乱入する? 骨ぐらいは拾ってあげるよ」


「こ、こんな道端でベースは弾けないし、そもそもわたしじゃコッフィさんに太刀打ちできないよ」


 めぐるがそんな風に応じたとき、コッフィの顔がこちらを向いた。

 キャスケットのつばの下で、まん丸の目に喜びの光が瞬き――そして、ひときわ音高くサックスが吹き鳴らされる。その華やかな音色が、動揺するめぐるの心をいっそうの勢いで揺さぶった。


「小動物ちゃんと王子様ちゃんを発見じゃー! いやー、わざわざ出向いた甲斐があったのー!」


 きりのいいところまでサックスを吹いたのち、コッフィがこちらに駆け寄ってきた。

 まるで、親犬に駆け寄る子犬のような微笑ましさだ。そしてコッフィはハグのモーションを見せかけたが、途中で首からサックスをぶら下げていることを思い出したらしく、両手でめぐるの肩をわしづかみにしてきた。


「いやー、ひさしぶりじゃのー! 言うても、まだ一週間ちょいなのかのー? 何にせよ、元気そうで何よりじゃのー! シンプルな冬服もかわいいのー!」


「あ、いえ、その……こ、こんなところで、何をしているんですか?」


「そりゃあもちろん、小動物ちゃんに会いに来たんじゃ! セッションする約束じゃったじゃろ?」


 コッフィはかねがね、セッションをしたいと言ってくれていた。それでめぐるも心を込めて、「いつか必ず」と答えていたのだが――まさかそれが十日足らずで強襲されようとは、予測できるわけもなかった。


「盛り上がっているところを恐縮ですが、険呑な方々がこちらに接近しているようですよ」


 と、和緒が何気なく声をかけてくる。

 それでめぐるが振り返ると、通行人の隙間から紺色の制服が垣間見えた。


「おっと、ポリスメンはカンベンじゃのー! いざ、逃走じゃー!」


 コッフィはサックスのケースと小ぶりのリュックを拾いあげてから、逆の手でめぐるの手をつかんで走り始めた。

 かくして――めぐるは十二月を迎えるなり、思わぬ珍客をも迎え入れることに相成ったのだった。

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